8-11
マサルダの案内の元、兵舎を出てすぐそばにある修練場に着く。そこは壁で覆われた程度の空き地に近い雰囲気で入口に監視のための兵士が立っていた。
「マサルダさん。修練ですか?」
「ああ。この男とな」
「・・・人間、ですか?」
「そう、警戒するな。こいつは私の師が認め、木札を渡したのだ。その意味は解るだろう」
「あのギーベストさんが!?」
「そうだ。だから私も気になって手合わせをしたくなったのだ」
「・・・わかりました」
マサルダの話に納得したのか兵士は道を譲るように入口を開けた。
「マサルダさん!」
俺達が入口を抜けると後ろからさっきの兵士が声をかける。
「ん?なんだ?」
「その、見物しても・・・」
「勤めを怠らない程度なら見過ごしておこう」
「ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言う兵士。その大声にすでに修練場に居た他の兵士達の視線を集める。
「すまんなお前達。私が使いたいから少し休んではくれないか?」
そういうと兵士達は喜んでと言った言葉や反応を示し、壁際へと避けてくれた。
「シューイチ。武器を使うか?」
「ん?どういう意味だ?組み手なら素手同士じゃないのか?」
「ああ、そうか。お前は異世界人だったな。ならば知らなくても仕方ないか」
思い出したかのようにマサルダは説明し始めた。
「我々、と言うよりこの国で武を手にした者は様々な武器を扱うことになる。そして自分に合う型を探し、それを重点に極める。壁際の棚を見てみろ。安物だが自分の型をいつでも選べるようにひと通りの
武器は揃えてある」
確かに壁際にある棚には様々な武器が置かれている。武器だけでなく盾や篭手、兜に鎧など。防具も置かれてあった。先程兵士達の中にも使っていた者達が元の場所へと戻しているのを見かけた。
『安物って。それじゃあ相手があれより良い武器だったり強かったりしたら壊れちゃうんじゃないの?』
「それは使い手の問題だ。確かに不慣れな者が安物を使えばそうなるだろう。だが逆に極めた者が使えば?」
「まあ壊れる可能性はかなりなくなるだろうな。更に言えば安物で高級品を壊せる事もあるかもな」
「そういうことだ」
『へぇ~』
「まあ、そんなことをしたのは陛下と師。それにアイリス様ぐらいだ」
『・・・へぇー』
だが、基本的には互いに力量が近いもの同士で近い精度の武器を使って組み手を行うらしい。自身より上の者と闘いたい時は自身は自前の武器を、上の者は修練場に備えられた安物を使って組み手をするようだ。それによって力に差異があっても互いに力をつける事が出来るというわけだ。
「そういった理由で我々の組み手では武器を使う。もちろん素手が自身を最大に出せる武器と言うならそれもいいだろう。相手を知っているならまだしも、知らぬ相手に全力を出さずに勝敗を決めては武人として恥だからな」
「なるほどな、それでマサルダは・・・」
何を使うんだと聞こうとしたらマサルダは周一達から離れ、倉庫のような場所へと入っていく。そしてすぐに出てくると手に持っていた武器は壁際にある安物と呼ばれていた武器とは違い、異彩を放っていた。
「私はこれを使う」
その手に握られていたのは刀身に小さな刃が無数に付いたマサルダの身長と同じ長さの大剣だった。そのマサルダの姿を見た兵士達はざわつき始めた。
「なんだそ」
詳細を聞こうとしたマサルダが大剣に軽く魔力を流すとその小さな刃がまるでチェンソーの様に動き出した。
「私が一番気に入ってる私だけのための武器だ。少々見た目は悪いがナマクラならすぐに切り落とせるぞ」
そう言って刃を止める。それはつまり、どんな武器を使おうが私には関係ないという自信の表れだ。
『・・・ってそれじゃあますたーがすっごく不利なんですけどっ』
確かに人間の武器の持ち込み不可のルールがあるこの国では圧倒的に不利。この修練場にある武器を使える許可を貰えたとしてもあれらを安物とマサルダは呼んでいた。つまりは簡単に壊される。使っても使わなくても不利には変わりない。遠距離用の武器でも大して差は埋まらないだろう。
「それは私があっけなく勝ってしまった場合であろう?師が認めた人間だ。何か力を持っていても不思議ではあるまい。なんせ初めて会ってすぐに冗談交じりの脅しをかけた人間だからな」
マサルダはあの出会った時に言ったあの言葉で何かあると勘付いたらしい。なら大概の事は多めに見てくれるかもな。それに本人の、武人としての望みなら尚更な。
「・・・ったく。この国のルールを破っても目を瞑ってくれるって言うなら、その顔の期待に応えてやれるが・・・どうす」
「おいみんな!私と組み手をするこの男は今から国のルールを破る!もしそれを口外するような者がいいたら私が絶対に許さないと思え!!」
修練場に響き渡る声でそう兵士たちに伝える。兵士たちも納得したのか沈黙し、そして頷いた。
「・・・即答かよ。お前も、ここの連中も。ルール作った奴が泣くぞ」
「この程度で泣くお方なら国の頂点になど立てないさ」
そう言いながらマサルダは修練場の中央へと向かう。周一も対峙出来る位置へと移動する。
「ははっ。そうかっ」
軽く笑いながらも俺はあの青い剣を顕現させる。その姿に兵士達が驚く。
「ほう。お前も剣なのか」
「まあ俺も一通り齧ってはいるからな。これはその中でもってだけだ」
剣を軽く振って準備運動のように体を動かす。
「つまり、一番極めているのがそれと言うわけか」
「俺としてはお前がそんなでっかいのを使うとは思わなかったけどな。それこそ拳だと思ってた」
「あれは手加減用だ。脆い奴に武器を使ったら簡単に壊れてしまうからな。拳なら形は残る。理由はそれだけさ」
そういいながらマサルダは再度刃を動かし始める。
「それ、どっちにしろ死んでね?」
「不届き者なら問題ないだろう?」
「・・・さいですか」
すがすがしく答えたために言い返す気も失せる。
『ますたー。手伝う?』
「いや、俺だけでいい。ここのルールでやるならその方がいいだろ」
『わかった。がんばってね』
「ああ」
イリスちゃんがウィンドウモードになって壁際で見ていたクーラの元へと移動した。
「マサルダさん!結界は?」
「ああ。頼む!」
マサルダの了承に兵士は黄色の石を用意し、倉庫側にあった祭壇のような場所に置くと魔方陣が浮き出て、修練場の壁際以外の場所を四角い箱のような形で薄黄色の薄い壁が出来上がる。
「さて、シューイチ。お前[セーフティ]は出来るか?」
「セーフティ?」
「その反応からすると知らないようだな。[セーフティ]は魔力制御の1つだ。武器に魔法を込め、刃を鈍器にするような物だ。魔力制御をした事は?」
「ああ、あるぞ」
「それなら出来るはずだ。武器に纏わせて力を上げるのではなく下げて無くすようにするのだ」
つまり、アイリスに教わった武器に纏わせて威力を上げる為の補助をするのではなくその逆をする。刃物なら切れ味を無くすように、鈍器なら砕かないように跳ね飛ばすといった具合だろう。
そうイメージしながら試しにその魔力を纏わせた青い剣を地面に軽く叩きつけると、剣先で地面が裂けたような傷は付かず、細い鈍器で叩いて凹んだような跡が出来た。
「上出来だ。あとは自身にも身体強化の魔力を纏うことも忘れずにな。気を抜いてそれを忘れると良くても骨が折れるからな」
それ、悪かったらどうなるんですかね?
言われた通り、今度は体にも魔力を纏わせる。体は強化させて武器は劣化させる。言うのは簡単だが実際は結構面倒だ。
「魔力制御がまともに出来なくなるか、相手を魔力切れで気絶させるか。もしくは降参か。ルールは武闘会に合わせよう。出るからにはルールは知っているだろう?」
[魔力制御がまともに出来ない]は武闘会ルールにあった[HPをMPダメージに変換]の魔具の代わりとなるルールと予測できる。つまり誰もがそう判断出来るほど消耗して危険な状態になっている場合は戦闘を強制終了するという意味であろう。例えるならドクターストップと言うやつだ。
「一応、一通りはな。知らなかったのはそのセーフティぐらいだ。助かったよマサルダ」
「礼には及ばない。むしろぶっつけでやらずに済んでよかったな」
「ああ。それじゃあやるか」
俺は剣先を地面へと向けたまま軽く足を開き、いつでも踏み込める準備をする。
「ああ」
マサルダは土魔法で作った小さな石を周一に見せる。
「この石が地に落ちたら始めよう!」
そう言って石を軽く上に投げ、マサルダも大きな剣を両手で構える。落ちるまで約3秒。緊迫した空気の中、石の小さな衝撃の音が鳴ると同時に剣の交わる金属音が響いた。