8-7
「門の内側からは簡単に開くんだな」
『セキュリティーがばがばだねぇ~』
「いや、俺達の世界がおかしいのかもしんないぞ」
『そうかな~?』
ティーテの屋敷から出た俺とイリスとクーラ。
入る際はティーテの許可が要るという事だが出る際は特に何も無く、門の前に立つだけで門の扉が開いた。そして外へ出ると自動的に扉が閉まった。
俺達の世界は入る際も出る際もMCSTの登録が必要だ。登録されてないIDは絶対に扉を開けられない様になっている。不正で偽造IDを使って入られたりすると懸念された事もあるが、そもそもその偽造IDを取得するにもMCSTが必須だ。つまりログを辿られただけですぐに犯人へと行き着く。どんな面でもこの仕様が使われているため、これを覆すには大元。さくらコーポレーションのデータを手にするしかない。
・・・って。今こんなこと思い出してもしょうがないか。
「・・・それで、何をするつもりなのですか?」
クーラが疑いの視線を向ける。
「ん?観光だけど?」
『決まってるじゃん』
「決まってないですし聞いてもいません!!」
何を解りきってることにそう怒鳴るかねぇ・・・。
「そうか?だって冒険の基本だろ?予想が付くとは思うが・・・」
『だよねぇ?』
「あなた達の常識を当てはめないで下さいっ!」
「い~やいや。よくある話だ。入れる家に入る→タンスや棚、袋。タル。壺。宝箱などなど様々な物を家主の視線の中で物色して入手→何も言わずに次の家へ。って新たな村や街に来ての基本だろ?クーラはやったこと無いの?」
「あるわけ無いでしょっ!!窃盗は重罪ですよっ!!」
『だって。ますたー』
「ああ。もしかしたらと思ったんだが・・・予想が当たったな」
「まさか、あなた達の世界ではそれが許されてるのですかっ!?」
『「いいや、普通に犯罪だけど?」』
「なら聞かないで下さいっ!!」
そんな話し声が聞こえたのか外を歩いていたフォレフォスの民達の視線が集まる。
「まあ、結論が出たな」
『だね。ますたー。つまり勇者って職業は世界を救うとか言う建前で住居に押し入り、有無を言わさず強奪する重罪人って事が』
「はっ!?イリス!!」
『どうしたのますたーっ!?』
「俺はとんでもないことに気付いてしまった。昔、セキュリティーがガバガバだった時代。外出中の家に無断侵入し、金品を持っていく空き巣なる犯罪者が存在したらしい・・・」
『そ、それって!!』
「そう、つまりあのゲームは」
正義である勇者が悪である犯罪を犯す事を前提としたゲーム。空き巣と言う行為をしていた犯罪者はみな勇者の行為に憧れて犯した可能性があるという事だ!
『な、なんて恐ろしいゲームなのっ』
「ああ。俺もそう思う」
『じゃ、じゃあ!病に寝込む母とその側で泣く家族の前で平然とゴールドや服。薬を持って行くあの勇者は!?』
「ああ。きっとゲスな笑みを見せつけて、[あ、これ貰い。ん?いいよなぁ?だって私はお前達のために世界を救う勇者だぞ]と言う顔を」
『サイテーっ!!勇者最低だよっ!!まず世界を救う前に目の前の人を救ってあげなよ!』
「勇者のイメージを悪くするような言い方は止めてください!!勇者がそんな事する訳無いでしょっ、う?」
突如、イリスがクーラの前に画面を映し出す。それは民家の扉を何の躊躇も無く開けて入り、ベッドで寝込んでいる女性らしき姿。それを見守る家族達がいる目の前でタンスを開き、壺やタルを寝込む女性に投げて当て割り、それらから出てきたお金やアイテムを自身の袋に詰める姿がゲーム映像が映し出されていた。
「なっ!??」
「クーラ。これが俺達の世界の勇者という存在のイメージなんだ・・・くっ!」
『それも勇者としての証を手にする前から。なんて酷いっ・・・くっ!』
「そんな・・・じゃないでしょっ!これ絶対作り物ですよねっ!?なにが、[くっ!]なんですかっ!?」
『うんうん。元気が出てきたね、クーラ』
「えっ?」
急にそんな事を言われ、虚を突かれたクーラ。
『だってずっ~と。こんな顔しながら悩んでるんだもん』
そんなクーラの顔を真似るイリス。
「そ、そんなこと」
「ほらっ。そろそろ行くぞ。まだ門出てから10歩も歩いちゃいねーしな」
「さっきまで無駄話してたのはあなた達じゃないですかっ!」
俺はそんなクーラの声に振り向きもせずに先に行く。
『ますたーも気にしたんだよ。その顔』
「・・・・・・」
そんな素振りは無かった。でも、ミユが塞ぎ込んでいたときにも似たような事があった。
「イリス」
『ん?なーに?』
「どうしてあなたはそこまであの人、シューイチを信じられるのですか?あの話を聞いて同情出来るところはいくつかあったけれど。それでも、人を殺していた。あの話は本当にあったことなんですよね?」
『うん。そうだよ。全部私達の世界で、空想でもなんでもない。現実に起こった事実だよ』
「ならどうして」
『それは、ますたーを見てれば解るんじゃないかな』
「それでは答えにっ」
『そうゆー答えって』
イリスに言葉を遮られる。
『誰かに答えてもらうんじゃなくてさ、自分で見つけないと意味が無いと思うよ』
クーラはその言葉にズキっと胸に突き刺さるような痛みを感じた。
『ほらっ。クーラ。早くいこっ』
「・・・ええ」
その突き刺さった言葉を引きずりながら、クーラはいつの間にか立ち止まって待ってくれていた周一の所へと向かって行った。
「やっと来たか。そういやこれ渡すの忘れててな」
俺は小袋を渡す。その中を開けて確認したクーラ。
「これは?」
「アイリスからの準備資金。必要なものがあるかもしれないからな」
俺は朝、ティーテに目的地の話しをしたら一緒にいたアイリスからお金を貰っていた。金貨10枚・・・っていくらだっけ?たしか、1000ベル?だから1万ベルだっけか?
まあとにかく。これさえあればまともな装備が1つは買えるらしい。
あ、なんか美味そうな香りが。おっ、あれか。
「これを貰っても・・・わたしは」
「おっちゃん!この豆玉っての2個頼む!」
「ってええっ!?」
いつの間にかお店の前に居る周一に驚くクーラ。
「・・・2個なら2000ベルだ」
じっと俺の顔を見たエルフのおっちゃんがそう代金を告げる。
「あいよっ」
俺は袋から金貨2枚をカウンターの上に置く。だが店のおっちゃんはすぐに受け取ろうとはしなかった。
「・・・お前、解っててやってるのか?」
「解って、ってそう看板に書いてあるならそうなんだろ?」
店の看板には豆玉。1つ5ベルと書いてあった。ただしこれは一般の価格。その下に書かれていた人間だけは1つ1000ベルという記載。通常の200倍の価格で売られていた。
「ちょっ!?ちょっと待ってください!!」
足早に駆けつけるクーラ。
「なんでここでお金を使おうとしてるんですかっ!」
「別に何に使ったっていいだろ」
「これは武闘会の為のものでしょう!」
「・・・なんだって?武闘会?」
「ああ。そのために栄養補給を」
「朝ご飯食べたばかりでしょう!?」
「俺じゃなくてお前の」
「えっ」
また虚を突かれる。
「お前、昨日も今日も全然食ってないだろ。何か入れとかないと倒れるぞ」
クーラはさっきのイリスの言葉を思い出す。
「お前、武闘会に出るのか?相手は誰だ?」
「ん?ここの女王陛下」
「・・・へ、陛下だああああああああっ!?」
大声で驚くおっちゃん。その声に周りの民達の視線がまた集まる。
「いきなり大声出すなよ」
「お前解ってるのかっ!?あの陛下だぞっ!」
「あー解ってる解ってる。まあ報酬の条件がアレだからな」
「な、何を要求したんだ」
「あんたら。エルフとドワーフ。というかフォレフォスの全員と仲良しになろうって言った」
「・・・は?」
思わずおっちゃんは俺やイリスではなく、クーラを見た。
「その・・・はい。その人の言ってる事は本当です」
「はあああっ!?」
「あ、そういやティーテは何も報酬を求めてなかったな」
「とっ、当然だ!あのお方はまともに闘える相手がいなくて、自分が闘えるなら無条件で了承するんだぞ」
「戦闘狂かよ。あたまおかしいんじゃね」
「お前もだ人間!陛下のことを知ってて何故武闘会なんぞに!死にたいのか!?」
「死ぬつもりもないし、負けるつもりも無い」
「なっ」
おっちゃんは俺の顔に嘘が無いことに言葉を失う。
「仲良くなりたい相手に命もかけられないような奴が信用得られる訳無いだろ」
「っ!?」
驚いたのはおっちゃんだけじゃない。クーラも。そして周りでその話し声が聞こえた者達もだ。
「って訳だ。おっちゃん。はよぉ豆玉おくれ」
「・・・そこに座って少し待て。温めてくる」
店奥に入り、赤い魔石を使って鍋を温め始めた。どうやら調理場を見た感じでは豆を潰してつみれ状にし、それをダシの鍋に漬けて染み込ませた物の様だ。
俺とクーラは椅子に座ると小さい生物がよってきた。
「人間さん」
子供エルフ。小学3年生ぐらいの大人エルフと比べて更に小さい子供のエルフ。園児サイズの女の子エルフが俺の服を引っ張って呼ぶ。
「なんだ?」
「ぶとーかいに人間さんが出るの?」
「ああ。この国の陛下と闘うんだ」
「人間さん、強いの?」
「それは本番までのお楽しみってやつだな」
「え~」
「本当に出るのですか?」
「ああ」
今度はその母親が問いかけに答える。気付けばその噂を聞きつけた民達がどんどん集まり始める。その光景にクーラが戸惑い始める。
「勝算はあるのか?」
「人間が勝てるわけが無い」
「あの陛下だぞ」
「死ぬ気か?」
などなど。次々に質問や思ったことを口にする民達。
「あーもうっ!ごちゃごちゃうっさいわ!!そのうちティーテがお前達にも伝わるように連絡するって言ってたからそれを待ちやがれ!」
またざわつき始める。
「なんの騒ぎだ!・・・ってシューイチ!クーラ様!」
「あ、ギーベスト」
「ギーベストさん」
そんな人混みの中からギーベストが出てくる。
「ったく、揉め事は」
「いや、ルール破ってないぞ」
『そうだよ』
いつの間にか隠れていたイリスが、イリスちゃんモードで俺の頭の上に出てくる。「可愛い」と、あの子供エルフの声に軽く愛想笑いと手を振るイリス。
『みんなが私達の話に聞き耳立てて、気付いたらこうなってたんだから』
「そ、そうなのか?」
ギーベストが民達に聞くと、まあそんな感じにと言った風に反応する。
「人間のにいちゃん」
そんな中、店から声が聞こえる。
「ほらっ。豆玉だ」
紙袋を3つ、カウンターに置かれる。それに金貨2枚も。
「おいおっちゃん。俺は2つって言ったし、金は」
「いいから受け取れ。餞別だ。金もいい。本当は人間避けのための値段だ。侘びだと思ってくれ」
「んじゃ」
俺は自分の金袋から15ベルを取り出してカウンターに置く。
「豆玉の代金な。しっかり貰っとかないとおっちゃんが困るだろ」
「・・・わかった。まいど。人間のにいちゃん」
「ああ。美味かったらまた食いに来る」
「そんな事言っていいのか?うちの豆玉は美味いって評判だぞ?」
「そん時はもっと美味いのくれ」
「ははっ。言うねぇ」
「んじゃ、またな。クーラ。行くぞ」
「・・・あ、はいっ!」
その店を後にすると、店のおっちゃんも周りにいた民達も変な人間と笑っていた。そんな声にクーラは不思議な感覚を覚えた。