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「芝居には役者だけでなく、音楽と脚本も大切です。しかし私たちはしょせん素人。全部が全部自前で準備できるというわけでもないでしょう。そこで勝手ではありますが、音楽はグロットリの音楽学校の学生を、脚本に関しても我が家で支援している若者を手配しました。脚本家の方にはすでに執筆にとりかからせています。二、三日中には書きあがることでしょう。音楽の方も内容は伝えたうえで自由に作曲してもらっています」


 夫人の説明は意外と現実的なものだった。夫人はこの芝居を通して、若い音楽家たちや脚本家に作品披露の機会を与えようというのだ。


 夫人が計画する芝居の役者と観客はそれぞれに貴族ばかり。うまく自分の力をアピールできれば貴族の支援を受けられ、音楽会や夜会にも招かれて報酬をもらうことだって可能であった。


 誰も損をしない提案に彼女も「いいですね!」と同意した。次に実感もわいてきた。『赤薔薇の誘惑』がついに現実の舞台に! セフィーヌはその場でくるくる回りだしたいぐらいにうきうきした。


 夫人はその場にいた面々を見回した。


 セフィーヌ、シーレ氏、『ジュリエッタ』役の「あの方」に『ヴィンセント』役を本当はやりたくてたまらないはずの「あの方」。ほかの年代さまざまの友人たち。


 そして。ぎい、と重苦しい音を立てて入ってくる青年。皆の目が一瞬で吸い寄せられる。


「お待たせして申し訳ありません。話し合いの方はどこまで進みましたか?」


「あなたが来てしまったから一時中断ですよ」


「これは失礼しました、夫人」


 ジドレル・キッソン侯爵は胸に手を当てておどけたように目礼し、一同の輪の中に入る。意識していたのか、していないのか。彼はセフィーヌの隣に陣取った。なお、セフィーヌを挟んでその向こう側にはシーレ氏も立つ。


 これは妙な具合になってきた、とほくそ笑むのは夫人である。本当は高みの見物と行きたいところだが、実際はセフィーヌとシーレ氏の仲を応援しているので、侯爵に向ける目には厳しいものも混じる。


「まあよろしいでしょう」


 気を取り直して、夫人は話を続ける。


「今日改めて参加された方もいらっしゃることですし、ここで全部の配役を決めてしまいましょう。でもその前に今決まっている配役を先に言いましょう。まずは主役のヒロイン『ジュリエッタ』から」


 夫人の視線と手の平が輪から外れたところにいた金髪の女性へ。


「『ジュリエッタ』役は王太子妃殿下。以前ファルセットの方でも演劇の経験があり、本人もぜひにと申し出て下さりました」


「皆さま、どうか緊張なさらずもっと気楽に接してくださいね」


 その微笑みは慈愛の女神。大抵の者はおいそれと話しかけられないと反射的に思った。


 しかし親友は違う。初めて知った事実に目をきらきらさせて、「ディー、すてき! すごく似合う!」と心の中で叫ぶ。


「ほか、『ジュリエッタ』の両親、グレイブ子爵夫妻はクヌート子爵夫妻です」


 落ち着いた年配の夫婦が一歩前に進み出て、夫の方が「よろしくお願いします」と胸に手を当てる。夫人も合わせて一礼した。


「『ジュリエッタ』の友人、『マルゴット』はヘッセ伯爵夫人」


「精一杯務めさせていただきますわ」


 まだ若妻の風情を漂わせたヘッセ伯爵夫人がはきはきと答えた。


「そして、今はここにはおりませんが『ヴィンセント』の父親、『ブルッセルン侯爵』は私の夫であるマゴット伯爵。そして私もその後妻である『ブルッセルン夫人』役に」


 決まっている配役はこれだけです。

 夫人は指を折りつつ、決まっていない配役を数えていく。


「あとは『ヴィンセント』役と、『ブルッセルン夫人』の愛人であり、汚れ仕事を引き受ける従僕の『カール』。『ジュリエッタ』に魅了される『求婚者』役が何人か。ほかにも細々とした役もあるようですが、これは脚本の上がり具合で多少増減します。ほかにも通行人の役などは出ずっぱりの役でない限り、いくらか兼ねていただくことになっています」


 そこで夫人は「フランツ」と自分の従者を呼ぶ。彼は二つ折りになった紙の束を一人ずつに渡していった。


「今のところ出来上がっている脚本の一部分をお配りしました。皆さまがこの芝居がどういうものになるのか、想像しやすくなると思いまして」


 従者が配り終えたのを確認してからの説明に、参加者たちはそれぞれの紙に視線を落とす。


「冒頭の仮面舞踏会の場面です。デビュタントしたばかりの『ジュリエッタ』が謎めいた男性に出会い、大胆な行動に出てしまうところですね。せっかくなので役の方に朗読していただきましょう。恐れ入りますが妃殿下、読んでいただいても?」


「かまいませんよ。けれども相手役はどうします?」


 夫人は苦笑いをこらえた。


「今回仮ということで、こちらは殿下にやっていただきたく思います。お願いしてもよろしいでしょうか」


「喜んで引き受けさせていただこう」


 レウレス王太子は重々しく頷く。ひたすら視線で訴えていた甲斐はあった。

 なお、この芝居に王太子の参加予定はない。普段から多忙を極める生活を送っているのがその理由で、むしろ今回の打ち合わせに妻と同伴してこの場にいる方が異例中の異例なのだ。本当は自分の妻の相手役である『ヴィンセント』をやりたくて仕方がないぐらいなのだが、ここは朗読だけでぐっと我慢することにする。


 しん、と静まり返った大広間の控えの一室。王太子夫妻を紳士淑女が取り囲み、二人の朗読が始まるのを待った。


 最初の台詞は、『ジュリエッタ』から。




『舞踏会。静かなバルコニー。


ジュリエッタ「ここは少し肌寒いですね。春はまだ遠いこと」


ヴィンセント「なに、すぐに暖かくなりますよ。とっくに木々は芽吹いているし、京の昼間の日差しもご存知でしょう。きっと、すぐ。すぐに灼熱の夏がやってきて、あなたの身を焦がすことでしょう」


ジュリエッタ「春で芽吹き、夏で青々とし、秋に色づき、冬に枯れ落ちる。人の心も季節と同じです。実は最近、大事なお友達が結婚することになりました。意外と胸に堪えるようで」


ヴィンセント「まるで失恋しているように聞こえる。あなたは寂しがりさんなのかな。(唐突に)そうだ、こうしましょう。別の夜会で会ったのなら、今日の逢瀬の証に赤い薔薇を贈るのです。その時こそ、本当の私のことを話しましょう。(ヴィンセント、人差し指を立てながら)それまで今ここであったことは秘密です」


ジュリエッタ「赤い薔薇なのはなぜ?」


ヴィンセント「赤い薔薇はあなたの唇の色。そしてあなたの情熱的な心を表わしているように思うから」


 ヴィンセント、ジュリエッタの人差し指にキスを落とす。ジュリエッタ、動揺する。


ジュリエッタ(独白)「だめ、だめよ。ジュリエッタ。落とされたら、だめ。だってこの方は慣れている! 私以外の方だってたくさん相手にしてきたのでしょう? 信じちゃだめ、身体を燃え上がらせたらだめなのよ。どきどき波打つ心臓は、私のものじゃないわ! ああ、でも!」


ジュリエッタ、ヴィンセントに接近する。


ジュリエッタ(独白)「私は、この方に覚えていてほしい。刻みつけたい。忘れられない女でありたい。こんな気持ちになるなんてはじめてかもしれない……」


ジュリエッタ「ならば私は赤い薔薇を見かけたら知らぬ振りをしますわ。赤い口紅もしばらくはやめましょう。だって、その赤い薔薇の情熱は私のものでもありませんもの。その薔薇があなたの心でなければ、私は受け取るつもりはないわ!」


ヴィンセント「これは手厳しい。私の心がまるでおわかりでない? 本当のあなたを私に見せてくれるつもりはないと?」


ジュリエッタ「まったくないわ、嘘つきさん。私の情熱はこの胸に収まっているもの。赤い薔薇とともに、あなたの心まるごとくれるのでなければ私は何も応じないわ。私、ひどい女なのです。全部欲しくて、全部愛してしまいたい。浮気なんてされた日にはきりきりと、このたくましい首を絞めてしまいそう。所詮、小娘の戯言と思われますか? いいえ」


 ジュリエッタ、ヴィンセントの首に手を回す。絞めるかと見せて、キスをする。


ジュリエッタ「ほら、無理だったでしょう? 私はもう二度とお会いするつもりはありません」


ヴィンセント「待って!」


ジュリエッタ、退場』



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