狩猟会上
イヌが激しくほえ、鳥の群れが森から飛び立った。あちらこちらでパーン、と銃声が聞こえ、男たちは獲物を仕留めたかどうかを確かめに行く。
秋からの狩猟シーズンも、春には終わる。その名残を惜しんでか、禁猟期のぎりぎりに狩猟会を開く貴族たちがいる。今回、マゴット伯爵家の領地で行われたのがまさにそれで、フラゴニア家は一家総出で参加していた。
この狩猟会は、主催者のマゴット伯爵夫妻の人脈の広さと、首都から会場への近さのために大変な盛況となっていた。なにせ、フラゴニア家のように家族を引き連れてくる者、知人や友人と連れ立ってくる者もいて、狩りのグループを決めるにもいちいち自己紹介から始めなければならないほどだ。
最初は「久しぶりに猟銃を触るから不安だ……」とぼやいていたセフィーヌの父だが、狩猟会が始まった途端に「早くいかなければめぼしい獲物がとられてしまう!」とそわそわしだした。
「大丈夫ですよ、あっちの方角は僕たちが行くところじゃありませんし」
血が騒ぎだす父のノーグドを落ち着かせるのは兄のカンドル。彼らは自分たちの出発までの間、同じグループとなった面々と挨拶を交わしながら時間を潰していた。
兄がふと同じくその場にいたセフィーヌを見る。彼女は動きやすいシンプルなドレスでその場に立っていた。もちろん白いパラソルは淑女のたしなみなので所持済み。
「セフィは僕たちと一緒でよかったの? 母上たちは僕たちが狩猟をしている間にお茶会を開くそうだけれど」
「うん。だけど若い令嬢は殿方の狩りの姿を褒めたたえるのが役目です、ってお母さまが……」
ああ、と兄は遠い目になった。
「狩猟会は、男女の出会いの場でもあるからねえ。かくいう僕もまだ独身だから出会いが期待されていないわけではないだろうし」
「お兄様、結婚するのっ!?」
いいな、ずるい! という心の声が溢れ出ている妹。けれどもすぐに「それはちょっとさみしい……」などと言うものだから、カンドルはため息ついでにセフィーヌの頭を撫でた。
「それはまあ、僕も適齢期だけれどさ、今すぐどうこうという話にはならないよ。きっと僕よりセフィの方が先になる。それに僕たち親子三人とも同じグループにいるんだから、可能性はもっと低いかな」
「うーん……わかった。じゃあ、わたくし、頑張ってお父様とお兄様の雄姿を応援しているわ。ごほん、えほん、えー……『きゃあ、何て勇ましい方なの!』、『わたくし、ついうっとりとして見てしまいましたわ!』……」
「待ってセフィ。それは自分の父親と兄にいう言葉じゃない」
普通でいいよ、普通で、というカンドルに、そう? と怪訝な顔になるセフィーヌ。
その後ろでは父のノーグドが仮想の獲物を狙って猟銃を構えている。それも間違って引き金を引いたら危ないからとカンドルが止めた。
「父上。今銃口の先に人がいましたよ」
「そうだったか。気づかなんだ」
しっかり者の母がいないせいか、いつになく気が緩みがちな父に、いつも暴走しがちな妹。しわ寄せはすべてカンドルに来ているのであった。正直、自分の結婚相手を探すどころの話じゃない。
そこへセフィーヌがくいくい、と彼の袖を引っ張った。今度は何だ。
「どうしたの?」
横にいる妹の頭がゆらゆらと揺れていた。今すぐどこかに駆け出そうとしている兆候だった。
セフィーヌの眼は馬を携えた紳士が集まっている一角に一心に向けられている。……まさか。
「お兄様……あそこにいる黒目黒髪の紳士に話しかけたいのです。行ってきてよろしいですか?」
疑問形こそ取っているが、二十年近く兄をしているカンドルにはわかっていた。駄目だと言っても行くに違いない。そこだけ妙に頑固なのだ。
「わかったよ。黒目黒髪の紳士……だね」
セフィーヌが示した狩りのグループには黒目黒髪の人物が二人いたが、その片方がとんでもなく目立つ。それも時折、こちらを気にしているふうにちらちらと視線を向けているので、きっと彼のことだ。
――妹よ。『恋の狩人』を自称するのはいいが、大物を狙いすぎだ。
凡人を自称するカンドルには下手に近づきたくない相手なのだが、妹が千回目の恋に突撃して、大衆の前で『失恋劇場』を演じるのは勘弁してもらいたい。家族からしたら呆れを通り越して悲しくなってくるからだ。
もちろん彼とは知人でも何でもなかったが、カンドルはそのグループに話しかけ、かの紳士を連れ出すことに成功した。こっそりと彼に事情を話せば、あちらがなぜかかなり乗り気だったということもある。
「なるほど。そういうことなら。……ぜひとも紹介していただきたい」
にこりというより、にやっとした笑みを浮かべるも、同性のカンドルから見ても魅力的な男に違いない。腕まくりしたシャツから見える腕は少し日に焼けてたくましく、猟銃を背負う姿もいかにも慣れている。きっと狩猟の腕もいいのだろう。
この見かけなら妹が惚れても不思議はない。しかし当の相手は恋多き紳士……手に負えないだろうに。
だが約束は約束だった。カンドルは妹の喜ぶ顔を思い浮かべながら一人で待たせていたセフィーヌの元に戻る。
カンドルと目が合った途端、彼女はぶんぶんと首を横に振り、何か意思表示をしていた。エスパーじゃない彼には何の事だかわからない。
「セフィ?」
妹は我慢しきれずにカンドルに駆け足で近づき、今にも出発しようとしているグループをそわそわとして見ながら。
「違います!」
と、断言。
「違うって何が?」
「……っ、人違いなのです。わたくしがひとめぼれしたのは黒目黒髪の紳士だと言いましたっ」
「いや、だからその通りの方を連れてきたじゃないか……」
しかしやっぱり彼女は全力で首を振る。
「だって、背が低くて、丸くて可愛らしい感じの……そう、『子豚の君』です! お兄様、お願いします。彼を連れてきてくださいな」
セフィーヌの兄の顔は引きつった。『子豚の君』とは今初めて聞いた話だ。そして妹はそれのどこに惚れた。
セフィーヌの感性はどこかおかしい。美男を美しいと思う心はあるのだが、彼女の恋の相手はそれに捉われないのだった。
カンドルからすれば、その人物は狩猟にもちゃんと参加できるのか危ういほどに、不摂生な食生活をしているのがまるわかりの体型の小男だ。それも額は脂ぎっており、生え際がやや後退しているのも否めない。『丸くて可愛らしい』? どんな色眼鏡をつけたらそうなる。
しかも間の悪いことにカンドルが慌ててそのグループの方角を見れば、ちょうど狩場の森に入ってしまったところだった。今すぐ連れてくることはできない。
そしてもっと悪いことがある。……カンドルは斜め後ろを振り返るのが億劫でならなかった。




