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セフィーヌ・フラゴニア

新連載はじめました。よろしくお願いします。

 辺境伯令嬢セフィーヌ・フラゴニアの初恋は、五歳のとき。


「セフィ、おおきくなったらおとうさまとけっこんするの!」


 舌足らずながらもエメラルドグリーンの瞳を揺らして抱きついてきた娘に、子煩悩な父親は我が身の幸福を神に感謝した。


 ああ、神よ、こんな可愛い娘を授けてくれてありがとうございます。


 しかし。だからこそ娘の願いには真剣に答えねばなるまい。彼は神妙な顔を作った。


「お父様もずっとセフィと一緒にいたいのだけれどね、お父様にはお母様がいるからね」


「セフィにはセフィのお相手がいるのだから、焦っちゃだめよ」


 父親の隣にいた母も柔らかな口調で娘に言い聞かせた。


「うん、わかったー」


 セフィーヌはこくん、と頷く。


 こうしてセフィーヌの初恋は初めての失恋にもなった。もはや本人も記憶が曖昧なのだが、その時も嬉々として「おとうさまもおかあさまもすきよー」とへらへら笑っていたので、まったく心が痛まなかったに違いない。


 次に恋に落ちたのは執事のバンズである。彼はロマンスグレーな紳士だった。


「バンズ、すきよー。けっこんしてー」


 つい先ほどまで抱きついていた両親から離れ、とてとてと執事の元に行き、そのズボンをぐいぐい引っ張っておねだりした。「ああ!」と嘆く両親。


 それもそのはず、彼女が二度目の恋に落ちたのは一度目の失恋の直後。「おとうさまとけっこんするの!」と言った舌の根が乾かないうちの所業だった。


 執事のバンズはセフィーヌの顔の高さまで腰を折り、柔らかな表情で、


「お嬢様にそう言っていただけるなんて光栄ですが、私には愛する妻がおりますから。お嬢様、すでに結婚している相手に「けっこんしてー」というのは相手を困らせてしまいますよ」


「こまってるの? ならもうやらない」


 結局素直に受け入れた。


 セフィーヌ、二度目の失恋である。この後もバンズに抱っこされながら厨房に行き、料理長として働く彼の妻にお菓子を出されて上機嫌になっていたのだから、これまた失恋の傷はあっという間に塞がった。


 部屋に戻れば、侍女のキヤがカンカンだった。


「セフィお嬢様、勝手に部屋を抜け出てはいけませんよ! 私がどれだけ探したと思っているのですか!」


 キヤは甲高い声でわめいていたが、セフィーヌはちっとも怖くなかった。五歳のセフィーヌからすると、キヤは年がら年中怒る人。逆に怒っていなければ「へんだなあ」と思うほどである。


 なのでセフィーヌはキヤに向かって両手を挙げた。


「もう! しょうがないですねっ!」


 ぷんすかしつつも、キヤはセフィーヌの身体を持ち上げた。


「今度からは誰かに告げてから出てくださいね! 約束ですよ!」


「するー」


 セフィーヌは元気よくお返事するが、キヤは不満顔でため息をつく。


「このやりとり……もう何回目になるのでしょうね。懲りてないのではないですか、お嬢様?」


 えへへーとのんきに笑うお嬢様の小さな鼻を軽くつまむキヤ。


「ねー、キヤー」


「何ですか、お嬢様ー」


「好きよー」


「ありがとうございます」


「けっこんしてー」


「っ!」


 ぼとん、とキヤは驚きのあまり『お嬢様』を落としてしまった。さあっと血の気が引くが、彼女の心配をよそに『セフィーヌお嬢様』はふかふかの絨毯の上でころころとでんぐり返しをして悦に浸っていた。


「し、心臓に悪いですよ、お嬢様。そんな言葉を誰に教わりましたか? 意味、ちゃんとわかって使っていますか?」


「えー? わかっているもん。ずっといっしょにいるためにはけっこんするしかないって、トーマスがいっていたもんー」


「……庭に行っていたのですね」


 トーマスとは、若き日には女にもてまくっていたというのを武勇伝として語る庭師の老人である。


「うん。そのあとはおうちをたんけんしてー、おとうさまとおかあさまにあそんでもらっていたのー。おねえさまたちとおにいさまにはね、いそがしいからだめって」


「それは皆様お勉強しなければなりませんからね」


 ですがお嬢様、とキヤはセフィーヌに視線を合わせるためにしゃがむ。


「お嬢様は将来、立派な淑女とならなければなりません。軽々と結婚して、と言うのははしたない行いですよ」


「えー、でも、すきってつたえないとなにもつたわらないでしょー?」


 妙に悟ったことをいうお嬢様。下手に当たっていることが逆に反論しにくいところである。しかもこのお嬢様、自分が固執することにはとことん固執して、徹底的に意見を曲げないのだ。


「ではお嬢様? 結婚とは男と女でするものですよ。私とお嬢様では女同士なので絶対にできないのです」


「ぜったいに?」


「ええ! そういう決まりなのです」


「ふーん」



――こんな感じでセフィーヌは三度目の失恋をした。ちょっぴり納得いってなかったが、結婚は好き同士でするものだと聞いているので、キヤが嫌がっていたのでは仕方がない。


 セフィーヌは地味に傷ついた。もっともそれも、三歩歩くうちに忘れてしまったが。



 さて。これを皮切りに、計999回に渡るセフィーヌ・フラゴニアの恋愛遍歴が始まる。


 十九歳になるまで彼女は999回恋に落ち、同じ数だけ失恋もした。


 けれど彼女はちっとも心が痛まない。次の恋愛がすぐに彼女の失恋の傷を癒やしてくれるからだ。


 恋に生きる女、セフィーヌ・フラゴニア。彼女はいつでも誰かに恋をしている。



 しかし、その一度たりとも、誰かに恋われたことはない。


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