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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
2 日目
9/17

朝_広間


 今日の学院は、どこか騒がしいようだった。

 通学時からなんとなく人が多いような気はしていたが、学院内に入るとそれは一層顕著となり、広間は多数の学院生でごった返す有様だった。掲示板を見ても、特に目を引く講義などがあるようには見えないが。


「おはよ。」

「あ、紫絡さん、おはようございます。今日は、何かあるんですか?」


 人混みを器用に掻き分けてきた紫絡と挨拶を交わす。紫絡はうんざりしたように頭を掻きながら。


「ああ、今日は四神祭だからね〜」

「四神祭?」


 訊き返す碧流に、紫絡は意外そうに。


「あれ、まだ碧流くんは四神に会ったことはなかったっけ?」

「四神って、聖獣のですか?」


 四神とは、四方を守る聖獣で、央国を除く四国にそれぞれ守護聖獣として祀られているはずだ。央国の麒麟を含めて五神と言うこともある。

 しかし紫絡は首を振って。


「ちゃうちゃう、それじゃなくって、人。今の学院には、聖獣とも並び称される、すごい四人がいるのよ」

「……人、ですか」


 なんとなく、あの剛力みたいな強そうな人を想像してしまうが。


「あ、来た」


 紫絡が学院の正門へ目を向けた。周囲もにわかにざわつき始める。

 学生が詰め寄せていたはずの広間には、いつしか彼らを迎える一筋の道ができていた。そこへ、学院生の一団がゆっくりと進んでくる。

 碧流にもはっきりとわかった。前を歩く四人。何もせずとも視線を集め、小さな動作の端々にも自然と気品が溢れる。ともに歩く学院生たちと会話を楽しみつつ、周囲から掛けられる挨拶にもきっちりと返す。泰皇国の上流階級の子弟のみを抽出したこの学院において、さらにこれだけの注目を集める存在。これが、四神。

 多くの学院生と同様、ただ眺めるだけの碧流の前を、四神が横切っていく。

 先頭は、朝日に映える黄金のような髪色の、すらりとしたシルエットの男性。まさに威風堂々。歩いているだけで、その威厳が光輝を放つようだ。


「彼が黄希 (コウキ)。皇太子よ。皇家ならではの美貌とカリスマ。それに加えて、全体を見通す洞察力と、それに基づいた判断力に秀でていて、一部だけど、もう国政にも意見を出してるとか」


 碧流の視線を追って、紫絡が解説をくれる。

 泰皇国の五国をまとめる央香国の王は泰皇国の皇も兼ねるために皇家と呼ばれ、その太子も皇太子と尊称される。今代の皇太子は特に優れているとは聞いてはいたが、それが彼か。


「その後ろが橙琳 (トウリン)。丞相の娘ね。武術まで含めて、全般的に隙のない能力の持ち主。なのに鼻にかけることもなく、公平な視野を持っているせいもあって、誰にでも好かれるタイプね」


 黄希の後ろを歩いているのは、少し小柄で橙色の髪をした女性だった。常に周りに目を配っている様子が伺え、周りと話す表情からも、明るく、はきはきとした印象が伝わってくる。

 丞相とは四方国における宰相に当たる役職で、国政全般に渡って王を補佐する、いわば国家の No.2 だ。当然、政治に関するすべての分野における広い知識と判断力が必要とされるのだが、最近ではただの議長職となっているとの陰口も聞いたことがある。しかし彼女からは、丞相としての正しい才覚が感じられるようだった。


 次にはまた、美形の男性が続く。朱真に迫るほどの長身で、ややガッチリとした筋肉質の均整のとれた体格をしている。髪色は夕陽のような赤みを帯びた黄。意志の強さを感じさせる鋭い目つきが目を引く。


「あのイケメンが蒲星 (ホセイ)。あの体格からは想像できないけど、嵩泰教の大僧正の息子なの。見た目通り真面目で、もう幾つもの裁判に裁判員として参加してる。正しいと思えば誰にでも向かっていく正義漢で、どんなに凶悪な犯罪者も彼に睨まれただけで悔い改めると言うわ」


 興が乗ってきたのか、芝居掛かった表現で褒め称える紫絡。

 嵩泰教は泰皇国の国教だったこともある宗教で、今でも礼法の端々などにその影響が残っている。数代前の皇が政教分離を宣したことにはなっているが、未だに政治面でもその勢力は無視できないもので、特に法律、裁判関係への影響力は根強く残っている。大僧正ともなると議会に特別顧問として呼ばれることもあるらしい。

 そんな大僧正の息子とはいえ、この年齢で高い知識と人格が求められる裁判員に選ばれるのは、もちろん尋常じゃない。その活躍っぷりも立派なものなのだろう。


「最後の控えめ美人が杏怜 (キョウレイ)。優しい顔して、経済面に強くて、商部省からお伺いを立てられることもあるんだって。虫も殺さない正統派ゆるふわ美人だけどね、でもきっとあのキャラは作ってる」


 商部省とは、最近新設された省だ。国同士の交通が活発化したことによって重要性が高まった経済や流通を、央香国が正しくコントロールしていくことを目的としている。商人の財力が強くなっていることに危機感を感じて、という説もある。

 出来立てとはいえ、国の機関にわざわざ諮問されるなんてよっぽどだ。見た目は全体的に優しい印象で、柔らかな橙の髪をゆるく巻いている。身長は紫絡より少し低いくらい。確かに、正統派と呼ばれるに相応しい美しさだった。


「……で、紫絡さんは、何を読んでいるんですか?」

「四神録だって。この間、ここで配ってたの」


 そこには紫絡の読んだ美辞麗句の他、四神の個人情報がずらっと。

 誰が作ったんだ、こんなもの。


「ファンクラブとか、ありそうですね」

「あるんじゃない? あんな感じだもの」


 その四人に続いて、髪色様々な学院生がぞろぞろと連なっていく。

 わずかでも会話を交わそうと、せめて顔なりとも覚えてもらおうと。笑顔を絶やさない彼らからは、それでも必死な様がひしひしと伝わって来る。


「この学院に来てるヤツらなんて、全員いずれは国政を左右してやろうって思ってるようなヤツばっかりなんだから。自分よりも偉くなるってわかってる人がいれば擦り寄るよね、そりゃ」


 紫絡は完全に他人事の口調。


「紫絡さんは擦り寄らないんですか?」

「私、国政左右する気ないし」


 全員じゃなかった。


「碧流くんは?」

「本当ならしなきゃいけないんでしょうけど、また今度。いつか、機会があれば」


 はっきり言って、今、あれに入っていく勇気と元気はない。

 気づけば、あの一団に吸い寄せられたように、広間に溜まっていた人のほとんどもいなくなっていた。残されたのは、妙な静寂と打ち捨てられた数部の四神録。


「こんな感じで、何かとお忙しいあの四人が、珍しく揃って登校してきたりする日は、誰がどこから聞きつけてくるのか、こんなお祭り状態になるってわけ」

「なるほど。だから四神祭」


 嵐が去ったような広間で、なんだか疲れて佇む二人。


「ま、あれだけの逸材が一世代に揃っているんだから、いいことばっかりじゃ済まないわよね」


 紫絡の視線は、あの四人の通り過ぎたあとに残されたままで。

 碧流もなんとなく、同じ方向をぼんやりと眺めていた。


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