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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
1 日目
8/17

夕_廊下


 話しながら食べていたせいで、昼食が終わったのは昼休みが終わる直前だった。慌てて午後の一講目の講義室へ潜り込む。講義の内容は嵩泰半島の地理。各国の地形や気候、産物なども学べるのだが。

 どうしても、食後は眠くなるというのが万国共通の悩み。その上、少しでも気を抜くと、食べた昼食の美味しかったものや、泣く泣く選ばなかった魅惑的なその他のメニューたちが、碧流の脳裏に次々と蘇ってきて。

 結局、あまり集中できなかった。あとできっちり復習しよう。

 肩を落として講義室を出る。残る講義はあと一つ。次の講義室は――――


 と、どこかで見覚えのあるものが、視界に入った。

 まだこの街に来て二日目、学院に通うようになった初日。そうそう見覚えのあるものなどないはずなのだが。

 改めて、じっくりと二度見。流れていくそれを目で追って。

 見覚えがあったのは、ものではなく、人だった。碧流と同じくらいの身長で、紅色の髪、褐色の肌。

 彼女が、碧流の目の間を通り過ぎようとした、その瞬間。


「ああっ!」


 思い出すと同時に、碧流は手を伸ばしていた。


「えっ、なにっ!? ごめんなさいっ!!」


 急に腕を掴まれて、なぜか謝る少女。謝りつつも、とっさに逃げようというのか、じたばたともがいている。


「ちょ、ちょっと待って! もうどうする気もないですから!」


 男女二人が廊下でばたばたしている様というのは、静寂をモットーとする学院内では明らさまな注目の的だ。碧流はなるべく小声で、彼女を落ち着かせようと声をかける。

 ようやく、その鳶色の瞳が碧流の顔を凝視して。


「……あ、昨日の!」


 昨日の捕り物を思い出したのか、やっぱり逃げようとじたばたする少女。

 碧流はもう片手も伸ばして、両手で掴み。


「だから、もう突き出したりしませんってば」

「ホントに !?」

「本当に。僕もあの饅頭食べちゃいましたし」


 それで安心したのか、ようやく少女もじたばたを諦めた。

 打って変わって、碧流に笑顔を向ける。


「ほらね。あそこのお饅頭、美味しかったでしょ?」


 何が、ほら、なのか。

 そして確かに美味しかったが、ここで頷くのもどうなのか。


「でも、まさか学院生だったとは思いませんでしたよ。服だって」


 今日の彼女は、みんなと同様のゆったりとした服装をしていた。これではとてもあの動きができるようには思えない。しかし彼女はニヤリと笑って。


「でしょ? でもね、ほらここを、こうしてぐるぐるってすると」


 言いながら、下へ長く伸びた袖をぐるぐると腕に巻きつける。なるほど、これなら邪魔にはならないか。


「で、裾の方もこう――――」

「裾はいい。いいですから」


 脚まで露わにされると、廊下で何をしているのか本当にわからなくなる。碧流は慌てて少女を止めて。


「でも、学院生なのに、何で盗みなんて?」


 この学院に入学できている以上、いいところの出だろうに。

 そう言うと、彼女はまたも唇に人差し指を立てて。


「しーーーーっ」

「いや、誰も聞いてませんて」


 幸いなことに注目も集めなかったようで、そろそろ廊下には誰もいない。

 それでも彼女は真剣な顔で周りに目を走らせて。


「バレたら大変なの。アタシにだって、立場ってもんがあるんだから」

「じゃあ、やんなきゃいいじゃないですか」

「だって、お腹空くもん」


 即答。至極、当然な答え。いや、当然ではないか。


「で、そろそろ手、放してよ」

「あ。はい」


 つい、いつまでも握っていた腕を放す。と。


「油断したなっ! さらばだっ !!」


 直後、脱兎のように逃げていく少女。

 碧流はもはや呆然と見送るしかなく。

 捕まえた理由も特になかったから、問題はないのだが。


「――――あ、講義」


 結局、碧流は次の講義もぎりぎりで潜り込むことになった。


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