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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
1 日目
7/17

昼_食堂2


「――――おもしろい組み合わせだったね」


 なんとも愉快そうな声は背後から。

 聞き覚えのある声に振り返ると、紫の髪の女性がレンゲを片手に微笑っていた。


「紫絡さん」

「は〜い、紫絡さんだよ」


 軽い挨拶とともに、紫絡は自分の昼食が乗ったトレイを持って、碧流の隣へ引っ越してくる。


「改めまして、いただきます。」

「いただきます」


 レンゲを持ったまま両手を合わせる紫絡に合わせて、三度目のいただきます。


「でもさ、朱真って、いい男だよね」

「は、はぁ」


 唐突かつさりげない口調も、二度目となれば慣れてくる。

 そして、碧流はさすがにそういう目では見なかったが、朱真がいい漢であることは間違いない。


「背も高いしね」


 そう言って、碧流を見てニヤニヤ。そうか、これはいじりの類か。

 しかし、一般に女性が男性よりも低身長であることが望まれる泰皇国の文化では、女性にしては長身な紫絡に釣り合う男性が限られてくるのは確か。そういった意味では、朱真は条件を満たして余りあるのだろう。となれば。


「紫絡さんは、ああいう方がお好みなんですか? お似合いに見えますが」


 いじられっぱなしは嫌なので、いじり返してみる。しかし。


「ううん。私は、碧流くんみたいな可愛いコが好み」


 頰をつつかれた。ダメだ、早くも勝てる気がしない。


「でもなぁ、朱真って、南の公子様なんだよね〜。そこはポイント高いかな。長子じゃないし」


 公子というのは公族の男子を指す。女子なら公主。さらに公の後継者として認定されれば太子と呼ばれるが、太子となるのはほとんどが男子の長子だ。


「長子じゃないのがいいんですか? 太子になれないでしょう」


 普通なら、太子候補を選びそうなものだが。


「太子になったら、公になっちゃうじゃない。公后 (コウゴウ) なんて、めんどくさくて嫌」


 公后とは公の后、つまり配偶者のこと。人臣を極めた位ではあるが、誰もが目指すわけでもないようだ。


「でもさ、南は慣例的に長子相続とは限らないんだよね。だから安心はできないの。それに遊牧中心だからヤだな。獣臭そう」

「失礼ですよ」


 さすがにたしなめる。それでも周りに聞こえない程度の小声にしているところが紫絡らしい。

 それにしても。碧流は先ほどの朱真との会話を思い出す。


「遊牧民であの長身、って大変そうですね。主に、馬が」

「うん。だからお国の評判も芳しくないらしいよ。放蕩だって言われてるみたいだし。せめて身長だけでも代わってあげられたらいいのにね、お互いに」

「けっこうです」


 ちょこちょこといじりが入る。しかし。


「でも紫絡さん、なんで、朱真さんについて、そんなに詳しいんです?」


 学院では、他国の出身者には家柄などについては話さないのが普通だ。だから碧流も、紫絡については北厳国出身らしい、ということしか知らない。今の会話から、公族ではなさそうだが。

 そんな碧流に、紫絡はにっこり笑って見せる。


「ひみつ」


 そうですか。

 紫絡にそう言われると、碧流にはそれ以上聞き出せる気もしない。


「ま、長くいるといろんな噂が耳に入ってくるってこと。私、ヌシだから。朱真はそうでもないんだけど、他には有名どころもいるんだよ」

「有名どころ?」


 学院棲息四年目のヌシのゴシップに、ついつい碧流も気を引かれてしまう。


「誰でも知ってる有名人。例えば――――」


 紫絡はそれとなく首を回して。


「左に座ってる、小さめのカップル、わかる?」


 碧流もできるだけさりげなく視線を向ける。


「白い髪の男性と、銀髪の女性の?」

「そ。あれは西の公子と、そのお付き。白翔 (ハクショウ) と、雪祈 (セツキ) っていったかな。ちなみにこちらは、卒業後に太子ほぼ当確って噂」


 そう聞くと、つい、改めてそういう視線を向けてしまう。

 白翔は小太りで、身長は碧流と同じか、やっぱり少し高いくらい。いかにも公族のおぼっちゃま、という雰囲気を受けるのは、碧流の偏見が混じっているせいか。


「太子当確ってことは、長子なんですか?」

「んにゃ。でも、西公 (サイコウ) もまだ元気だし、上の公子はもうおじさんなのに立太子されてないし。西公がおじいちゃんになった頃に白翔に譲るんじゃないか、ってのがもっぱらの評判。後に産まれた子ほど可愛いってヤツよ」


 なるほど。公位の長子相続って制度はけっこう崩れてきているようだ。


「でもさ、こんなとこまでメイド派遣って、正直ヤバいよね」


 口にはニヤニヤと笑みを浮かべたまま、紫絡が眉を潜めてみせた。


「メイド、ですか」


 つられて、碧流も雪祈の方を窺ってしまう。

 さすがにメイド服は着ていないが、雪祈の印象を一言で表すなら、メイドだ。

 白翔よりも小柄だけど、きびきびとよく動く印象。それも、動きの少ない白翔の世話を、雪祈がかいがいしく焼いているような。


「でも、身の回りの世話をしてもらえるなら、学問に集中できますよね?」


 碧流のフォローに、紫絡はなおも声まで潜めて。


「集中どころか。二人は必ず同じ講義を取って、ぼっちゃまが困った時にはメイドが全部フォローするの。こっそり答え書いて見せたりして。キモいよ」


 うわぁ。


「キモい、て。雪祈さんからすれば、お仕事なんでしょうから」

「そう、お仕事なんだよね〜。噂では、毎晩、夜のお務めも果たしているとかいないとか……」


 ぶっ。

 危うく、玉子スープを吹き出すとこだった。


「ないでしょ。さすがに、ないでしょ」

「さぁね〜。雪祈の家柄まではわかんないからね〜。けっこう低めの家柄から、それ含めの人選かもしれないよね〜」


 公族の権力の士族に対する強制度は国によるところだが、家格の高くない家は公族の意思に逆らえない、ということは確かにあるのだろう。

 しかし逆に考えれば、他に競争相手のいないこの学院で、未来の太子の心と身体をつかんでおけば、未来の公后の座は決まったようなもの。家柄によっては、側室だって万々歳って考え方もあるかもしれないし。。。


「ダメです。やめましょう。雪祈さんを真っ直ぐに見られなくなりそうです」


 考えれば考えるほど、雪祈が不憫に見えてきた。

 勝手な考え過ぎかもしれないけど。

 それに、紫絡もしみじみと頷いて。


「そだね。どこまでホントか知らないけど、結局のところヤバいのは、それを許可してる西公なわけだし。大丈夫か、あの国」


 西公にまで毒づきながら、スープからワンタンを掬う紫絡。

 碧流も、冷めかけた炒飯を掻き込みながら、この人は敵に回したくないな、と強く感じるのだった。


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