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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
1 日目
6/17

昼_食堂1


 ……痛い。


 午前中はあの後二つの講義を受けたが、感想は総じて、痛い、だった。

 わずかでも動くたびにぞろぞろとした服が擦り傷に触れて痛く、時間とともに打ち身や筋肉の痛みも出てきた。恥をかかない程度に鍛錬はしてきたつもりだったのに、しっかり恥はかいたし。鍛錬を避ける充分な理由が得られたのだけが収穫だ。

 講義の方も、たまたまこの嵩泰半島の歴史や泰皇国全体の経済の概論だったため、予習済だった碧流にとってはそれほど目新しい情報もなく、結果として、意識の大半が痛みの方へと向けられることになってしまった。

 そして、やっとやってきた昼休み。痛いことに変わりはないが、予定外の運動で腹も減っている。空腹が満たされれば、少しは楽にもなるだろう。そんな根拠のない希望を抱きつつ、碧流は食堂へと急いだ。


 辿り着いた食堂は、さすがは王公士族の子弟ばかりが通う国立学院、と唸りたくなる空間だった。

 街の食堂なら二つ三つは優に入ろうかというスペースに、目にも豪奢なる料理の数々。しかも、ここでは代金を支払う必要がない。まぁ、その分は入学費やら、寄付金という名の学費やらに含まれているのだろうが、それはもう割り切り済。むしろより高いものを食べてこその供養だろうと、謎の義務感まで湧いてくる。

 熱に浮かされたように、詳細はわからないもののともかく高そうな定食を名前だけで選択し、手近な席へと落ち着く。普段からお屋敷でのフルコースに慣れている方々にとっては貧相なものなのかもしれないが、碧流にとっては人生指折りのパーティだ。昨夜の寮ご飯も夢のようだったが、この昼食はそれに優るとも劣らず。


「いただきます」


 はやる気持ちを抑えて頭を下げたところで。


「お、よく飛んでた少年じゃないか」


 聞き覚えのない声がかけられた。

 少年、というのは心外だが、よく飛んでいた自覚はある。湯気を上げる点心から目を離して、顔を上げると。


 ――――嵩山。


 いや、人だ。高いが、人だ。逆光になって顔すら見えないが、朱色の髪がまた嵩山を思い起こさせる。


「ここ、いいか?」

「……どうぞ」


 あまりに見上げているのも失礼だ。さりげなく視線を下ろしつつ、目の前の席を勧めた。朱色の髪は南須国出身。もう反射的に判別している。

 長身の男は、座るやいなや、勢いよくラーメンを啜り上げ始めた。


 ラーメン。あのとんでもないご馳走が並ぶ中で、あえてのラーメン。悪いとは言わないが、ラーメン。


「食わんのか?」

「あ、いただきます」


 二度目のいただきますののち、ようやく碧流も箸を動かし始める。

 豪奢な食べ物は、やはり豪奢な味がした。でも、やはり見ず知らずの男性と同席していると思うと、どうにも落ち着かない。名前くらいは訊いてみるべきか。


「しかし、あの剛力によく勝てたな」


 先に口を開いたのはまたも男の方だった。啜りながら器用に口を効く。

 碧流は口の中のものを綺麗に飲み込んでから。


「……剛力?」

「ああ、お前さんの相手だよ。鍛錬ではよく見る顔なのだが、名前は知らんのだ」


 相手。組手の時のあの大男か。そういえば鍛錬の前にも自己紹介などはしなかった。この口調では手合わせをしたこともあるのだろう。この男ならばあの大男とくらいしか釣り合いも取れまい。


「あれは、直前にアドバイスをいただいたので」


 あの青い女性の言葉が蘇る。せめて名前くらい聞いておけばよかった。

 長身の男は碧流の言葉を謙遜と取った様子もなく。


「もらった助言を即座に活かして勝つ、というのは、ただ勝つより難しい」

「そう、でしょうか」


 いまいち納得のいかない碧流。あの女性に言われたことも影響しているのかもしれない。どうしても、自分は勝ったわけではない、という意識が強かった。

 男は丼を持ち上げてスープを飲み干すと。


「お前さん、頭と目がいいんだな」


 そう言って、箸を置く。あっという間の食事だった。


「あなたは、あの鍛錬の場にいらっしゃったのですか?」


 鍛錬場にいたのは金髪ばかりで、朱い髪を見た記憶はない。

 やはり男は首を振って。


「いや、窓から見かけただけだ。鍛錬は最初に一度だけ、央国にはどんな強いヤツがいるものかと受けてみたんだがな、すぐに飽きてしまった。所詮、今後働くことのない軍隊に混じったところで、得るものはないな」


 それは同感だった。碧流ももう受講することはないだろう。したくもない。


「しかし、あの内容から判断する限り、央軍もそれほど質が良いとは思えんな。特にあの剛力など、ろくに馬にも乗れまいて。ま、身体の長さでは、オレも他人のことは言えんが」


 その央国の方々もたくさん昼食を摂っているであろう食堂で、人も無げに大声で話す。お上品な細面が多い学院生の中、その骨太な容貌はいかにも男らしく見えた。言動は野卑にも映るが、それでも柄が悪く見えないのは、やはり育ちか。


 ガタリ、と。

 椅子を引いて男が立ち上がる。碧流はそこを慌てて引き止めて。


「僕は碧流と言います。流族の、出身で」


 別れる前に、名前だけでも聞いておきたかった。


「オレは朱真 (しゅしん) だ。では、またな」


 朱真はラーメン丼を片手に、そのまま大股で歩き去った。

 なんとも、豪快な人だった。


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