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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
0 日目
2/17

昼_廊下

「――――あれ? 黒い髪」


 通りすがりに声がしたのは、碧流が見学がてら校内をうろついている時だった。

 確かに碧流の髪は黒い。だが学院の廊下で普通に私語が聞こえたのは初めてだ。

 振り返る。きょとんとした顔がそこにあった。


「北の人、だっけ?」


 すらりとした長身を包む、ゆったりとした泰皇国風の装束。

 胸にノートを抱えた紫の髪の女性が、碧流を眺めながら小首を傾げている。


「違いますけど」


 返答は最小限に、まずは相手の様子を伺う。

 上流階級の場合、つまりほとんどの学生の場合、髪の色は姓を表すことが多い。碧流の黒は北厳国の国色だから勘違いされたのだろう。さて、彼女の紫は――――


「ああ、よかった。知らないうちに知らない人が補充されたのかと思っちゃった」


 補充、て。

 しかしそれで、紫も北厳国の貴姓の一つだったと思い出す。

 安心したように微笑むと、彼女はきっちりとこちらへ向き直った。


「せっかくだから。私は紫絡 (シラク)。あんまり女っぽくない名前って言われるけど」


 ノートを抱えたまま、器用に両手を逆の袖にしまって胸の前に掲げ、頭を下げる。これが同輩に対する礼法。なんでも、このために袖が長くなっているとか、いないとか。

 礼を施されてはこちらも呆然と見ているわけにもいかない。同じように碧流も礼を返す。男女では上に重ねる手が左右逆なのに気を付けて。


「僕は、碧流と言います」


 碧流としての初めての自己紹介。まだ舌に馴染まない。

 いや、それよりも相手よりずいぶんと身長が低いので様にならないのが気になる。紫絡が女性にしては長身なのだとしても。

 そんな不満を知ってか知らずか。紫絡は怪訝そうな顔で、碧流を見下ろして。


「碧? 確かに日に透かすと碧っぽくもあるけど。で、碧って、東だったっけ?」


 またもや始まる、新たな誤解。


「いえ、僕は流族なんです。この名前は、先ほどいただきました」


 髪やら姓やらのせいで説明が面倒だが、これが泰皇国流だと思うしかない。

 納得したように、紫絡は、ぽん、と一つ手を打った。


「そっか。聞いてた。流族の人ね。へ〜、黒髪なんだ。第一号だよね。おめでとう。で、どう?」


 いや、どう、って。

 流れるように訊かれたが、流族の試験どうこうって話は公にはなっていないはず。なので、ここは一学生としての回答をすべきだろう。


「うれしいです。学院はまだ来たばかりなのでよくわかりませんが、とてもワクワクしています」


 正直に答えた。

 少し子どもっぽかったかとも思ったが、紫絡はにっこりと微笑んで。


「わからないことがあったら、なんでも聞いて。私、この学院のヌシだから」

「ヌシ?」

「うん。普通、この学院ってみんな二、三年で卒業していくんだけど、私、今年で四年目なの」


……それは、何て応えるのが正解なんだろう。


「あ。別に卒業できないわけじゃなくて、居心地いいからいるだけだからね。勘違いしないよ〜に」


 危うく、しかけた。

 そう言えば、この学院に卒業条件などはなく、自分で年数を決めて卒業できたはず。期限と試験が課せられている碧流は別だが。

 しかし、いたかったらいつまででもいていいものなのか、この学院。


「碧流くんって、寮?」


 唐突に訊かれる。気づけば、少しずつ距離が縮まってきているような。


「そうですけど」


 後ずさりかけるヘタレ根性にムチ打って、なるべく平然と答える。

 もちろんこっちに家なんてないから、学生寮にお世話になることになっていた。

 まだ顔を見せてもいないが、朝晩の食費が浮くだけで大助かりだ。


「なら、食堂でまた会うかもね。ちょくちょくお邪魔するから。おっと、時間だ。じゃね」


 やっぱり突然に。

 ひらひらと手を振って去っていく紫絡。別れの礼法は、それで良かったろうか。

 なんとなくぼんやりと、その後ろ姿を眺めてしまう。

 学生の第一印象としては、ずいぶんと予想外だったような。


 ということで碧流は、どことなく人懐っこい感じの、なんだかいろいろと考えさせられるお姉さんと知り合ったのだった。


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