表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
3 日目
14/17

朝_鍛錬場


 登校中も頭を離れず、掲示板の講義一覧も穴が空くほどじっくりと眺めて。

 やがて始まる一講目。結局、碧流も鍛錬の講義に参加していた。

 今日の講義は剣術。当然、棒術とは教官も異なり、きちんと礼法から技術的な面にまで指導が入った。最初に碧流を見た朱真は意外そうに笑っていたが、今は非常に退屈そうだ。彼の興味を引くものは、ここまではない。

 朱真の、そして碧流の興味は、鍛錬場の隅で静かに剣を振る青い髪の女性に向けられている。彼女はまるで重さもないように、流れる水のように剣を扱っていた。

 講義の最後は、今日も組手だった。しかし相手は自分で自由に選んでいいらしい。真っ先に、朱真がずかずかと鍛錬場を横切って、あの女性の元へと赴く。しかしその長い脚が彼女の元にたどり着くより、わずかに早く。


「今日こそ、決着をつけてやるぞ」


 女性の前に立ったのは、あの剛力だった。口振りからして、前にも一度やられているのだろう。それでも決着がついていないと思っているあたり、小物感が満載だ。眼中にないのか、女性の視線もそちらへは向けられない。

 となれば当然、朱真が黙っている理由はなく。


「おい、一度やったことがあるなら、今回はオレに譲れ。つまらん講義を受けてきた甲斐がなくなる」


 主に教官に対して失礼なことを言い放つと、間に割り込んで、女性へ向けて一方的に剣を構える。


「異存はないな」


 朱真の目が相手を見据えた。

 見返した女性の瞳にも、青い炎が灯される。どうやら異存はないようだ。

 朱青相搏つ。見ている碧流の胸にも熱いものがこみ上げてくる。さり気なく、二人がよく見える外壁近くに陣取った。組手はサボる。


「ふざけるな! 横から割り込んできて、勝手なことはさせんぞ!」


 空気が読めないのも、小物らしい。再度、割り込もうとする剛力。

 しかし朱真は片腕でそれを許さず。


「しつこいぞ。エリートさんはエリートさん同士、あっちで仲良く遊んでな」


 その言葉に、場内の雰囲気が変わった。


 一国につき、年に二、三人しか入学させられない四方国に比べ、地元である央香国出身の学院生は圧倒的に多い。そして央国が宗主国であるがために彼らの意識は高く、ともすれば他国出身者を見下す者も多かった。しかしそういった裏づけのない意識の高さは、往々にして、実力が伴わない央香国出身者たちに劣等感を、そして四方国出身者に反発心を生み出してしまうもの。学院内において、四方国出身者から央国出身者へ向けられる『エリート』という言葉には、そうした歪みが込められていることが多かった。

 前回の鍛錬と同様、今日もこの場にいるほとんどが央香国出身の学院生だった。そしてその多くが、朱真の言葉に反応して表情を変えた。朱真にとっては単なる揶揄に過ぎなかったが、彼らはそうは受け取らない。朱真こそが、彼らに劣等感を植え付ける存在であるからだ。明確な敵意が、南須国出身の朱真と、そして東征国出身の彼女の周りを囲んでいく。


「二人まとめて、相手してやってもいいんだぞ」


 雰囲気に後押しされて、不敵な笑みを浮かべる剛力。その主語は、この場にいる全員が、だろう。どんな手練れだろうと、この人数に囲まれてただではすまない。

 しかし、返ってきた反応は、呆れたようなため息。


「ごめんだな。数だけの相手など、興味が湧かん」


 凄まれているはずの朱真は肩をすくめて軽く手を広げ、完全に巻き込まれた形の女性も表情も変えずに剣を下ろした。

 興醒め、というか、どっちらけ、というか。

 二人からは完全にやる気が失われている。

 そんな二人の態度が、燻る火に油を注いだ。


「……逃げる気か」


 噛み締めた歯から押し出された、歯ぎしり混じりの声とともに。

 周囲の男たちの敵意が、殺意に変わる。


「やめなさい! 今は剣術の講義で、次は一対一の組手の時間だ!」


 慌てて教官が割って入った。それでも場内の空気は収まらない。

 男たちはじりじりとその包囲を狭めていく。

 もはや組手などではなく、集団私刑。男たちが手にする訓練用の剣は刃を潰してあるとはいえ、青銅の棒であると思えば殺傷能力にそれほど差はないだろう。


「やめなさい、と言っている!!」


 再度、静止する教官の声。それに耳を貸す者はもはやなく。

 それどころか、唆す声が外野から掛かった。


「なんだ、止めるのか。せっかくだから、最後までやらせてみたらどうだ?」


 茶化すようなその声は、鍛錬場に面した廊下から。それに対して。


「だめですよ、そんな。このまま続けたら、怪我人がたくさん出ます」


 制止する柔らかな声も、やっぱり廊下から。

 しかし、怪我人がたくさん、というあたり、多勢が不利だと認めている。


「校内での私闘は禁止だぞ。ただ、聞き捨てならない言葉が出たな」


 厳しいはずのその声は、どこか笑っているようでもあって。

 これでは止めているのか、煽っているのか。


「場所と時間を改めて、怪我人が出ないようなルールでの勝負ならいいんでしょ」


 手早く意見がまとめられた。

 どんな状況でも、彼らの役割に変わりはないようだ。


 廊下の窓から口を挟んできたのは、多くの取り巻きたちを引き連れた、かの四神の四人だった。あわや惨事となりかねないその現場を、全員が楽しそうに眺めている。いや、唯一、杏怜だけは眉根を寄せていたが、取り立てて慌てる風はなく。やはり、荒事というより、お祭り感覚なのだろう。


「……おかしなことになりそうだな」


 場をさらって行った面々を眺めて、再度ため息をつく朱真。

 すでに殺伐とした空気は薄れ、囲んだ男たちにも戸惑いが明らかだった。

 そんな中、ニヤニヤを隠そうともせず、橙琳がさらに煽る。


「エリートと言われちゃ黙ってられないよね。どうする、黄希、蒲星?」

「もちろんだ。エリートの代表として、参加しよう」


 黄希は、皇太子以外は口にできないような台詞を掲げた。


「私も参加させてもらう。朱真とは、一度試合ってみたかった」


 最初から朱真狙いだったのだろう。蒲星は視線に、常とは違う熱さを載せる。

 まさかの四神の参入。場内の男たちが一気に沸いた。味方としてこれほど頼もしい存在はない。処罰されるわけではないとわかって安心した、というのもありそうだが。


「もちろん私も参加、と。で、そちらはどうです? 朱真、青華 (セイカ)?」


 すっかり場を仕切っている橙琳から、今さらのように意思を確認された朱真は、青い女性、青華の方へと目をやりつつ。


「四神相手というなら、オレに不服はないが」

「同じく。ただし、ルールによる」


 青華は瞳を伏せたまま、静かな声で端的に答えた。


「仕方ないですね」


 それを受けて、小さくため息をついたのは杏怜。


「十名一隊での模擬戦ではいかがでしょう。武器の形状は自由。ただし刃は外し、先端に墨を含ませた布を付け、身体に墨が付けられた者は部位や程度を問わず死亡とします。ともに大将を一名選出し、全滅か、大将が討ち取られたチームの敗北。ちなみに、わたしは参加しませんけど」


 やっぱり流れるようなルール説明ににっこり笑顔を付け加えて。まるで事前に考えていたかのようだ。ついでにきっちりと不参加も表明するあたり抜かりがない。


「こちらに不足はない」


 すでに大将に収まっている黄希が回答する。

 朱真も、ちらりと青華の顔を確認して。


「こちらにもないようだ」


 かくして、央香国軍皇太子隊 vs 南須・東征国連合隊の模擬戦が幕を開ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ