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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
2 日目
11/17

昼_講堂


「――――ちょっと、いいだろうか」


 ようやく終わった議論の後、そそくさとその場を去ろうとする多くの学院生に阻まれて碧流が講堂を出られずにいると、後ろからよく通る声に呼び止められた。

 そこにいたのは、大僧正の息子であり若手裁判員である四神が一人、蒲星。


「もう少し、話をさせてくれないか? もちろん、時間があれば」


 もし自分が女子だったらころりといくんだろうな、と思う笑顔を向けられては、碧流も頷かざるをえない。もちろんころりとはいっていないけれども。

 蒲星は碧流を他の三人の前に導き、一応、といった様子で順に紹介していく。


「とまぁ、みんな肩書きは立派だけれども、私たちはただの幼馴染のようなものだ。君も肩肘を張る必要はない」


 そう言われても、碧流はその幼馴染ではないのだから、肩肘も張ってしまう。

 とにかく緊張しながらも自己紹介だけは返すと、へぇ、と小さく声をあげたのは橙琳だった。


「流族か、どうりで。黒髪だけど、厳の人間じゃないから何者かと思ってたんだ」

「流族の方が入学された、というのは聞いていました。ぜひお話をしてみたかったんですよ」


 議論の時とは違って、橙琳はさばさばとした、杏怜は見た目以上に柔らかな口調だった。さすがの議長は北厳国の人間も把握してるらしい。学院生のほとんどを知っていそうだ。どんな記憶力をしているんだろう。

 最後に黄希が、こちらは変わらぬ堂々とした声で。


「オレ自身は、新たな人や知識が入ってくるのはおもしろいと思っている。流族が国として認められるかどうかは親父殿の判断だからわからんが、おもしろいヤツがいた、とは言っておこう」


 期せずして、皇太子さまからありがたいお言葉をいただいた。これは、使命の半分をすでに果たした、と言ってもいいようなものなのではないだろうか。

 そうも思ったが、正直なところ、碧流は素直には喜べない心境だった。

 不躾かとも思ったが、ここは思い切って、先ほどからの疑問をぶつけてみる。


「それは、大変ありがたいのですが。僕には、さっきの意見も含めて、自分がそれほどおもしろい人間だとは、到底思えないんですけど、、、」


 はっきり言って、自分だけが呼び止められ、こうして四神と向き合っている状況自体、納得がいかない。せっかく褒められているのに自分からけなすというのもおかしな話だが、どちらかといえば、碧流にはさっき聞こえてきた悪口の方が同意できる。良いことをしたわけでもないのにご褒美をもらうようで気持ちが悪いのだ。

 黄希は理解できんというように蒲星を見、次いで杏怜を見た。杏怜は少し考えるように人差し指を顎に当てる。


「たぶん、私たちの考え方が、よくなかったんでしょうけれど」


 と前置きした上で。


「どうしても、私たちには、上から民を見る、という悪癖があります。民はされるもの、そして反応を返すもの。ですから、先に民の意見を聞く、という考えには、なかなか至らないのでしょう」


 この場合の私たち、は学院生全体、ひいては国政に関わる者全体を指しているのだろう。その言葉に、黄希は納得して頷いた。


「なるほどな。この学院にいるヤツらは、オレたちも含めて皆、その類の阿呆だ。だから、そうではないお前にとっては普通の意見であっても、オレたちからすれば、視点を崩してくれる、十分におもしろい意見だった、ということだ」


 紛れもなく、黄希は碧流を褒めている。碧流は知らないが、黄希がこれほど他人を褒めることも、これだけ上機嫌であることも、なかなかに珍しいことだった。


「簡単に言うとね、この学院ってボンボンしかいないから、みんな同じでつまんない、ってこと」


 例によって橙琳がまとめるが、そこに少しの毒が混じった。

 キャラを作っているのはこっちだったか。

 ともかく、納得がいくとは言いかねるが、現状は把握できた。

 

「おもしろいと言われた理由は理解できました。僕は流族ですし、毛色が違うといえばこれほど違う者もいないでしょう」


 なるべく卑屈にならないように応えたつもりだったが、返って強い口調で黄希に詰め寄られる。


「おいおい、別にオレはお前を珍獣扱いした覚えはないぞ。確かに族や立場は異なるのだろうがそういうことではなく、単なる一友人として、またいつでも話がしたいと言っているのだ」


 その表情はとても義理やお世辞などではなく。

 というよりも、なんだか、歳相応の若者のような。

 いや、皇太子とはいえ若者なんだから、当然なんだけれども。

 ともかく、彼の真摯な気持ちが込められていることが、素直に伝わってきて。


「さ、左様でございますか」


 思わず、おかしな敬語になってしまう。

 もちろん黄希が碧流に世辞を言う必要など全くないのだから、疑うこと自体が失礼なことなのかもしれないが、それはそれで今度は逆に、どうしても緊張、というか畏れ多さがのしかかる。だって、相手は皇太子なのだ。

 そんな碧流の肩に、蒲星の大きな手が載せられた。


「言っただろう、肩肘を張る必要はない、と。あまり皇太子扱いをし過ぎると、ヘソを曲げるから気をつけろ」


 すぐに橙琳も笑いながら。


「泣き出すかもしれないね。『皇太子だから友だちになれないと言われたら、オレは誰と遊べばいいのだ!』って」

「ええいっ、古い話を持ち出すな!」

「私なんて、最初隠されたんですよ、黄希が皇太子だってこと。ひどいと思いませんか?」


 昔語りでじゃれ合う橙琳と黄希。

 杏怜もころころと笑いながら、碧流に出会った頃の話をする。


 幼馴染。少しだけ、碧流も昔の仲間を懐かしく思い出す。

 使命のことは、一旦脇に置いて。

 碧流も、この四人ともう少し話がしたい気持ちになっていた。



 その後、ついでだと言って誘われて、昼食も四人と同席することとなり。

 昼休みが終わる頃には、碧流も少しだけ打ち解けて話すことができるようになっていた。


 取り巻き連中は、雰囲気を感じ取ったのか、遠巻きに見ているだけだった。


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