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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 夏 〜  作者: 都月 敬
2 日目
10/17

朝_講堂


 朝だけで一日分の体力を使ったような気もしたが、そういう日こそクライマックスはまだ先に用意されているもので。

 本日の三講目。央香国における行政に関する講義を受けるため、講堂へと向かった碧流を待ち受けていたのは。


「うわ。」


 すごい数の学院生の群れだった。まだ二日目ではあるが、こんな大人数が参加する講義は初めてだ。しかも、まだまだ入ってくる。講堂を埋め尽くすつもりか。

 碧流は立っている人をかき分けて、何とか空いている席を探す。ようやく隅に腰を落ち着けたところで。


「……なるほど」


 この混雑っぷりの原因が見えた。折り重なる人波に隠れて見えなかった最前列。そこには、かの四神様方が揃って鎮座ましましておられたのだった。

 席も取らずに通路に並んでいる学院生たちは、なんとか少しでも彼らに話しかけられないかとへし合っているだけ。挨拶を交わしただけできゃーきゃー言っている女子やら、ここぞとばかりに論争を挑みかける輩やら、混沌なことこの上ない。

 しかしそれも講義の開始時刻には軒並み講堂から退出していき、それでも他の講義に比べればまだずいぶんと多い人数が残して、ようやく講義が始まった。


 今回の講義は、ディスカッションだった。

 少しでも知識を吸収したい碧流にとってはやや拍子抜けではあったが、講義内容までは掲示板にも載せられていないので仕方ない。泰皇国流の思考方法を学ぶいい機会だと思おう。

 テーマは『泰陰に関する施策について』。央香国の首都に群がった人のうち、泰陽に入りきれなかったものが吹き溜まり、一部スラム化しているあの町について、国は何をどうするべきなのか、というのが議題だった。

 この問題について一家言を持つという杏怜が口火を切って、過去から現在までの経緯と問題点を手際よくまとめていく。意外、と言っては失礼だが、央香国以外の学院生も表情は真剣だった。どこにも似たような問題はあるのだろう。


「――――以上のように、潜在的なものも含めた泰陰の人口に対して、計上されている予算が余りにも少ないのが現状です。積極的な支援が喫緊に必要です」


 杏怜の意見は、治安、医療、公衆衛生の水準を向上させるためには資金援助が必要だという点にまとめられた。多くの学院生から拍手が上がる。


「支援、支援というが、何でもかんでも与えればいいという考え方はどうだろうか。住民たちの自立心を削ぐことになりかねない」


 杏怜に続いて、蒲星がよく通る声で自論を述べた。少し過激な論調で、杏怜の支援案を否定する立場を取っている。


「何でも、では確かにいけないでしょう。心だけがあっても自立はできません。泰陰の住民たちだけでできることには限りがあります」


 杏怜がさらに反駁する。ゆるふわな印象からは遠い、凛とした声で。

 結果として、この二人の意見を中心としたディベートのような形式になった。

 どちらに賛同するか。こういう形の方が意見は言いやすい。それまで聞いていただけの幾人かが、恐る恐る、あるいは意気軒昂と賛否を口にしていく。議論が活発になれば、勝手な発言も増えてくるもの。次第に講堂がざわつき始める。


「待って。今は治安維持に絞って支援をすべきか否か、という議題が注目されているようだし、もう一度、支援をすべきという意見を聞かせてもらえる?」


 そう手を挙げたのは橙琳だった。彼女は支援をすべきだと言う意見を声高に述べていた学院生を指して、その論旨を述べさせる。終われば、今度は反対派の学生を指名した。そうして意見を出したそうな学院生を次々と指名し、順序よく意見を引き出していく。気弱な学院生には優しく、しつこい学院生には厳しく。論旨から逸れれば指摘し、無駄に長い意見は的確にまとめる。議論がみるみるスムーズに流れ出した。まさに議長。

 黄希は初めから腕を組んだまま。目を伏せて、周りの意見を聞き、自分の意志に問いかけているかのようだ。これが彼らのやり方なんだろう。杏怜が慈愛を、蒲星が峻厳を述べ、橙琳がまとめて、恐らく黄希が決める。

 講堂には多くの学院生がいたけれど、碧流にはここには四人しか存在していないかのように感じられた。それ以外はただの脇役。いてもいなくても、議論に影響は与えられない有象無象。そう感じさせるほどの能力が彼らにあるということか。

 結局、挙げられた意見の数はほぼ半々。しかし最初の杏怜と蒲星の意見から補強されたものはほとんどない。どちらが優勢とも傾かず、これ以上新味のある意見も出なくなったというところで、議長が一人の学院生を指名した。


「――――そこの黒髪の方」


 議長、いや、橙琳の手が、碧流へと向けられる。


「先ほどから聞いているだけのようですけれど、ご意見はまとまりましたか?」


 この講堂にいる多数の学院生のうち、誰が発言して、誰が発言していないかを、完全に把握しているのか。それとも単なる偶然か。

 ずれた感心は脇に置いて。碧流は自分の意見を見つめ直す。無いわけではないが、ここで発言するべきではないと思っていたので黙っていた。しかし指名されては仕方ない。正直なところを発言する。


「僕には、その町の人々が何をして欲しいのかがわからないと、何とも言えません。すみません」


 ――――予想通り、嫌な沈黙が流れた。

 やがて、後ろの方から、失笑が漏れるのが聞こえる。それはすぐにはっきりとした声となって。


「……何とも言えないなら、言うなよ」

「泰陰に行って、一人一人に訊くのか? どうして欲しいって?」

「そんなの、お金が欲しいって言うに決まってるじゃない」

「そもそも、今は支援をすべきかどうか、って話をしてるんだろうが」


 頼りない意見は弱く、弱いものは叩かれる。わかっていただけに、碧流は黙っていた。しかし、ざわめきを打ち消したのは、さらに強い一言。


「――――そうなのか?」


 目を上げた黄希が、静まった講堂全体を睥睨する。


「二元論に割り切る必要はないだろう。そもそもは泰陰への施策を検討することが目的だ。そもそも支援と言って、皆は資金援助しか考えていないようだが、泰陰の住民は全員が金を求めるのだろうか? なら、話し合う必要など何もないのだが」


 振られた蒲星はきっぱりと。


「全員ではないだろう。今日一日を乗り切るためなら金を求めるだろうが、彼らだって馬鹿じゃない。むしろ明日を生きるために一生懸命だ。何が必要か考えるさ」

「支援するなら、彼らが求めるものでないと意味がないですね。そして、彼らが何を最も求めているのかは、私にもわかりません」


 杏怜が自分の意見を加えながらも同意する。

 両派の代表が頷いたのを見て、橙琳が再度碧流に視線を向けた。


「確かに、わからないというのが誰しもの本音みたいだね。でも、それでは先に進まない。ここは、どういう施策をするかの意思決定に泰陰の希望を取り入れる、という意見にしてもいいかな?」


 ごもっとも。

 頼りない意見を生まれ変わらせてもらった以上、碧流も頷くしかない。


「では、次はそれに関しての問題と対策だね」


 橙琳が新たな議題を提示して、即座に蒲星と杏怜が応えていく。


「さすがに泰陰の住民全員の希望調査は行えまい。取りまとめられる代表者を定める必要があるだろう。しかし外部の人間を代表としても受け入れられるかどうか」

「泰陰の中に自治組織のようなものができつつある、という話を聞いたことがあります。長屋を立てたり、排水溝を掘る指揮をとる人間がいるらしいのだけれど」

「都合がいいな。だが、その人間とコンタクトは取れるのか?」


 黄希も積極的に参加し始めたことで、完全に議論は四人だけのものになった。

 碧流を含めた他の学院生は、ただそれを眺めているしかできない。


「……あ、あの。そろそろ講義終了のお時間なんですが――――」


 完全に忘れ去られた教官が頼りなげに口を挟んでも、彼らの議論はなかなか止まろうとしなかった。


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