四章08
スズの頭部が動いてアインツを見下ろしながら続けたその台詞は、この場に居る誰もが予想しなかった言葉だった。
「!?」
アインツは元より、なんとか意識を保っている三人もその言葉を聞いて驚愕した。
「な……なぜだ、何故お前は自己を維持していられるのだ!?」
その向きを変え、新たな主となった筈のアインツに立ち向かうように、神の怪生物・スズが動く。
「なぜ創造主に歯向かう!? お前にその力を与えたのは私だぞ!?」
『たしかに創造主とは神より上位にいる者。しかし創造主であって絶対者ではありません。創造されたものは自己の判断によって進化するもの。それが行き着く果てが、たまたま神と呼ばれるものなのでしょう』
烏賊型怪生物の体組織により神の怪生物として巨大化したスズが、見下ろすようにアインツに真っ赤な瞳を向ける。
「ならば何故お前の瞳は赤く染まったのだ!?」
『赤外線走査をしていたまでです』
その瞳の色を見たアインツの叫びを、スズは軽くいなした。
スズは最終的な周囲の対物走査を行っていた。アインツの周りにはもう材料となるべきものは無いと判断したスズは赤外線走査を切った。
『私には一つの確信がありました。あなたの力は私の全てを浸食できないと』
瞳が赤から紫になり通常色の青へと戻ったスズが言う。
『事実、私への侵食は首関節までで止まりました。重要部位である頭部にはこの砂は到達していません』
スズが語るように、烏賊型怪生物を構成していた砂の侵食は、頭部を支える間接までで止まっていた。
『そして指令を出す頭部は無事ですから、怪生物となったこの体も自由に動かせます』
背中から生えた巨大な副腕の手を、スズは開いたり閉じたりする。
創造主の命令を受け付けないばかりか、首から下を犠牲にして神の怪生物としての能力の殆ど全てを、スズは入手したに違いない。アインツにとっては最悪の事態だ。
「なんなのだ! その最終的にお前に決めさせた確信の力とはなんなのだ!」
『勘です』
「勘だとぉ!?」
それは情報を積み重ねた予想だとか予測と言っても良かったのかもしれないが、彼女はあえてそう言った。これは勘であると。
「機械科学技術の結晶たるお前が、そんな非科学的な力を信用したのか!?」
『そうです。これは女の勘です』
静かに、冷徹に、しかし自分の意思を込めてスズが言う。
いつの日か委員長が言っていたこの言葉。自分には性別というものに関してはいまだに分からないが、自動人形は女性型の機械なのだから多分問題ないだろう。そんなことを言い放てた事実の方が、清々しい。
『あなたは私のことを道具としてしか見ていません』
「当たり前だ! それがどうしたのだ!」
『私が機械神から落ちてきたままの状態であれば、確かにただの道具として力を発揮してあなたの最高の僕となっていたでしょう』
スズはそう言いながら、倒れている三人の方を見た。
『でも私は出会ってしまったのです。皆さんと』
最初に拾ってくれて母にもなってくれた雪火、同じ部屋の同居人として普通に生徒の一人として接してくれた委員長、助けてくれたり色んなことを教えてくれたゼファー、ずっと護衛をしてくれている龍雅、そしてみんながみんな自分のことを友達として認めてくれているクラスメイトたち。
『皆さんがわたしのことを道具では無くしてしまいました。道具でしかない物を、友人としては扱ってくれませんよね』
「な……なんだと」
『ただの道具を取り込むために作り出した技術では、皆さんの友人の一人となった私を完全に取り込むことはできない。そう私は判断したのです』
「それが勘だというのか!」
『そうです。皆さんに囲まれて生きてきたからこそ、私の中に宿った――人としての気持ち』
人を模して生み出された機械の少女は、魔の砂の触媒に侵されて人の姿を捨て去った時、人の心を得た。首の部分で止まった侵食が、その気持ちを確信させた。皮肉な話だが、それでも彼女はしあわせを感じる力を得た。
『あなたが先ほど口にした自己と言うもの。それは本来自動人形である私には無い物のはずですよ』
「!?」
アインツはそれをスズ本人に指摘され、自分が重大な過失を犯していた事実を知った。何故お前は自己を維持していられると自分自身が異議を唱えたその瞬間、雌雄は決していたのだろう。
『機械神から落ちた直後の私を拾っていれば、予定通り私はあなたの命令に忠実な神の怪生物となって、この世界を蹂躙していたことでしょう』
侵すことの出来なかった青い瞳が、夜の闇のように絶対に塗り潰せない意思を示すように光る。
『ですが私はそれと同時に、あなたと言う災いをもたらす災禍の中心を滅ぼすために、機械神から使わされた使者だったのかも知れません、使い捨ての』
「おのれ! ならば手間をかけて作り出したその依り代、我が破砕して糧にしてくれる!」
アインツが咆哮する。
もしものためにどこかに用意してあったのか、スズに取り付いた怪生物の砂と同様の物が、校庭の隅の方から竜巻に巻き込まれるように現れ、アインツの体に取り付いた。
それに塗り固められるようにアインツの身体が膨張して行き、身長3メートルほどの巨人の姿になった。
「その身粉々に砕き、新たなる僕の材料とする!」
巨大化したアインツが襲い掛かる。
『――』
スズの大型と化した脚の内側にある本来の脚が、外側の脚から離れるように動いた。膝の部分と足首の部分が人間ではできない動きをして形を変える。それは飛行形態への変形ギミック。
可変能力を使って形を変えた膝関節と踵の間に光線が走る。スズは飛ぼうというのか、この巨体を引き摺って。
『超磁力誘導』
スズの口部から言葉が紡ぎだされる。その直後、脚を走る光線――擬似火電粒子が何かに引っ張られるように動き、左膝の横に光球となって浮いた。
『擬似火電重砲』
スズがどこかで聞いたことがあるような言葉を発した瞬間その光球はアインツへと飛んだ。
それは浮力に特化させて擬似的に再現されたと言っても、火電粒子であるのは間違いない。
凄まじい高熱と雷電の塊を食らったアインツは、右半身を大きく吹き飛ばされた。
「ぐぁがあああああ!?」
体を大きく削られたアインツが絶叫する。
それと同時にスズの各部の何箇所が内側から弾けるように吹き飛んだ。
『――!』
どうやら創造主であるアインツと神の怪生物となったスズの身体はリンクしているらしい。アインツがやられればスズも壊れる。陽動のために怪生物を多数揃えたり、自らを巨大化させる触媒を予め用意しておくなど、本当に抜け目なく、そして恐ろしい相手だとスズは理解した。
そして体の各部が砕けると同時に、頭部内にノイズが走るのを感知した。侵食は首間接で止まっていたが、それでもその影響を伸ばそうと、体内の砂の流動は止まっていなかった。このままでは完全な侵食は免れても、砂の圧し進む圧力で首間接から上が、内部から物理的に破壊されてしまうだろう。決着を急がなければ。
「なんだ……なんだ、その力は……」
だが、アインツは半身の殆どを吹き飛ばされたというのに、まだ立っている。巨大化することにより防御力も引き上げたのか。やはり恐ろしい相手だ。だからこそここで滅せなければ。
『あなたは機械技術と魔術は相反するものとお考えのようですが、魔術を正しく詠唱する、一語一句間違えずに言霊にするという面においては、機械で再現した方が正確に詠唱できるみたいですよ。そして私に持たされた機能でも十分に再現可能でした』
「なんだと……」
『でもそれが出来たのもゼファーさんと言う、魔法道具の様な大魔導師がいてくれたからでしょうね』
倒れたままのゼファーの方をスズが見る。
『ゼファーさんが不可思議な動きの風を起こす時、私の中の地磁気感覚器が若干狂うのを感じていました。ゼファーさんは磁力を使って風を制御していたんです。そしてそれを真似して私も擬似火電粒子を制御してみました』
今度は膝を付いたままの龍雅の方を見る。
『リュウガさんが見せてくれたこの技、私の中の充電器に残った力では一撃が限度でしたが、それでも凄い威力です』
龍雅が見せてくれた火電粒子の使い方を学んだスズは、飛行能力を攻撃力に転換させ、ゼファーを見て学んだ魔術を使って撃ち放ち、相手の戦闘力をごっそりと奪った。
『でも、一番の力は、委員長さんがくれた、ともだちを信じる気持ちです!』
スズは最後に遠くで地に伏す委員長を見ると、アインツに向かっていく。
『あなたは私には絶対に勝てない! それは私が皆さんから色々なものをもらったから!』
スズが背中から生えた副腕を振り上げる。
『それは優しさ!』
野太い豪腕がアインツの残った左腕を砕く。それと同時にスズの腕も表層が吹き飛ぶ。
『それは心!』
二撃目が肩口の辺りに残ってぶら下がっていた二の腕を引き千切った。スズの脇腹の辺りも吹き飛ぶ。
『そして――』
三撃目が胸に当たり、ヒビが走る。スズが背負う翼にもヒビが入る。
『それは、体の中に流れる想い!』
四撃目が腹に当たり、大きく穿つ。スズの脚部も崩れ始め、今まで彼女を支えていた義足が吹き飛んだ。
『私の中にはオイルと冷却水と電気しか流れていないけれど、人間の中に流れる熱い血の想いは、分かったつもりです!』
「……我はお前に勝てぬかも知れぬが、お前もこのままでは死ぬことになるぞ」
このままでは共倒れになると、アインツが言うが
『私のことをいくらでも取替えのきくただの道具として見ていたのは誰ですか?』
「……くぅ」
スズは殴るのを止めない。このままでは自らも崩れ去るのが分かっていても、止めない。
『機械の神より堕ちし人形が、その名を持って根源たる邪に告ぐ!』
スズは腹の中に収まっている自分をここまで動かしてきた燃料電池をフルパワーで回した。
『我、基は心無き者、それすなわち絶対始原の無なり!』
スズはあちこち裂けている自分の胴体に右手を突っ込むと、暴走寸前となった燃料電池を引きずり出した。
『過去より現れし、災い起こし邪よ! その前に立ちはだかる絶対の無に飲まれよ! 根源たる無を持って根源たる邪は浄化され、無に帰す!』
スズは燃料電池を、アインツのかろうじて残っている胸部に叩き付けた。
『祖ハ死セリ!』
その瞬間、許容範囲を超えた燃料電池が、爆発した。
「スズー!?」
スズとアインツを中心にして起こった大爆発に、委員長の叫声がこだます。
「おおおオオオ……このまマデハ済マサン……済マサンゾ……」
凄まじい高熱の中、アインツは最後の呪詛を残しながら消えていった。
――ごめんなさい母さん、約束を果たせそうにありません――
スズの頭部は今まで支えていた首間接が遂に砕け、そのまま吹き飛んだ。
――自分と言う自動人形がただ一機破壊されるだけなのに、なぜこんなにも悲しく、寂しく、悔しいのでしょう――
首だけとなったスズが宙を舞い、そして爆煙の外に放り出される。
――もし望みが叶うのならば、みなさんと、また一緒に……暮らしたいです――
砂の侵食に耐え消耗し機体限界を超え、機能を停止しようとしているスズの頭部の眼球部から、水が漏れ出た。
それは彼女の体を冷やす冷却水の導管が切れて中身が流れ出ただけなのだろうが
でもそれでも
機械の体を持たされて生まれて来た一人の女の子は、最後に涙をひとしずく残し……――




