四章03
「次、疾風弾さん」
「はい」
再び保健室へと戻ってきたスズは、自分の名が呼ばれたので一歩前へ出た。
今まで体重計を前にして散っていった戦士たちとは、また違う意味で注目が集まる。
スズの体重(重量)はクラスメイトのほぼ全員が知っているのではあるが(転校初日に椅子を壊すほどであったので)、そのスズが乗ったら体重計が一体どうなるのかということに、興味津々のようである。
「いきます」
一応自分も気合を乗せた風な口調でスズが悪魔の機械(体重計)へと挑む。
まずは左足を乗せてある程度バランスを取って体を固定させた後に、義足である右足を乗せる。
スズが全重量を乗せた瞬間、物凄い勢いで針が回った。クラスメイト全員から「おお」とどよめきが起こる。
このクラスにもぽっちゃりとした女の子は数人いるが、彼女たちが乗ったときよりも凄い勢いで針が回ったので、ふとましい彼女たちはその光景を見てなんだか安心した。この機械の彼女とは生涯に渡っての親友になれそうな安寧を得た。彼女とは是非とも焼肉屋巡りをしてみたいと思う。行ったら行ったでスズは水しか飲めないのだが。
「えーと、疾風弾さん、149.5キロ」
あくまで生徒のただの一人として、養護教諭がその数値を簡潔に告げるが、改めて告げられた数値はやはり凄い。
「やりました、500グラムダイエットできました」
しかし続いて飛び出したスズのその言葉に全員が度肝を抜かれた。
「スズちゃんってばダイエットとかできんの!?」
「いや、始めて挑戦してみたんですけど、やればでき――」
スズがそこまで口にした時、突然バランスを崩して体重計から滑り、床に落ちた。保健室が揺れ、女子生徒たちがいっせいにタタラを踏む。
「うわっ」
「きゃぁっ」
「スズ!?」
「スズさん!」
とりあえず仰向けに転がったスズの下に委員長と龍雅が駆け寄る。
「スズいったいどうし、熱ぃ!?」
とりあえず胸部辺りを触ってみた委員長が、そのあまりの熱さに思わず手を離した。
「スズさんの表面装甲が異常加熱をおこしていますね」
指先で軽くスズの各部を触れて確かめながら、龍雅が診断した。
「冷却水が不足しているように思いますけど」
戦車のエンジンや各部モーター部分も回し続ければ過熱を起こし、上手く動作しなくなる。スズはこの異常加熱によって関節が上手く動作しなくなってバランスが取れなくなり倒れたのだろうと。
「内蔵の水タンクが破損しましたか? その割には液漏れは見受けられませんけど」
護衛役になるに際してスズの体の構造はある程度説明されたのか、龍雅が現状態を観て訊く。
「いえ、ダイエットのために内部の水を抜いてみました」
「だいえっと!?」
その場にいる全員が驚きに声を合わせる。
「なに莫迦なことしてんのよ! 無茶なダイエットが一番体に毒なのよ!」
それを聞いて、スズは自動人形とかそう言うのは関係なく、無謀な行いに走った一人の女の子として、スズのことを委員長は叱った。
「でもみなさん体重のことを気にして」
「倒れちゃ意味が無いでしょ!」
後ろで聞いている生徒の中の数人の中に、自分に言われたような申し訳ない顔になっている子もいる。激しい減量を強いて今のスズのように倒れ、迷惑をかけた過去があるのだろう。
委員長は扇動するようなことを最初はやっていたが、普段から減量しろとクラスメイトに進めているわけでもない。最後のこの瞬間に体重計に乗る勇気を搾り出すため、あのようなことをしているだけだ。
「先生水ありますか!」
「ここに水差しが」
委員長が早急に冷却水の補給をしてやらないとと養護教諭に訊くと、机の上においてあった水差しを手渡された。病人に薬を飲ませる用に、わりと普段から保健室には飲料水が置いてある。
水差しの注ぎ口をスズの口部にあて、中に水を流しこもうとするが、殆ど零れてしまった。
「もうちょっと口大きく開けられないの!?」
「無理です」
「しょうがない私が口移しで」
「それは大変有り難いのですが、私が委員長さんの初接吻の相手になるのは非常に申し訳ないのですが」
「なんでそんなこと知ってんのよ!」
「スズさん、お腹の方に本来の給水口ありますよね?」
慌てる委員長の隣りで、龍雅が冷静にスズの機体構造を示した。
スズは腹部の辺りに手を持っていくと、そこにある表層の一部を開く。車の給油口を極小化させたような部位が露出する。
「ちっちゃっ、これじゃ口の大きさと対して変わらないじゃない!」
「普段は専用の器具で水を入れますし」
「先生、漏斗みたいのありますかっ」
それでも口部よりはましなのでここから入れようと思うが、しかしまだ小さいので液体を瓶に詰めるあの道具があればと養護教諭に訊くと
「あるわよ」
養護教諭は硝子棚の方に行くとそこに置いてあった小さめの漏斗を取ってきて渡した。液薬を混ぜたりするのに必要なので置いてあるのだろう。それにしても何でも置いてあるんですね保健室って。スズの関節用のオイルなども訊いたらすぐ出てきそうな勢いである。
委員長は漏斗の口をスズの給水口に刺すと、水差しの水をゆっくりと入れ始めた。後ろの女生徒たちが固唾を呑んでそれを見守る。容器には結構な量が入っていたが、全部スズの体の中に入ってしまう。入れた直後から冷却に使って消費しているのだろう。機体の奥から水が蒸発するような音も微かに聞こえる。
「だいじょうぶ?」
「はい、過熱した間接も冷却が終わりましたので通常機動なら問題なく可能です」
スズはそれを証明するように、漏斗を取ってもらうと給水口を閉めて上半身を起こした。確かに異常な動きは見られない。
「まだ装甲表面には熱が残っていますが放熱も兼ねているのでお気になさらずに」
難しい言葉の羅列に多くの女の子は「???」だったが、スズがもう大丈夫と言ってるのはわかるので、全員が胸を撫で下ろした。
その皆の心から安心したといった表情を見て、スズがまた分からなくなる。自分は自動人形であるから、人間ではない。その一体が機能不全になり、それが修復しただけで、何故人間はそんな顔になるのか。
「そんなに心配していただかなくとも、私は――」
「ともだちのことを心配するのは当たり前でしょ!」
私は機械ですから。そうスズが続けようと思った処を、委員長が遮った。
「……ともだち」
委員長の口から出てきた言葉を、スズも口にする。
「あなたはもう、うちのクラスの大切な一員の一人よ。それはもうともだちってことなの、ね?」
委員長が後ろに振り向くと、クラスの他の女の子たちも全員がうんうんと頷いた。
「?」
スズがみんなの方に顔を向けても、全く異議なしという顔をしている。
「――」
スズが今度は龍雅の方に顔を向けると、自分もその同意を表すように微笑んだ。それに元々彼女は、スズと同じ水を飲んでいたり、スズと従姉妹と言われても変な顔をしなかったわけなので。
「――」
既に計測が終わっている自分の体の採寸を測るだけという簡単な行事であったはずなのに、スズの記憶回路にはまた理解の難しい問題が追加されることとなってしまった。
「――ともだち」
そんなこんなで一週間が過ぎ、また土曜日授業が終わって、スズたちにはまた休日が訪れていた。
「よいしょ」
寮の玄関に入ると、スズはまず足を洗う準備をする。庭にある水道でまずはバケツに水を汲んできたスズは、廊下の端に座ってそこで足と義足を洗い、左足にはスリッパ、義足にはカバーをつけてようやく中に入る。中に入っても洗った水を洗い場で捨てたりとまだやることはある。
「しかしそうして足を洗っているのを見ると、毎回難儀なことをしているように見えるわね」
一足先に下駄箱に自分の靴を放り込んだ委員長が、バケツの水で左足を洗っているスズの仕草を見ながら言う。もちろん龍雅はスズの護衛役であるから委員長の隣で静かに待っている。一度スズのことを手伝おうとしたが「毎日のことなので」とスズに言われたので、自分がいる時だけ手を出しても拙いのだろうと、無防備な常態のスズを静観する護衛役に徹することにしている。
「私にとっては必要なことですので」
機械神の中で動き回るのが主目的である自動人形にとっては、土足禁止の場所に入り込むなど設計段階には盛り込まれていない稼動状況なので仕方ない。
しかし床に直接腰掛けてそういうことをしているのを見ると、やはり大変だなと思ってしまう。スズは義足でもあるので。
「椅子とかあったらまだ楽になるのかな?」
「椅子は――私には壊した経験がありますので、ちょっと」
「でも椅子とかに座れば腰の位置が高くなるんだから、少し楽になるんじゃ?」
「そうですね、今よりは素早く作業を終えられるのは確実だと思います」
「あの、椅子がだめなら箱みたいなものを作ってみてはどうでしょう?」
それまで黙っていた龍雅が提案した。
「箱?」
「座って休息する用途ではなく、腰掛けて短時間の作業に用いるのが主目的でしたら、別に椅子のような座り心地はいらなくて頑丈さを優先すれば良いんじゃないかと」
「それだ!」
とてつもないアイデアを思いついたように、委員長がうなった。
「それに村雨さんが言うように、椅子とかめんどくさい作りじゃなくて箱とか簡単なものなら私たちでも作れるんじゃないの?」
「!」
なんでそんな簡単なことに気付かなかったんだろうと、スズも思う。自分の記憶領域にある事柄を組み合わせれば、作業時間短縮を図れる道具の作成などは、考え付けるはずなのにである。
「そうと決まれば善は急げ! 二人とも町に繰り出すわよ!」
「今からですか?」
折角足を洗浄して室内歩行装備仕様となったのにとスズは思考したが、仕方ない。
「そうよ、善は急げって言ったでしょ。村雨さんも良いわね?」
「わたしはスズさんの護衛ですからスズさんが行くところにはどこへでも行きます」
そうやって任務を最優先にする風に言う龍雅だが、どことなく嬉しそうな顔をしている。
「よし、みんな着替えたら駅の方にあるストアに木とか買いに行こう。まずは材料集めね」
さっそく委員長が今後の予定を大まかに立てた。
「あとなんか必要なものあるかな」
「金槌や鋸は寮にもあるでしょうからあとは釘でしょうね。紙やすりもあった方が良いかもしれません。金槌と鋸がここに無い場合は戦車備え付けのものをわたしが取ってきますので」
「さすが村雨さん、頼りになるぅ~」
「あの、私はこの制服しか着るものがないんですけど、このままで良いでしょうか」
委員長が「着替えたら」と言うのだが、自分には今のところこの制服しか用意されていないので着替えられない。他には夜着くらいしかない。
スズにとっては別に衣服など保護カバー程度の意味しかないので装甲表面剥き出しでも構わないのだが、それでは大騒ぎになるのはちゃんと知っている。
「あ、そうだったね。じゃあついでだからスズの服も見に行こうよ」
そんな風にスズが言うと、委員長の方から意外な提案が追加された。
「い、いえ、私は服など別に――」
「ああ、お金の心配? なんなら私がプレゼントしてあげるよ」
スズの戸惑いが金銭面であると勘違いした委員長がそう言う。
「こう見えても政府公認の魔法少女だからね。水の魔物を倒した時はちゃんとお給料が出るのよ」
「だったらわたしも半分出します」
長身な彼女の方からも声が上がった。
「わたしも水保の隊員としてのお給料ありますし。使うあてが無いんで預金残高が凄いことになってますので」
「そういうことなら私ら二人で半分こずつ出し合ってスズにプレゼントってことにしよう」
「良いですね~」
「――」
金銭に関して言えば、養母である疾風団雪火の方から『必要な物を買う場合があったらこれを使いなさい』と、真っ黒いカードを一枚渡されていた。限度額無制限のアレである。スズはその気になったら空母一隻とか買えてしまう訳である。疾風弾の名とはそれ程のもの。
しかしそれと同時に『でもね、あなたに何か贈り物をくれるって誰かが言って、その人が本当に好意的にしてくれていると感じれたのなら、それは素直に受け取りなさい』とも言われていた。雪火も雪火なりに養女の健やかな情緒成長は願っている。
スズがその過程で欠損している記憶を修正できたら、機械神の中への帰還を最優先させて姿を消してしまうかも知れないが、それを邪魔したいとは思わないほどに、雪火の中でもスズの存在は「娘」として大きくなってきているのだろう。そしてその養母の感覚が、更に人間が持つ感情と言うものを、自動人形の中で分からなくさせる。
「――」
そして今目の前にいる二人は、大変嬉しそうな顔をしていた。自分の保有する金銭を自分以外の事で消費すると言うのに。
「――」
多分それが好意というものなのだろうとスズもここでは判断して、自分が持っている真っ黒いカードのことは黙っていた。




