四章02
そんなこんなで新たに村雨龍雅という仲間が一時的に増え、新たな一週間が始まったのだが、スズを連続して付け狙ってきた怪生物はそれ以降現れることがなく、平和な空気のまま時が過ぎていっていた。
変わったことといえば水曜日に身体測定があったことくらいだろうか。
「ああそうだ二人とも、身体測定があるのって知ってた?」
火曜日の放課後を過ぎて全員が落ち着いた時を過ごしている時間帯。
寮の部屋の中でテーブルを囲んでコップで水を飲んでいたスズと龍雅は「はい?」と同時に振り向いた。ちなみにここはスズと委員長が生活している部屋なのだが、龍雅もスズの護衛任務があるので、自分の部屋のごとく顔を出している。
「しっかしそうやって二人して同じ水を飲んでるのも凄い光景だわね」
スズは口部から冷却水を補給することが出来るので、寮にいる時間はそこから体内に水を入れている。龍雅もジュースやお茶などには特にこだわりがないみたいなので、スズの使っているボトルから少し別けてもらって一緒に飲んでいた。ちなみに入っているのはただの水道水(@神無川県)である。スズにとっては天然水などよりも浄化槽で殺菌された水が一番良いらしいのでこれである。
自動人形が冷却水用に補給している水を、人間である龍雅が特に気にせず同じ物を飲んでいる。冷静に考えてみれば確かに凄い光景である。
「そう言うわけだから、明日は身体測定だから体操着忘れないようにね。忘れたら下着でうろつく羽目になるわよ」
「あの、私は下着でも全裸でも構わないのですが、体の計測自体は疾風弾重工の方で、各部位の採寸をミクロン単位で行ってもらっているのですが」
スズの複製品(妹たち)を作る上でもそれは重要なことなので、頭頂高に全備重量も含めてかなり詳しく計測されている。
「わたしも水保の入隊時に身体測定ならやりましたけど」
龍雅の方もまた別の意味で、身体測定は人間ドック並みに詳しく行われたので当分必要ないのであるが。
「二人とも別の所で身体測定は済んでるかもしれないけど、今は疾風高校の生徒でしょ! 生徒なら生徒らしく校則に従いなさい!」
煮え切らない二人に、委員長が委員長パワーを持って言いつける。
「はい」
「はい」
それはもっともな意見だと、二人とも委員長のご威光に頭を下げる。しかし龍雅はともかくとして、スズの場合は再計測してもどこか変化している部位など全く無いのだが。いや、二回も戦闘に遭遇しているので、体のどこかが少しは削れているのかも知れないが。
「しかしこうやって見てると、二人はどことなく似てるっぽい雰囲気はあるよね」
「そうですか?」
「?」
軽くしょんぼりしている二人を見て委員長がそんな感想を持った。そう言われたスズと龍雅はお互い顔を見合わせる。
「姉妹……というよりも従姉妹っぽい雰囲気を感じるね」
「そんなもんですかね?」
「さぁ」
一方は自動人形で一方は人間であり、顔の造作(スズの場合は造形)も違うのだが、それでも似ていると思われるのは、そういう雰囲気だからだろうか。
「リュウガのお母さんと、スズたち自動人形の開発者が実は姉妹とかね」
「ああ、それだと本当に従姉妹になりますね」
委員長はスズの本当の出自をまだ知らないのだが、かなり良いところを言い得てると二人も思ってしまう。
数千年前か数万年前かも不明な自動人形が作られた頃の設計者と、今の時代を生きているであろう龍雅の母親とが姉妹であるのはありえないのだが、妙に納得してしまう意見だ。
「千年くらい前に会っていたかもしれないっていう第一印象は、結構合っているのかもしれませんね」
「そうですね」
スズと龍雅がそう改めて言い合う。
そんなほのぼの(?)した雰囲気で過ごした翌日、三人の所属するクラスは身体測定を迎える。
「さぁ、行くわよ!」
普段はベッドが数個置かれているだけの保健室に、女子たちの熱気が満ちる。
今日のために体を磨いてきた女戦士たちの前で、統率者たる委員長が雄々しく号令をかける。眼鏡のレンズがきらーんと光った。
「おう!」
体操着を脱ぎ捨て、中身を曝け出し決戦の装束となった戦士たちが、掛け声勇ましく応える。
「――」
「……」
そんな身体測定に望むクラスメイトたちから少しはなれたところで、スズと龍雅がその光景をぽかーんと見つめていた。龍雅は普通に下着姿であるが、スズは体操着の下は何も着用していないので自動人形の基本状態である。
「体を計測するだけなのに、なぜ他の人間の皆さんはそんなに気合が入っているのですか?」
至極真っ当な問答をスズが言う。
「まぁ体重というのは女の子にとっては永遠の悩みですからねぇ」
その女の子の一人であるはずの龍雅が、まるで他人事のようにこの異様な光景の説明をする。
「体重? 全備重量のことですか?」
「人間は衣服をパージできるので、船でいうところの基準排水量みたいなものですね」
龍雅も龍雅でなにか説明がズレている部分もあるが、彼女は水上保安庁所属なので、そっち方面の知識で語っている……ということにしておこう。
「その、重量がどうなると良いのでしょうか?」
「前回の測定時よりも軽いと嬉しくなります」
「軽いと、嬉しい?」
人間とは軽量化されると嬉しいらしい。増加ユニットを装着して重量が増えた方が相対的に攻撃力が上がる自動人形にとっては、軽量化という概念は無く、またそれで嬉しくなるというのも分からない。
「つまり人間とはほんのちょっとでも軽くなっている方が強い?」
「強い弱いで説明するのも変ですけど、その論法でいくと確かに強いですね、特に女の子の場合は」
体重が軽くなった優越感に浸れるわけだから、確かに強弱で言えば強である。
基本的には重量級の戦闘兵器の方が、軽量級兵器よりも強力である方が多いのだが、人間はその逆であるらしい。
「リュウガさんは普通の人間ですけど体重とかは気にしないのですか」
「わたしは体重を気にすると言うよりも、日々の体調を気にする方が大きいですから」
普通の人間と言われたことに少し照れた顔を見せながら龍雅が答える。
「体重が重くても前の日よりも良く動けるのであれば、わたしにとってはそれが普通なんですよ」
自分のことをそんな風に客観的に見つめていられる処は、自分たち(自動人形)の行動に似ているなとスズは思った。いや、あれだけの強い力の能力者なのだから、自分を外から見られる力は重要な要素なのかも知れないが。
「そういうところが委員長さんが言った私たちは似てるという意味なんですかね」
「そうかもしれませんね」
しかしスズはそれとは別に、女の子らしく行動するのはどういうことなのだろうとも考えていた。
「――」
「では始めましょうか。秋山さんからどうぞ」
養護教諭が身体測定の開始を告げた。凄まじい威圧感を放つ悪魔の機械――体重計がその中心にある。全ての事柄を破壊する破壊神のように、それは女子生徒の目には映った。
「はい……」
スズが見ている前で、死地へとおもむくかのような悲壮な表情で出席番号一番の女生徒が呼ばれる。彼女は体重計にゆっくりと両足を乗せる。そして――
「えーと、秋山さん、57キロ」
「ぐはぁっ!?」
その数値を伝えられた瞬間、秋山氏が吐血した。
「あきやまーっ!」
体重計から転げ落ちるようにくず折れる秋山氏の周りにクラスメイトが集まって助け起こす。
「……おかしいな……昨日まで豆腐ダイエットで、体しぼってきたのに……」
「秋山……豆腐は大豆食品だから、意外に高カロリー食品よ」
「……まじで」
その衝撃の真実を知った秋山氏の首がカクンと折れた。
「あきやまーっ!」
こと切れた(注、死んでません)秋山氏の周りにみんな集まり、華々しく(?)散っていった仲間に涙する。
「秋山の死(注、死んでません)を無駄にするな! 次、荒巻!」
眼鏡を上げて涙を拭っている(ホントに泣いてる)委員長が、次なる戦士の名を告げた。
「いってきます!」
みんなから「がんばって!」「お前ならだいじょうぶ!」などと声援を送られながら、荒巻氏は意を決して体重計に乗る。そして――
「えーと、荒巻さん、59キロ」
「ぼふぉっ!?」
養護教諭の無常な(事実を冷静に語っているだけなのだが)報告に、第二の戦士が散っていった。
「あらまきーっ!」
そして、やはり同じように散っていった荒巻氏の周りにみんな集まり、また全員で涙する。
そんな目の前で物凄い大スペクタクルドラマが展開されているのを、やはりスズと龍雅がぽかーんと見つめていた。
「あの、秋山さんも荒巻さんも、過度に肥満であるとか過度に虚弱である体型には見受けられないのですが」
「先ほども説明しましたとおり、体重とは女の子が永遠に戦う相手なのです」
冷静なスズの問い掛けに、龍雅も冷静に返している。ちなみに最初に散った秋山氏は既に復活しており「今日は腹いっぱいケーキ食っちゃるぜー」と、最大の難関である体重測定を終えて、安堵した顔を見せていたりする。そこがまたスズには良く分からない。
「――ならば私もダイエットというものをしてみた方が良いのでしょうか」
スズが小さく呟く。
観測してわからないなら実践あるのみ。なんでもやってみなさいとは母さんからも言われているのだし。
「ちょっと私も強化対策をしてみようかと思います」
「はい?」
スズはそう告げると、三番目の戦士がやっぱり敗れ去り阿鼻叫喚に包まれている保健室を一時去った。




