三章06
龍雅操縦の水陸両用戦車は第参東京海堡から東京湾を神無川県まで渡り、沿岸部へ上陸した。そのまま疾風高校まで進むと裏門にある駐車場に止めた。
実はこれが龍雅が登校に要するシークエンスの半分であったりする。登校に用いられる車両は、道路を傷つけないように履帯にゴム板を装着し、砲弾も全て降ろした訓練用車両で、水陸両用戦車の操縦訓練も兼ねている。
通常の登校日であればこのまま授業を受けて、学習日程終了後は再び戦車に乗って東京湾を渡って第参東京海堡まで帰るのであるが、本日は疾風高校女子寮へのお泊りが許可されているので、同じ寮の住人であるスズと共にその場所へと向かうのである。
「今のリュウガさんは学園戦闘物の女性主人公みたいな格好ですね」
龍雅は戦車から降車したあと、側面のラックに取り付けてあった1・8メートルはありそうな長い棒状のものを取り外し、予め用意してあった長大な巾着袋にそれを収め、左手に持っていた。
疾風高校の女子用セーラー服に身を包んだ長身女子高生が、水上保安庁女子隊員用オーバーニーハイブーツを履き、更にそんなものまで携えているのだから、確かに学園に巣くう魔の狩人といった風情である。
「まったく同じようなことを、この前ムムさんにも言われましたよ」
静かに苦笑する龍雅。スズがプロキシムム・カトルデキムのことを不思議な人と記憶領域に登録したのは間違ってはいなかったらしい。
しかしスズの場合はその手の知識は一体どこで得ているのだろう? 雪火からその手の漫画でも買ってもらっているのだろうか?
そうして龍雅が戦車停車後の軽い常態整備(ゴム板が剥がれていないか等)を終えるのを待ってから、二人は疾風高校を出た。
「――」
「……」
二人とも無言のまま女子寮への道を歩く。
スズはとりあえず相手が何か行動を示さなければ喋ることがなく、龍雅も元々が無口な女の子であるので、黙々と寮への道を進んでいる。
「――?」
そしてその沈黙の時間を破ったのは意外にも機械であるスズの方だった。
「リュウガさん」
「はい?」
「この先の三叉路の右から、何かが接近中であるのを感覚器で捉えました」
会話ではなく状況の変化が、スズの沈黙を無効化していた。寮へと進んでいる道路の右側にはまた道があり、そこから何かが近づいているのだという。
「人か車か、なにかでしょうか?」
「二日前に接近遭遇した相手と同じような成分を感覚器では反応を示しています」
「ということは……」
龍雅も水上保安庁の隊員であるから、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの出現は知らされている。それはその場に居合わせた国家所属魔法少女により殲滅(公的にはそのように処理されている)され、その後の調査・証言により大まかな概要などは、本来その手のものと戦う役目である水保や陸保の戦車駆逐隊にも説明された。
「……」
二人ともこのまま進んでは危険だと判断した。歩を止めると身構える。龍雅は左手に持っていた棒状の物を覆う長袋を外すと投げ捨てた。それは鞘に入った何かであり、龍雅はその鞘からも抜くと、鞘も捨てて中身の柄を両手で持った。
「凄い斬敵兵装ですね」
長身である彼女とほぼ同じ長さのありそうなそれ――両手持ちの大業物を見てスズが言う。
「艦颶槌、という名前らしいです」
「かぐづち?」
「帆船や蒸気船の時代、敵艦に乗り込んで艦ごと叩き切るために作られたもの、そう教えられました」
「敵船を斬る武器ですか。では、それをリュウガさんに与え、用途を説明したのは、やはりカトルデキム隊長なのでしょうか」
「全くその通りです」
「そんな気がしました――来ます」
二人はそこで会話を打ち切り、三叉路に右からの出現に備えて集中する。龍雅はスズを守るように一歩前へ出た。スズも通常状態では動きの遅い自分が前にいては邪魔になるのだろうと、少し後ろに下がる。
最初、蛇の頭のようなものが見えた。そして同じような物が何本も出てくると、それが繋がった本体らしきものが現れた。
「――蛸ですね」
「……蛸ですね」
蛸に人間の下半身をつけたようなもの――形容すれば正にそんな感じの何かが現れた。
「表層の作りからして、二日前に私達を襲ってきたイルカ型怪生物と同種であると判断して間違いないと判断します」
「ではあれが、東京湾の砂で作られたサンドゴーレム」
「多分そうです」
何故リュウガがそこまで詳しい情報を知っているのかスズも疑問として思考したが、今はそれを問い質している状況ではないので不問にした。
蛸型怪生物は蛸の特徴でもある口(漏斗)を蠢かせると、いきなりそこから何かを見舞った。
「!?」
普通の蛸であればそこから吐かれるのは黒墨であるが、真逆の色である白色の物体が飛び出し、手前にいた龍雅はそれの直撃を受けた。それは凄まじい勢いで放たれたらしく、彼女は道路わきの塀まで吹き飛ばされた。
「ぐぅ……」
「リュウガさん!」
蛸型怪生物は更にそれを連射した。着弾のたびに龍雅の体が跳ねる。そして瞬く間に龍雅の体は塀の壁に完全に貼り付けられてしまった。
「リュウガさん!」
「スズさん……逃げて……わたしのことは放っておいていいですから」
「――、」
スズはその言葉を聞いて、本当にその場を離れるべきなのかと思考した。現状での自分が一番に優先すべき行動は機械神の中への帰還であるはずであり、自身がここで破壊されてしまったらそれは達成できない。
離脱を選ぶのは現状では最良であるはず。しかしスズの中では「何故か」それが一番の選択肢であるとは思考できなかった。
だからスズが選んだ選択は
「そんなことできません!」
スズは龍雅を壁に繋ぎとめている白い何かを引き剥がそうと壁に向かおうとしたが、蛸型怪生物はそれを許さなかった。今度はスズに向かって白い何かの連射を浴びせかける。
「!?」
「スズさん!」
一拍の後に、スズも龍雅の隣りに貼り付けられた。
「く、――?」
白い何かを食らったスズは、それが最初は粘性を帯びていたのに、徐々に硬化を始めているのに気付いた。
「リュウガさん!?」
先に被弾していた龍雅の方を見ると、全身に食らった白い何かがほぼ完全に固まっていた。そしてその完全硬化したものを見たスズは
「これは、サンドゴーレムの体組織と同じ物?」
そう判断した。
自分が二日前に砕いて破壊した、イルカ型怪生物が残した破片と全く成分が同じだった。自分の感覚器がそう示している。
相手を拘束するために特化した怪生物であるらしい。
そして二人の動きを止めた相手は、スズの方に向かってきた。
八本の触手が蠢き、スズの体の輪郭に合わせてその触手を後ろの壁に突き立てる。何本も何本も杭を打ち込むように続けられるそれは、まるで壁に貼り付けて動きを封じたスズをその壁ごと削り取って回収しようとしているようにも見える。
「……スズさんをどうする気ですか!」
敵の意図を悟った龍雅が声を上げるが、動けなくした相手が何を戯言を言うのかといった雰囲気で、無視して作業を続ける。
「く……今、力が……使えるか?」
それを見た龍雅が、意を決したように何かを願う。
生まれながらにして持たされた自分の力。それは全てを滅ぼす負の力に違いないけれど、使い方を間違わなければ、守りたいものを守れる力にだってなれるはずだ。その力、こんな時に使えなくてどうする。
「くぅ……!」
龍雅が右手に意識を集中させる。――そして
「――?」
スズは今、自分の隣り、龍雅の右手の辺りに電光が生じたのを感覚器で観測した。しかも雷級の力だ。
そのあまりにも凄まじい電力の発生は、電圧の力だけでサンドゴーレムと同様の体組織を維持できなくさせてバラバラに崩した。白く硬化した蛸型怪生物が吐き出したものから、龍雅の右腕が露出する。
「はぁはぁ……まだ、です」
龍雅は自由になった右腕に再び力を込める。先ほどとは違う別種の力が宿る。
「――?」
今度はスズの感覚器が、重力が異常な動きをする重力震を感知した。その直後、龍雅の右の二の腕や肩口に張り付いていた白く硬化したものがギシリと嫌な音を立てると、一気に亀裂が入って吹き飛んだ。
「……はぁ、はぁ」
『――?』
そこまで来てようやく異変に気付いたのか、スズを壁ごと捕獲しようとしていた敵がスズを離し、龍雅の方へ体を向けた。龍雅は自由になった右腕を蛸型怪生物に向ける。
かざした右腕を中心にして、重力変動が起こる。腕を軸としてくるくると重力波が回りだす。それと同時に手の平に雷光が生じる。それは微小な光にしか見えないが先ほど見せた雷クラスの力が詰っている。そして回転する重力波が雷球を回しだす。それは一瞬で星と星を繋ぐほどの加速度に達し、空間が歪み始め、生じた歪みを矯正しようと雷球が熱変換を始める。
そして熱を帯びた雷球が炎のように真っ赤に染まった時、龍雅が小さく呟いた。
「火電重砲」
その言葉と共に火と電の塊となった球が飛び出し、それが蛸型怪生物へと放たれる。そして直撃を受けた相手は、一瞬にして消えた。
「!」
怪生物が消えたと言う事実よりも、感覚器で観測したあまりの計測値の方に、スズも驚くと言う表現を記憶領域から引き出す。
龍雅が撃ち放った火と電の塊、それにはこの地上ではありえないほどの熱量が含まれていた。直撃を食らった相手が一瞬で消えたのは、耐熱という概念を超えた熱量に接触して、一秒に満たない時間の中で燃やし尽くされてしまったからだろう。
本来それほどの熱がこの地上で出現したら、地上の殆ども燃えてしまうはずだが、先ほども観測した重力の異常変動を使って、熱が外に出ないように押し込めているに違いない。
「……つ、使えました」
龍雅がそう疲れたように言うと、彼女を覆っていた白く硬化したもの全体に亀裂が入り、砕けた。隣を見るとスズを覆っていた白いものも粉々になっていた。
相手はゴーレムという魔法生物であるので、本体が倒されたことにより、吐き出された物も効力を失ったのだろう。魔法というものは精神的な繋がりによって保たれている要素が多いものなので、今回もその一例に違いない。
「大丈夫ですかリュウガさん?」
拘束を抜けたスズが、膝をついて脱力しているリュウガの隣りに身をかがめる。
「……だ、だいじょうぶです」
全く大丈夫に見えない龍雅が大丈夫ですと言う。凄まじい力を見せた反動からか、本人も凄まじく疲弊していた。左手に持ったままだった艦颶槌をとりあえず地面に置く。
「――リュウガさん、今のは火電粒子なのでは」
それを訊いた龍雅が「!?」という顔になる。
「スズさんもその名前を知っているんですか?」
「私達の飛行用素子が同種の名前です、擬似的なものですが」
スズはそう言うと壁に手をついて義足だけで器用に立った。そして左脚だけを飛行形態に変形させる。
「スズさんの変形、始めて見ました」
「私が特技(変形)を見せた時には、リュウガさんはいませんでしたからね」
スズはそう言いながら、膝関節と踵から露出した円形部品を繋ぐように、赤い光線を放出させた。
「これが私達に飛行用素子として実装されている擬似火電粒子です」
スズはそう言いながら数センチだけ自分を浮かせて飛べることを証明すると、すぐに着地して左脚を元に戻した。自己紹介の時にしでかした墜落騒ぎはさすがにもうしない。
「これが私の使える火電粒子です、擬似的なものですが」
「わたしの方は、最終的に使えるようにならなくちゃいけない力の前段階として、電磁誘導と重力制御が使えるんですけど、その二つですらまだまともに使えないんですが」
龍雅が「……使えるか?」と言っていたのは、そのような不完全な要素があったからであるらしい。
「その二つを組み合わせて今出した火電粒子というものを使えるようになって、その火電粒子自体も最終的に使えるようにならなくちゃいけない力に付随したものらしく」
「最終的な力とは、第零の火とか、そのようなものでは」
相手の言葉を遮るように、スズが静かに発したその言葉を聞いて、龍雅が動きを止める。
「……スズさんは、そこまで知っているんですね」
「私は――機械神の中にいましたから」
この人には喋らなくてはならないのだろうと、スズは自分の出自を告白した。
「一番最近に起こった機械神災害、その時に機械神から落ちてきたものが、私です」
「そうだったんですか」
龍雅も普段は水上保安庁の戦車乗りであるから、当日は自分の隊の水陸両用戦車に搭乗して、その動向を見守っていた。そして通過後になって、機械神からノイズのようなものが観測されたと本庁の方から知らされていたが、その正体がスズだったのだ。
「私の記憶領域の中には、かつて機械神の乗り手だった者の中の一人に、火電粒子使いと呼ばれる者がいたと記録があります」
スズが、過去に作られた詩を詠うように、語る。
「そしてもっとも重要且つ、そして誰しも忘れ去っていた機体の乗り手だったと」
「……わたしも遠い昔にそのような場所にいてそのような物に乗っていたような記憶が微かにあります」
遠い目をしながら龍雅は「……でも」と続けた。
「今は15年間生きてきただけの記憶しかないので」
「――そうですよね」
「……」
「――」
「……」
「こういう時に委員長さんがいてくれると良い感じに意見を挟んでくれるのでしょうが」
「こういう状況を突っ込み不在というのでしょうね」
「私の記憶領域にもそうなのだろうと記録があります」
「まぁつもる話もあるとは思いますので、とりあえず寮へ行きましょう」
龍雅がこのままではなんだと、とりあえず帰還を促した。
「その前に学校に戻っても良いですか。相手が吐き出した物や被弾した機体も含め、常駐している整備の方に見てもらわないと」
「でしたらわたしも、そこで水保の方に報告を入れますので、とりあえず戻りましょう」
龍雅はそう言いながら再び艦颶槌を掴んで立ち上がると、側に落ちていた鞘に再び収めた。その間にスズが長袋を拾ってきてくれたのでそれに入れる。
「一つだけ今訊いておきたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「火電重砲という名前を付けたのはやっぱりカトルデキム隊長ですか」
「全くその通りです」
龍雅が軽く苦笑しながら答える。
「わたし自身は、火と電磁の球とか適当に言ってたんですが『私がもっとカッコイイの付けてあげる』と言い出して今の名前に」
「そんなことだろうと思いました」
そうして再び学校の方へ戻るべく歩き出した二人の姿を、遠くから一人の人影が見ていた。
『アノ魔法少女ガ護衛デハ無カッタノカ?』
折角護衛のいない移動中を発見し、隙を突いて襲ったと言うのに、別の何かに邪魔されてしまった。
『シカシソレトハ別ニアノ大女、魔法少女以上ニ厄介ナ相手カモ知レヌ』
怪生物を一撃で消滅させたあの力。あれはかなり危険なもの。
『今回ハ少シ急イテシマッタ様ダ。アノ大女ヲ封ジル手立テモ含メ、少シ時間ヲカケテ準備ヲスル事ニシヨウ』
その人影はそう言い残して、姿を消した。




