三章04
翌日日曜日、午前中。
東京湾上空を一機のパワードリフト機(民間用ティルトローター機)が飛翔していた。
疾風弾重工製のその機体のキャビンには、スズの姿がある。
機械神から落っこちて東京湾の海底に沈んでいたところを拾われたスズは、養母となった疾風弾雪火の下へと、ことある毎に顔を出すのが義務付けられているのだが、本日は朝の時間帯が空いているということで彼女の下へ向かっている最中なのだ。
と言うわけで迎えに来た疾風弾財団所有のパワードリフト機に乗っているという、なんだか物凄いお嬢様状態である。もっとも彼女はこの国有数の財団組織総帥の養女なのだから本当に超お嬢様でもいいのだろうが、スズ自体がかなりの重量物なので、もしかしたらただの荷物扱いなのかもしれない。
疾風高校女子寮のある神無川県から千刃県沖にある目的地までは飛行機械であればひとっ飛びなので、ものの十数分で到着する。窓の外に見えてきた。
東京湾に浮かぶ島の一つ、第参東京海堡。東京湾水系の安全を守る水上保安庁の根拠地であり、疾風弾重工の様々な施設も抱える人造島である。
南北に長い地形となっているその島の北の突端には、半潜水式石油プラットフォームのような海上施設が係留されている。これは疾風弾重工がかなりの昔――それこそ創設直後に作り上げた施設であり、水質調査などの複合施設であると対外的には発表されている海上移動基地である。
形状的には石油を採掘する半潜水式プラットフォームのような形状をしているのだが、ただ通常は複数の柱(脚部)で構成される下半部分が、全て壁で覆われている。
これでは移動する時にかなりの水の抵抗を受けることになるが、ごく短距離の移動しか考慮されていないのかも知れない。しかしそれでは近隣の水質調査しかできないということでもあり、昔から非常に謎めいた施設であることから「疾風弾重工が最初に作ったただの失敗作」などと揶揄される時もある。
スズを乗せたパワードリフト機は、その巨大施設最上部に設けられたヘリパッドへと着陸した。
「お帰りスズ! 我が愛しき娘よ!」
スズがキャビンから降りると、疾風弾財団総帥その人が直々に迎えに来ていた。
「ただいま戻りました母さん」
「うんうん、元気そうで何より」
疾風弾財団総帥疾風弾雪火は、養女でもあるスズの体を抱きしめた。
「あの母さん、私のことを抱擁しても硬くて痛いと思いますけど」
「うん、ちょっと痛いね。でもオイルの匂いが良い感じに安心させてくれる」
「そうですか」
間接を滑らかに動かすための油の匂いで、何故そんなにも嬉しそうな顔ができるのだろうと、スズはまた不思議に思う経験をする。
雪火はそんな養女の硬い体と機械油の香りをひとしきり堪能すると、体を離した。
「さて、いつまでも感動の再会をしてる訳にもいかないからね」
そういって雪火はヘリパッド隅の昇降機の方へと歩き出す。スズもそれに続く。
「右脚の方はどう?」
隣を歩くスズの歩き方がかなり自然になっている(歩行音は相変わらず凄まじいが)のを見て、雪火が訊く。
「はい、この義足にも習熟できてきたみたいで、飛行以外はかなり普通にこなせるようになってきました」
さすがに空を飛ぶ補助まではこの義足には不可能なようだが、歩行に関しては義足で歩くための経験値が貯まってきたということだ。
「でもいつかはちゃんとした脚を作ってあげないとね」
それもこの機械の少女との間でかわした約束なのだから、ちゃんと果たさなければならないと雪火も改めて思う。彼女からは現状でも多くのものを得ているのだから。
「この義足で歩いていると微妙に自重が軽減されているような気がするのですが、そのような機構が埋め込まれているのでしょうか」
とりあえずは今の状態でも地上であれば満足に動けるようになったスズが、この義足のことを訊く。
「まぁ我が重工で開発中の重力軽減素子とかそんなん使ってるからね。さすが戦車10台分とか費用がかかってるだけあるわ」
「――以前は装甲車10台分と仰ってませんでしたっけ」
「そうだっけか? まぁ駆逐艦10隻分とか言ってもそうは変わらないような気もするし」
そんな恐ろしげなことを軽い口調で言いながら、雪火が昇降機に乗り込んだ。しかしその希少性を考えると戦略爆撃機10機分とかかかってそうな雰囲気でもある。事実は謎のまま。
スズが続いて乗り込んでドアが閉まると、二人を乗せた箱が下降を始めた。
昇降機が止まって再び扉が開くと、そこには歩哨の者が立っていて、雪火の姿を認めた途端一礼した。雪火は「ごくろうさま」と軽い挨拶を残して進んでいく。後ろに続くスズにも歩哨は一礼をくれたので「おつかれさまです」とスズも頭部を下に可動させた。
そうして何人かの歩哨に守られた通路を二人で歩き、再び昇降機に乗り、最下層に当たるであろう通路へと辿り着いた。そこを更に歩いて進む。
スズにはこの通路に記憶がある。自分が大型の車椅子に乗り、雪火に押されて通った通路である。だからその最奥の扉の先には
「――」
首の無い鋼鉄製の巨人が、壁に貼り付けられるようにして立っている。
疾風弾重工創始者が発見した機械巨人の安置される場所。実は半潜水式石油プラットフォーム型施設として建設したここがその場所なのだ。
機械使徒の収められているブロックの下面が水面に浸かっているのは、数万トンある機械使徒を収めているブロックの床が抜けてしまわないように船のように浮力によって支えているのである。その意味ではこの施設は正方形をした巨大船と言えるのかもしれない。
「――!? 私がいっぱいいます!?」
前回ここに始めて訪れた時とは違う雰囲気を感じたスズは、その様子の違う方へ頭部を向けると、整備台のような斜めに傾けられた板の上に、自分と同型の機械が寝かせられているのを発見したのだ。その数10体。
「おお、さすがにスズでも驚くか」
「私以外にも自動人形を発見できたんですか!?」
「フフフ、これぞ疾風弾重工脅威のメカニズム」
田舎チョキの形にした右手を顎に添えながら、なんだかカッコいい台詞を告げる雪火。ムム隊長も同じようなことを言ってましたが。
「発見したんじゃくて一から作ったのよ、ここで」
「作った?」
「まぁ作ったっていうよりはあなたの丸ごと複製品なんだけどね」
右腕を元に戻しながら雪火が説明する。
スズが交換条件として協力を了承すると告げた直後から、彼女の体を構成するパーツの採寸は受けていた。それは失われた右脚の代替である義足の製作の為でもあるのだが、このようにスズの複製品を作るためでもあった。
スズに協力を求めた最大の理由は、この場に安置されている動かない機械使徒を動けるようにするためである。
機械使徒の内部には常態維持のために小型の機械が無数に配備されているのは分かっていたのだが、その正体がスズの発見によって少女型の人型機械であると判明したので、もっとも手っ取り早い方法としてスズ自身の複製を行ったのである。
スズそのものも超越技術の塊ではあるが、元々機械使徒を解析してかなりの消失技術を疾風弾重工は解析できていたので、スズの体の機構をかなり正確に再現することは可能であった。しかし失われた右脚だけは構造が不明なので、左脚を反転コピーしたものを取り付けている。もし右脚だけに違う何らかの機構が設けられているのだとしたら、彼女たちは動かないかも知れないという危険は孕んでいる。
「スズ自身が『自分には感情が無い』って言ってたからね。だから思考回路の部分もなんとか再現できた。もっともまだまだ未成熟な部分は多いけど、スズのような万能機械じゃなくて、機械使徒を動かすだけに徹するものにすれば結構いけるところまでは仕上がってる」
ただ、スズに飛行能力を与えている擬似火電粒子と呼ばれるものの再現までは無理だったので、彼女たちが目覚めてもスズのように飛ぶことはできないので、万全の状態では機械使徒は動かせないとは言われている(可変能力自体は再現されている)。
「この子たち用の予備の脚をスズに付けてあげてもいいんだけど、あなたの性能を100パーセント補うことはできないと思うから、まだ義足で我慢してね」
「いえ、私は大丈夫です」
大重量である自分を支えるには出来たばかりの複製品を新たに繋いでもらうよりも、支えることに特化したこの頑丈な骨格状の義足の方が、現時点ではスズ自身も安心できる。
「まぁそういうことなので、この子たちはスズとは違ってただの作業用の機械でしかないから、現状では襲われたら簡単に壊れちゃうとは思うけど」
二日前の金曜日の夜、委員長とゼファーのお供に出たスズが、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに襲われた後に、学校に常設された専用の整備施設を訪れたのは、もちろん雪火にも報告が入っている。
「すみません、私が破壊されて交換条件が果たせなくなる処でした」
最終的には相手を倒したのではあるが、自身が破壊されるかも知れない危険な状態であったのは確かだ。
「でもあなたは、ドロシーさんとお供のカカシを助けたんでしょ」
「結果的にはそうなりますが」
「ならいいじゃない。三人とも無事なら今さら問題にするようなことなんて何もないわ」
「そうですか」
交換条件となった観察対象が、自分自身を危険に晒して契約不履行になったかも知れないのに、雪火はもう問題にすることはしないと言う。やはり人間とは理解の難しい不思議な生き物だとスズは改めて思う。
「まぁでも、何が起こっていたかは知る必要もあるので、その時の状況を教えてくれるかな」
「了解です」
スズは先日起こったイルカ型怪生物との接触の一部始終を雪火に伝えた。
それには委員長の実家で聞いた話も含まれるが、事前にこのことを養母である雪火にも報告する際に喋って良いのかと確認を取ると「かまわない」と言ったので、そのまま包み隠さず報告している。先代魔法少女とこの疾風弾財団現総帥は、もしかしたら旧知の間柄なのかもしれない。同じような場所で活動していたのだし。
「東京湾の砂で作られたゴーレムねぇ」
今まで起こった水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに関することをまとめると、とりあえずそのような要約となる。
「しかもそれを作ったのが負の魔法生物の生き残りであるらしいと」
「そのようです」
「でもそれとは別にして、今回の事件もろもろが終わるまでは、護衛ぐらいは付けた方が良いのかなスズに」
「護衛、ですか」
本来ならば自分の方が何かを護衛する立場であろうが(実際に機械神を護衛しているようなものであるし)、それが逆になってしまう場合もあるのだなとスズは思考した。機械神の中であれば他に同型機が多量に配備されているので代替などいくらでもいるのだが、この場所での現状ではスズ一機である。複製品の製造は行われているが、彼女たちがちゃんと起動するかどうかはまだ保障されていないし、オリジナルを失うわけにもいかない。
「スズが単体でもエライ強いのは分かったけど、もしものために、ね」
「母さんがそのように判断されるのでしたら、私は従うだけです」
「まぁ人選はこっちに任せてもらうけど、スズにも負担にならない良い人を見つけるから安心して」
「了解しました」
とりあえず今まで起こったことの報告を終えたスズは、斜めになった荷台に並ぶ自分と同じ姿の機械の方を見た。
「この複製機たちは私の妹になるのでしょうか」
ぽつりと、そんなことを養母に訊く。
「そうね、娘ってことにしてもいいんだろうけど、そうすると私がおばあちゃんになっちゃうんで妹にしておいてちょうだい。未婚でばあちゃんはさすがにツライ……」
「了解です」
彼女たちは自分の同型機となるべく生まれてきたけれど、自分を元にして生まれてきた個体。その意味では機械神の中にいる仲間たちとは、また違う繋がりを持つ機体たち。
彼女たちには一体これからどのような境遇が待っているのだろうと、長姉となったオリジナルは思った。




