三章03
委員長は最後に自分で撮った写真を探すと指で指し示した。道路に広がる砂の山。
「ああそうだ、本物も持ってきたよ」
今度は鞄から口を縛ったビニール袋を出して、口を開いた。
「砂ね」
「うん。このイルカ型の怪生物はスズにボコボコに砕かれたあと最後にこれになったのよ」
「ふむ……って、スズちゃんがやっつけたの、これ!?」
そちらの事実に母は驚く。
「委員長さん――ドロシーさんからは写真撮影を委任していたのですが、自分自身がこの写真に写る相手からの攻撃を受けそうになったので、恥ずかしながらお手の邪魔をしてしまいました」
「……あんたはその間なにやってたの?」
「……敵にぶっ飛ばされてブロック塀に埋まってた」
「まったく情けないわねうちの娘は」
「……いや、私があのままぶっ叩き続けてたら一晩くらいかかってたような気もするし」
「母さんがゼファーとやってた頃は本当に一晩叩いてたこともあったわよ」
「……」
委員長も一応命懸けで戦っているつもりなのだが、母であり先代であるこの相手にはもう何も言えず縮こまるしかなかった。
「でさぁ、なんで三分の一くらいはあんたのケツ写真になってるの?」
「それは……」
ギリギリと間接が固着した人形のようにゆっくりとスズの方を見る委員長。
「ゼファーさんが『淑女たちの形の良いおヒップを見定める審美眼を鍛えるのも勉強ですぞ』と直前に仰ってましたので、ちょうど適任な被写体だと思いまして」
しれっと答えるスズ。スズ自身は様々な経験値を貯めるために、いたって真面目に行動しているだけなのだろうが。
「あのウスラトンカチは、この純粋無垢そうな機械少女に、かなり悪い方向で侵食している様子ね」
「母さんのツテで衛星軌道上からのレーザー狙撃かなんかでアイツを消し炭にできないかな」
「それは大賛成だけども残念ながらこの国にはそこまでの超兵器の配備はまだ無いわ」
親子して物凄く物騒な会話をしているが、あの風使いはそんなことを言われても仕方ないことをいつも実行しているのをスズも学んだので何もフォローしない。
「でも結構良いケツしてるわよねあなた」
「私のケツは良いから! そっちのイルカみたいな変な方をもっと良く見てよ!」
委員長も母親も絶賛ケツトーク中で「お下品ですね」とはスズも思考するのだが、多分これが仲の良い親子の姿だと認識するのでそのままにしておく。
「でも、スズちゃんも襲われたっていうのも、なんか考えないといけないわねぇ」
負の魔法生物であれば、まずは仇敵である魔法少女を倒そうとする。そして最大の障害を排除して後、他の人間達に災厄を撒き散らそうとする。その意味では正々堂々とした敵でもある。
「ゼファーも私も、人じゃないスズを見て三人目のメンバーなんじゃないかって相手は判断したのかもしれないとは思ったんだけど」
実際にスズは戦闘人形としての力を発揮し、相手を倒してしまったのだが。
「魔法少女であるあなたをまず倒して、次にスズちゃんを倒して、最後にゼファーを倒す。まずは弱そうな方から順番に片づけで行こうとしていた?」
「……私、スズより弱そうに思われていたのか」
昨夜の戦闘では実際にそうだったので、がっくりと来てしまう。
「でもここでもあのロクデナシが一番強い扱いになってるのが、一番むかつくんだけど」
「母さんもむかつくけど、あれも私ら魔法少女の魔力の元でもあるし」
そう、委員長にいたっては現状ではゼファーがいなければ自力で変身すらまだできないのである。
「――あれ? ちゃんと写ってるじゃない負の魔法生物」
もう一度写真を良く見ていた母が、一枚の写真から何かを見つけたらしい。
「え?」
「これよ」
母が一枚の写真を指し示す。
ぴらっと良い感じにスカートが捲れて、黒いオーバーパンツに包まれた委員長の形の良いお尻がアップで写る向こう、道路の奥の方に確かに人影が見える。
「スズ、なんか覚えてる?」
自分のお尻のドアップ(しかもかなりのプリケツである)をずっと見なければならないのもなんだかなぁではあるが、そこは我慢して撮影者である本人に訊いた。
「えっとですね――」
スズが自分の記憶領域を検索して昨夜の映像を思考回路の中で繰り返す。すると
「フード付きのマントで全身を覆った人間型の生命体が確かにこの場所にいたのを、私の記憶領域でも確認しました」
「ほらね」
母が「でしょう?」と頷く。
「写真からでも分かるわよコレ。コイツは本当に本物の負の魔法生物よ。27年前に全部殲滅したとは思ったんだけど、まだ生き残りがいたのね」
「じゃあコイツが黒幕というか、ウッドだかサンドだかの怪生物を作ってる大元か。でもゼファーはその場にいたのになんで気付かなかったんだろう」
「このマントで気配や魔力を完全に断ってるんでしょう。アイツは一応腐っても腐りかけでも大魔導師級の風使いだからね」
腐りかけでもとはまた酷い言われようだが、それは27年も共に戦ってきた母なりの褒め言葉なのだろう……多分。
「スズが写真を撮って母さんがそれを見て、そうやって視覚情報を重ねてようやくバレたってところか」
感覚器に反応しなかった魔力で動くゼファーを、スズが実際に見てようやくそれを動的固体と認識できたように、目視による確認は重要である。こうやって写真による間接的視覚情報でも、重要な情報を得る手段となる。
「しかし……凄い強敵なのには違いないよね」
自分も実際に戦ってイルカ型怪生物の強さは身に染みて知っている。それの親玉なのだろうから、更に強いのは当たり前だろう。そんなものと戦わなければならないのかと思うと、委員長は頭が痛くなってくる。
「しっかしスズちゃんがいると便利ねぇ。あの腐ったウスラトンカチとはエライ違いだわ」
結局酷い定冠詞が追加されている大魔導師級風使い。
「あのロクデナシとスズを交代できないのかな」
「激闘の果てにあのウスラトンカチが殉職でもすれば、代わりに誰かがパートナーになってもらうしかないけど」
「よし、抹殺はその線か」
またまた物騒なことを話し合っている親子であるが、スズもあの風使いの自業自得なのだろうとやっぱり何も言わない。
「それとさ、これって海の砂じゃないのかな?」
もう一度写真を全部眺めた流れで、なんとなく気付いた母が最後の写真に写った砂を見てそう言う。
「海の砂?」
「海底の底にたまってる砂とか、あんな感じ」
「海の砂……」
委員長は回収してきたイルカ型怪生物の成れの果てである砂の入ったビニール袋を再び覗き込んだ。
「あの、宜しいでしょうか」
冷まして白湯にしたお湯を口部スリットから流し込んでいたスズが、飲みながら喋るという自動人形らしい器用なことをしながら言った。
「なになにスズ、これわかるの?」
「その砂は東京湾海底の砂質と同質である成分が、感覚器から検出されています」
「ほんとに?」
「間違いはないです」
東京湾湾内に落水してしまい海底に落ちた際、その時に間接の隙間に入り込んだ砂質と同じものであると、スズの感覚器は反応している。先ほど砂浜に座った時に股関節に入り込んだ砂とは若干違う成分を感じるので、多分間違いない。
「東京湾の底の砂か……」
それを聞いた母の顔が険しいものになる。
「そんなに難しい顔になってどうしたの母さん」
「水の魔物が一体どんな理由で現れるようになったか、あなたはもちろん知ってるわよね?」
「うん。中学校の歴史の教科書にも書いてあったし」
この国の人間であれば水の魔物の出自は、それこそ物心が付く前から色んなところで話を聞いて大まかに知っていくことになるのだろうが、ちゃんと勉強して覚えさせられるのは中学一年の歴史の授業である。
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いの最中、鉄車帝国が繰り出した超巨大水陸両用戦車型鉄車怪人が倒されて東京湾に沈んだ時、その直後から水の魔物という異の存在が現れるようになった。そして後年になってその専門駆逐組織として水上保安庁が設立された。この国の歴史の教科書にはそこまでしっかり書いてある。委員長はまさかその手伝いを実の母がしているとは夢にも思わなかったが。
しかしここで問題となってくるのは、水の魔物自体は、実は偶発的に生まれた存在なのだ。鉄車帝国が意図して作り出したものではない。
それを偶発的ではなく、自らの意思で作れるようになったら? しかも自由に加工までできるようになったら? そしてその触媒としてもっとも適しているのが、発祥の地となった場所の砂だとしたら。
「これは……なかなか大変な事態になってきたかもしれないわね」
「……」
母の言葉に、委員長は言葉が続けられなくなった。
「――」
そしてスズも、これからの事態の推移を予想しているのか、湯のみを置いて静かに動きを止めていた。




