三章02
龍雅とムムと分かれたスズと委員長は、電車とバスを乗り継いでとある場所を訪れていた。昨夜の戦闘でスズが記録した写真を見せて、もう一人の専門家の意見を訊きに行く途上である。
本日土曜日授業終了の午後、せっかくの午後から大きな自由時間をそのために使うことにした。
今から15年前、この国は鉄車帝国と呼ばれる組織に侵攻され、それを迎え撃つ形で現れたチャリオットスコードロンとの戦いに巻き込まれていた。その際に戦いの舞台となってしまったこの国の政府は、教育機関における完全週休二日制という法律を廃止していた。
その時期は、ある程度の騒乱が週に一回は起こる事態にこの国はあったので、年若い少年少女を一箇所にまとめておく方が避難させるにも管理するにも都合がよかろうという判断である。
何しろ金曜日授業終了後から月曜日早朝の授業開始まで60時間以上もの連続した自由時間が子供たちには許されていた。それだけ長大な子供たちが単独で危険に晒される時間帯を、そのまま放置しておく訳にもいかない。
そして時間短縮を行うならば、週末平常授業を復活させ、土曜の午前中だけでも学校という保護者の目が届く場所においていた方が良いという結論になり、教育機関における完全週休二日制は廃止される運びとなる。
ちなみにこの教育機関週休二日制、法律制定後から特に経済効果が劇的に上がった事例も見られなかったので、廃止されたのも当然と言えば当然の処置だったとは多くの国民も語る(涙を飲んだのは教師陣くらいだ)。
というわけで二人――といっても現状では委員長だけなのだろうが――は土曜授業の半ドン終了後のわくわく感が少し残るまま、ここへやってきた。
完全週休二日制はこのわくわく感をも取り上げていたのだから、逆に経済波及効果が減少してしまったのは当然なのだろうし、鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いが終わった後も法が復活することもないだろうとは言われる。
「自然が綺麗な場所ですね」
委員長のお供でやって来たスズが、周りの景色を見回しながら言う。
何もごとも経験したいというスズの意向を汲んで、委員長も彼女のことを一緒に連れてきた。
昨日はスズも含めて大変な目に合ったが、スズ自身も襲われた水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かのいる場所に行くわけでもないので、委員長も普通に連れて来たのだった。
電車やバスの移動時は機械の彼女の姿を見てさすがに大丈夫かと思ったが、静かにしていれば遠くから見た分には人間と変わらないので、大きな混乱は無かったのは安心した。
ちなみに更に混乱の元になりそうなゼファーは、本日はお留守番である。ゼファーがいなければ委員長は現状では変身できないので鉄塊(マジカルバトンと言う名のバール)も今日は置いてきた。今日くらいはあのロクデナシのいない平和を満喫したい。
「まぁ綺麗つっても田舎だけどね」
スズの褒誉に渇いた笑いでありがとうを返す。
ここは委員長の地元である。
一応は町という括りになっているが、畑や果樹園なども至るところにあり、彼女の実家も御多分に洩れず、家の目の前は作物を育てる土地となっている。
「そういえばもうここにはゼファーは刺さってないんだな」
作物も何も無くただ土の空白だけが残る実家前の畑を見て、少しばかり郷愁を覚えた委員長がぽつりと呟く。
委員長が生まれてから15年、あのカカシはずっとここに刺さっていた。
そしてここを通るたびに謎の風が巻き起こって、委員長はスカートを捲られた。
人っ子一人いないこんな場所では、スカートの中が公開されても良いかと思ったが、それでもなんだか毎回毎回謎の風に捲られるのも悔しいので、下着の上からオーバーパンツを穿くようになった。
そうして時が経って、数ヶ月前に母親から魔法少女を継承した時、その謎の風を起こす正体が、あのロクデナシカカシだと判明したのだ。
女の子のケツ――この辺りには女の子は委員長しかいないから、委員長のお尻が見たいがために、あのロクデナシはその身に秘められた超常の魔力を使って毎回風を起こしていたのだ。何と言う能力の無駄遣い。
今頃は帰寮してくる女子生徒のスカートをめくって悪さしているのかもしれない。帰ったらとっちめないと。
「あのウスラトンカチはいつの日か薪にしなければならない……」
郷愁は怒りへと変わり、何時しか実行してやる誓いへと変化する。あやうしゼファー氏。因果応報とも言うのだが。
「ただいまー」
そんなロクでもない記憶の詰った畑を通り過ぎ、スズを連れた委員長は我が家に辿り着く。山本と表札のかかる家の玄関を抜ける。靴を脱いで下駄箱にしまう。
「スズはちょっとここで待っててね、足を洗うのを持ってくるから」
「すみません」
委員長は鞄を置いて廊下を走ると風呂場で洗面器に水を溜め、干してあったタオルを引っ手繰って玄関に戻った。スズも準備のために三和土の上の上り框にゆっくりと腰を下ろす。そして鞄からスリッパ片足分一つとテーブルの足カバーのような物を出した。
「自分で洗える?」
「はい」
「じゃあ私は母さんのところに先に行ってるから」
「はい、作業終了後すぐに後を追います」
委員長は足部の汚れを落とし始めたスズをその場に残すと、再び鞄を持って廊下を進み居間に入った。
「ただいま」
委員長がもう一度ただいまを言う。
「おかえり」
テレビを見ながらお茶を飲んでいた女性が振り向いた。
彼女こそ委員長の母親であり、水保隊員が師匠と仰ぐ先代魔法少女その人である。
「どうしたの?」
「どうしたのって、連絡入れたでしょ、写真持って帰るからって」
「そうだったわね」
そんな娘の帰還に母は特に驚いた様子も無く「お茶でも飲む?」と、ポットから急須にお湯を入れ茶箪笥に手を伸ばし、新しい湯飲みを取り出すと茶を注いだ。娘の方も毎日そんな風にしているかのようにテーブルの向かいに座り、出された茶に口をつける。そうして委員長が久しぶりに実家で体を落ち着けていると、廊下の方からゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンという、家屋内には似合わない歩行音が聞こえてきた。
「お邪魔いたします」
左脚にスリッパ、義足にはカバーを装着した室内歩行用装備となったスズが一礼と共に中に入ってきた。
「今日はまた、すげー友達を連れて来たわね」
といいつつも、あまり驚いた様子のない母。これでも27年も異の存在と戦ってきたので自動で動く人形のような女の子が現れても特に動じないのだろう。もしかしたら27年前に戦っていた本物の負の魔法生物の中には彼女のような動く人形的な相手もいたのかも知れない。
「スズと申します。名字が必要な場合は疾風弾スズとお呼び下さい」
「スズちゃんか。まぁ立ち話もなんだから座って座って」
「右脚が義足なので失礼な座り方でしつれいします」
スズはそう断ると、極力居間に敷かれた畳を傷つけないようにゆっくりと姿勢を低くしていつもの女の子座りで座った。隣りの委員長もその座り方を見て手伝ってやりたいとはいつも思うのだが、なにせ相手は150キロもあるので、もし姿勢を崩した時に巻き込まれたら押し潰されるので静観するしかない。
「スズちゃんもなんか飲む?」
「お水がいただければ。少量で良いので」
「お湯でいい?」
「大丈夫です。冷まして飲みますので」
母は湯飲みをもう一つ出すと、ポットから少しだけお湯を注いでスズの前に出した。本人が少量と言うのでこれ位で良いのだろう。
「ありがとうございます」
まだ体内に入れられる熱さではないので、スズもとりあえず自分の前に湯のみを置くだけにする。お湯を冷ました白湯は殺菌されているので、実は水よりスズの体には良い。
「で、母さんに見てもらいたいのはこの写真なんだけど」
委員長は自分が飲んでいたお茶の湯のみを置くと鞄から紙袋を一つ取り出し、中に入っていた写真を母の前に広げた。昨夜戦闘後のスズの検査の為に学校に行くと「現像ならここでもできる」と言われたので、疾風高校常駐のスズの整備班に頼んだ。そして授業終了後に現像の終わった写真を受け取ってここまでやって来た。
「スズちゃんもいるけど、その話はしていいの?」
「スズもこの一件には巻き込まれちゃったからもう関係者だよ」
「なるほど」
「で、これなんだけど、母さんが一番最初に戦ってた頃の負の魔法生物に似てる?」
「うーん」
水上保安庁の方からも連絡は受けていたので、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの概要はある程度知らされていたが、いざ娘が手に入れてきた写真に写るその姿を見ると、ちょっとなんだか分からなくなってきた。
「……ゼファーはなんて?」
「水の魔物のような気配も、その類いの魔力も感じるけど、全く同じでは無いって」
「むー、私の考えと同じか」
母も写真を見た第一印象はゼファーと同じ考えに至った様子。さすが長年共に戦ったパートナーと言うべきか。
「それと、我々の秘める魔力を憎悪する魔力というものを感じるとも言ってた」
「それも私の印象と同じか。私もこの写真を見ただけでも、なんか嫌~な気配を感じるもの」
写真を見ただけでそこまで感じられるとは、さすが先代魔法少女と言うべきか。委員長は母の凄さをほんの少しだけ垣間見た気がした。
「あとこれもゼファーが言ってたんだけど」
「なになに?」
「ウッドゴーレムじゃないかなとも言ってた」
「ウッドゴーレムか。そんな雰囲気もあるわね」
母がそう言われてイルカ型怪生物が写る写真をもう一度良く見る。元魔法少女だけあってその辺の知識も豊富にあるらしい。
「でもサンドゴーレムかもしれないとも言ってたんだよね」
「砂?」




