第三章
「あれ? あれに乗ってるのうちのクラスの村雨さんじゃないのかな?」
土曜日の授業終了後の早めの放課後、湾岸沿いの道路を駅の方に向かってスズと委員長は歩いていた。二人とも寮へは戻らず制服のままである。
そうやって駅までの順路の一つである湾岸道路を歩いていると、委員長が海の上を小型艇が走っているのを見つけた。眼鏡の奥から良く目を凝らしてみると、航走する艇の上に載せられた砲塔上のハッチから上半身だけ出して周囲警戒を行っている乗員が、自分のクラスの水上保安庁からの出向生徒であるのが分かったのだ。昨夜は200メートル先のイルカ型怪生物は良く見えなかったが、今は明るいので多少は遠くまで見える。
「おーいおーい」
委員長が手を振ってみる。
すると向こうも分かったみたいで、同じように手を振った。そして自分の同級生を発見した小型艇は、航行していた進路を変えると、陽子のいる陸地の方へと向かってきた。
「あれ? こっち来る?」
手を振り返してくれるくらいで良いと思っていたのに、なんだかこっちに来てくれそうな雰囲気になってしまったので、委員長はスズを連れて、自分たちの方へと進路を変えた小型艇へ向かうべく、湾岸道路を少し進んだところにある階段を下りると海岸に下りた。それと同時に小型艇が砂浜に擱座するような勢いで突っ込んでくると、そこで停止することなくそのまま砂の上を進んでくる。底面には金属製の履帯が回転している。海の上を走っていると小型艇にしか見えないが、これは水保の標準装備である水陸両用戦車である。
「村雨さん急に呼んでごめんね」
波打ち際から少し離れた場所に停止した戦車へと委員長と走っていく。魔法少女でもある委員長は以前から何かとお世話になっているので、戦車が海の上から地上へと走り変える姿も見慣れたもので、特に驚くこともない。スズは普段は早くは走らないので少し送れて後に続く。
委員長が濡れた車体の脇に到着すると同時に、砲塔上のキューポラから水保の制服に身を包んだ女性が降りてきた。
「なんか私が呼んだみたいで悪かったけど、良かったの村雨さん、砂浜に上がって来ちゃって?」
車体から飛び降りて砂浜に着地した女性に向かって委員長が少し申し訳なさげな声のトーンで言う。
「いえ、もうすぐ休憩で上陸しようと話してたんで大丈夫ですよ」
村雨さんと呼ばれた女性――村雨龍雅は、なんでもないことのように答えた。
彼女は義務教育期間終了直後に、早期入隊特別枠で水上保安庁に入隊した女の子。
水保には高校未就学の者は入隊している間に高校卒業資格を取らなければならないという義務がある(訓練の一環でもあるらしい)。それは大学入学資格検定試験(高校卒業同等資格試験)の前科目合格の義務と同時に、月に何回かの指定受入校――疾風高校への通学が定められており、龍雅は高校への登校日にはスズと委員長のいるクラスへと通っているのだった。
ちなみに彼女はすごく背が高い。目の前に立つと高校一年女子の平均身長くらいの委員長では見上げなくてはならないほどの長身で、彼女は180センチの大台入りな上背なのである。戦車の中ではやはりその長身が災いして肘や膝をとにかくぶつけるそうだ。入学当初はバレー部やバスケ部からの勧誘が耐えなかったが「わたしは月に何度かしか通えないんです」と、彼女が水保の隊員であるのを説明すると、ほぼ全ての部活が涙を呑んで諦めた。
「遅くなりました」
そこへ遅れていたスズが砂に足と義足をめり込ませるような歩き方をしながらようやく到着した。
「ああそうそう、こっちはうちのクラスに新しく転校生で入ったスズさんって言うんだけど」
「……?」
「――?」
長身女性隊員と自動人形の女の子が、何故かお互いの顔を見つめあったまま動きを止める。
え? なに? いきなり禁断の恋!? しかも人と機械なんて!? などと委員長が邪推した直後、見つめ合っていた二人は同時に首を傾げた。
「遠い昔にどこかでお会いしましたっけ?」
「何故か私の記憶回路にもそのような記録があるような気がします」
「へ? 二人はなに、前からの知り合いなの?」
「千年ぐらい前からの知り合いのような気がします」
「私もそのような記録が微かにあるように感じます」
「……村雨さんって千歳なの?」
「15歳ですよ」
「……スズの方は?」
「私自身は千年ぐらい前に生産されたのかも知れません」
「……私は二人が何を言っているのかチンプンカンプンだよ」
「わたしも自分で何を言っているのかチンプンカンプンです」
「右に同じです」
「……というかスズが普通の人間じゃないってのは思いっきりスルーなのかい村雨さん」
「ああ、そういえば」
「……スズもスズでつい最近疾風弾重工からやってきたんだから、村雨さんと大昔からの知り合いのわけないじゃない」
「ああ、そういえば」
スズの場合は公式情報としては疾風弾重工製の新型機械の動作テストということになっているのだが、それでもその前は機械神の中にいたので、目の前にいるこの長身の少女と出会う可能性など無いのであるが。
「前世の記憶とかそんな霊的なものだったりするのかな」
「うーん、どうなんでしょう?」
委員長の問いに龍雅が再び首を傾げる。
「私の場合は、記憶回路が所々損傷しているので、それが正確な記憶かどうかは分からないのですが」
スズは龍雅と昔(それも千年前後の大昔)に会ったような記憶は、そもそも自分の中の記録回路に保存されていたものなのかあやふやであると説明する。
「それでもスズは壊れた記憶を、どんどん再生しているんじゃないかな、色んな人と会ったり色んな経験をして」
スズが自戒のようなことを言うので、委員長は思わずそんな言葉を口にする。昨夜の危うい場面も、今となってはスズに良い経験がさせてあげられたのかと、委員長は少しホッとしていたのだ。
「そうだとしたらスズってば凄いね、どんどん人間っぽくなってるじゃん」
「――それは凄いというのでしょうか?」
「そりゃ凄いでしょ。スズは自分には感情が無いって言ってるのに、人間っぽく想いの気持ちが生まれてきてるんだから」
「――」
「よっこらしょっと」
委員長の言葉を受け、少し動きを止めて思考中だったスズを遮るように、戦車の上の方から声が聞こえた。
砲塔右横の車体ハッチが開くと、龍雅と同じ制服に身を包んだ女性が降りてきた。こちらはかなり小柄の女性だった。150センチを少し越えるくらいだろうか。龍雅の隣に並ぶとそれが更に強調されるが、狭い車内では動きやすそうだ。
「ふぅ、色々点検してたら出てくるのが遅くなっちゃったよ。あなたがリュウガのクラスのクラス委員長さんだね、お初にお目にかかります」
龍雅の隣に並んだ女性がペコリと頭を下げる。敬礼でもされるのかと軽く身構えていた委員長はそのフランクな態度に「ど、どうも」と虚を突かれたように軽くドモりながら答える。水上保安庁は厳密には軍隊ではないので、その点は大らかなのだろう。
「そっちにいるメカっ娘が、新しく転校してきたスズちゃんだね、今後ともリュウガをよろしくね」
スズの方にもペコリと頭を下げると、「こちらこそ宜しくお願い致します」とスズもお辞儀を返した。
「あれ、この子のことは知ってたんですか?」
同級生なのに本日初対面である龍雅が、女性の知識を疑問に思う。
「そりゃー、現時点でのリュウガの保護者は私だからねー、学校でなんかあれば、まずは私に連絡が来ますさ」
「なんでわたしには教えれくれなかったんですか」
「秘密にしておいたほうが面白いジャン!」
同級生と一緒にいるこの戦車乗りの人はずいぶん変わった人なんだなぁと、委員長は思った。スズの記憶回路にも「不思議な人」と登録される。
「まぁいいです、委員長が紹介してくれましたし」
しかしそんなことは既に慣れっこなのか、龍雅は特に気にしていない様子。
「改めまして、こちらはわたしの隊の隊長のプロキシムム・カトルデキム先輩です。こちらは同級生の山本堵炉椎さんと、私が紹介するのも変ですけど転校生で同級生のスズさんです」
龍雅が自分の上官にあたるプロキシムム・カトルデキムの方を先に紹介する。彼女とは委員長よりも若干付き合いが早く(龍雅は高校入学式前から水保に入隊している)、更に毎日一緒に寝泊りしている間柄なのでそのようになるのだろう。
「ぷろきしむむむ? かと?」
そんな同級生から紹介された、先輩であり隊長である彼女の名前を委員長がなんとか言おうと頑張るが
「うん、舌を噛んじゃう前にムムって呼び方で良いよ! 舌噛んだらガブっとかエライことになりそうだしね!」
口から血流の大惨事になる前にムム本人が止めた。
「プロキシムム・カトルデキム隊長、私はスズと申します。名字が必要な場合は疾風弾スズとお呼びください」
うって変わってスズの方は、機械であるので引っ掛かることもなく発音する。
「おお……私のフルネームを聞いたばかりでそんな滑らかに言えるとは……さすが疾風弾重工脅威の科学力は凄いね!」
「はぁ、どうも、伝えておきます」
自分自身は疾風弾重工製ではないのだが、お世話になっている場所への褒誉なので、あとで報告しておこうと記憶する。
「ああそうそう、疾風弾で思い出したけど、ドロシーちゃんのお母さんとは、前に何度か会ったことあるよ現役時代に」
「ああ、そうですよね、水保のみなさんとは連携してお仕事するでしょうし」
突然自分の、しかも母親の話題を振られて委員長は少し戸惑ったが、魔法少女と水上保安庁は深く関連のある組織であるのは、自分ももちろん知っている。
「我が水保にとっては、水上保安庁設立前からお世話になってるお師匠様みたいな人だからね」
「……私には日がな一日テレビの前でお茶をすすってる姿しか記憶に無いのですが」
「あっはっは、いかにも彼女らしい過ごし方だね。でも本当に凄い人って普段はそんなもんだよ」
「……そうですか」
自分はのんびりのどかに暮らしている母親の姿しか殆ど見ていないので、勇ましく戦う(痛む腰をかばいつつ)母の姿なんて全く想像できないのでピンと来ない。
「さて、私らは休憩にしよっかリュウガ」
んーっと両腕を突き上げて伸びをしながらムムが促す。
「二人もなんか食べたり飲んだりする? おごるよ……ってスズちゃんの方は無理か」
なんかスズには申し訳ないことを言ってしまったかなとムムが思っていると
「水なら飲めます」
「マジで!?」
ムムと委員長が同時にビックリした声を上げた。普段からあまり動じた姿を見せない龍雅も少し驚いた顔を見せた。
「私の口部を良く見てもらうと分かると思うのですが」
「ふむふむ」
ムムと委員長が頬を付き合わせるようにしてスズの口元を見る。その上から龍雅が見下ろすように見ている。
「口部の奥に小さくスリット状の穴が空いていると思うのですが、そこから水を体内に冷却水として入れることができます」
確かに良く見るとスズの動かない唇の奥に、横棒のような小さい穴が空いているのが見えた。
「これは私の顔部の奥に設置されている拡声器の音の通り穴の一つでもあるんですけど、ここを利用して頭部の方から冷却水を入れることもできるんです。本来の給水口は胴体部にあるのですが」
「すごいね」
ムムと委員長は顔を見合わせて素直に感心した。上の龍雅も少し感心する顔になってる。
「よし、じゃあスズちゃんには水を買ってこよう。ドロシーちゃんの分ももちろんなんか買ってくるからね」
「すみません」
「まぁ私ら二人合わせておやつ代は1000円しかないんで、一人あたま250円ぐらいのモンだけど」
「……なんかすみません」
「スズちゃんは好きな水の銘柄とかあったりする?」
「できれば東京水が良いです」
「東京水!?」
ムムが試しに聞いてみるとそんな答えが返ってきたので素直に驚いた。
「あれって東京の水道水をただボトルに入れただけじゃん!」
「混じり気のない水であれば何でも良いのですが、重工の方で色々試してみた結果、販売されている中ではそれが一番クリーンでろ過機構の負担も少ないので」
「なるほどそういう理由なのね。じゃああったらスズちゃんはそれね。とりあえず四人分なんか買ってくるから、リュウガは整備をお願いね」
「了解です」
ムムはそう告げると砂浜を歩いて、スズと委員長が降りてきた階段を登って沿岸道路に先へと消えていった。
残される形になった龍雅は水陸両用戦車の隣りに膝をつくようにすると、履帯の一枚一枚を丹念に調べ始めた。
「たいへんだねぇ」
龍雅の作業の邪魔にならないところで、膝を抱えてしゃがんだ委員長が思わず言う。スズはしゃがむと義足への負担が芳しくないと判断したので、委員長の隣りにどすんと女の子座りで座った。砂でスカートの中が汚れるが、元々スズはノーパンですし。
「まぁこうやって常に点検と整備をやっておかないと、いざって時に動かなくなりますからね」
大きな体を丸めて、転輪などを細かくチェックしている。元々が地上走行用に開発された戦車という乗り物が、常に海水につかっている状態なので、通常の戦車よりもこまめな点検が必要なのだろう。
龍雅は登校する時に訓練用の戦車に乗ってやってくるのだが、その脇で履帯の点検をしている姿を委員長も何度か見ていた。登校用に使うものは舗装道路も走行するので、路面を傷つけないように履帯一枚一枚にゴム板が貼ってあるのだが、それが剥がれ落ちていないか、また剥がれていたら予備の板を貼るなどの作業をしている。
「村雨さんは、次はいつ登校してくるの?」
ムムが帰ってくるまで手持ち無沙汰となってしまった委員長は、龍雅の作業の邪魔にならない程度で質問した。
「来週の月曜日は登校日なんで行きますよ」
「そうか、久しぶりだね」
「そうですね」
「――」
そんな風に委員長と軽く会話を交えながら作業を進める水保からの出向生徒の姿を、スズは静かに見ていた。
彼女とは遠い昔にどこかで会ったことがある。それをお互いが認識し、スズの記憶回路のどこかにもうっすらとその記憶が残っている。落水した時に破損して間違った記憶が生まれてしまったのかも知れないが、そうとは言い切れない何かが芽生えている。
私は機械神の中で働く機械。その機械神に関連した人間といえば、それは操士の他には無い。
機械神の操り手である操士。
彼女は永劫の昔、機械神の乗り手であったのだろうか。そしてその時に、機械神の中で私たちはどこかで顔を合わせていたのだろうか。
しかし彼女は自分は15歳と語っている。嘘を吐いているような雰囲気も感覚器には感じられない。
(――そういえば母さんに見せてもらった機械使徒、頭部から上が無かった)
操士が操作を担う場所、操士殻は機械神の頭部にある。
機械神の代替機であろう機械使途も、操士殻は頭部にあるらしく、そこが丸ごと失われているので調査が思うように進展しないとも雪火は告げていた。
それは、なにか、関係があるのだろうか。
「――」




