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灼熱の犬飼さん ~おおかみむすめの高校生活~(龍焔の機械神)  作者: いちにちごう
灼熱の犬飼さん1 ~おおかみむすめの高校生活+鬼ムスメ~(東京湾物語1・龍焔の機械神)
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灼熱の犬飼さんその2 01 ~陽子さんも女の子ですから、まずは顔の身嗜みからですよ~

「こちらから、討って出ようと考えています」


 その発言に、その場にいた全員が動転した。


「どういう意味ですか討って出るなんて、室長らしくもない物騒なお言葉ですが」


 側にいた一人の男が驚きを隠せないまま尋ねる。


「皆さん、この研究所が先日の事故を受けて、組織からの査察が入ったのはご存知ですよね」


 その男の発言を無視するように、室長は続ける。


「……」


 その言葉を受けて全員が静まる。意見した男も口を噤む。


 とある一つの試験の最中にその大事故は起こった。その試験専用に建設された予備施設は半分が吹き飛び、もちろん被験者も消し炭一つ残さずに消えた。


「その後、組織から通達がありました。『今回の事故によりこの研究素材は我々には手に余ることが判明。よって研究は現時点を持って全て廃棄』そのように告知されました。皆さんも覚えていますよね」


 シンとした室内。先日その室長本人から聞かされた組織からの決定事項。忘れるはずも無い。聞かされたその瞬間、その場は騒然となっていた。


『廃棄!?』『研究を止めろだと!?』『それじゃ一体何のためにこんな体に!?』


 色とりどりの肌の色をした研究員たちが意見を言い合う。


 被験者としての強靭な防御力を維持するために皮膚の色が様々な色に変化した肌。頭部の両脇からはアクセスを簡易とすための接続端子の突起が覗いている。研究員と言う名でその施設で作業に当たっていた全員は、人間の容姿をしていなかった。


 全てを捧げてこの研究に携わっていたというのに、今さら全てを捨てろと。もちろん全員が納得のいかない思いだった。


 そして開けて一日、再び集められた研究員全員を前にして室長はそのように言い放ったのだった。


「廃棄との決定が伝えられましたが、当研究の重要性を考えるとそれは紙媒体の記録処分及び電子記録の消去だけには収まらないと思います」

「……それは、この研究所ごと廃棄ということですか」


 別の男が聞いた。秘匿性の高いこの場所ごと廃棄するのは、当然とも言える。


「町一つ消せる焼夷爆弾でも設置して全施設を消去――というところですかね」


 これから起こるであろう惨状を想定して、室長が冷徹に言う。周りの被害など考えないほどこの研究の重要度は高い。それを処理するのだから周りにある全てのものを燃やして高熱で溶かすくらいのことはするだろうと、研究員の全員が想像する。


「しかし、それだけでは収まらないでしょう」


 だが室長は、当然実行される行為すら超える廃棄が行われると口にする。


「組織は『全て廃棄』といっています。全てです。研究を続行できるもの、全てです」


 室長が何を言わんとしているのか多くの研究員が分らないでいたが、何かに気付いた一人が口を開いた。


「……我々も?」


 その瞬間、どよめきが走った。


「ま、まさか……」

「まさかとは、私も思いたいのですが、この研究はあまりにも枢要です。多くの人間の体を改変させ、莫大な予算も注ぎ込み、その実現を夢見た。しかし大事故とはいえ一つの失敗だけで研究は廃棄となった。だが事故自体は、我々もその発生は薄々気付いてことでもあります」


 ほぼ全ての研究員が、今回の事故はこの研究をこのまま続けたらいつかどこかで起こるだろうことは予想していた。そしてたまたま運の悪かった一人の研究員が被験者となった時、大事故は起こった、予想通りに。


「だからこう考えたのです。もしかしたらこの、起こるべくして起こるだろう事故を検証するためだけに、我々はこんな体にもなって研究を続けてきたのか……と」

「組織は最初から、我々を捨てるつもりで……?」

「そうだと決定付けるのは早計ですが、極初期段階からその思惑自体があったのは間違いないでしょう」


 一人の研究員の意見に室長はそう答えた。


「研究が廃棄されたと決まった時点で――否、研究が始まった時点で、我々も廃棄は決定していたのです」


 恐るべき事実を淡々と語る。


「ならば、捨てられた我々はもう組織の思惑に従う必要もありません」


 しかし室長はそれを扇動に利用しようとも思わずに、あくまでも冷静に自分の言葉だけを重ねる。


「我々は生まれてしまった。そして、どれだけ危険な因子を孕んでいるとはしても生き物であるならば、生きていく権利はあります」


 この場に集った研究員は、研究を実現させるために驚異的な身体能力を持つに至った。一人一人が歩兵一個大隊に匹敵するくらいの力を有する。更に戦闘に陶酔することによりその力も跳ね上がり死すら恐れなくなる体組織を有する、戦いの民としての血族になっている。研究員と言う言葉の雰囲気からくる柔和な雰囲気は彼らには無くなっていた。


 廃棄と言う名の口封じがなされるのなら、研究で得たこの体を使い自由と安寧を得ようと。さればこの研究施設ごと廃棄される前に行動を起こさねば。


「……だから室長は討って出ようと」


 最初に室長に意見をした男が得心したように言う。


「ええ、その通りです」


 ようやく分かってもらえたかと言うように、室長は微笑を見せた。


「世界の全てを敵に回さねば我らの義憤が晴れぬというのなら、それも致し方なし」


 そうして彼が笑顔を見せたのはそれが最後になる。


「自分達が新たな時代の架け橋となるべく得た力を、自らをこの世界に存続させるための橋渡しに使う。なんと滑稽な顛末か」


 その眼球の輝きから今までの温和な彼の想いは消えていた。これから殺戮者となることを望んだのだ。


「こんなミテクレです。だから我らはいっそのこと――」


 赫々とした色に瞳が変わる。


「鬼となる」




 ―― ◇ ◇ ◇ ――



「――……、ん……、朝かぁ」


 陽子が瞼を開くと部屋の中は朝の光に包まれていた。


「なんか変な夢を見たような気もするけど……全然思い出せないや」


 そう言いながら「ふぁー」と欠伸する。


「……あれの所為か変な夢見たの?」


 伸びをしながら何気なくテーブルの上を見ると、昨日借りていたハードカバーの薄い本が目に入る。表紙には「大工と鬼六」という題名。


 昨日前席の彼女にあんなことを言われて少し気になったので、部活に行く前に図書室に寄って鬼が出てくる話というものを探してみたらこれがあったので借りてきていたのだ。高校の図書館にこのような絵本が置いてあるのも不思議だが、授業教材のひとつなのだろう。


「でも橋を作ってくれるなんて、結構鬼って良いヤツだよね」


 大工と鬼六の内容を思い出しながら陽子が思う。鬼六は橋建造の引き換えに自分の名前を呼ぶかお前の目玉をよこせとは言うのだが、結局は自分の名前をちゃんと呼んでくれた大工に対し、橋だけ残して帰っていく。友情とか礼節とかそう言うものに関係した逸話なのだと陽子は読んで感じた。


 鬼が悪役である話は確かに多いが、意外にもこのように悪さをしないで終わってゆく話も多い。しかしそれでも典型的な悪役に据えられてしまうのは、倒すべき相手として一番都合が良いからだろう。


「かくゆうボクも、倒され役なんだけども」


 ベッドから抜け出して絵本の一ページ目をぺらっとめくりながら陽子が言う。西洋地域にある物語作品では狼人おおかみびとは大抵退治される役になっている。そういう意味では鬼と似ている。


「でもボクは縫い物以外はあんまり器用じゃないから橋とか作るの無理だなぁ」


 陽子はまだ半分くらい寝ぼけているのかそんなことをいいながら着替えを出し、部屋を出て洗面室に向かった。


「相変わらず酷い寝起き顔だねぃ」


 まだ目が開ききっていない陽子が、鏡に写った自分の姿に話しかけるように小さく言う。


 寝ているときに顔の毛に変なクセがついてしまっているので、あちこち毛が飛び出していた。頭ではなく顔に寝癖がついているという恐るべき状況である。


 と言うわけで陽子の毎朝はまずは洗面台に向かって顔を洗うところから始まる。それはスポーツ刈りの男性が頭を洗うような感覚だろうか。ただ、陽子にとっては生まれた時からこの洗顔方法なので不満も無ければ不都合も無いのだが。


 ただ、顔を乾かす=毛を乾かすなので、普通の人より顔が乾くのが遅いのは仕方ない。神狼の血を受け入れた先祖から生まれてくる子孫達は、生まれてからずっとこの狼と人を掛け合わせた顔なので、既にこれが素顔である。陽子もこれが素顔である。


 小学校の時の遠足で動物園に行ったことがあるのだが、その際に狼の檻を通った時、そこにいた狼が全て檻に顔を押し付ける勢いで自分の姿に見入っていたのを陽子は覚えている。狼にとっては我を忘れて見惚れるほどの美人であるらしい。そしてそれは狼人にも通用するらしい。


(でも狼男とか、他にいないしなぁ……)


 陽子は自分の家族以外の狼人を知らない。唯一の自分以外の狼人である両親がいつ位の生まれで一体何歳くらいなのかも陽子は知らない。


 今まで訊いたこともなかったので知らないだけなのだが、この先訊く機会が無ければずっと知らないままだろう。前に父親が「維新の時にもう少し官軍の奴等をこらしめておけば良かった」とか恐ろしげなことを言っていたような気もするが、聞かなかったことにしている。


 ちなみに陽子の実年齢はちゃんと高校一年に通うべき年齢である15歳である。両親が一体いつくらいから生きていたのか不明だが、相当な長命であるならば恐ろしいほどに遅くにできた子供になる。


 なんでこんな時期に陽子が生まれてきたのだろうか。長命といえども寿命はあるので、死期を悟って血を残そうとしたのか? その割には両親ともピンピンしているので、そういう訳では無い様子。


 多分、新しい時代に合った新しい血を残す必要があったのだろう、このあまりにも移り変わりの激しすぎる時代の中でも生きていける血を。


「だとしたら、はた迷惑な話だよねぇ」


 陽子はそう言いながら着替えを再度抱えて隣のシャワー室へと向かった。


 え? そこで顔も一緒に洗えば良いんじゃないのかって?


 陽子さんも女の子ですから、まずは顔の身嗜みからですよ。

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