二章05
ゼファーは風の力でピョンと飛び上がると、委員長の左斜め後ろに着地した。
「ゆけドロシー、変身ですぞ!」
「わかってる! へんしん!」
魔法の杖・大バールが光輝き、その光に包まれた衣服が粒子化して消失し、新たな衣装が物質化マテリアライズされる。数瞬の後、そこには赤と白を基調にしたコスチュームに身をまとった魔法の戦士が誕生する。
ボディは赤をメインカラーにしたフリルドレス。ところどころ反対側に白を散らしたアシンメトリなデザイン。肩はチューリップのつぼみの袖に、二の腕から指先までは赤いレザーのロンググローブ。手首の周りには真っ白いフリル。
脚は膝上のオーバーニーのブーツ。素材もロンググローブと同じでレザーで色も同じく赤。くるぶしの辺りには白いリボンがあしらわれる。解けた三つ編みが燃えるような赤毛に染まり、頭の後ろに大きなリボンがついた。
そうして最後に膝上のフレアスカートが、脚を下から撫でる不自然な風でぶわっと捲り上がって一連のシークエンスは完了。何故かそこの中身だけ変身しておらず黒いオーバーパンツのままだが。
「魔法少女マジカルドロシー推参!」
マジカルバトンと言う名のバールを相手に突き出して、マジカルドロシーとなった委員長が名乗りを上げる。
「あの、マジカルドロシーさんというのは?」
魔法少女への変身を間近でずっと観察していたスズの、変身完了となった委員長への第一の質問がそれだった。
「ドロシーとは娘殿の本名ですぞ」
「??」
「……山本堵炉椎ですあらためましてどうもはじめまして」
イルカ型怪生物との戦いの前にエライ厄介ごとが残っていたと、我らがクラス委員長、山本堵炉椎(15歳)は戦闘前に少し脱力してしまったのだった。
ホント、なんつー名前を着けやがったんだと。まぁ魔法少女を継承させることを考えて(名前にも魔力の強さを左右する言霊が含まれるのでおいそれと偽名も使えない)に、それっぽい名前にしたのだろうが、年取ったらどうするんだと、堵炉椎さんはいつも思う。
「私は委員長さんは『いいんちょう』というお名前だとずっと思っていました、私と同じで名字無しなのかと」
「……それでも良かったような気もするのは何故だろう」
自分の名前の問答に虚しさを覚えた委員長は、力が抜けたまま鉄塊の先端を敵へと向ける。
「……ゼファー、あれはどうすれば倒せるもんなの?」
とりあえず戦いに気を向けて気合を入れなおそうと委員長はするが
「いつも通りマジカルバトンでぶっ叩けば良いのではないですかな。しかしゴーレムとは硬いと相場が決まっておりますゆえ覚悟してくだされ」
またやる気が半減される情報がもたらされる。
「この前何とか倒した鉄車怪人と同じくらい硬いってこと……?」
「あれはアイアンゴーレムではないのでそこまでの硬度はないと判断いたしますが、粘土も焼き固めれば結構な固さになりますゆえ」
「……何れにしろ、また手が腫れるくらい叩かないといけないってことよね」
「あの、何かお手伝いいたしましょうか?」
十字路の角から体を半分だけ出してカメラを構えているスズが、委員長が戦いにためらっているのを感知して、とりあえず訊いた。戦闘でも自分が何か役に立てればと。
「いや、いい。スズはそこでちゃんとカメラで撮影してて。スズは作業用、戦闘用は私!」
「了解しました」
「よし、スズをこれ以上巻き込んじゃいけないからね! がんばるわよ!」
「その意気ですぞ!」
委員長は一つ気合を入れ直すと、近づいてきたイルカ型怪生物と対峙した。
大きい。身長は2メートルを軽く超えるだろう。高校一年女子の平均的な身長である委員長にとっては見上げるほどの巨体。しかし自分はこれと同じくらいの大きさの水の魔物や鉄車怪人と対戦してきたのだ。相手の大きさだけでは遅れを取ることは無いと思う。
「……」
「――」
委員長とイルカ型怪生物が少し間を空けて対峙する。
魔法少女である委員長の方からは手を出さない。まずは本当に相手が敵意を示した存在なのか確かめなければならないからだ。こんな成りをしているけれど、もしかしたら助けを求めているのかも知れない。例えその身から自分達に対する憎悪の力を感じても、操られているだけなのかも知れないのだから。
ただ相手を確認しただけで戦闘を挑むのであれば、それは虐殺でしかない。そしてそれは魔法少女の行為には入っていない。
――のだが
イルカ型怪人は、前ヒレのような右腕を軽く振りかぶると、なんの躊躇もなく委員長に向かって叩きつけてきた。
「うぉっとぉ!?」
体を逸らせてそれを鼻先でかわすと、バックステップで間合いを一旦広げる。
「むぅ……なんでこっちから先手必勝! って、先に攻撃しちゃいけないのよ!」
しかし委員長自身は、自分から先に攻撃してはならないという暗黙のルールが解せない様子。
「いちおう正義の魔法少女ですからな。先にボコボコに攻撃するのは倫理的にまずいかと」
「その最初の一撃を食らってそのままやられちゃったらどうするのよ!」
「そうならないように御身は魔法少女のスーツで強化されておりますゆえ」
「……いきなり強化されてない顔を狙われたんだけど」
「まぁ、そういうこともありますゆえ、日々の鍛錬を怠らないことですな」
「人事だと思ってぇーっ!」
委員長はそう絶叫しながらイルカ型怪生物に突っ込んで行った。直撃を食らったら首から上がふっ飛んだかも知れない一撃を、相手は出したのだ。もう容赦は必要ない。相手は真に倒すべき敵となった。
「やー!」
委員長が相手の目前でジャンプする。魔法少女のスーツで強化された跳躍力に、ゼファーが風を起こして更に高く舞い上げる。
「?」
それと同時にスズの地磁気感覚器に少しノイズが走った。魔法の発現を近くで感知して誤作動を起こしたのだろうかと思考する。
しかし考え込むスズはそのままに魔法少女の戦いは展開していく。委員長は尻の辺りに叩き付けられた風を、フレアスカートを帆代わりにして巧みに操ると天を登る龍がごとく上昇し、そのまま最高到達点から落下姿勢に入り、相手に逆落としをかける!
「いっけーっ!」
地面への落着直後、相手と正対した委員長は、両腕で握った鉄塊(マジカルバトンと言う名のバール)を思いっきり振るった。
「いったーっ!?」
何かが派手に砕ける音がしたと同時に、それを上回る委員長の悲鳴が轟いた。
「いて、いててっ!?」
着地した委員長は、限界まで痺れた手を震わせながら、相手の反撃をかわすように一旦離れる。
「あれホントに粘土なの!? 鉄の塊殴ったくらいに痛かったわよ!?」
「先ほども説明した通り、粘土言えども焼き固めればかなりの硬度になりますからな」
更には委員長が全力で鉄塊を食らわせた辺りを見ると、見事に砕けているのだがイルカ型怪生物自体は意に介した様子が全く見られない。
「なんか、あんまり効いていないような気がするんだけども」
「それは、ゴーレムですからなぁ」
「……どゆこと?」
「固体を流体へと一時的に変化させながら動いているということは、基本は固体と言うことです。凄まじく硬いです。そして硬度の高いものは崩壊が始まると意外に脆いという欠点もありますが、ゴーレムの場合は流体としての組成も持っているので、その脆さもカバーできるのです」
「……つまり」
「ゴーレムは再生能力が無い代わりに、とてつもなく頑丈ということです。五体を少しでも動かせる部位が残っていれば、いつまでも動き続けるでしょうな」
「……なにそれ」
「そしてその五体を破壊するのも生半可な力では無理であります」
「……」
そしてその時、委員長の覇気が削がれた一瞬の隙を突いて、イルカ型怪生物が迫ってきた。無造作に振り回した前ヒレの先端が委員長の体に当たり、そのままふっ飛ばされた。
「!?」
そのままブロック塀に叩き付けられる委員長。物凄い力で委員長の体の形に塀がへこみ、そのまま崩れた。
「娘殿!」
ゼファーがフォローする間も無く、イルカ型怪生物が委員長の上に覆いかぶさるように迫……と思ったら、いきなり向きを変えて十字路の角からカメラを出して撮影係に徹していたスズの方に向かって行った。
「――?」
何故自分が狙われるのか理解できなかったが、自分は高価な借り物を持っているのでそれは傷つけられるわけにはいかないと、カメラを守りつつ十字路の方に出てきた。
「スズ!? 出ちゃだ――ぐぅっ!?」
下敷きになってしまった崩れたブロックの隙間から顔を出した委員長だったが、叩き付けられた際の激痛で今は息もできない。
「スズ殿!」
ゼファーも風塊を何個も発生させ直撃させるが、さすがゴーレムだけあって多少相手の体を揺らせられる程度だった。少しだけ時間が稼げればもっと強い風術が使えるのに――焦りが走った時、スズの目前へと迫ったイルカ型怪生物は、その口を開けた。
「――?」
本物のイルカと同じ80本も並ぶ鋭利な歯が、スズの硝子製の瞳に映る。
イルカとはおとなしいされる生き物だが、基本的には肉食動物である。それを模したゴーレムならば同じ力か、それ以上の力があるはず。そして獣の本能に従うように、スズを頭から丸呑みしようと、上体を振り下ろす。
「スズ!?」
「スズ殿!?」




