二章04
と言うわけでゼファーを加えて三人となった一行は、水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かを探しに町へと出た。
「……それにしてもこの時間に出歩くのに向いていないわね二人とも」
ゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンと重厚な音を立てながら歩く細身の女の子と、コッツンコッツンと竹製の脚で飛び跳ねながら移動するカカシを交互に見ながら、委員長が軽く溜め息を吐く。夜を迎えた町並みには、二人の歩く音は結構響く。
「すみません」
「いや、スズの場合は仕方ないよ脚が不自由なんだし」
「両脚が万全であってもそれなりの歩行音は出ますが」
「そうなの?」
「歯車の回転音や間接の可動音などは、通常歩行では結構出ます、機械ですし」
「まぁスズは良い子だからそれくらいは我慢するとしてだ」
委員長はクルリと、飛び跳ねるカカシの方へ顔を向ける。
「あんた風使いって言うくらいなんだから、風に乗って空を浮いて移動とかできないの?」
やるせない怒りをここぞとばかりにロクデナシにぶつける。
「もちろん可能ではありますが、それなりに魔力も消費しますゆえ、いざと言う時に娘殿の介添えが出来なくなりまするが?」
そのもっともな返しを聞いて委員長は「チッ!」と三度盛大に舌打ちした。
「今夜は、その水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かと遭遇したら、撮影だけこなして後は離脱するのですか」
首間接から下げたカメラの状態を確かめながら、今夜の行動の最終確認をするようにスズが訊いた。
「まぁ危険な存在で、それが倒せるなら倒しちゃっても良いけど」
委員長はそう言いながらスズが下げるカメラにちょこんと人差し指をつけた。
「それとは別に今後のことも考えて、もっと詳しい専門家に見てもらうための素材を写真で用意するってのが、今夜の一番の目的かな」
そこまで言って、それで何かに気付いたように委員長がゼファーの方に向く。
「ゼファーだって負の魔法生物と戦ってたんだから、アンタが直接見ただけで済まないの? わざわざ写真撮って先代に確認してもらうなんて面倒くさいことしないでさ」
委員長が写真機を持ち出しているのは、写真に収めた水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かが、本当に負の魔法生物なのかどうなのか先代魔法少女である委員長の母親に判断してもらうためなのだが、自分の隣りには27年前に一緒に戦っていた相方がいるではないかと、今更ながらに気付いた。
「母殿とは切り離された時に別々に戦った局面もありますゆえ」
敵の策略により、ゼファーと先代(母親)は離れ離れになっての戦闘もあると、ゼファー本人が説明する。その時に母だけが遭遇した敵と同種のようなモノであれば、それはその場にいなかったゼファーには判断がつかないということである。
「それに我輩個人の意見だけでは、判断を下すのは危険でございましょう。やはり共に戦った母殿の意見も踏まえまして最終決議とした方が理想かと」
「……まぁ、ゼファーの言うとおりか」
この風使いのゼファーは、何百何千と生きているかは分からないが、長く生きているだけあってさすがに博識である。その点では頼りになる相方であるのだが、心の底から信用できないのは、彼が紳士でありつつも変態という枕詞が付く種別の紳士だからである。
「――少しお待ちくださいお二人とも」
そうやって三人で町中を徘徊していると、スズが唐突に二人と止めた。
「どうしたのスズ?」
「12時方向200メートル前方十字路を、左道路から右道路へ向かってゆっくりと奇妙な物体が移動中であるのを確認」
「え!?」
委員長はスズの指示した正面の十字路を目を凝らして見るが、普通に人間の視力しかない委員長(しかも眼鏡女子である)には、何かが左から右に向かって移動しているのは分かったのだが、その形状までは全然見えない。
「ふむ、あれはイルカですかな、脚がついていて普通に陸を歩いていますが」
魔的存在であるゼファーは、さすがにここからでも見えるらしく、大体の形状を把握した。
「こんな時だけ魔法的なんやらかんやらな不思議力を発揮して! ムカつく!」
「いや、普段から魔法的なんやらかんやらな不思議力は発揮しておりますぞ? そうでないと立つことも出来ぬゆえ」
「スズ、その奇妙な物体ってのはこのゼファーとどっちが奇妙だと思う?」
ロクデナシに教えられるのは悔しいと思ったのか、第一発見者であるスズに訊く。
「――同等であると思いますが」
「よし、あれが水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かに違いない!」
「酷いですぞ娘殿ーっ! それにそんな簡単に答えを出してしまってはいけないですぞ!」
「女の勘よ」
うるさいゼファーに委員長はさらりと答えた。
「それと自動人形殿も何気に酷いですぞーっ!」
「?」
スズは正確に回答しただけなのだが、何故怒られてしまうのだろうかと一瞬混乱の思考を覚えたが、委員長が目標発見と宣言したので、それ以上は記憶領域の片隅へ一時保管するにとどめた。
「私が気付かれないようにこっそり走っていくから、二人はゆっくりで良いから極力音を立てないように着いてきて」
「了解ですぞ」
「了解しました」
委員長は二人の応答を聞くと、そのまま小走りで走った。200メートルをほぼ全力疾走で駆け抜け、十字路の角からこっそりと顔を出す。
「……なにあれ?」
委員長には、遊園地で風船などを配っている気ぐるみにしか見えなかった。ゼファーが言ったように確かにイルカの姿をしていた。それがジャンプする直前のように直立で立ち上がり顔だけ前方へ向け、胴体の半ばからは人のような脚が一対生えている。
「多分あれはゴーレムの類いですな」
「うわぁびっくりしたぁっ!?」
突然耳元で囁かれた声に、委員長は思いっきり声が裏返ってしまった。慌てて口を押さえる。イルカの気ぐるみのような何かは、その声には気付かなかったのか、二本の脚でのしのしと歩き続けている。
「びっくりさせないでよ! それとなんでもうアンタがここにいるのよ!」
「極力静かにということでしたので、風の力の跳躍で一足飛びで跳んでまいりました」
「……そんなんできるんだったら、いつもそれで移動しろ!」
「まぁ目立ちますゆえ」
「……で、今ゴーレムとか言ってたけど?」
ゴーレムとは、魔術によって生み出され魔力によって動く魔法彫像の総称である。
「じゃあ今回の騒動には魔術師が関与してるってこと?」
「そうなりますが……」
「そうなりますが、なによ?」
「通常ゴーレムとは、ほぼ完全な人型をしているものなのです。それは長い年月をかけて動く彫像というものを作り出す研究が行われ続けた結果、ほぼ完全な人型をしていれば制作可能という領域に、ようやく人間は辿り着けたからです。それは魔術師である人間が自分の肉体を模して作るからこそ、動く彫像のような物の制作も可能になったからであります」
「なんかまだるっこしいわね、スッパリ簡単に説明してよ」
「簡潔に申せば、人間の魔術師ではあのような人型以外のゴーレムを作るのは非常に難しいのです」
「……なに、地獄の底から大魔王でもやってきて、あんなん作って町中徘徊させてるとか言いたいの?」
「その可能性も無きにしも非ずですぞ」
とんでもないことになってきたと、思わず背中に嫌な汗が流れてくる委員長。
「アンタは人型はしてないけど、何で完成したのよ?」
「我輩には可動部が無いゆえ」
ゴーレムとは本来固体であるはずの物体を流体のように動かすのである。それは途方も無い魔力が必要だろうし、人間が作るのであれば「極力人の形を外さない」という制約が無ければ製造不可能なのも頷ける。
「あれは種別としてはウッドゴーレムですな」
「ウッドゴーレム? 土製ってこと?」
「確かに、海底の地質に混じるものを感覚器から感じます」
「うわぁびっくりしたぁっ!?」
また再び耳元で囁かれた委員長は、再度声が裏返り、もう一度口に手を当てる。いつの間にかスズが後ろにいる。
「なんで二人ともいつもは騒音撒き散らしながら歩いてるのにこういう時だけ静かにできんのよ、びっくりするでしょ!」
「極低速で歩行すれば、ほぼ無音で移動可能です」
さらりと答えるスズ。壁に手などを突いて、機体にかかる重量配分を分散しながらゆっくり移動すれば、人間が気付かないほどの静音移動ができるのだろう。
「というかそっちも凄いけども、あれが土製だってすぐ分かるんだスズは。すごいわね、そんなことまで分かるんだ」
「はい、一応その手の感覚器完備してますので」
「我輩はすごくないのですかな」
「キサマは黙ってろ変態紳士!」
そうやって三人が再び揃うと、十字路の角から三段重ねになって顔を出し、改めて目標を確認する。
「ところで変態紳士」
「なんですかな娘殿」
変態紳士と呼ばれてスルーですかゼファー氏。
「あれは母さんと一緒に戦っていた負の魔法生物なの?」
「そのような気配も、その類いの魔力も感じられますが、全く同じでは無いですな」
ゼファーが魔的存在の一体としての、的確な答えをする――が
「ただ」
「ただ、なによ?」
「我々の秘める魔力を憎悪する魔力というものを感じますな……って、振り向きましたな」
「!?」
二本足のイルカの姿をした水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何か――イルカ型怪生物はその場で反転すると、何かを探すように頭部の両サイドに付いた瞳をキョロキョロと動かし、最後に三人が顔を出す角の方に顔を向けた。
「まずい、目が合った!」
「目標に照準指定されたのを私も確認しました」
スズが簡潔に解説してくれた通り、イルカ型怪生物は体を揺らしながらこちらに近づいてくる。
「とりあえず水の魔物ではないのは確かですな」
「そりゃそうでしょ! ていうか結局戦わないとダメなの!?」
ゼファーが相手から自分たちの魔力を憎悪する魔力を感じたと言ったのだから、その言葉に間違いは無い。ゼファーは自他共に認めるド変態だが、魔術の使い手としては最高峰の存在の一体であるのも間違いは無い、残念ながら。だからあれが何にしろ、魔法少女の敵であるのは証明されてしまったのだ。
「なにか――私に似ていますね」
結局生じてしまった戦いの前に、少しビクついている委員長の背へと、スズの静かな機械音声が投げかけられた。
「……スズ?」
「――」
委員長がスズの方を見ると、硝子製の青い瞳がゆっくりと近づいてくるイルカ型怪生物を静かに見つめていた。
ゴーレムとは意思の無い動く彫像。その半ば操り人形として作られた相手・そして自分を照らし合わせているのだろうか。
その物悲しさを感じさせる硝子の瞳を見て、委員長は何かが吹っ切れたように、道路の角から飛び出した。
「スズは機械仕掛けの自動人形、あっちは魔法仕掛けの自動人形……確かに似ているかも知れないけど」
「けど?」
「スズはスズでしょ」
右手に持った鉄塊をズイっと突き出す。
「そして私は私!」
委員長は左手で眼鏡を外すとポケットに入れ、バールを両手で持った。
「いくわよゼファー!」
「承知!」




