二章02
「どこへ行くのですか委員長さん?」
疾風高校所有の女子寮の一室。
消灯時間を少し越えたくらいの時間、夜着に着替えたはずの委員長が再びセーラー服に袖を通し身支度を整えて、自室の窓をガラリと開けた瞬間に、二段ベッドの下の段から問いかけられた。そこには自動人形が横たわっている。しっかり布団まで掛けていた。
「……寝てたんじゃないの?」
バツが悪そうに、ゆっくりとベッドの方に顔を向ける委員長。硝子製の青い瞳と目が合う。ちなみに委員長は右腕にかなり大振りなバールを持っていた。首からは何故かカメラをぶら下げている。不審者かと思う姿。
「カチコミにでも行くのですか?」
どこで覚えたのか、そんな風に訊くスズ。
「……もしかしたら、敵を倒しに行くってしたらカチコミかも知れないけど、ちょっと違うわね。というか寝てたんじゃないの?」
「寝てたといいますか、自動人形(私達)は休眠状態には入れますけど、基本的には眠らないで大丈夫な個体です。体を横にして間接に負担のかからない状態で常態維持をしていました」
「じゃあ目をつぶって寝たフリをしてただけ?」
「自分の現状での稼動状態を正直に説明しますと、そうなります」
委員長は「ふぅ」と溜め息を一つ吐くと、出しかけた足を引っ込めて部屋の中に戻ってきた。
「えーと、私のことは保護者の人……スズが母さんって呼んでる人からどこまで聞いてるのかな?」
「国家公認の魔法少女の二代目だと」
「……そりゃそうよね、さすがに知ってるか」
これじゃこっそり出て行っても意味無かったじゃんと、折角の苦労が台無しだと委員長はうな垂れる。
「あんたの母さん疾風弾財団の総帥なんだもんね、そりゃ何でも知ってるわよね。コソコソするだけ無駄だったわ」
話は本日の日中へと戻る。
スズは学校生活二日目にして、寮生活者となることになった。
これは、折角うちの学校には寮があるのだから、極力みんなと同じ生活を送って、より一層の情緒の発展と記憶の再生を望みたい――という雪火の意向であるのだが、「なんだかそっちの方が面白そうだから」というのが真相だろうと誰しも思っていた。
困ったのは受け入れ側の寮だったのだが、ちょうどたまたまスズが通うことになったクラスの委員長が寮生活者で、これもたまたま二学期が過ぎても一人部屋のままだったので「じゃあ委員長に任せれば良いか」と、すんなり決まってしまった。
疾風高校女子寮は(男子寮の方もそうなのだが)生徒の情緒の健やかなる発展のために二人部屋が基本であるのだが、一学期の途中でとある理由により入寮した委員長は、新しい寮生も現れないまま一学期を追え夏休みを通り越し、一人部屋のまま二学期へと突入していたのだった。
そんなちょうど良い役職にいる生徒が、ちょうど良く一人だったのはある意味僥倖だったのだが、適任の面倒見係がいるということで、スズはそのまま委員長と相部屋となる。
ちなみに彼女の常態維持に関するモニターなど諸々の機器は疾風高校の方に持ち込まれているので、授業終わりの放課後などに、定期検査はそこで受けることになっている。そのような理由なので疾風弾重工までは向かわずに済むようになった。もっとも、大掛かりな検査などは重工の方へ直接行かなければならないが、大体は学校でこと足りる。
また、幅広い観測結果を得るために自宅というものも必要であろうと言う観点から、第参東京海堡にある商店街の疾風弾財団所有の一戸を、彼女の自宅として設定している。この先彼女に友達ができて「スズの家に遊びに行こう」となれば、第参東京海堡にあるその家へと行くことになるわけだ。養母である雪火の家へと行っても良いのではあるが「普通の家」として設定されている彼女の持ち家である。
と言うわけで二学期開始二日目にして大問題を背負い込まされることになった委員長だったのだが、それ以前に自分の方で面倒ごとが発生していたので、それを片付けにこっそりと寮を抜け出そうとしていた処、その姿が相部屋の住人となった彼女に見つかってしまったと言うことだったのだ。
委員長はそれなりに特殊な出自の生まれの者である。
どのぐらい特殊かというと、実の母が魔法少女であった――と言う程度の特殊な出自である。
であった、というのはつい数ヶ月前に委員長がその跡を継いで、二代目魔法少女となったからである。つまり今は委員長本人が魔法少女なのだ。
委員長の母親が現役の時代(母が10~11歳であった頃)に、本来倒すべき相手であった負の魔法生物と呼ばれる敵を完全に殲滅し、一度は引退したのであったが、その数年後この国はこの国全土を巻き込む動乱に巻き込まれ、その派生物として水の魔物と呼ばれる異の存在を生み出してしまう結果になる。
罪なき人々に水の魔物の脅威が近づいた時、それに対抗できるであろう数少ない人間の一人として、委員長の母は再び魔法少女へと現役復帰することになる。
そしてそれが今年まで続いており、つい最近になって娘である委員長が継承することになった。
魔法少女としての希少なる力をこうも簡単に譲り渡した理由としては「腰がヤバくなってきたから」というのが真相であるらしい。最近は出撃の度に整形外科に一週間は入院していたという。
「水の魔物を倒しに行くのですか?」
ベッドから抜け出て床に直接座ったスズが訊く。彼女は右膝から下が義足なので両膝から下を外側に出して座る、俗に女の子座りと呼ばれる座り方で座っている。ちなみに服装は寝巻きである。自動人形である彼女が室内着を着ていても何もならない(体が汚れるわけでもない)のだが、そこは普通の女の子としての生活を極力送りなさいという雪火からの指示に従っている。
「今回はそう言うわけじゃないんだけどね」
養母である雪火から同室の相手の事情はある程度訊いているのだろうと判断した委員長は、出掛ける前に今から何をしに行くのかを彼女に説明しておいた方が良いのだろうと思い、委員長もスズの前に座って一旦腰を落ち着けた。持っていたバールも床に転がすと、重かったのか肩をクキクキと鳴らす。
「水の魔物ともなんとも呼べない、良く分からない何かが近くに出たって言われて、それの確認に行こうとしていたのよ」
水の魔物自体は15年前に創設された専門駆逐組織である水上保安庁により、その数は減って来ていた。だからこそ魔法少女の出撃回数も年に数度と減り、高齢となった委員長の母(といっても引退時で37歳であったが)でも、水保の駆逐隊だけでは数が足らない場合の緊急時の傭兵的な戦いで済んでいた。
だからこそ今まで続けられていたのだが、委員長が次代の魔法少女となった今年、そしてつい先日になって、その相手をしていた水の魔物に似て非なる物が発見された。まるでその継承を待ち構えていたように。
今から27年前――委員長の母が現役魔法少女だった頃に目撃された、負の魔法生物に良く似ているともそれは報告されていた。
負の魔法生物の復活。それが本当ならば、その討伐が本職であった魔法少女がまずは出向かなければならない。
「まぁ一応その手のモノの専門家なので、実際に見てそれが何かって判断しに行くのよ」
近くで、その水の魔物に似て非なる負の魔法生物かもしれない何かの目撃情報を知らされた委員長は、報告された現場まで今から行ってみるつもりだったのだ。
寮の門限を過ぎた時間ではあるが、そのような事情での外出を禁止したりするような野暮な寮でもない(この寮も疾風弾財団の持ち物である)。しかしなんだか後ろめたい雰囲気もあったので委員長はこっそり出て行こうとしていたのだった。
「あの、委員長さんがそのような理由で外出されるのでしたら、私もお供しても宜しいでしょうか」
「……はい?」
同部屋の住人の提案に、委員長の頭の上に疑問符が載る。
「なんでまた? いちおう危険な場所に行くんだけども?」
遭遇した相手が全く敵わないような相手であれば、委員長もすぐさま撤退するつもりであったのだが(似ていると言うだけで母が相手をしていた頃の負の魔法生物と同格とは限らない)、一応は危険な場所に赴くのである。
「母さんが『色んなことに顔を突っ込んで見なさい』と言いますので」
スズが全く感情の起伏の見られない機械音声で答える。そうやって様々な経験地を貯めるのが、記憶の再生の早期な手段の一つでもあるのは確かではある。
「えーとスズってさ、疾風弾財団所有の重要な観察対象だって聞いたんだけど?」
しかし、そんな貴重な観察対象であるスズが、危険な場所に顔を突っ込んでそのまま失われたらどうするんだろうと委員長は思う。
「で、たしか作業用……なんだよね?」
同室となる者は、疾風弾重工の新型作業用機器の試作品のようなものである――とは、委員長も寮母からなんとなく説明を受けていた。多分寮母の方も疾風弾重工の方からはなんとなくまでしか説明はもらっていないのだろう。
「はい、そうです」
スズはそう問われて、素直にそう返事した。自分が通常は機械神内部の常態維持に従事する作業用の人型機械であるのは間違いないので、それは問題なく答えられる。
「作業用だったら戦いの場面……ていうか前線に出ちゃだめなんじゃないの?」
作業用機械とは基本的に脆いもの。いくら両方とも履帯を履いているとはいっても戦車とパワーショベルが戦ったら、ショベルの方には勝ち目がないのは委員長にも分かる。更に彼女は試作品なので、精密で壊れやすい部分も多いのではないだろうか。
「一応逃げ足は速いので」
「そうなの?」
しかし彼女はそれでも大丈夫だと言う。
昨日今日と彼女の学校での生活ぶりを見ている委員長はその動きが非常に緩慢なのを知っている。周りにある物を壊さないように気をつけての行動なのだろうが、機械特有のトロさを持った女の子という印象は強い。
「えーと、じゃあ変形して飛んで逃げるとか?」
彼女の特技(?)を自己紹介時に訊いた本人が、改めてその特技の真価を尋ねる。
「今の私は右脚が義足なので数秒しか飛べないので現段階では脱出手段としてはあまり有効ではありません。緊急時の際は地上を走ります。全速力で」
「走る? スズは走れたの?」
「走行は可能です」
ゆっくり歩いているシーンしか見れていない委員長は、元々彼女は構造的に走れないものだと思っていた。
「ただ、私が全速力で走ると色んなものが壊れます」
車や航空機と同じで、動き出して速度が付けば走行での高速移動も可能であるらしい。ただ、周りに与える影響も大きい様子で。
「……例えば?」
「地面に大穴が開いたり」
「あぁ」
最大の陸上動物である象が全力で走ったら時速40キロほどは発揮するのだが、それだけの巨体で大重量物が高速移動するとなると周りに与える影響も凄まじい。直撃すれば乗用車クラスの車両であれば跳ね飛ばすくらいの圧力は発揮する。
スズは巨体ではないが大重量であるのは確かなので、全開走行をしたら大変なことになるのは間違いない。その義足も全速力で走れば削岩機並みの貫通力がありそうだ。停止するのも一苦労だろう。
スズはそれだけの力を持っているので、多分危険を察知したら全速力で走って近くの陸上保安庁の駐屯所にすぐさま逃げ込めと、雪火からは指示されていと思われる。全開で走る象を止められないのと同じで、鋼鉄の彼女を普通に考えられる手段で捕獲しようとするのは無理な相談だ。
「……まぁスズが自分で身を守れるって言うんなら、着いてきてもらっても良いのかな」
やはり一人で向かうのは心細いものもあるので、正直に言えばありがたい。一応委員長にも魔法少女として一緒に戦うパートナーはいるのだが、それがロクでもない奴ではあるので。
「じゃあ、スズには撮影班をお願いしようかな」
「さつえいはん?」
委員長は今まで首に下げていた金属の物体を外すと、スズに渡した。
「なんでしょうかこれは?」
「ん、カメラよ。ライカって機種らしいけど。詳しいことは私も知らないけれども」
ライカとは独国産のカメラの一機種の名称である。ちなみに委員長が持っているのはWW2時に独国空軍で使われていたクラシカルな一品なのだが、本人はそこまでは知らない様子。
「私の父親が昔使ってたらしいんだけど、今回の件に関して実家から送ってもらったの」
相手の姿を画像記録として残すのも今回の任務であるので、記録媒体として実家にずっと置きっぱなしになっていたコレを借りたのだ。
「ああ、壊さないでよ、それ一つで新車の車一台は余裕で買えるくらいの値段するからね」
細部の機構を確認するようにくるくると取り回していたスズに、委員長が軽く注意を促す。そのカメラの出自は知らないが、値段に関しては良く理解しているらしい。女性にありがちな機器に関する評価とも言うが。
「私の義足は装甲車10台分と説明されましたが」
自分の記憶領域から情報を引き出して、カメラの一通りの使い方が予測できたスズが、自分の義足の方を説明する。スズの義足は、旧時代の異文明が残した消失技術の代替品となるために作られたものなのだから、急造品とは言ってもそれぐらいの費用はかかっているだろう。
「……まぁあなたが壊しても、あなたの母さんが修理代は出してくれるか」
「そうだと思います」




