第二章
東京湾海底付近。
機械神が通過したあの日、疾風弾財団所有の潜水艦がスズを回収していった直後。
『疾風弾ニ先ヲ越サレタカ』
海底に人影が佇んでいた。
海底に人間が立っているという状況は、再循環式呼吸装置を背負った水中カメラマンが撮影している状況などが考えられるが、そこまで危険を冒して機械神をフィルムに収めたいと粘る無鉄砲者とも考えられなかった。
しかもリブリーザーであっても少量の気泡は排出されるはずなのだが、この人物の周りには一切泡立つものが無い。更にはその格好が、フード付きのマントですっぽりを覆っているという、水の中では非常に場違いな魔法使いのような出で立ちである。
『ヨウヤク見ツケタ折角ノ個体。ナントシテモ手ニ入レネバナラヌ』
彼――とりあえず彼と呼称する――は、彼もまた機械神から零れ落ちてきた物体、自動人形を欲する者の一人である。
彼には独自の情報網があるので、機械神と呼ばれる物体の内部に常態維持のために複数の少女型機械が常駐しているという事実は以前から知っていた。そして彼がこれから実行しようとする事柄には、どうしてもその少女型機械が必要なのだった。
彼も通過中の機械神から一体の少女型機械が零れ落ちたのは感知した。そしてその落水現場に急行したが、既に大型潜水艦と潜水艇の二隻が付近を捜索中であった。そして潜水艇前部の機械腕が少女の形をした物体を掴んでいるのを見た。あと一歩の差で彼は目標を逃した。
潜水艇くらいの機械であれば十分破壊できるくらいの力を彼は持っていたが、目立つことは避けたかったため、身を隠して様子を伺っていた。
潜水艇の丸窓の奥に、この国でも十指に入るであろう重要人物の顔を見たのだ。このまま潜水艇を破壊してしまえば、あの重要人物も失われることになる。彼女が急逝してしまえば、この国のバランスが崩れ、そこから何かがズレ始めて自分の計画も明るみに出てしまうかも知れない。それだけは避けなければならない。全ては深くしめやかに行われなければ。
だから彼は、少女型機械を回収した潜水艇が、母艦である潜水艦に更に回収されるまで一部始終を、何もせず確認だけの時間で過ごした。
『マア良イ。再回収ノ手段ハ幾ラデモ有ル』
今回は自分も必要とする少女型機械の、今後の所在が分かっただけで良しとしようと考えた。一字保管場所としては最高の環境に違いない。落下時に破損が生じていても、その修理作業もそこで行われるはず。
それが疾風弾財団の最奥に安置されたままであれば、最悪、自衛隊施設以上の防護と言われる財団重要施設への急襲も考えねばならないが、もとより破壊活動は得意だ。制限の無い破壊ができるのであれば人間相手に遅れを取ることもない。
しかしてあの女総帥のこと、ずっと秘匿しておくなどはありえないだろう。必ず表に出してなんらかの調査を進展させるはず。再接触の機会は多量にあると考えられる。
『今ハ少シバカリ、預カリ所ニ預ケテオク事ニシヨウ』
彼はそう己を納得させると、海中をゆっくりと進んでいく潜水艦を見送り、自分もその場から姿を消した。




