一章04
疾風弾財団の完全出資により設立された高等学校、疾風高等学校。
この高校は水上保安庁とほぼ同時期に設立されたものであり、元々の目的は水保(水上保安庁の略称)へ義務教育課程終了直後に早期特別入隊枠で入隊した高校未就学隊員を、月に何度か学校へ通わせるための受け入れ先としての支援施設として開校された。早い話がここは疾風弾財団の自由になる学校施設、ということになる。ちなみにこう見えても公立校である。
本日はその疾風高校の夏休み明け第一日目である9月1日。
「今日は転校生を紹介する」
休み明けで久しぶりに再会した同級生たちの歓声で包まれる中担任教諭が現れ、ホームルームの開始を促した。そこでの第一声がそれである。
「入って来い」
二学期最初の始業式あわせで転校生がやってくるのはそれほど珍しいことではない(夏休みという我が子の長期休暇を利用して引越し準備を済ませる親御は多い)のだが、やって来た転校生自体が珍しかった。教室内に軽いどよめきが起こる。
ゴツ、カシャン、ゴツ、カシャンという、掘削作業をしているような硬い木靴で歩いているような妙な音が聞こえる。床に何かを叩きつけながら歩いているのか、不思議な音と共に彼女は入ってきた。
服装は普通に疾風高校の女子制服である。しかしその制服が覆っていない顔、腕、脚を見てほぼ全員が唖然とする。露出している部分は人間のような柔らかい肌ではなく、鉄のような硬質な物でできているのはすぐに分かった。しかも左足は普通に人間のような形状をしているのだが、右膝から下は太いパイプを組み合わせた油圧シリンダーのような形状になっている。
ゴツ、という音はその義足のような右足で床を突く音であったらしい。とりあえず高校に通うにあたって義足を付けてもらった。右脚が膝から下が無いとはいえ自重はまだ130キロ以上はあるので、その大重量を支えるために太く頑丈な作りとなっている。
左足も上履きの類いは履けないようなので、素足の硬いままで歩いているからそんな音なのだろう。細い体には似つかわしくない、あまりにもゆっくりとした動きで彼女は教室に入ってくる。多分床を踏み抜かないように気をつけているのだ。
ざわめき始めた教室内を重い体を引きずるように、彼女は教卓の隣までやってきた。
「疾風弾重工よりモニタリングの為に今日から皆さんとここで学校生活を送ることになりました。スズと申します」
教師から自己紹介を促された彼女は、そんな風に言いながら頭を下げた。喋っているのに口が動いていないのを見て、教室内に更に動揺が走ったように思う。
多くの生徒は驚きに口を開けたまま。いくらここが疾風弾重工の自由になる施設と言っても、女の子の形をしているからと自社製品の稼動試験まで高校で行うとは普通は思わない。
しかしてほぼ全員が、彼女は疾風弾製の最新鋭試作品であると認識した様子。機械の彼女が実は旧時代に作られた消失技術の一つであると知ったら、生徒たちは更に驚いたことだろう。
「お前は名字はないのか?」
しかしそんな生徒達とは驚きのカテゴリーが違うのか、教師はあくまでマイペースに自分の疑問を機械の彼女にぶつけた。
「名字はありません。名前だけです。シリアルナンバーならありますが」
「それだと色々不便かも知れんな」
教師が腕を組んで考え込む。学校内の手続きなどの問題もあるのだろう。
しかしそれは、教師は既にスズのことを普通の生徒の一人として扱っているということでもある。奇異の目を離せない生徒達とは違い、ある意味大人の対応だ。いや、ただ単に面倒ごとを背負い込むのが嫌なだけか。
「親……というか保護者の人とかは誰になるんだ?」
「保護者、ですか? 多分それは私をここへ送り込んだ疾風弾雪火になると思いますが」
「じゃあとりあえずその人の名字を名乗れば良いんじゃないのかな」
「そうですね、了解しました」
スズはそう言うと改めて生徒たちの方に向き直った。
「みなさまも名字が必要な場合は疾風弾スズとお呼びください」
そしてもう一度改めて頭を下げる。
「みんな、せっかくの転校生だぞ、なんか質問とかないのか?」
度肝を抜かれたままの教室内を解そうというのか、教師がそんな風に言い出た。教師用マニュアルに書いてある定型文の一つを実行しているだけに過ぎないのではあるが。
しかしそんなことを言われても、この状況で質問など思い浮かぶ者などいるはずも無く。
「なんだみんなないのか。じゃあ委員長、お前が代表してなにか質問を」
「えぇっ!?」
最前列に座っていた三つ編みに眼鏡という典型的な委員長スタイルの女の子が名指しされた。この典型的委員長な彼女が、本当にこのクラスの学級委員長である。
「え、えっと……特技とかは」
何か言わなければ収まらないだろうこの状況、委員長の彼女は対転校生向けの差しさわりの無い質問でお茶を濁した。
「特技ですか」
スズはそれを聞くと躊躇無く
「特技は――変形です」
そう答えた。
特技とは特徴であろうと判断したスズは、自動人形の構造において一番の特徴はなんであろうと考えると、多分高速移動のための可変能力なのだろうと思考しそのまま答えた。
しかし教室内の全員はその答えを聞いて「???」という表情になる。変形ってなに? どういうこと? と全員の顔に書いてある。
「今は右脚が義足なので不完全ですが」
クエッションマークを頭の上に載せた全員を置き去りにしたまま、スズはそう言いつつ少し後ろに下がると、両腕と左脚を変形させながらそのまま前へと倒れこんだ。しかしそのまま落下することなく水平になった状態で浮かび上がる。
「すごい!」「飛んでる!」「ほんとに変形だ!」
スズのその特技(?)を見て、先ほどとはまた違う驚きの声が上がる。
「この状態で少しだけ飛べるのですが、今は右脚が違うので更に時間が短く――ああ、もう制御可能域を下回りました」
スズがそういった瞬間、飛行形態となったスズの体が床に落ちた。教室内がものすごい地響きに包まれる。
「うわー!」「きゃー!」
もちろんあちこちから悲鳴が上がる。しかもその悲鳴は他の教室からも聞こえてくる。それはそうだろう、力士級の重量物がいきなり1メートルほど落下したのだから、軽い揺れは起こったはず。階下の教室にはものすごい震動音が轟いたことだろう。
「お前の凄い特技は分かったから、元にもどれ」
流石に腰を抜かしそうになった教師が言う。
「了解しました」
飛行形態のまま床に転がっていたスズは、再び人型に戻るとゆっくりと立ち上がる。
「とりあえずお前の座る席だが……加藤の後ろが空いているな」
そういわれた加藤がギクリといった顔をしながら後ろを見やる。各教室には水保からの受け入れ生徒用に何席か空席が設けられているのでもちろんこのクラスにもあり、それが今回は加藤氏の背後であり今回は転校生用に開放された。これからあの機械仕掛けの良く分からん女の子が後ろにいるのかと思うと、さすがに緊張してきてしまうのも仕方ない。
「お前の席はあそこだ」
「了解しました」
教師に促されたスズは細い体を重々しく動かしながら席の間の列を進む。
そして加藤氏の後ろの席に着き、ゆっくりと椅子に腰を下ろした瞬間
バキリ
「――?」
その破砕音を聞いた瞬間、スズがどう対処するかと思考する間も無く彼女の座った椅子が座の部分から真っ二つに割れて、そのまま尻餅を突いてしまった。再び盛大な落下音が鳴り、教室全体が少し揺れる。
しかし今回は、生徒たちの悲鳴が上がることは無かった。
その代わり「クスッ」と小さく笑う声がそこかしこで聞こえた。意外にドジっ子? みたいな声も聞こえてくる。
「すみません、この椅子が耐久年数を超えていたのか私の重量を支えきれなかったと判断します」
スズの至極真面目な報告を聞いて、教室内が軽い笑いに包まれた。クラスメイトの殆どが、なんだかわからない彼女に対してどう対処して良いのか分からずに、自然と目の前においていた遮蔽壁が、スズが見せた人間くさい失敗を目の当たりにして一気に取り払われた様子。
「委員長、もうしわけないがひとっ走り職員室まで行って新しい椅子をもらってきてくれないか、使ってない新品を」
「了解しました!」
教師が苦笑混じりにそう言うと、委員長も笑いをこらえ切れないまま教室を跳び出して行った。
(――なぜ人間の皆さんは器物破損を起こしたと言うのに、そんなにも笑顔でいるのでしょうか)
教室内に満ちる妙に嬉しそうな顔を、スズは理解できないでいた。
「ただいま戻りました」
疾風弾重工本社ビルの上層階にある一室。そのドアを壊さないように極めて軽くノックしたスズは「開いてるわよ」という声を聞いて中に入った。
ここは疾風弾財団総帥のために用意されているオーナールーム。
総帥としての威厳を保つための豪華な椅子に座っていた雪火は立ち上がると、スズの前まで歩いていって出迎えた。
「お帰りスズ。どうだった学校は?」
スズにはことあるごとに雪火の下を訪れて、学校生活などの経過報告をするのが義務付けられている。
今は深夜の時間帯なのだが、スズは普通の女の子のように長時間の睡眠は必要ないということなので、雪火の空いている時間に合わせこのような時間となっている。
「椅子を一つ破砕してしまいました」
登校第一日目にしていきなりしでかしたその報告を聞いて、思わず「ぷっ」と吹き出してしまう雪火。
「まぁあなたはおデブちゃんじゃないけどおデブちゃんだからね。今後は気をつけないとね」
「はい」
今のスズは義足も含めて本来の全備重量(150キロ)と同じだけは自重があるので、いくら細い体とは言っても激しい動きは控えた方が良いのは当然である。
「それとなのですが」
「なぁに?」
「雪火さんは私のお母さんになるのでしょうか?」
それを聞いた瞬間「ぶほぉっ!?」と、先ほどとは比べ物にならない勢いで雪火が吹き出した。
「お、おかあさん!? わたし結婚前でいきなり子持ちぃ!?」
「いえ、本日は教員の方から保護者の有無を求められましたので、私の保護者として雪火さんを私の記憶回路に登録させていただいたのですが、それに伴い私は雪火さんの養女として再登録されるのかと考えまして」
狼狽する雪火に向かって至極冷静に報告するスズ。
「それでお母さんなのね……なにごかと思っちゃったじゃないっ」
人前では動じた態度など絶対に見せることの無い疾風弾財団総帥をここまで混乱させるとは、さすが超越技術の塊、凄まじい性能である。
「そうか私、母ちゃんか……でも父ちゃんって言われるよりはマシなのか……?」
自慢(?)のイケメンフェイスに手を当てて考え込む姿勢になる雪火。
「まぁ良いわ、あなたのことを拾ったのも私だしね。じゃあ今日から私のことは母さんって呼びなさい!」
「はい母さん」
「ということは授業参観とかあったら私がスズの母として行くのか……なんか良いかも」
「高等学校には授業参観と言う行事は無いと私の記憶領域にはあるのですが、これは私の記憶領域の方が破損しているのでしょうか?」
「むむ、さすが我が娘、さっそく自動人形らしい的確かつ冷静な突っ込みを入れてくれたわね! 先行きが楽しみだわ!」
「はぁ」
今からスズのことは中学校に転校させなおすか、などと恐ろしげな提案を出している養母の姿を、スズはやはりここでも理解しがたいとった雰囲気で見ているのだった。
「――難儀な題目を押し付けられたに等しいのに、何故人間はそんなにも嬉しそうな顔をするのだろう?」




