一章02
「――?」
再起動に成功した彼女は、自分が仰向けで寝かされているのを感知した。
背面の感圧感覚器からの情報によると、人間用の医療用ベッドに寝かされているらしい。そこから揺れを感じるので、移動している何かの医務室に運び込まれた様子。
彼女は視覚での情報取得の為に眼球部を覆う瞼を開いた
「目を開けた!」
視界情報が確保された瞬間、音声情報が入ってきた。女性の声だ。「おお!」という複数人のうめき声も聞こえる。
「――」
眼球を動かすと、自分のことを見下ろすように仕立ての良いスーツ姿の人物が見下ろしていた。端正な顔立ち。男前と称して十分なキリッとした顔の作り。しかし彼女の感覚器は騙されない。この人物は女性だ。
「ここはどこでしょうか?」
それが彼女の発した第一声だった。
しかし彼女の口は動かずに声だけ出てくるので、ベントリロキズムで喋っているような妙な感覚ではある。
「しゃべった!」
相手の端正な顔から、軽くはしゃぐ女性の声が跳び出た。男物のスーツを着ているがやっぱり間違いなくこの人は女性だ。自分の感覚器に大きな損傷が無いのをオートマータは確認した。
しかし状況把握のこちらからの質問は受け入れられず、男顔の女性は後ろに控えている人々と嬉しげに話あっている。
「――」
まずは自分がどのような状況に置かれているのか把握しなければ。
ここはどこなのだろう。機械神の中にあるオートマータ用の整備工場ではないのは確かなのだが。そもそも機械神の中に人間は居ない、現状では。
「わかる!? 私の声わかる!?」
一回質問がかわされてしまった男顔の女性から、声が投げかけられた。こちらの質問が受理されるには、相手の質問にまずは回答しなければ要求が通らない様子。
「はい、女性の声です。あなたは女性です」
「!」
そう判断した自動人形が、相手の質問に添うよう的確に答えると、その男顔の女性の顔が驚愕に包まれた。
「多くの女性を虜にするイケメン総帥の正体を早々に見破るとは、さすが超越技術の塊ですな」
「イケメンは余計だっつーの!」
後ろに控えた一人の男の頭へと、そのイケメンな女性がコツンと拳を見舞う。
「ここはどこなのでしょうか?」
オートマータが質問を重ねる。一向に答えてくれそうに無いので、とりあえずもう一度言ってみる。
「ああごめんごめん、ようやく出会えたあなたが目を覚ましてくれたのが嬉しくて、話が脱線したままだったわ」
その総帥と呼ばれたスーツ姿の女性は軽く居ずまいを正すと、こう答えた。
「ここは海底に沈んでいたあなたを回収した疾風弾財団所有の潜水艦の中よ」
話は機械神通過と言う災害に見舞われる渦中の東京湾に戻る。
災害指定の物体が進んでいく東京湾の海底には、一隻の潜水艦が鎮座してその動向をうかがっていた。
艦橋には疾風弾財団総帥である疾風弾雪火の姿。先ほどのスーツ姿の女性である。
「……近くで見るとやっぱりすごいわね」
伸ばした潜望鏡から海上を進んでいく巨影を見ながら、そうのんびりと呟く。
疾風弾財団総帥という重要すぎる役職にいる彼女であったが、本日はたまたま予定が空いていたので(機械神通過により潰れた予定もいくつかあった)財団所有の潜水艦に乗り込んで近くで見ようと思っての行動だった。
相手は台風や竜巻級の災害であるので、湾内を通過中は全ての水上船舶は活動停止となる。もちろん近づいての観測も禁止されている。
しかし海の中まではその目も届かない。そもそも潜水艦や潜水艇を保有するのは殆どが国家直属組織であるのだから、禁止する必要が無いのである。その「殆ど」から外れている、財団所有の潜水艦を持ち出して海の中を進んできたというわけだ。この国有数の潤沢な資金のある組織ならではの裏技である。
「やっぱり疾風弾財団の総帥たるもの、機械神くらい近くで見た経験がないとね~」
そんな雪火が、総帥らしからぬ鼻歌交じりで言う。
物見遊山で大災害の間近まで来させられた他の乗組員はたまったものではないが、財団の中心組織である疾風弾重工の更なる技術力向上の為のサンプルを取るためでもあると言われてしまえば、財団保有の潜水艦を出さないわけにもいかない。
「……ん? あれ、なんか落ちた?」
機械神の腰の辺りを高い波が洗った時、その波間に吸い込まれるように何かが海面に落ちたように見えた。
「今のなんだろう?」
「調音の方でも確認しました。音紋から推測するに人のような物体が海面に落ちてそのまま沈下したと」
「ひと!?」
機械神から人が落ちた? あれには人が乗っているのか? その報告を聞いた艦橋内のスタッフにどよめきが走る。
「ですが沈降速度が異常だと」
「異常?」
「人であるならば力士並の体重があるのではないかと」
「りきし? お相撲さんってことか? でもそれだけの太っちょだったら水に沈まないわよね? じゃあボディビルダーか?」
脂肪ではなく筋肉が多量に付いた体であれば、逆にまったく水に浮かない。しかしその手の筋肉だけ発達させた者が力士並の体重になるのはおかしい。
そもそも機械神になんでそんな体格の人間が乗っていて、そして何故海に落ちたのか?
「でも本当に人だとしたら、助けてあげないといけないわよね」
雪火は潜望鏡を格納させると、この艦を預かる艦長の方に振り向いた。
「とにかくその落水地点に行ってみたい。潜水艇積んでるでしょ、回収はそれで。私も乗るからね」
「……まだ機械神は通過中で、湾内の安全が確認されていませんが」
「良いから急いで! 総帥命令よ!」
潜水艦から搭載潜水艇に乗り換えた雪火は、人のようなものが落ちて沈んだとされる海域をさまよっていた。
「どう、見つかった?」
「いえ、まだなにも」
「この辺りに落ちたって報告なんだけどなぁ」
「再度母艦に問い合わせてみますか?」
「でも結局音拾ってそれで計測するだけでしょ? だったら目視で直接探せるこっちの方がまだ確実……って、あれじゃない?」
潜水艇に設けられた丸窓に顔を押し付けるようにして海底を良く見ようとしていた雪火が、砂底に半ば埋もれるように横たわる、人型の何かを見つけた。少女のような小柄な体格。
始めそれは廃棄された女の子型のマネキンのように思えた。片足が壊れて無くなってしまったものを不法投棄したのかと。
「逆探の反応は?」
「跳ね返ってきた反応は、金属質のものです」
「……じゃああれなのね、機械神から零れ落ちてきたものは」
潜水艦に乗り込んでいる音響担当官が、力士並の重量がある人のような何かと言ったのは、多分あの少女のような何かが金属でできているからだろう。それで全てに合点が行く。
雪火は艇長に接近を促す。
「外部マニピュレーター準備」
「了解です」
「始めて発見された個体だわ。慎重に回収して」
「というわけであなたのことを回収してきたのよ」
雪火の乗る潜水艇は海底に沈んでいたオートマータを拾って母艦に戻り、母艦である潜水艦も疾風弾重工所有のとある場所へと帰還した。
「総帥、指定の物が届きました」
「ご苦労さま、そこに置いて」
雪火とオートマータのいる医務室に総帥側近の一人が現れ、大きな車輪の付いた自走式の椅子を置いていった。
「なんでしょうかそれ?」
「車椅子よ。しかも太ましい人用の特注品」
ここで行った簡単な調査で彼女の推定体重が150キロと分かったので、片足の彼女を運ぶために体の大きな人間用の大型車椅子を急遽取り寄せたのだ。もちろんこれも疾風弾重工製の製品である。
「さぁ乗って乗って……って、そういえば名前はなんていうの?」
片足だけで立ち上がり、ベッドや手すりを支えにしながら車椅子に座ろうとしている機械の彼女を軽く支えながら、雪火が訊いた。名前がないと呼びづらいのは確かだ。
「私達は機械神の中で働く群体、自動人形です」
「いや、そうじゃなくてね、あなた個人の名前は無いのかなって訊いたんだけど」
「私の単体名ですか。シリアルナンバーならありますが」
「う~ん、ほとんど名無しか。数字だとなんか味気ないしなぁ……私がなんか付けるか可愛いの。構わないよね?」
「はい」
車椅子にゆっくりと腰を下ろしながらオートマータが答えた。自身に個別名称が付くことによる問題は特に感じられないので素直に応じた。
「片足で金属質の硬い体っていうとブリキの兵隊みたいね。じゃあスズって呼ぼうか」
「スズ?」
今の彼女の状態が童話に出てくるブリキ製の兵隊の様であるとなんとなく思った雪火は、メッキ加工する前の、元となる金属の名前を彼女に付けた。
「錫っていうのはブリキの前段階の金属の名前よ。なんか女の子らしくて良い響きかも」
「……スズ」
「あ、ごめん嫌だった? だったら別の名前を考えるか」
オートマータ――スズの動かないはずの顔が何か考え込む表情に見えた雪火が訂正しようかと申し出るが
「いえ、そうではないです。ただ、名前を付けてもらうという行為が私の記憶領域に無かったので、初めての経験で戸惑の動きになってしまいました」
「……それは、嬉しいってことなのかな?」
「嬉しい? 嬉しいとはどういうことでしょうか?」
「は、はい?」
いきなり意味の分からない受け答えをされてしまって流石に雪火も戸惑う。
「驚かれるかもしれませんが、私達オートマータには嬉しいや悲しいと言った感情の類いはありません」
「感情が無い?」
「私達オートマータには人間のような感情はありません。私達に投げかけられた言葉に、記憶領域にある最適解の言葉を選び出し、会話を成立させているだけに過ぎません」
意思疎通が出来ているように見えて、実は人間同士の物を考えながらの会話としては成り立っていない。機械の彼女はそう説明する。
「私達は機械神の中で体を揺さぶられぶつけながら働くもの。人間であれば一瞬で肉塊になってしまうような苛酷な場所で作業するのですから、感情があっては邪魔になる事も多いです。私のように作業中に落下して失われてしまう場合もありますし」
自動人形――オートマータとは、あくまで人の形をした道具であるとオートマータ自身が告げる。
「……」
雪火は顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「でもそれにしては、普通に感情豊かなお喋りが成立しているように思えるけど?」
「オートマータ同士でたまに会話も成立するので、それで会話に関する経験値が貯まっていたのかも知れません」
機械神内の振動に見舞われてオートマータ同士がぶつかるなど珍らか的な接触をすると、音声――言葉と言う形で情報提供・情報交換する場合もある。つまり簡単な会話が成立するのである。それが機械的な簡素なものであっても何千何万と年数を重ねれば確かに自然な会話ができるようになるのかも知れない。彼女たちは人間のように老いで思考や記憶が劣化することもないのだろうから。
「……」
しかし雪火には、あまりにも自然に会話が成り立っているのが、彼女の説明からすると少し異常に見えてきてしまうのだった。
「まぁそのことに関しては、あなたにもちょっと見てもらいたいものがあるから、詳しい検証はそのあとでも良いか」
雪火は一旦この疑問は区切ることにすると、スズを乗せた車椅子を自ら押して医務室を出た。




