灼熱の犬飼さん2 その5 01 ~しかし騒動というものは、狼女と鬼女がいなくても起こる時は起こるのである~
翌日の高等学校、午前中。
体操着に着替えた委員長が校舎から出てくる。鬼越の看病で少し寝不足ではあるが、委員長は翌日は普通に学校に登校してきた。
今日も日差しが強い。30度は余裕で越えるだろう。
そんな朝から季節はずれの強い日差しの中、委員長に続いて同じクラスの生徒もぞろぞろと出てくる。本日の午前中は体育である。
校庭に出た男子と女子が違う方向に歩いていく。中学の時点から男子と女子の体育は体力差を考慮して別々に行われるのは今も昔も変わらない。
ちなみにこの高校、女子の体操着はハーフパンツとブルマが選択式となっている。
「ハーパンだと日焼けしたら格好悪くて水着が着れない」と女子生徒から激しく抗議されたのでブルマも穿いて良いという校則ができたのだった。流石創立15年の新設校らしい柔軟な対応なのだろう。
陽子が普段着ているあのビキニ型スポーツウェア。普通の人間の女子は大会本番くらいしか着用しないので、いざ着ると日に焼けていない部分が生白くて格好悪かったりする。それと同じ現象が気合を入れて水着になって海やらプールに行くぞという時に起こるわけだから、女子から改善要求が出てくるのも当然なのかもしれない。
それでもまだ6月ということでほぼ全員がハーフパンツである。ブルマは二名ほど。多分彼女たちは今から夏の計画を立てているのだろう。ほんのちょっとの強い日差しからも格好悪い日焼けを回避したい様子。
「せっかくの体育なのに二人とも休みなんだね」
委員長の下へ巫女の彼女が近づいてきて生まれながらの体育会系の二人の不在を尋ねた。巫女の彼女は実家の神社からの通学なので、寮で起きた事情は知らない訳だ。
「鬼越さんが原因不明の病気で倒れちゃって」
「原因不明って、なにそれ!?」
委員長の説明にさすがに巫女の彼女も驚きを隠せない。
鬼越が弱点である菖蒲の匂いを吸ってしまったからと正直に言っても良かったのだが「あまり話が拡大されるのも好まん」と鬼越本人が望んだので、委員長もぼやかして説明している。鬼が菖蒲の匂いを吸ったとなると、その菖蒲は一体どういう経路で鬼越の下に来たのかと詮索されることになり、委員長の母が委員長に送ったと知られるまで行ってしまうだろう。なんの目的で送ったかまで知られてしまえば、委員長が鬼越に恨みを持っていたのも分かってしまう。そしてそうなるののを、被害者である鬼越が一番望んでいない。
巫女の彼女は普通の人間よりも不思議生き物寄りの人なので説明しても良いかと思ったが、鬼越が完治してから本当のことは話そうと委員長は思った。今は鬼越の意志を尊重する時期。
「鬼越さんは鬼だから、人間の病気じゃないみたいで……」
「ああそうか、彼女鬼だもんね」
「それでも寝てれば治るらしいから」
「ふーん、まさに鬼の霍乱だね」
しかも霍乱させたのは鬼の唯一にして究極の弱点なのだ。風邪などの普通の病気にはもしかしたら鬼はかからないのかも知れない。
ちなみに委員長も巫女も夏に向けて色気づくお年頃ではないらしく、普通にハーフパンツ姿だ。
もう一人姿を見せない陽子の場合は、通常の体育授業の時は普通の体操着姿だが(一旦着替えるので、暑さ対策などは大丈夫らしい)夏場はどうするのかと疑問が出てくるが、彼女の場合は日差しの強い日は体育自体を休むので余り意味の無い選択肢かもしれない。
そんな陽子は本日の気温も高くなると言うことで、登校しても一日中机に突っ伏して伸びてるだけだろうと、鬼越の看病がてら部屋に残っている。菖蒲で苦しむ鬼越に何が出来るというわけでもないが、目を覚ました時に側に誰かがいるだけでも安心できるものだ。
「おーい女子たちー、集まれー!」
女子部担当の体育教師が集合をかけていた。
「行こう委員長」
「うん」
委員長と巫女の彼女は連れ立って女子担当の教師の下に走った。
向こうの方では男子部担当の教諭が、うんざり顔で男連中を集めている。そりゃまぁ女の子の方が良いですよね、花の女子高生ですし。本日はブルマ二人いるし、銀色のも赤色のも今日はいないし。
銀色も赤色も彼女たち自身が悪さをする訳ではないのだが、騒動の元にはなるので居ない方がホッとしてしまうのは教師側としては仕方ない対応かも知れない。
しかし騒動というものは、狼女と鬼女がいなくても起こる時は起こるのである。
とある道路上に、重車両運搬用トランスポーターが停車していた。荷台に載っているのは一台のクローラーダンプ。不整地などで運用される履帯を履いた土砂運搬車両である。その特性上整備された道路上を長距離移動するのには向いていないのでこのように運ばれる。
このクローラーダンプを運んでいるドライバーは、まだ現場への車両納入まで時間があるのかトランスポーターの運転席で缶コーヒーを飲んで休んでいた。
そうやって一息吐いている時、バキンという音と共に唐突にドアが開かれた。
「え?」
もちろんドアロックはかけている。
驚いたドライバーが開いたドアの方に顔を向けると、覆面に全身タイツという怪しすぎる男が開かれたドアに手をかけていた。
「!?」
覆面に全身タイツという怪しすぎる男――元鉄車帝国兵は、ロックがかけられていたドアを腕力だけで難なく開くと(もちろんロックは壊れた)運転手の首へと神速の手刀を当てた。一瞬にして思考が停止したドライバーがだらりと兵の方へ倒れこむ。手に持っていたコーヒー缶が落ち地面に乾いた音を立てた。この首筋に手刀(クビトンとも言われる)は、余程の武術の達人でなければ不可能な技なのだが、鬼貫の例でお分かりのように鉄車帝国構成員は一般兵士であっても一騎当千の強者であるので、兵であれば誰でも使える基本中の技である。
昏倒させたドライバーをコーヒー缶の隣りに降ろすと、兵は運転席に乗り込んでドアを閉めた。ドアはもちろん完全には閉まらなくなっているが最早関係ない。
キーは刺さったままだった。兵が捻ると重貨物の輸送を可能にする大馬力エンジンが威勢良く吼えた。
どことも知れぬアジトから放たれて、帝国崩壊後も活動を続ける鉄車帝国残党。
その今なお所在不明な秘密基地の中では技術開発も続行されており、つい最近変身して鉄車怪人となる力に新たな機能が追加された。
それは変身して怪人となって仇敵を待ち続ける彼らにとっては、絶好の追加機能だった。
早くその新しい力を試してみたい。
その為には多くの的が必要になる。出来るだけ数が多い方が良い。
そしていつも人質として重宝する保育園児や幼稚園児では的としては小さい。下手をしたら窒息死させてしまう可能性がある。それでは人質としては成り立たない。出来れば中学生か高校生くらいの大きさは欲しい。
彼は少しトランスポーターを走らせると、とある学校の正門を見つけた。
彼はそれを見た瞬間、学校へ向けて車体をカーブさせ、躊躇無く校内と校外を遮断する鉄格子をぶち破った。




