灼熱の犬飼さん2 その4 06 ~わ、私……なんてことを~
寮へ帰ってきた二人は下駄箱に靴を入れると三和土から廊下へ上がる。
「とりあえず委員長のことを部屋に招こうと思う」
「へ!? なんで!?」
このまま一人自室でおとなしく静かにしていようと思った委員長は、突然の申し出に声が裏返った。
「なんでと言われても、本日は委員長を部屋に招くべきなのだろうなと、なんとなく思ったからなのだが」
仲の良い間柄になったのなら家に招くべきというのは、どこの地域でも同じように考えているのだろうが、鬼越と委員長は寮生活なので自分の部屋に招こうということなのだろう。
「……だって、犬飼さんいるよね、私が入ったらいきなり鼻血ぶちまけるかも」
「それならば委員長は毎日の教室で鼻から血を垂れ流さなければならぬだろう」
「……あ、そっか」
委員長も陽子とは肌が触れるくらいまで接近したことはあるが、鼻血を出した経験は一応まだない。これからそんな恋焦がれた狼人と狭い部屋で密室状態になるのだが、鬼越もいるので大丈夫だろうとは思う多分。
廊下を進んできた鬼越が一つの部屋の前で立ち止まる。委員長も立ち止まる。ここが鬼越と陽子の部屋である。鬼越がドアノブに手をかけた。
「では、行くぞ」
「う、うん」
鬼越が何故か掛け声をかけ、委員長が何故か力強く頷く。
「ただいま」
鬼越がそう言いながらドアを開けると、陽子は勉強机の椅子に座って誰かと話していた。話し相手は十字形の人形。
「へー、ゼファーさんがいると鳥とか狐とか狸とか全然寄ってこないんだ?」
「そうですとも、我輩の眼力に恐れをなして誰も作物を盗れませぬぞ」
「だったらうちの実家の畑にもゼファーさん欲しいなぁ」
「出張でしたら、新たな契約が必要ですな」
「――あ、お帰りミユキ。なんだ委員長も一緒なんだちょうど良かっ」
ビュンっという音が聞こえそうな勢いで鬼越の脇を抜けて委員長が室内に突入する。投げ捨てた学生鞄とマジカルバトン入りのバッグが派手な音を響かせて廊下に転がる。
「ゼファーっ!? なんであんたがここにいるのーっ!?」
委員長は効かないとは分かっていてもカカシの首を両手で掴んでぎゅうぎゅう締める。
「いや、そこにおられるヨーコ殿の形の良いおヒップを眺めておりましたらな、我輩が普通のカカシではないと早々にばれてしまいましてな」
「私を一人にしてキサマなにやっとんじゃーっ!」
「いや~、あんなに熱い視線でお尻みられてたらボクにも分かるよ。『あ、このカカシはボクと同じようなカテゴリーの人(?)だ』って」
鬼越から代わりに荷物の受け取りを頼まれていた陽子は、それは夕方以降ということでそれまでは部活をしていようと思い、とりあえず本日は走り込みをしていたところ、腰の辺りに妙に熱い視線を感じたのだった。
自分自身他人からの視線を多く浴びるのは慣れているし、腰から下がる特徴的な体のパーツに自然と多くの視線が集まるのも体感的に知っている。
しかしその視線は、その尻尾を通り越してその下で躍動するモノ一点に集中しているのを陽子も感じたのだ。
尻に妙な違和感をずっと感じていた陽子は、校庭にある花壇の隅に見慣れないカカシが一体刺さっているのを見つける。「園芸部の子たちが作ったんだろうか?」と始めは思ったが、そのカカシの視線が自分の尻に一致するのを知ると、あれは普通のカカシじゃないと本能的に分かった。伊達に異端審問官などに狙われている訳ではないのだ。
というわけで走るのを途中で止めた陽子は花壇の方にトコトコと歩いて行き、そこに刺さっているカカシへ「多分キミはボクと同じカテゴリーの人(?)だよね」と問いただしたところ、相手が狼人では白を切りとおすことも敵うまいと、正直に正体を明かしたのだった。
「……あんたが犬飼さんのお尻ばっかり見てなければバレなかったんじゃないの?」
「あの校庭で活動しておられる方々の中では一番の良い形のおヒップでしたからな。我輩目が離せませんでした。筋肉量といい脂肪量といい満点でございます」
「いやー、そういわれるとなんか照れるなぁ」
「……それは犬飼さんだけが普段からビキニユニフォームでお尻丸出しだからでしょ」
なんで陽子の尻だけ目立っていたのか委員長が冷静に突っ込む。陽子のヒップも形が良いのは確かなのだが、他にもそれなりに形状の良い尻のラインを持つスポーツウーマンは沢山いる訳で。そしてそれらの殆どが普段は短パンで隠しているわけで。
「……で、なんで二人は一緒にここにいるのよ?」
「我輩が普段は娘殿の生家所有の畑に刺さっておりますとお教えしますと『じゃあ委員長ももうすぐ帰ってくるから一緒に寮に行こうよ』とお誘いを受けましてな。淑女のお誘いを無碍にするのは紳士の務めとして反しますからな」
「なにいっとんじゃこの変態紳士が!」
委員長は締めていた手を解くと、今度は思いっきりゼファーの顔をぶん殴った。布製の頭部がボフン! と良い音がして潰れる。
「いやー、淑女だなんて言われたらボク照れちゃうなー」
「犬飼さんもこんなド変態誘っちゃ駄目でしょ!?」
「いやー、ボクも『ド』の付くお方だとは思ってたけど、委員長の身内らしいし」
「こんなの身内だなんて言わないでぇーっ!? しかもカカシだからこれっ!?」
涙を吹き零しながら全力否定の委員長。
「しかも変態か、ドの付く」
鬼越が冷静に突っ込む。
「難儀な身内のいる家庭に育ったものだな委員長」
「これ違うからっ!? こんなの家庭にいないからっ!?」
「大切な家庭の作物を見守っていてくれるのだろう? ならば家庭の一員といっても過言ではないのか」
「おにごえーっ! キサマやっぱりブッコロス! おもて出ろ!」
「よし、気の済むまでお相手いたそう」
「まぁまぁ二人とも」
一触即発の二人を前にして、手の平を上下に動かしながら陽子が仲裁する。
「帰ってきてずっと立ち話だからさ、とりあえず座ってゆっくりしよ?」
「……え、あぁ……うん」
陽子にそう言われては無碍に出来ない委員長は二つ返事で気持ちを収める。鬼越は戦うのも止めるのもどうでも良いらしいので、委員長が投げた学生鞄とバール入りバッグを回収すると自分の分の金棒入りのバッグとまとめて部屋の隅に置き、ドアを閉めて中に入った。そのままテーブル前の一角に腰を落ち着ける。
委員長は「カバンごめんね」と鬼越に言うと、今度は無言で部屋の窓を開け、ゼファーの脚の棒をむんずと掴んでそのまま外へ放り投げた。そして窓を閉める。鍵もかける。
『娘殿ー、酷いですぞー、我輩も話に混ぜてくだされー』
体を回転させて、軍手でぺちぺちと窓を叩くゼファー。
「カカシはカカシらしく外で鳥を追い返してろ! それとあんたはそもそもカカシなんだから動くな! バレるでしょ!」
ゼファーはそう言われて、急に静かになった。外に出されて他の人間の目にも触れるようになったので、それなりに自粛しているのだろう。基本的には紳士である、変態だが。
「……いいの?」
陽子が窓の方を指差して効く。
「いいんです」
委員長はそう言いながら自分もテーブルの一角に座った。続いて陽子も座っていた勉強机の椅子からテーブルへ移る。
「そういえば委員長がボクの部屋に来てくれたのは始めてだねぇ」
「う、うん」
「といいつつも委員長はここに来たのは遅めだから、ボクの方から行く機会もなかったけど」
「……えーと、あのド変態カカシはどこまで私のことを?」
まずはそれを問い質さなければならないとまずは委員長はそれを訊いた。あの薪予定の廃材の塊はどこまで喋ったのか。
「いつもは委員長の家の畑に刺さってるって、それだけだよ」
「それだけ?」
委員長が魔法少女うんぬんということに関してはまだ喋っていないらしい。一応は今後の活動なども考えて気を使っている様子。
「カカシが喋ったこと自体に関しては特に驚か……ないよねぇ」
本人は狼女。同室の相手は赤鬼女。喋るカカシ程度に驚く要素が全くない。
「うん。ゼファーさんが片足跳びしながら着いてくるのも普通にスルーしてた」
陽子本人は友達が鬼で、その友達と一緒に鉄車怪人を倒したり、しかもその本人も異端審問官と接触があったりするような人生なのである。陽子自身も喋るカカシ一つでは今さら驚きようが無いだろう。
「して、ヨーコ、アタシ宛の荷物は届いたのか?」
今度は鬼越が訊いた。彼女には委員長と戦っている最中に届く予定だった荷物があるわけだ。
「届いたよ、はいそこに」
陽子が顔を向けた方向には、見慣れた特大のスポーツバッグが置かれていた。陽子とヒトミを助ける時に受けたバッグの傷もそのままだ。
「……」
鬼越は再び立ち上がってバッグに近づくと無言のままジッパーを開いた。巨大な武具が里に置いてきたそのままの状態で入っていた。
「……なに、それ?」
「もう使う相手がいなくなってしまった決戦武器だ」
委員長の質問に鬼越はジッパーを再び締めながらそう答えた。
「決戦武器……」
「本来これを叩きつける相手はもういなくなってしまったのだが、なんか妙に胸騒ぎを感じてな。これを使う機会がまた起こるのかと思い、里に文を送って届けてもらった」
「それって県境まで行ってきたのと関係あるの?」
「まぁそんなところだ」
陽子の質問には鬼越は何か思うことがあるのか、多少はぐらかすように答えた。そのまま再びテーブルに戻って座る。
「ああそうそう、それ持って来てくれたの鬼貫さんだったよ」
特にそれには気にせずに、これを届けてくれた者の名を陽子が告げる。
「なんと?」
「普通の宅配業者じゃこんなもの運べないからって。なんかそれっぽい格好して来てくれたよ」
「そうか持って来てくれたのはアイツだったのか。顔も合わせず帰してしまうとは鬼貫には申し訳ないことをしたな」
「ううん、ミユキは果たし状をもらったんで今ごろ戦ってますよって教えたら『鬼らしい不在の理由でなにより』って笑って帰ってったよ」
「ははは、鬼貫らしいな」
「あの……鬼貫さんってもしかして」
その名を聞いて委員長が恐る恐る鬼越に訊く。
「ああ、騒動の理由の一つである黄鬼本人だ」
「……」
「騒動?」
今度は二人の会話の意味が分からなくなってきた陽子が訊いた。
「アイツは怪人の中身だったのだ。それだけで大騒動だろ?」
「まぁね」
陽子の疑問に鬼越がごまかすように答えると、陽子本人もそのまま納得した。自分にとっても大騒動であったので、陽子はそれ以上は特に気にしなかった。
「……」
そして委員長は、そんな風にして自分の為に言葉を選んでくれている鬼越の姿を見ると、申し訳なくて体を縮込めるしかない。
「どうしたの委員長、なんか様子がおかしいけど」
「う、ううん、だいじょうぶ」
「そう? あ、そうだ。委員長宛の荷物もちょうど一緒に届いたんで預かってたんだよ」
そんな委員長の仕草で思い出したのか彼女宛の荷物も配達されていたのを陽子が思いだした。
「私宛?」
委員長は荷物が届く心当てはまったく無い様子。
「うん、なんか実家のお母さんからっぽいよ?」
陽子が部屋の奥においておいた箱をテーブルの上に載せる。送り主は山本椎菜で届け先は山本堵炉椎なので、母から委員長宛の荷物で間違いない。
それは横に長い直方体の箱だった。生花などを送るために良く使われるものでパッケージにも「生花用」と印字されている。
「花?」
委員長が首を傾げる。しかも恐ろしいほど頑丈にテーピングされている。中身が全く分からない。本当に中身が花であっても匂いすら漏れ出さないほどにがっちりテープで梱包されている。
「これも鬼貫が持ってきたのか?」
「ううん、別の人。でも殆ど同時だったから、ボクが預かってたんだけど。これ持ってきた業者の人は鬼貫さんのこと見てビビッてたよ」
「まぁそうだろうな。あれだけの大男だ。変装しても隠しきれるものでもあるまい」
配達員風の格好をしてきたのなら、帽子から角が出っ張っていたりしたのだろうなと鬼越も想像する。
「して、その実家からの包みは何が入っているのだ?」
「さぁ? まったく心当たりがないんだけど……? ここで開けちゃう?」
「委員長が構わぬならアタシは別に」
鬼越がそう言いながら陽子の方を見ると「右に同じ」と答えた。
「……なんだろ?」
委員長が疑問符が取れないまま多量のテープを剥がして蓋を開くと、軽いツンつした匂いが一気に部屋の中に充満した。委員長が中を覗くと、全長1メートルくらいのただの草にしか思えないようなものがぎっしりと詰め込まれていた。
「え……菖蒲?」
しかして委員長はその匂いですぐに分かった。それは委員長の実家の周りに今の季節なら生える単子葉植物。花の開花時期であったらしくとうもろこし状の小さな花が一本一本についている。
「でも……なんでまた?」
なんでわざわざこんなものを……と委員長が更に首を傾げていると
「ほぅ、菖蒲か」
と鬼越がぼそりと呟いた途端、バターンと倒れた。
「え!?」
何の前触れもなく横転した鬼越に、二人は慌てる。
「ミユキ!?」「鬼越さん!?」
陽子と委員長が倒れた体を揺さぶるが、鬼越は一瞬にして気を失ってしまったらしく全く反応が無い。陽子が心臓に手を当てると一応鼓動は続いていた。
「だいじょうぶ、心臓は動いてる。でもどうして……?」
「な、なんで、どうして!?」
『菖蒲は、鬼の究極かつ唯一の弱点なんですぞ』
二人が突然の惨状に憂慮していると、窓越しのゼファーが説明をくれた。
「!?」
その説明に二人が愕然となる。
「そ、それって」
『狼人のヨーコ殿は銀が猛毒であるように、鬼であるミユキ殿は菖蒲が猛毒であるのです。強きものはまた明確な弱点も存在するのは道理』
「そ、そんな……」
「じゃあミユキを治す方法は!?」
陽子が窓に取り付いて鍵を開錠するのももどかしく壊すような勢いで開くと、外にいるゼファーに訊いた。
「持って生まれた鬼の身体の強さを信じて安静にさせておくしか、我輩も思いつきませぬ」
「ちくしょう! 鬼貫さんを返したの失敗した! あの人がいてくれればなんか治す方法知ってたかもしれないのに!」
悔やんでも悔やみきれないが、陽子が悔しさに歯軋りする。
「ボクの血を飲ませたら早く治ったりする!? 狼人の血だよ!?」
「うーむ、なんとも言えませぬ。我輩にもそこまでの知識は無いゆえ」
治癒能力の早い狼人の血を飲ませれば、現状の鬼越を何とかできるのではと陽子も思うが、流石にゼファーにもそこまでの知識は無かった。それに今の状態の鬼越の喉を、例え液体と言えども何かが通るのかどうか。
「でも……なんで、委員長のお母さんは菖蒲なんかを送ってきたんだろう」
「……」
それまで恐怖で震えていた委員長が、その言葉を引き金にしてとある物を見つけた。菖蒲の詰ったダンボールの隅に一枚のメッセージカードが刺さっていた。小刻みに震動する手で何とかそれを引き抜くと書かれたメッセージを読んだ。
『今年も菖蒲に可愛い花が咲いたので送ります。なんでも菖蒲って鬼の弱点なんだってね。試しに使ってみたら?』
「!?」
元々が「鬼を倒したい」という一念で母の元へ行った訳なので、その力を娘へと譲り渡した母も、親切心として対鬼用のオプション装備を追加で送ってくれたのだ。
そしてそれは恐ろしいほど抜群の効果を上げた訳だった。
「わ、私……なんてことを」




