灼熱の犬飼さん2 その4 04 ~なにやってんだ!~
「きゃーっ!?」
「逃げるな!」
魔法少女は体育館裏から逃げ出すと校庭に出たが、そのまま外壁の方へ走って行った。そして魔法少女らしい身軽なジャンプ力を見せ、一気に乗り越える。ゼファーのアシストが無いので空を飛ぶことは出来ないが、これぐらいは魔法少女のスーツのおかげでこなせるようになっている。
少しは時間が稼げたかと魔法少女が後ろを振り向くと――鬼越も普通に乗り越えていた。
「なんでーっ!?」
「鬼の脚力をなめるな」
自分も軽く乗り越えた外壁の上から跳躍すると、魔法少女の背後に降り立って追撃を続ける。鬼の方も鬼の方で、変身も何もしてないのに魔法少女の強化された脚力とほぼ同等の力があるらしい。
二人はそのまま駆け、住居の塀に乗り、屋根に乗り、そしてまた飛び降りて再び塀に乗りを繰り返し、町を走り抜ける。
「おらぁ!」
鬼越が金棒を振り下ろす。
「うわぁっ!?」
魔法少女が背中に当たるギリギリのところでそれをかわす。
二人の走力はほぼ同等。
流石に狼人の敏捷力には敵うべくもないが、それでも鬼の鬼越は人間以上の脚力。そして魔法少女の方も変身によって普通の人間より早くなっているので、二人の速さはほとんど同一。
鬼越が攻撃を繰り出すと魔法少女がそれをよけて二人の差が開く。しかし魔法少女はまったく戦いに慣れてない(今回が初陣である)ので、戦いながら走るなんて初体験でありそれで鬼越との差が徐々に縮まり、そこへ鬼越の一撃が繰り出されるという一進一退を、二人は何度も繰り返していた。
「あ、鬼越ちゃんがすごい勢いで走ってるよ」
そしてそんな二人の攻防が町の住民の目に留まらないわけがない。
鬼越にしてもこの町に来てからふた月弱は経過したので、町の皆にも良く知られるようになったので知っている者も多い。
「今日は魔法少女もいるぞ」
そしてその鬼越に追いかけられる魔法少女ももちろん注目を浴びる。水の魔物出現時にたまに目撃されているので、知っている人は知っている。
「スゲー、魔法少女始めて見た」
「俺が前見たときよりも少し細いな。顔もなんか微妙に張りがあるような?」
「でもなんであんな物凄い勢いで追いかけられているんだろう?」
「なんかミユキちゃんを怒らせるような悪いことでもしたんじゃない?」
(な、なんで私の方が悪者になってるのよ……)
走りながら聞こえてくる住民の声に、自分は正義の魔法少女であるはずなのに何故か立場が逆になっているような状況を知って、頭が痛くなってきた。この町では鬼越の方が知名度が高いので、魔法少女は完全にアウェー状態である。
「……!」
そうやって魔法少女が全力疾走を続けていると道が開けてきた。目の前に広がる巨大な青。
魔法少女は沿岸道路に出るとそのままガードレールを飛び越え、コンクリートの崖を下り、砂浜へと出た。鬼越ももちろん同じように続く。
「……どうしよう」
目の前は海という状況に、魔法少女が遂に足を止めた。仕方なく振り向く。
海を背景にして赤き魔法少女が、赤き鬼と再び対峙する。
「どうする? 今度は海岸線を延々と鬼ごっこか?」
鬼である自分が鬼ごっこと言うのは変だなと思いながら、鬼越が相手に問う。
「……」
左右には確かに海岸線が広がっている。どっちかに逃げれば先ほどと同じようにチェイスになるだろう。しかしそれを続けていても意味が無い。体力的な数値は魔法少女よりもちろん鬼の方が上回る。このまま逃げ続けていてもいつか力が尽きて、あの金棒で……。
「……」
鬼越の持つ得物でボコボコにされた自分を想像して魔法少女はぶるっと震えた。
「――ちょっと待て、魔法少女」
しかして急に鬼越がそう言うと、何かを探るように彼女が視線を動かす。
「……はい?」
突然の戦いの停止に魔法少女もホッとすると同時に変な違和感を感じた。
「……」
鬼越は目前の魔法少女以外の殺気を感じていた。それは殺気というよりも戦闘衝動の本能に近いような感じであるが、戦いの種族である鬼越はそれを危険だと察知した。
「――後ろだ!」
鬼越が叫ぶ。
魔法少女が振り向くのと、それが海から浮上してくるのは同時だった。
「!?」
何かが海から現れ、それがそのまま魔法少女たちのいる海岸へと上陸してくる。
円錐形の下半身に、人の体をひょろりと伸ばしたような上半身。両腕は末端に進むに連れて広がっていて手は大きい。頭部は殆ど何もないのっぺらぼう。それが透き通った弾力のありそうな体組織で構成されている。
「……水の、魔物」
それは、今日が魔法少女として初の戦いになるに彼女にとっては、他の人間と同じで映像の中でしか見たことのない脅威だった。
大きい。鉄車怪人と同じくらいか。2メートル以上はある。先代魔法少女がずっと戦ってきた相手。
『――』
水の魔物が顔をうごめかす。目鼻のない頭部が目の前に立つ少女を見下ろす。
「……ひっ」
その表情のない顔に見つめられて心臓を鷲掴みにされたような悪寒が走り、魔法少女が思わずその場に尻餅をついた。
鬼越はまだ人の姿をしているから良かった。不本意とはいえ毎日顔を合わせる級友でもあった。しかしあれは人でもなければ亜人類でもない――バケモノだ。
交渉も何も効かない本当の脅威というものを前にして、魔法少女が射竦められたように動きが止まる。
本当の恐怖を前にしたら人はまったく身動きが出来なくなる。魔法少女がそれを実践してしまう。この水の魔物というものは、本来は自分が倒さなくてはならないのに。
『――』
水の魔物も、自分の目前で情けない姿を晒しているのが、自分たちの眷属を討ってきた魔法少女であるのに気付いたのだろう。
水の魔物を狩りし者がこんなところにいる。しかも限りなく無防備な姿で。もしかしたら魔法少女が世代交代を済ませた直後なのも感づかれたのかも知れない。
ならば、なったばかりの経験の浅いものであるならば、ここで一気に潰してしまおう。
『――』
水の魔物が巨大な腕を振り上げる。
「……あ」
それは身動きの取れなくなった魔法少女の頭上へと影を落とし、それはそのまま近づいてきて目の前の全てを覆い――
「なにやってんだ!」
そう怒鳴り声がした直後、魔法少女はがくんと後ろへ引っ張られた。次の瞬間魔法少女の目前で破裂するように砂が舞い上がる。
「……ぅ……あ」
広げた脚の間に水の魔物の砂地に叩き付けられた手があった。
「……あ」
魔法少女が砂まみれの顔を恐る恐る後ろへ向けると、正に鬼の形相の赤鬼の姿があった。魔法少女は襟首の辺りを鬼越に左手で掴まれ、魔物の拳の激突の寸前に後ろへ引っ張られていた。
「お前、良くそんな腰抜けが鬼に戦いを挑んだものだな」
鬼越が怒りの声を放つ。
その怒りは誰に向けられたものなのだろうか。
本来討つべき相手を目の前にして腰が砕けた戦士に対してのものなのか。それともただ破壊衝動に従って動き二人の戦いを邪魔した魔物に対してのものなのか。それともこんな情けない醜態を見せた決闘相手の力量を測れなかった自分自身に対してのものなのだろうか。
とにかく鬼越は怒っていた。
「これが水の魔物か。うわさには聞いていたが目前で見るのは始めてだ。妖怪の類……ともまた違うようだな」
その水の魔物が砂から腕を引き抜き、再び振りかぶった。そして二人に叩きつけようと振り下ろすが
「うるさい」
鬼越は右手で握っていた金棒で、迫り来る魔物の腕を弾いた。金棒の擦過を食らった指の一本が千切れ飛び砂浜に落ちる。水の魔物はその迎撃を受けて、魔法少女と一緒にいる赤い色をした者が簡単に倒せる相手ではないと悟ったのか、攻撃の手を止めて後ろに退いた。
「……?」
一端下がった水の魔物は失った指の一本をゆっくりと再生させていた。鬼越が千切れた方を見ると溶け出して砂浜に染み込んでいた。再び水の魔物を見ると若干ではあるが小さくなったようにも見える。
「なるほど、本体を千切り続ければ体の維持ができなくなるのだな」
鬼越が相手の体組織の構成方法に気付いた様子。さすが戦いの種族だ。
「つまり、叩いて叩いてぶっ叩きまくれば倒せるのか。単純な方法で分かりやすい」
だがそれを普通の人間が実行するには魔法少女になって身体能力を向上させ、風使いのサポートがあってなしえること。
しかし――
「おらぁ!」
鬼越は魔法少女の襟首を掴んでいた手を放すと、金棒を両手持ちにして突っ込んだ。それをそのまま大上段に振り上げ相手の脳天から叩きつける。ビチャッともグシャッとも何ともつかない音がして、水の魔物の頭部がもぎれ飛んだ。鬼越は普通の人間ではなかった。
「……ひぅっ」
その凄惨な光景に、助けられた上に戦いから置き去りにされた魔法少女は悲鳴を上げるしか無かった。
「うらあっ!」
吹き飛んだ頭部が砂に上に落ちて溶けるのを確認することも無く、鬼越は攻撃を繰り返す。相手の胴から外へ払う一撃が、今度は魔物の左腕を千切り飛ばした。水の魔物は失った頭部と左腕を再生させようと体を蠢かせるが、鬼越の攻撃の方が早い。魔法少女との不完全燃焼な戦いの不満を晴らすように、鬼越の全力の一撃一撃が水の魔物を砕く。
「は、は、は、ははは――あーははははははははっ!」
戦いの昂揚に思わず笑い声が出る。
それは最早戦いではなく、蹂躙であったが。
「あははははははははは!」
「……」
狂えるように舞い踊る赤き鬼を前にして、自分はなんてモノに戦いを挑んでしまったのだろうと魔法少女は後悔した。




