灼熱の犬飼さん2 その4 02 ~……すごくないじゃない~
あなたが魔法少女になる前に一緒に戦うパートナーを紹介しないといけないと、委員長は母に連れられて表に出てきた。母は玄関から出る前に下駄箱の上のバールを持って出てきていた。紹介が終わったらそれで畑仕事でもするのだろうかと思ったが、どんな用途でバールが畑の作業に必要なのか全然見当がつかない。
「風使いのゼファー」
母が唐突に喋った。
「ゼファー?」
「それがこれからあなたのパートナーになるモノの名前よ。風の力を使い魔法少女の戦いをサポートする」
「……ゼファー」
委員長もゼファーという単語の意味は知っている。西風という意味だ。
大体は凄まじく早い車とか天高く飛ぶ戦闘機など、風にちなんだ高い能力を持つ物につけられる名称であり、それを名前そのものにしてしかも風使いなのだから、余程の力を持った者なのだろう。
「ゼファー、あなたのこと娘に話したからもう動いてもいいわよ」
そしてまたも唐突に誰もいない方向に向かって母が喋った。
いや、居ない、ということはない。あのカカシが立っている。
委員長は物凄く嫌な予感がした。
「なんですと」
そして、うなだれるように傾いでいたカカシがクルリと振り向いた。
「今日から私の代わりにうちの娘が戦うことになったから」
母がそう言うと、スポッと刺さっていた土から抜けるように軽く飛び上がると、畑をぴょんぴょんと片足跳びでやってくる。
(……うごいた)
水の魔物やら鉄車怪人やらがいて、同級生には狼人と赤鬼がいるというのに、それでも動き出したカカシには委員長を驚かせる力が十分にあった。そうして二人の前にカカシが立つ。
「お初にお目にかかります――というのは間違いですな、貴女のことは生まれる前から知っておりますゆえ、お初にお話させていただきますが正解ですな、我輩の名はゼファー、以後お見知りおきを」
ゼファーと名乗ったカカシが体全体を傾がせて頭を下げる。静止している時は片足跳びでなくても大丈夫な様子。風使いだけあって、自らが起こす風でバランスを取っているのだろう。普段はコツコツ地面を叩かないのはうるさくなくていい。
「遂に魔法少女を娘殿に継承ですか。感慨深いですな」
「えーと『可愛いマスコット(?)』ってどこに?」
ゼファーのそんな趣き深い台詞は委員長の耳には入っていなかった。
委員長は母のその言葉が気になっていた。目の前にいるのはどこからどうみても、キングオブノーマルなザ・カカシである。可愛い部分など全部廃した対害獣用防護機材。
「これ」
しかし母はその対害獣用防護機材を指してそうだと言う。目が笑ってない。
「……どの辺りが?」
「本人が『可愛いマスコット(?)』って言ってるんだから可愛いマスコットなんじゃないの?」
投げやりの母。
「魔法少女にはマスコットが付きもの! そしてマスコットは可愛いものと決まっておるゆえ、我輩も可愛いマスコットなのであります」
そしてそんな風にぬかす可愛いマスコット(自称)。
「……母さん、そのバールはこのカカシを叩いて解体するために持ってきたの?」
「そうしようと思ったことも何度もあるんだけど、毎回避けられちゃうのよね」
このカカシは破壊しなければならないという根源的願望は母娘とも一致するらしい。
「何をおっしゃいます娘殿、それは変身ステッキであるゆえ」
「……は?」
その破壊対象(未遂)が、母親が持っている鉄塊を指摘する。
「……え? これってバールじゃないの!?」
「本物のバールと同じように重いし鉄の質感も再現されてるけど、これが魔法少女になるための変身アイテム、マジカルバトンなのよ」
はい、という感じでそのマジカルバトン(バール)を娘に手渡す母。
「……」
受け取る娘。魔法少女の継承はあまりにもあっけなく行われた。
「むちゃくちゃ重いんだけど」
そしてこの鉄塊、委員長は両腕で抱えて限界である。
「そりゃまぁ、見た目どおりのバールだからねぇ普段は」
今まで持っていて流石に重かったのか肩をくきくきとならす母。
このバールがたまに家から消えているのは、母親が変身のために持ち出していたのだった。なんか、あまり知りたくなかった事実だ。
「じゃあさっそくためしに変身してみるか」
母がそう促す。
「……どうやるの?」
見た目は普通の女子高生がバールを抱えているだけであり、周りにいるのもカカシに田舎暮らしのこざっぱりとした主婦一人である。魔法少女の要素なんかこれっぽっちもない雰囲気に、委員長は不安が隠せない。
「あなたには母さんの血が流れているわけだから、そのバトンを持って変身って言いながら気合を入れれば変身できるはずよ。そうでしょ?」
母がそう言いながらゼファーの方に話を向けると「いかにも」と風使いは答えた。随分と簡単なものである。まぁ親子なのだから当然なのか。
「じゃ、じゃあやってみる」
本当はカッコイイポーズとか付けて変身したい願望もあったが、もうこのマジカルバトンという名の鉄塊が重過ぎてダメだ。
「よーし、……」
委員長は一つ深呼吸して気持ちを整えると、気合を込めて叫んだ。
「へんしん!」
委員長のコールの直後魔法の杖が光輝き、その光に包まれた衣服(眼鏡含む)が粒子化して消失し、新たな衣装が物質化される。数瞬の後、そこには赤と白を基調にしたコスチュームに身をまとった新戦士が誕生する。
ボディは赤をメインカラーにしたフリルドレス。ところどころ反対側に白を散らしたアシンメトリなデザイン。肩はチューリップのつぼみの袖に、二の腕から指先までは赤いレザーのロンググローブに包まれている。手首の周りには真っ白いフリル。脚は膝上のオーバーニーのブーツ。素材もロンググローブと同じでレザーで色も同じく赤。くるぶしの辺りには白いリボンがあしらわれている。
基本的には母が変身した時と同じだが、その後が少し違う。解けた三つ編みが燃えるような赤毛に染まり、頭の後ろに大きなリボンがついた。眼鏡は消えたままだ。
そうして最後に膝上のフレアスカートが、脚を下から撫でる不自然な風でぶわっと捲り上がって一連のシークエンスは完了するのだが、初体験の委員長は「ひゃっ!?」と思わず悲鳴を上げてしまった。
「え、えーと変身完了?」
最後のスカートをめくった謎の風に機先を削がれた委員長が、恐る恐る自分の体を見る。物凄い派手派手な衣装になっていた。
「……母さん、今までこれ着て戦ってたんだ」
まず思ったのがそれだった。37歳の女性がこの衣装を……。
「そこ突っ込まない」
そして母による神速の返し。
「あ、すごい、このバールも片手で軽く振れる」
衣装はド派手で恥ずかしいことこの上ないのだが、先ほどまで両腕で抱えても難儀していたバールが片手で軽く持てる。変身すると筋力もアップするらしい。
「だからそれはマジカルバトンですぞ娘殿」
その辺りは譲れないものがあるのか、細かく指摘する風使いのゼファー。確かに慣れれば本物のバトンのようにくるくる回せそうなくらい握力も上がっている。
「……?」
しかして初変身を遂げた委員長は、腰の周りに変な違和感――いや安心感というのか、妙な感覚を感じた。スカートの中に手を入れて自分のお尻を触ってみる。
「……??」
それでもグローブをはめた手では良く分からなかったので、スカートの裾を積まんで少し持ち上げると上半身を曲げて自分の股間の辺りを直接見てみた。
「……元のままだ」
黒いインナーがあった。委員長が朝から穿いてるオーバーパンツ。多分その下のショーツもそのままだ。
「なんでパンツだけ元のままなの?」
スカートを直して顔を上げながら委員長が母親に訊く。
「コイツの趣味よ」
母親が呆れ顔の表情になってカカシの方に向く。委員長も呆れた顔になって同じ方を見た。
「固定されたインナーですと変化が無くて面白くありませんので、そこだけ変身前のままなのです。娘殿の黒のオーバーパンツもまた新鮮な色気があって良いですな!」
ゼファーが得意げに答えた。
「……えーとさこのカカシ、薪にして燃やしていい?」
「母さんも何度もチャレンジしてるんだけど、いっつも風で吹き消しやがるのよ」
駄目だ……変態を最強にしてしまったら世界が終わるという事実をこのカカシが実践している。委員長は頭が痛くなった。
「水上保安庁ってさ、確か火炎放射戦車配備してるよね? あれ貸してもらえないのかな?」
「母さんも何度か貸与申請送ってるんだけど、受理されたことが無いのよね」
「そこのご両人、何を先程から物騒なことを相談しているのですかな」
「……えーとさ、これってもし素っ裸で変身したら、ここだけノーパンってこと?」
ゼファーは無視して、委員長が更なる危険な予感を母に問う。
「そうなるんじゃない? 母さんはそんなドジ踏んでないから分からないけど」
委員長は更に頭が痛くなった。
「……母さん、ケツにしか興味が無いって母さんが言ってたのは」
「そうよ、コイツの性癖よ」
「……じゃあ、家の前の畑を通ると必ず風が吹いてスカートめくれるのも」
「コイツの仕業よ」
「……もしパンツルックとかで前を通ったらどうなるの?」
「母さんは前に長ズボンでコイツの前を通った時、かまいたち的な風を起こされてボタンが千切れ跳んで、ズボンがストンと落ちたことあるわよ」
「母さん、水保ってチャリオットスコードロンが使ってた輸送空母保管してるよね? あれに積んでる艦砲をぶち込めばさすがにコイツも粉々にふっ飛ばせるんじゃないの?」
「母さんもそう思って何度も発砲要請と着弾指示地点を教えてるんだけど、いまだに正義の砲弾は降ってこないのよね。ほんのちょっと誤射してくれれば色んなモノが救われるのに」
「母殿も娘殿も何を先程からそんなに不穏なことを話し合っておるのですかな」
「「キサマは黙ってろ」」
何が何でもこのカカシは粉みじんにしなければならないと固く誓い合う母娘。正義や悪という以前に、まずコイツは女の敵だ。委員長は陽子に対しては変態丸出しな性癖で他人に何か言える立場ではないが、こんな根源的変態を生かしておく訳にはいかない。
「で、このド変態カカシは何をやってくれるの?」
「風の力を使ってあなたを空に飛ばしたり、風の壁を作って戦闘補助とかしてくれる」
「すごいじゃない!」
委員長はこのド変態を少し見直した。流石は西風の名を持つ風使いだ。
「あなたのケツを狙って風を飛ばしてくるから、それに上手く足で乗るとか、手を突いて壁代わりにするとか、そんな風にするのよ」
「……すごくないじゃない」
委員長はこのド変態を少し見直したのをすぐに撤回した。やはりいつかは燃やすか粉々にするしかない。
「だいじょうぶすぐ慣れるから」
「……そのすぐ慣れるってのはお尻のこと? それとも風の扱い方?」
「両方よ」
「……そんな気はした」
前途多難になってきた様相に委員長は「ぶふぁー」と盛大に溜め息を吐いた。
「……ねぇ、やっぱりキャンセルしていい?」
「もうキャンセルボタンは灰色表示で押せません」
「……そんな気もした」




