灼熱の犬飼さん2 その4 01 ~腰いわせてね~
話は委員長が久しぶりに実家に帰郷した時に戻る。
「――私、母さんの仕事、継ぎたい」
「あなた10歳のときに母さんが言ったときは拒否したじゃない?」
娘の重大な決意に、母は特に動じることも無くそんな風に返した。
「それは……でも、あんな話題は五年前の私にはヘビー過ぎよ」
「母さんが始めて魔法少女になったときも10歳だったわよ」
町中で鉄車怪人というわけの分からないモノがたまに暴れているのはもちろん知っている。
湾岸の方に行くと水の魔物なんてわけの分からないモノもたまに暴れているのも知っている。
でもそういうのは多くが対岸の火事であるはずで。
『あなた、魔法少女にならない?』
実の母親にそんなことを言われたのは、委員長が10歳の誕生日を迎えてしばらく経った日のことだった。
まさか――そんなわけの分からないモノが身内にもいたなんて。青天の霹靂って言葉をこの歳にして使うことになるとは思わなかった。
家出しようと思った。
とりあえず荷物をまとめた。
でも外に出た瞬間にあまりにも周りが真っ暗すぎて諦めた。こんな時住んでるところが田舎過ぎるのはホント嫌だ。
委員長は聞かなかったことにするという選択肢を選んだ。母もそれからはその件に関しては何も言わなくなった。
ただ一日だけ、ただ一回だけ、母は気を振れて下らないジョークを飛ばしたのだろう。そういうことにしておいた。
あれから五年。
まさかその下らないジョークであるはずの魔法少女に縋らなければならない日が来るなんて。
「あれって、本当のことなのよね」
五年前のその日のことを思い出して、委員長が改めて尋ねる。
「本当のことよ」
真面目な顔で答える母。
母はそれから自分が魔法少女となり、今まで戦い続けてきた日々のことを語り始めた。
委員長の母が魔法少女となったのは、彼女が十歳の時だった。
とある存在に見出され『キミの力が必要だ』と変身用のステッキバトンを渡され、週一くらいの頻度で現れる悪の魔法生物と呼ばれるものと戦っていた。その殲滅対象は近年東京湾部に現れるようになった水の魔物と良く似ていた。
その戦いは一年ほど続き、最後は首領格の巨大魔法生物を倒して終焉を迎える。
11歳へと成長していた当時の母はそれで魔法少女としての任は解かれることになるが、変身用のバトンや戦いをサポートしてくれていた可愛いマスコットは何故かそのまま残されることになった。
「可愛いマスコット?」
「本人が可愛いマスコットって言うんだから可愛いマスコットなんじゃないの?」
娘の質問に母が疑問系で答える。
「なんで母さんまでクエッションマーク付きなのよ」
「母さんだっていまだにアレの生態が分からないからよ、27年も付き合ってきて」
母が話を続ける。27年といえば委員長の父親である旦那はまだしも、幼馴染クラスの年数である。その年月を持ってすら不明とは、魔法少女の戦いをサポートしてくれる者とは一体何者なのか? 委員長は不安が募ってきた。
そんないまだに生態不明なパートナーと共に戦いを終えて普通の女の子に戻った母は、それから特に不思議事件が起こるわけでもなく暮らしていたが、23歳になった時その日常が再び崩れることになる。鉄車帝国の侵攻だ。
当初は侵攻してくる鉄車帝国とそれを迎え撃つチャリオットスコードロンの戦いが行われるだけなので、一人の傍観者として遠くから見ていたのだが、戦役終盤において鉄車帝国の超巨大水陸両用戦車型鉄車怪人が倒されて東京湾に水没した時に、彼女の運命が変わる。その超巨大怪人が沈んだ直後くらいから東京湾に水の魔物と呼ばれる異の存在が現れ始めたのだ。
最初はそれもチャリオットスコードロンそのものが退治していたのだが、あまりにも数が多すぎた。
そして多くの命が失われようとしていたその時、彼女は――母は再び立ち上がることにしたのだ。23歳になった彼女は12年ぶりに魔法少女へと変身することになる。
「ちなみにその時、あなたお腹の中にいたから」
「まじで!?」
10年以上の時を経て復活した魔法少女は、魔法人妻へと大きなジョブチェンジを済ませていたらしい。
その魔法人妻――語呂が悪いので魔法少女で統一するが――の活躍により、水の魔物関係の被害拡大は最小限に食い止められた。あとは自衛隊の方で特別編成された駆逐隊も力を発揮してきたので、もうすぐ子供(委員長)も生まれそうだということで二回目の引退ということになる。
そうしてなんやかんやあり、鉄車帝国もチャリオットスコードロンの活躍により滅亡しこの国は平和になったのだが、鉄車戦役の終戦直前に生まれた子(委員長)が一歳になってようやく子育てに一区切りができて楽になったと思った時、この国のお偉いさんが一人やって来た。
もらった名刺には陸上保安庁次長次席と書いてあった。ただ次長次席は普段飛び回るのに必要な肩書きであるだけで、実質上は長官と同格――トップの権限を持っているとも語った。
つまり一番偉い人がわざわざ尋ねてきたのだ、子持ちの元魔法少女の下に。
「まぁあれから水の魔物がなんか増えてきて、正規の駆逐隊だけじゃ足らないからってんで呼び出された外人部隊というか傭兵というかそんな感じね」
水上保安庁という専門駆逐組織を作ったのだが、まだまだ発足直後で経験が足らないので水の魔物を倒すのに協力して欲しいという要請だった。母も娘(委員長)の成長がひと段落したのでまぁいいかと了承した。
「あなたのことおんぶしたまま戦ったことだって何度もあるのよ」
それを聞いた委員長は思わず「ぶほぉっ!」と飲みかけのお茶を吹き出してしまっていた。
「……死ぬでしょ」
「だいじょうぶ。母さんの子だから」
まったく納得のいかない説明で心から納得させられてしまった。元々二回目の復帰時は委員長が腹にいた状態だったのだから納得しないわけにはいかない。
母はおもむろに服の胸の中に手を入れると、名刺の半分ぐらいの大きさの銀色に光るプレートを出した。それから首に巻いているチェーンを外してプレートをテーブルの上に置く。
「そういえば前から気になってたけどこれなに?」
母が出してきた物を見て、母は銀の平べったいネックレスをいつも付けていたなと委員長は思い出す。
「その陸上保安庁次長次席が置いていった許可証よ、魔法少女として戦うための」
表には何か分からない紋様のようなものが刻まれていた。裏を見てみると8人分の人の名前が英字筆記体で刻印されている。
「……なんかどっかで見たことあるような名前なんだけど」
「そりゃそうでしょ、この国を守る七軍の最高司令官の名前なんだから。歴史の教科書にも載ってたりするんじゃない」
七軍とは、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊、国土海兵隊、陸上保安庁、海上保安庁、水上保安庁の七組織のことである(三保安庁は厳密には軍隊ではないのだが、国防を担う組織群として便宜上そのような名称となっている)
海兵隊と水保は母が三回目の復帰をした当時と言えば設立当初なので、一番最初の長官の名前として今も教科書には多く載っているのだろう。
「こ、この一番上に彫ってある名前って……」
「当時の首相」
「……政府公認なんだ」
七軍の総司令の名前が彫ってあるのだからその時点で政府公認だろうが、更に首相の名前もあれば、誰でもわかる政府公認だ。
「お給料もちゃんと出てるよ」
「……まぁそうじゃなきゃやらないよね」
「あたりまえでしょ、あなたの子育て費用とかあるし」
三度目の魔法少女復帰は現実的な問題だったらしい。父親は一体何をしているのだろう。
「まぁそれでもあなたの今後の学費と母さんの老後の貯え分くらいは貯まったのがちょうど五年前。だからもう引退してもいいかなと思ったのよ、引き継いでくれる後継者がいるんだったら」
「だからその時に魔法少女にならないって私に訊いたのね」
「まぁそういうことね、ちょうどあなたも10歳になったし。でも魔法少女の実の娘は魔法少女には興味が無い、夢見ない女の子だったとは母さんもびっくりだったけども」
「いきなり魔法少女にならないって実の母に言われたら普通引くわよ」
本当あの時家出しておけばと今さらながらに思う。
「まぁそんなわけで譲り損ねたわけよ」
「譲る……というか押し付けるでしょ」
「そうともいう」
ずずっとお茶をすすりながら事も無げに答える母。
「まぁそれとは別にもっと重大な問題が発生してね」
そんな母が真剣な表情になった。コトリと湯飲みを置く。
「重大な問題……?」
それは魔法少女の能力に関係するものなのか、それとも命に関わる問題なのか。
母の顔を見てどんな重大な言葉が出てくるのかと委員長は身構えるが
「腰いわせてね」
委員長はずっこけた。
「母さんまだ五年前って言ったら32でしょ?」
それは確かに能力や命に関わるかもしれないが、なんかベクトルが違う。
「もう32よ! サッカー選手だったらとっくに引退よ!」
「たしかにそうだけども! でも魔法少女なんだから魔法の力でなんとかならないの腰痛とか」
「ならないわ」
即答の母。
「ここ数年は出撃の度に一週間は政府の病院の整形外科に入院よ」
だから急に一週間いなくなることがあったのかと委員長は合点がいった。
「まぁでもここのとこ五年くらいは水保の駆逐隊の腕も上がってきて、出撃回数も年に数回とかそんなもんだったんだけど、最近になってまた増えだしたのよね。だから母さんの腰もそろそろ爆発しそうなの」
委員長がこのタイミングで「仕事を継ぎたい」と言ったのは母にとっては渡りに船だったようだ。
「……なんか嫌になってきた。キャンセルしていい?」
しかし委員長は説明が続く度に気落ちしてしまう。最終的には腰痛持ちの魔法少女なんて、なんて夢の無い話だろう。一気にやる気が削がれた委員長は、自分の目的のためにはもっと別な方法を考えようと思ったのだが
「あなた、倒したい相手がいるんじゃないの」
唐突にそんな風に母が言う。
「――!」
ギクリ、と身を震わす委員長。
「母さんが五年前にたった一回だけ言ったその言葉に縋ってここまで来たのだから、それは相当な相手でしょ」
「……」
母の的を得た追求に娘は何も言い返せない。
「水の魔物か鉄車怪人か、それに類する強い相手。魔法少女なんていう普通から遠く離れた力を持たなければ倒せないような相手。それを倒すための力が欲しいとここまで来たんじゃないの?」
さすが母親だと思った。自分のことを15年間育てただけあって、娘の内心は手に取るように分かるらしい。
もしかしたらあの恋敵(?)は委員長のことを次代の魔法少女として力を継承させるために現れた神が使わした必要悪の使者だったのかもしれない。でも、母に改めて指摘されて委員長にはどうでも良くなった。とにかく倒したい。そしてもふもふともっとお近づきになりたい。
「鬼」
だから委員長は、相手の名を簡潔に告げた。
「おに?」
しかしその対戦相手の名は、あまりにも短すぎて母親はすぐに分からなかった。
「鬼ってあの頭に角の生えた?」
「そう。体も赤い」
それを聞いて母親は「ぷっ」と少し吹き出した。
「あはは、本当に鬼さんっているもんなんだね」
自分自身が魔法少女で敵は水の魔物という不思議案件の渦中にいる彼女も、流石に鬼の出現には驚いた様子。
「笑い事じゃない。鬼は悪。悪は粛清されるべき」
「そして魔法少女は悪を粛清すべき正義の存在ってわけね」
母親が娘の言葉尻を取った。
「第一目標が水の魔物ではないのは気がかりだけど、正義のために戦うとはいい心構えだとは思うわ。多分アイツも力を貸してくれると思う」
「……アイツ?」
「ちょっと立って母さんの方に背中向けてくれない?」
「はい?」
なんだろうと思いつつ立ち上がり背中を母の方に向ける委員長。魔法少女は最終的には腰痛持ちということで、それを何とか遅らせるために綺麗な背筋のラインでも必須なのかと思ってじっとしていたら、いきなりお尻の全面がすーすーした。
「ちょっ!? なにやってるのよかあさん!?」
母の前へと曝け出される娘の尻。今日は謎の風ばかりではなく母にまでスカートを捲られた委員長。
「いいからいいからちょっと黙ってて」
「な……」
そうしてひとしきり娘のヒップを眺めた母は、今度は尻肉へと下着越しに触れた。
「ちょっ! ちょっと!?」
娘の驚きなどお構い無しに、十五年間の成長の軌跡を確かめるように娘の臀部を撫でる。
「ふむふむ、我が娘ながら良い形ね。オーバーパンツ穿いてるのも丸みが加算されて良い感じだし」
「ちょ…母さんがなに言ってるのか全然わからないよ」
「いいのよアイツ、ケツにしか興味ないんだから」
母はそう言いながらめくっていた娘のスカートを下ろした。
「……けつ? 出欠とか終決とかのけつ?」
母の方へと体を正面に向けながらその不穏な言葉を尋ねる。
「お尻のケツよ」
母は娘にあまりにも簡潔な答えを伝えた。
「……」
年頃の委員長としてはもう少し何というかその言葉に意味のある思惑が込められていると願いたがったが、母は至極真面目なドストレートで来た。
「なんでそんなわざわざ下品な言葉で……」
「あなたもすぐに分かるわ、ケツって呼んだ方が精神的に安定するって」
「……」
一応はそのケツにも何かの意味があるらしいが、まったくさっぱり納得できない娘であった。




