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灼熱の犬飼さん ~おおかみむすめの高校生活~(龍焔の機械神)  作者: いちにちごう
灼熱の犬飼さん2 ~おおかみむすめの高校生活+魔法少女~(東京湾物語2・龍焔の機械神)
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灼熱の犬飼さん2 その2 02 ~だったら……今の内に退治しておけば良いんじゃない?~

 委員長が委員長となると、その立場上自分のクラス以外の学校関係の話題を耳にするようになった。


 各クラスのクラス委員が集まってのとある会議の時、陽子が寮内では一人部屋で暮らしているという情報を耳にした。


 陽子が寮生活であるのは委員長も前から知っていた。巫女の彼女との会話で話していたのを聞いていたからだ。お互いの生活環境を教えあうのは初期の会話の基本でもある。


 この高校指定の寮は生徒の情緒成長を考慮して二人部屋が基本だと委員長も聞いていた。陽子の処遇に関しては、やはり特殊な存在ではあるので一学期は様子見として一人部屋扱いとなっているのだと言う。そして他の生徒も慣れてきたと思われる夏休みに入った時に、二人部屋にする予定となっているとのこと。


 そう、教室内でもその隣の席は空いているというのに、寮の中でも犬飼陽子の隣りは空いていたのだ。


 彼女の隣りの二つの空白を思い描いた時、委員長の頭の中にまたしても一つの考えが降りてきた。


 自分が入寮して「自分は委員長なのだから犬飼さんと同じ部屋に住みます」と立候補してしまえば良いのではないのか?


 せっかく自分はやりたくもないクラス委員となったのだ。そうまでして手に入れた特典は、自分のクラスの生徒の面倒をみますと言えばなんでも許される力。今こそその委員長パワーを発揮する時が来たのではないのか?


 それはとてつもないアイデアだと思った。なぜ今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。多分自分には入寮という選択肢が無いと始めから思い込んでいたのだろう。かかる寮費に関しても往復の交通費に少し上乗せすればまかなえるので、然程問題でもないはず。


 その日の帰宅後、委員長はさっそく自宅通いから入寮しての生活への変更を母に願い出た。


 委員長が10歳になった時のとある母の告白から、母親との関係は妙に噛み合わない部分が出てきてしまったのだが、父親の行方がようとして知れない我が家では、結局母に頼むしかない。


「まぁいいんじゃない、家から離れて暮らすのも人生経験だろうし」


 いつものように居間でお茶を飲みながらテレビを見ていた母は、なんでもないことのように二つ返事でOKした。


 母親も急に「入院した」と連絡があって一週間くらい家にいなくなることもあり、その妙に開放的な家庭環境が作用しているのだろう。エライ酷い放任主義だが、今はそれがありがたい。


「母さんが困ったらちゃんと帰ってきてよ」と、一応はそんな風に念を押す母に「わかってるわよ」と、とりあえずお約束の返事を残して、一人暮らしに必要な荷物だけ担いで委員長は家を出た。動物の写真集やぬいぐるみの類は全部家に置いてきた。全てをあのもふもふに懸けるために。


 入寮における手続きは順調に進み、とりあえず委員長には一人部屋があてがわれた。今は陽子以外には一人で暮らす者がいないので暫定的処置としてこうなった。


 計画は委員長の思惑どおり進んでいた。


 委員長も一人部屋、陽子も一人部屋。邪魔するものは何もない。


 満を持して意気揚々と委員長は寮母の部屋に向かう。


「え? 陽子ちゃんと一緒の部屋になりたい?」


 ノックをして、出迎えてくれた寮母に用件を伝える。必要な台詞は極力簡潔になるようにまとめて、何度も練習した。


「そうです、私犬飼さんのクラスの委員長ですし、いつまでも一人部屋はなんですから私が――」

「ああごめんね心配してくれて。でももう決まったのよ」


 今では一字一句間違えずに暗唱できる未来の希望を掴むための台詞が、途切れた。


「……決まった?」

「うん、陽子ちゃんの部屋の相部屋の人」


 夏休み直前までは放っておくのでは無かったのか? それを可哀想と自分がみかねて同部屋になると立候補して、それで一連のストーリーはめでたしめでたしで終わるのではなかったのか?


「いやー、ほんとどうしようかと思ってたんだけど、陽子ちゃんと同じような感じの子が転校して来てくれて助かったのよ」


 寮母が語る陽子ちゃんと同じような感じの子。なんだその転校生イレギュラーは。同じ狼人でもやって来るのだろうか。


「で、ごめんね委員長さん。そういう理由だから。せっかく心配してくれたのに」

「い、いえ……」


 例えようもない脱力感を感じた委員長は「失礼します」と小さく告げて寮母の部屋を後にすると、自室に戻り扉を閉めた瞬間その場にどさりと倒れた。


「……なによ、転校生って」




 その転校生が翌日やって来た。


「……」


 最前列の席である委員長の目の前を通っていくその赤い姿を見て、委員長ももちろん度肝を抜かれた。


 狼人ではなく鬼がやって来た。そして確かに狼人の相部屋にするにはこれ以上ない適任の人選である。教師陣や寮側の余りにも真っ当な選択に、委員長はなにも文句が言えなかった。


 ――しかし


「鈴木の後ろが空いてるな。鬼越の席はそこだ」


 教師のその言葉に、委員長は目を剥いた。


 鈴木という生徒の後ろにある空白の隣は、陽子の席なのである。


 鬼越魅幸という赤鬼は登場早々、陽子の隣にあった二つの空白を埋めてしまった。


 他の生徒はその空白が埋められたことを、特に何も思っていないばかりか、安心感も漂ってくる。


 狼人の犬飼陽子は気さくで人当たりの良い人物だが、やはりその容姿で対応が若干引き気味になってしまうのは普通の人間であれば仕方ない。しかしこれからは鬼越魅幸という常に相手をしてくれる存在が現れたため「今後はあれに任せれば良い」という安心感だ。それとは別に新たに現れた鬼越に対するもう一つ増えた距離感という問題は出てきたのだが、今の時点では多くの生徒は気付いていない。


 そしてその距離感が既に憎悪にまでなっている生徒がここにいた。


(なんなの!? いったいなんなの!?)


 自分がわざわざ実家から離れて寮にまで入ったのはなんだったのか?


 確かに陽子の日々の生活には急接近できたが、一緒の部屋になるという最終目的はどうなるんだ!


 席に着いて「よろしく」と隣りに陽子に挨拶する姿を、委員長は目から炎でも噴出すような勢いで凝視していた。


「……」




 しかしそんな風にして陽子の隣りをことごとく奪っていった鬼越魅幸は、転校してから五日目の朝に唐突に姿を消していた。


 実家に戻って藁を集めて、五寸釘用人形でも作ろうかと思ったが、怨みこめる前に相手がいなくなってしまった。


 陽子と鬼越が暮らす部屋に毎日念を送っていたのが通じたのだろうかと、本気で思った。


 クラス委員長権限を用いて入手した話によれば、正式に退学の手続きを経ていなくなったという。


 つまり、完全に消えた。


「……」


 しかし、鬼越という赤鬼が突然消えたあと、一人の人物の元気も消えていた。


 赤鬼が消えた後、陽子は誰にも触れられないような、悲しげな雰囲気をずっと醸し出していた。


 あれは誰かが側にいて何かを伝えてもどうにもならない、自分ひとりで何とかしなければならない空気であるのが誰にでも分かった。事実、前席の巫女の彼女も必要最低限の会話しかここ数日陽子と交わしていないのを委員長も知っている。


 鬼越の突然の退学はもちろんクラス中の話題になっていたが、唯一理由を知っていそうな彼女があんな状態なので、誰も訊けなかった。入学当初から仲の良い巫女の彼女も、それでもお喋りすらためらわれる雰囲気なのか、後席の狼人をそっとしておいてあげている。


 委員長ももちろん話しかけることも出来なかった。


 クラスをまとめる長としての仕事として、元気の無いクラスメイトの世話をする――そんな名目で近づくことも出来ただろうが、そんな心の隙間に入り込む余地すら見せない。


 委員長に出来たことは、放課後になって気の抜けたような顔でランニングする陽子を、遠くから見つめることだけだった。


 それでも一週間経ったら、何か少しでもいいから話題を見つけて話しかけようと思っていた。そして寮母に再び頼んで相部屋にしてもらう手続きを。陽子もそれくらい経てば、一人の時間をもてあまし始めるはず。


 だが、委員長は――この陽子の元気と赤鬼の二つが消失している時間を、未来へと進んだ時間軸の中で悔やむのである。この一週間の中で彼女を篭絡できていればと。この一週間の内に彼女と同部屋になっておけば良かったと。


 赤鬼が消えた一週間後、その赤鬼がひょっこり帰ってきたのだ。


 何の前触れもなくいなくなった鬼越は、何の前触れもなく復学した。本人的には再転校という手続きにしてもらったらしい。心機一転、もう一度最初から始めたいからとのこと。


 そして陽子自身も花が咲いたかのような笑顔を取り戻した。その笑顔が帰ってきたのは委員長も嬉しいが、しかし納得がいかないのも事実。


 しかして、銀色の彼女の隣りには再び赤色が埋まってしまった。


 そして今度こそそれは外れそうもなく強固に固定された。


 私の気持ちを良いように翻弄するあの鬼。許せない。絶対に許せない。


「……ゆるさない」


 寮の自室で一人ぼっちになってしまった委員長が呟く。


 もう委員長は部屋を出たくなくなった。もうすぐ夕飯の時間だが、一食抜いたくらいで死にはしない。それよりも陽子と鬼越が笑顔で会話している場面に出くわすかもしれないという状況に、入り込むのが辛い。


「あの赤鬼ゆるさな……――鬼? ……そういえば保育士さんが」


 保育士から聞いた、怪人の正体が黄色い鬼だったという話。


 色の違いはあるが種族としては同種だろう。


 ならば、同じ鬼である鬼越だって、怪人になってしまう可能性があるのでは。


「だったら……今の内に退治しておけば良いんじゃない?」


 委員長の体内にどす黒い何かがこみ上げてきた。せっかくもらった情報だ。他人に話すのではなく自分のために使うのなら違反ではないだろう。


 もう藁を束ねて恨みに人形を作るだけじゃ済ませない。


 鬼は退治されるもの。


 そう、退治されなければならないのよ。


 ――正義の味方に。


 そして正義の味方は――我にあり。


「鬼は、退治されるもの」


 そう改めて口に出して、自分の意思に念を押す。


 鬼は退治されるもの。それは確かに正義の使途が言うべき台詞であろうかも知れないが。今の委員長の顔は例えようもなく悪人のそれだった。

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