表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灼熱の犬飼さん ~おおかみむすめの高校生活~(龍焔の機械神)  作者: いちにちごう
灼熱の犬飼さん2 ~おおかみむすめの高校生活+魔法少女~(東京湾物語2・龍焔の機械神)
33/78

灼熱の犬飼さん2 その2 01 ~あははは、よくわかったねぃ。だいたいは『犬さん?』って言われるんだけども~

 その狼人おおかみびとに出会ったのは高校の入学式だった。


 入学試験や事前説明会を除けば始めてとなる、高校への通学路を彼女は歩いていた。眼鏡もかけていないし髪はストレートで腰まで下ろしている。どこにでもいそうな、でも歳相応に普通に可愛い女の子。入学当初の彼女はこんな雰囲気だった。


 そんな高校生活第一日目を迎えた彼女の住んでいる場所は、首都に隣接している神無川県であるが、山奥ほどではないにしろ周りは畑も広がっている場所である。自然豊かな場所といえば聞こえが良いが、悪く言えば田舎だ。


 そんな環境なので歩いていける場所には高校がない。結局電車かバスか何らかの交通手段で長時間の移動を強いられるか、寮のある学校に入るかという選択肢は避けられないので、進学する高校を決める時点でかなり大雑把になってしまった。要は委員長の住んでいる環境からすると、通学に関する手間に関しては、どこの高校を選んでも同じということになる。


 偏差値の高い大学に進むつもりもなかったので、委員長は出欠単位がそれほどうるさくない今の高校へと決めた。バスと電車を乗り継いで実家から1時間半ほどと、まぁまぁの許容範囲。一応寮もあるのだが自分には関係ないだろう。


 委員長の選んだこの高校が単位に関して緩やかなのは、ここが水上保安庁所属職員の中で高校卒業単位を未取得の者に、定期的に学校に通わせるための定時性教育機関としての側面も併せ持っているからだ。


 そのような設立理由なので週に一回の頻度でやってくる水保の保安員の他にも、他の学生であっても、定期試験をちゃんとクリアすれば出席単位が足りなくても進級単位はもらえる。


 だから「自分探しの旅に出ます」といって長期欠席しても、中間試験と期末試験(体力試験もある)を進級に必要な設定点数以上取れれば大丈夫という独特な校風になっている。歌手や役者が所属する芸能高校のような雰囲気であると説明すれば分かりやすいだろうか。


「――あ、猫」


 そんな風にして自分が選んだ高校へと、バスと電車を乗り継いで高校のある区域に着いた時、通学路を歩く委員長は、住居の周りに建てられた塀の一角に猫が丸まっているのを見つけた。近づいても逃げる気配はないので飼い猫かと思ったが、首輪がなかった。


「野良だ。でもずいぶん人懐っこい子だね」


 委員長はそう言いながら更に近づいていく。


 実は彼女は無類の動物好きである。


 自室の本棚はほぼ動物写真集で埋まっており、壁も動物のポスターが貼られまくれ、もちろんぬいぐるみの類もわんさか置かれている。


 しかしそんな動物好きの彼女にも、唯一にして最大の弱点があった。


(……あ、あれ、だいじょうぶ……なのかな?)


 その丸くなっている猫に近づいても、いつものような体の変調はない。


 塀いっぱいに近づいてみると、委員長の頭の上くらいに猫の体があった。上目使いで猫を見ていた委員長は、背伸びしてそうっと顔を近づけてみる。まだ大丈夫。


(……あれ、平気?)


 ならばこのまま触ってしまえと腕を伸ばした瞬間。


「――!」


 今回は大丈夫かとそう思った時、鼻腔を襲った強烈なあの感覚。


「ふぁ、ふぁ……ぶぁゃあぁっくしょっぉん!」


 15歳の少女が発したとはとても思えないほどの爆音が轟いた。


 彼女は、極度の動物アレルギーなのである。それでいて動物好きという、なんとも悲しい人生を送っている少女だったのだ。


 もちろん目の前でそんな暴発を食らった猫は、一瞬にして姿をくらましていた。


「……さいさき悪いなぁ」


 ずびずびと鼻をすすりながら、誰もいなくなってしまった塀の上を見て委員長はため息を吐くと、再び通学路を歩き出した。




 高校に辿り着いた委員長が正門を抜けると、校舎前の広場で生徒がひしめき合っていた。全員が新一年生だと分かる初々しさを放っている。


 中には再会を喜び合っている者たちもいる。同じ中学出身の者同士なのだろう。春休みの期間しか別離の時間はないのに大げさなものだ。


 遠くからやって来た委員長には、再会を喜ぶ中学時代の同級生はいない。中学時代の仲間たち全員が違う高校に行ってしまったのだ。今年の卒業生でこの高校を選んだのは委員長だけだった。


 生徒の垣根の向こうを見ると白い板が立てられているのが見えた。名前が並べて書いてあるのも見える。新入生のクラス別け表だ。


 さて、自分はどのクラスなのだろうかと、委員長が生徒を掻き分けて近づいていく。中学時代の知り合いはいないので、ある意味どのクラスになろうとも構わないので気は楽だ。


 そんな風にして委員長が進んでいくと、人いきれの中で誰かが変な角度で背中に触れたのか、バランスを崩してしまった。


「きゃっ」


 軽い悲鳴を上げながら、思わず目の前にあった何かを掴んでしまう委員長。


「だいじょうぶ?」


 その思わず掴んだ何かが委員長に声をかけた。


「……え」


 思わず当惑の声が出てしまう委員長。


 その相手は自分と同じ制服を着る女子生徒だった。でも凄く大きい。入学したらバスケ部とバレー部からの勧誘が絶えないだろうなというくらいの長身。


 でも彼女の特長はそれじゃない。


「……お、おおかみさん?」


 委員長は思わずその特長を口にしてしまった。


 首から上に狼の頭が載っていた。


 普通の人間だったら彼女の顔を見たら「犬の顔?」と思うだろうが、動物好きの委員長だからこそ一発で分かった。


「あははは、よくわかったねぃ。だいたいは『犬さん?』って言われるんだけども」


 そして彼女もその間違いにはなれているらしく、委員長が思わず口にしてしまった言葉は気にせず、逆に自分の正体が一目で分かったその眼力を素直に褒めた。


「まぁボクは名前の一字に犬って入ってるんで、それでもあってるのが困りものなんだけどね」


 そんな風に苦笑しながら狼の彼女が言う。彼女も入学式の時点ではまだちゃんと長袖を着ていた。しかしその服越しに触っても委員長には分かってしまった。


(……もふもふ!)


 家にあるぬいぐるみたちに触れて叶わぬ願いを想い続けていた委員長には分かる。


 そして委員長には前に一度、酷いことになるのは覚悟の上で、中学時代の同級生の飼い猫を抱かせてもらった経験がある。


 涙と鼻水は元より、遂には耳から謎の液体まで流れてきてしまったのでドクターストップ(同級生に止められた)がかかってしまって途中で終わってしまったが、その感触は今でも覚えている。


 これはその時の忘れえぬ記憶――もふもふの感触! ぬいぐるみの人工的なファーでは再現できない血の通った本物のもふもふ!


「どうしたの?」


 自分の腕を握り続けている委員長に、狼の彼女が不思議そうに訊く。


「人がいっぱいで気分悪くなっちゃった?」

「そ、そうじゃなくてっ」


 委員長は思わず手を離した。


(……あ)


 しかしせっかく手に入れた幸せが、また離れてしまったように感じて、委員長は心の中で名残惜しさの言葉を残した。


「それならいいけども――あ、もうすぐオリエンテーリング始まるみたいだね」


 新入生の名前が書かれた白い板の前にスーツ姿の男性が現れて、今後の説明をしていた。


「それでは各自、自分のクラスの教室に入ってください。とりあえず席は出席番号順で。その後の席替えに関しては各担任の指示に従ってください」


 スーツ姿の男性――一年生を統括する主任教諭だった――の指示を受けて、生徒たちが校舎の中に入っていく。


「……あ」


 気付いたら委員長の隣にいた狼の彼女は消えていた。やはり狼だけあって身のこなしが早いのだろうか。


「……」


 しかし彼女が自分と同じ新一年生であるのは分かった。同じ学校に入ったのだからどこかで出会うこともあるだろう。


 委員長がそう思いながら自分のクラスに入ると――


「あ、さっきの人。同じクラスだったんだね」


 いた。


 さっきの狼の彼女がいた。


「ボクは犬飼陽子って言います。よろしくね」


 それが犬飼陽子もふもふとの出会いだった。




 後で回想してみて、委員長は犬飼陽子と接触のあった時はまったく動物アレルギーが起こらなかったのに気付いた。


 それもそのはず、犬飼陽子はあんな見た目だが半分は人間なのだ。人間に生まれて人間アレルギーというものは基本的にありえない。多分半分人間である部分でアレルギーが中和されているのだろう。


 動物好きなのに動物アレルギーな彼女は、その気持ちを満たしてくれる存在と遂に邂逅したのだった。


 こんな難儀な体質に生まれて15年目、奇跡が訪れた。


 犬飼陽子と同じクラスになれた。それで一生分の運を使い果たしてしまったのだとしても、それで良いと思った。狼の彼女と最低でも一年間は一緒の教室にいられるのだから。


 この高校にして心底良かったと委員長は涙した。




 狼の彼女、犬飼陽子は前の席に座る女の子と話をしていた。


 聞いた話によると前席の彼女の生家は神社で、彼女自身も幼少時から巫女をしているのだという。


 ある意味特殊な環境で生まれ育った人間なので、生まれながらに特殊な狼人の彼女とは波長が合うのだろう。


 狼人の女子生徒がいるという事実に関しては、15年前――委員長たち新一年生が生まれた年だ――から東京湾には水の魔物と呼ばれるもの、その湾岸部周辺地域には鉄車怪人と呼ばれるものが出現するようになったので、狼と人間の中間の生徒が一人くらいまぎれていても然程驚かなくなっていたし、他の生徒も概ね受け入れている。


「……」


 ガールズトークに花を咲かせる狼人と巫女の二人を、委員長は羨望のまなざしで眺めていた。


 入学式の翌日に席替えが行われ(担任教諭は型にはまった出席番号順があまり好きではないらしい)かなりランダムな感じで配置が決まった。


 委員長は席が決まる間「犬飼さんのとなり犬飼さんのとなり」と念を送っていたのだが、委員長自身は最前列、陽子は教室後方の席になった。やはり彼女と一緒のクラスになれた時点で運の全てを使い果たしていたのだと、改めて思うのだった。


 委員長自身はあんまり視力が良くない方だったので場所自体は都合がいいのだが、陽子の席からはかなり離れてしまったのには大いに不満が残る。


 しかも陽子の隣の席は本当にたまたま空席となった。


 教室内にはいくつか空席があって、水上保安庁からの出向生徒をこのクラスが受け入れる時のためとも、今後転校生が来るかもしれないからそのためとも説明された。


 一体それが実行されるのはどれだけの確立なのだろうと、委員長は心の中で涎を垂らしながら、陽子の隣りの空白を羨ましげに見ていた。


 だがしかし、席が離れていても、お喋りをするということに関してはそれほど障害ではないはず。休憩時間ごとに陽子の方へ行けばいいだけだし、隣りが空席なのもそこに座ってお喋りするのにちょうど良いスペースでもある。


 しかし、しかしである。


(……話題が見つからない)


 今まで生きてきたほぼ十五年間を、動物を愛でることと、触れられない動物たちの代わりにぬいぐるみで想いをはせることだけで生きてきた委員長としては、そのものズバリの動物の話題しかない。


 そんな話題を狼人である陽子に向けるとどうなるか?


 多分それは陽子のことをあからさまに動物扱いしてしまうような喋り口調になってしまって、その結果嫌われてしまのは目に見えている。それだけは断じて避けたい。委員長自身も、自分が陽子に触れたくて目を爛々に輝かせながら話に突入していくのが自分でも目に見えて分かる。それは絶対に押さえ込まなければならない。


 陽子とお近づきになるには何か違う話題を考えなければ。そしてその違う話題に没頭して「陽子に触りたい」という気持ちを抑制しなければ。実は自分にも巫女の彼女のような特殊な環境があったような気もするが、今さら母に頼むのもなんなので、自力でなんとかするしかない。


 そんな風に思い悩みつつ、入学してから数日彼女を追っていて、一つ気付いたことがある。彼女は非常に暑がりなのだ。


 それもそのはず全身に毛の生えている獣人なのだから、それは当たり前だ。


 自分の体熱を下げようと胸元を広げてぱたぱたしているのはもちろんのこと、スカートの裾をひらひらさせて風を入れていたりする。もちろん男子がいない方向に向かってだが、女子高でもないのにちょっとやりすぎだ。


 だがその一連の行動を見ていて、委員長には思いついたことがある。


 多分明日にでも委員会決めが行われることになる。


 そこで風紀委員になれば、彼女の公序良俗を指摘することで、何かと話題を持つことができるようになるかも知れない。委員長もそれは良いアイデアだと思った。


 だが、更なる考えが委員長の頭に巡った。


 いっそのことクラス委員になれば、風紀の乱れ以外でもオールマイティに面倒を見ることができるようになるのではないか。何かにつけて彼女と接触できるようになるのではないか。


 そうして委員会決めの当日。


 裸眼でもとりあえず問題は無いのだが、視力が弱いのは事実なので軽めの度の眼鏡を本日臨むに当たって、昨日眼鏡ショップで用意した。そして腰まで伸びた長髪を、二股の三つ編みへとヘアチェンジ。


 委員長はまず形から入ってきた。高校に入ってから地味な女の子が派手な娘とイメチェンする場合は結構あるが、真逆をしてきた生徒はそうはいないだろう。そこまで気合が入っていた。


 本日は一時間目の授業は全部ホームルームに消費される。クラス全員の所属委員会を決めるのだから。


 そしてその冒頭、まずは進行役が必要であると第一にクラス委員の選出が行われた。


 担任教師のクラス委員の立候補を募る声が教室内に響く。


「はい」


 スッと静かに上がる右手。


 全員がその手の主に注目した。


 そこにはどこからどう見ても典型的三つ編み眼鏡委員長となった彼女がいる。委員長オブ委員長となった委員長の立候補に異論を差し挟むものはいなかった。


 そうして委員長は委員長となったのである。


 その後の委員長としての活動は前述の通り。


 陽子の体を触りまくって思いっきり抱きしめたいという感情を必死に自制しつつも陽子に接触する彼女は、その反動からか妙に手厳しくなってしまった。しかしそれでも自分の正体がバレて更に嫌われてしまうよりかはマシであると、委員長も変にギクシャクしたままなのは崩さないし崩せない。


 ある意味で健気だが、ある意味で変態街道まっしぐらである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ