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灼熱の犬飼さん ~おおかみむすめの高校生活~(龍焔の機械神)  作者: いちにちごう
灼熱の犬飼さん1 ~おおかみむすめの高校生活+鬼ムスメ~(東京湾物語1・龍焔の機械神)
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灼熱の犬飼さんその6 02 ~これで……お別れだ~

「これからどうするのミユキ?」

「……里へ戻る」


 陽子の質問に、鬼越が魂が消失したような声で答えた。答えるために口を開くのも辛い――そんな印象だ。


「鬼貫さんはどうするの?」


 今は岩場の目立たない場所に隠れてもらっている黄鬼こと鬼貫のことを陽子が心配して訊く。


 本来ならどこか家屋の中にかくまってやりたい処だが、二人とも女子寮や高校などの限定的な人間しか出入りしない隠れ場所しか候補が無いので、申し訳ないが野宿である。しかし彼は鬼であるので陸保や水保の後詰の探索隊が来たとしても、本来の戦闘力を発揮すれば見つかることもあるまい。食料や着替えなどの生活物資は後ほど鬼越が都合をつけて届けることにしている。


「黄鬼も里から出た者だが、今は奴が出た時代とは違う。里に連れ帰って一旦は保護してやらんとならん」


 それは黄鬼本人よりも周りの普通の人間の保護の方が目的としては大きいのだろう。それをまるで、それが自分に新しく与えられた絶対の目的のように鬼越が言う。


「まさかとは思うんだけどさ――」


 全くといっていいほど覇気を無くした鬼越を見て陽子が言う。


「このまま里に帰ったら、もうここには戻ってこないなんて……ないよね?」


 陽子が一番恐れていたことを訊いた。


 鬼越とは何年何十年と関係が続くのだろうと楽観視していた。殆ど手がかりらしいものが無いように思えたトーマスホガラの探索は、本当に一生かかりそうな勢いだったからだ。鬼越が将来この町を越えての探索に移行したら、自分もそれに着いていって旅行気分を楽しむのも良いなと思ってたりもした。


 しかし、こうも簡単にそれが達成されてしまった。


「……」


 陽子の問いに鬼越も答えられないでいた。


 鬼越にしても、不思議な縁で知り合ったこの狼女とは、クサレ縁と呼べるほどに末永く付き合っていくのだろうと思っていた。自分の一生の時間を消費しても、蒸気侍が見つかるとは鬼越も思えないでいた。


 それがこんなにも早く達成されてしまい、鬼越自身も生きるための目標を失ってしまい途方にくれた。


「トーマスホガラさんがもう死んでいたって事実は、手紙かなんかで伝えれば良いじゃない。任務完了なんでしょ? だったらあとは普通に高校生活を送れば良いじゃない」

「鬼貫を、連れて行かねば……」

「だったら鬼貫さんを連れ帰ったら戻ってくればいいじゃない。またいっしょに学校いこ?」

「そんなことはできない。アタシは里に……」

「里、里って! 里が死ねっていったらミユキは死ぬのか!」


 完全に意気消沈した鬼女から聞こえてきた言葉に、遂に陽子が怒りをあらわにした。らしくないその態度が気に食わない。


「……無論だ」

「ばかやろう!」


 陽子は思いっきり腕を振るい鬼越のことをぶん殴った。平手ではなく拳である。それを避けることもせず頬に受けた鬼越は少し吹っ飛ばされて砂の上に倒れた。


「死ぬくらい自分で決めろ! それにさっきは自分で死に場所を決めようとしてたじゃないか!」

「……」


 陽子の台詞に鬼越は言葉を返せない。生きる目標――生きる意味をいきなり失った鬼越は、半ば錯乱していた。何も考えられない。何も決められない。誰かが自分が次になすべき行動を決めてくれるのなら、それが自決でも構わない。それほど鬼越の心は乱れている。


「せっかく友達になったボクのことを置いて勝手に帰んなって言ってんだこの莫迦鬼!」


 そんな魂が抜けたようになってしまった鬼越を罵倒する陽子の瞳から涙が零れてきた。里の戒律に従って生きてきた鬼越の気持ちも判るから、罵る自分も心が痛い。


 一人の鬼を生かしたければ、もう一人の鬼が犠牲にならなければならない――鬼越が語ったその比喩がこんな形で現実になるような気がして、それが陽子には許せない。人間以外の変な生き物が二人いたって、一人が消えることなんか無くて二人ともいて良い筈だ。それが自分から出た我儘な気持ちだとしても、そんなの許せない。


「ボクは普通でありたいから、普通のともだちとしてミユキとは付き合いたいから、そんな鬼の里の使命とかなんとかそんな普通じゃないことでミユキとお別れなんかしたくないから! それでも帰るって言うんだったら、ボクを倒してから行け!」


 自分から自分の普通を壊そうとしたが、だがしかし友達との間にできた普通まで壊したくない。


 陽子は叫ぶ。大事なものが急に失われようとしている事実に、最後まで抵抗したい。


「ミユキがそんなに死にたいんだったらボクが半分だけぶっ殺してやる! そして病院から一生出れないようにして里にだって帰れなくしてやる!」


 陽子が随分と物騒な台詞を並べるが、それは里の呪縛から逃れられない赤き鬼に対する精一杯の優しさであると鬼越にも判った。


「……そうだな、そこまで言われて戦わないのは鬼の矜持に反する。今のアタシも冷静さを欠いているだろう。お互いボコボコになれば、少しは気持ちも冷めるだろうしな」


 混乱した気持ちに小さな決断をくれたような陽子のその言葉に、鬼越は再び立ち上がった。




 砂浜の上に狼人と鬼が対峙していた。


「……手加減は無用だな?」


 鬼が静かに問う。


「あたりまえだ!」


 狼人が泣き腫らして真っ赤になった目を更に血走らせて応える。


「――では、参る」


 鬼越はそう言って身を低くした。陽子はそれを走って飛び込んでくる前触れだと考え、左右どちらに飛んでかわそうかと思っている所に、その姿勢から砂面に蹴りを見舞う相手の姿を見た。


「!?」


 蹴り上げられた浜の砂が陽子に降りかかる。鬼越の飛び込むような姿勢は最初からフェイクだった。


「ぶは!」


 砂を浴びた陽子がむせ返る間に、その砂そのものを遮蔽壁とした鬼越が急接近をかけ、そのまま相手の目の前で回転しながらの右の裏拳を放った。


「ぐはぁ!?」


 右頬に直撃を食らった陽子が吹っ飛ぶ。だが陽子は、砂の上に倒れた直後に起き上がって後ろに跳び退り、鬼越からの追撃を回避する。一瞬思考が途切れたが、そこは狼人としての身体能力が補う。


「さっきもらった良い拳のお返しだ」


 姿勢を戻した相手を見て深追いはせず、拳を出した構えの姿勢を取る鬼越が言う。


「……中々卑怯な手だね」


 口と鼻から出てきた血を拭いながら陽子が言う。


「卑怯ではない。野戦であるならば使えるものは使うのが流儀だ」


 構えの姿勢を保ちながら鬼越が応える。


「……確かにね」


 小さい頃に巻き込まれた喧嘩では、自分もめちゃくちゃなことをしていたなと陽子も思い出す。


「――だったら!」


 今度は陽子が身を低くすると、そのまま鬼越に向かって飛び込むように走る。


 戦いの種族である鬼相手にフェイクも何も無しに飛び込むのは自殺行為に等しいが、それでも陽子は正面から走った。


「うぉおりゃぁあ!」


 そのまま鬼越の目の前で棒高跳びのように横転しながら跳んだ。そしてベリーロールを跳ぶように横向きで前に向かって捻りを加える。これが普通の人間がやったのなら鬼越の前に尻を晒すだけに終わるのだが、陽子には狼人として持って生まれた体の部位がある。


「!?」


 高速で回転してきた銀色のふさふさしたもの――陽子の尻尾で思いっきりはたかれた鬼越は一瞬視界を失った。陽子はその好機を逃がさず、着地した瞬間にそのままの回転力で蹴りをみまった。


「ぐふ!?」


 それは見事に鬼越のわき腹に決まり、相手を吹っ飛ばして砂の上に沈めた。


「そうだよね、使えるものはなんでも使わないとね」


 そう言いながら陽子が小声で「いてて」と囁く。陽子も自分の脛の一部も当たってしまい結構痛かったのだ。鉄車怪人の時といい陽子は蹴り技はあまり得意ではないらしい。


「……どうした、相手が倒れているのに追い討ちはかけんのか」


 砂の上に片膝立ちになりながら鬼越が、それだけ食らっても全く戦意の落ちない瞳を向ける。狼人でありしかも陸上競技で鍛えたその脚の蹴りだ。得意ではないとはいえ鉄の塊の怪人を揺らして人質を取り落とさせるくらいの蹴りなのだから、それをまともに食らえばあばら骨の数本は折れているはずなのにである。


「ボクはそんな卑怯な戦い方は知らない」


 相手のわき腹に当たった脛が痛くて陽子も一瞬身動きできないでいたのだが、それとは別にして彼女に対してはあまりそのようなことはしたくない。


「――甘いな」


 鬼越はそう一言つぶやくと弾丸のように飛び出した。まさかその姿勢から攻撃に転じるとは思っていなかった陽子は一瞬の隙を突かれた。無防備に晒していた自分の腹に鬼越の頭突きがヒットして――


「ぐぁああ!?」


 頭頂部の衝突による鈍痛の中に鋭利な痛みが混じった。ヘソを少し外れた腹部に、鬼越の右の角が突き刺さっていた。


「あ、あ……」


 たまらず尻餅をつく陽子。


「使えるものはなんでも使わなければな」


 鬼越はそう言いながら角を引き抜き、後ろに下がって間合いを取った。


「……どうしたの、相手が倒れてるのに追い討ちしないの?」


 風穴を開けられ血を吹き出した腹を押さえながら、陽子が歯を食いしばって相手を睨み付ける。


「今はそんな気分ではない……」


 右の角から右顔面にかけて陽子の返り血で真っ赤に染まった鬼越が、悲しい声で言う。鬼越にしてもこれ以上友を傷つけたくはない。


「ミユキだって甘いじゃない!」


 荒く息を吐きながら、陽子が腹を抑えている反対側の方の手を砂の上に突く。


「それにしても……角で串刺しだなんてさすがにはじめての経験だよ」


 陽子はそう言いながら腹を押さえていた手を離した。出血は止まっていた。鬼の角には銀の武器のような決定的殺傷力は無い様子。しかしそれ以上に心が痛いのは確か。


「……」


 止血を確かめた陽子は押さえていた手も砂に突くと、前傾姿勢になって高々とお尻を突き上げ両足を左右に開いた。狼が獲物へ飛び掛る直前の構え。


「行くぞ!」


 自分でも知らずの内に野性の本能を剥き出しにした陽子が吼える。子供の頃に封じたはずの、狼人の真の力。


「ああ、決着をつけよう」


 鬼越も構えの姿勢で対峙する。


「――うぉぉおお!!」


 それは女の子の叫び声なのか狼の吼え声なのか。どちらともつかない咆哮を轟かせ、陽子は両手両足四本全てを使った全力の加速で飛び掛った。


「……」


 鬼越は冷静に砂地を蹴り上げる。陽子はその中に突っ込む。しかし全く加速の衰えない銀の塊が、砂の遮蔽壁から飛び出した。


「!?」


 陽子が目を瞑ったまま飛び掛ってくるのを鬼越は見た。獣の本能を曝け出した陽子は、相手の音、匂い、そして気配だけを目標に飛び込んできた。


 舞わせた砂が全く意味を成さないことに気付いた鬼越はすぐさま、直接攻撃に切り替えた。鬼越の右拳が瞼を開いた陽子の顔面にヒットする。しかし陽子の勢いはそれでも全く止まらなかった。


「ぐがぁああ!」


 再び鼻血を噴き出しながら陽子が野獣の雄叫びを上げる。加速の衰えないまま飛び掛った陽子の腕が鬼越の身体を掴み、そのまま二人は砂の上に倒れて転がる。そして気付いた時には、鬼越は後ろから羽交い絞めにされていた。


「……はぁ、はぁ」


 背後から相手を拘束した陽子は、その口を開く。一瞬で肉を引き千切る犬歯が幾つも覗く。


「……」


 しかし陽子はその姿勢から動けないでいた。


「どうした……そのままアタシの首を噛み切ればお前の勝ちだぞ」

「……できないよ」


 口を開いたままの陽子が震える声で言う。お前に殺されるなら本望だ――そう語っている鬼越の瞳を見た瞬間、野生に暴走していた陽子の動きが止まった。生きる意味を無くした自分をここで終わらせ、それが戦いの中であるならこんなにも幸せなことはない、しかも相手がお前ならば。鬼越の瞳はそう語る。


「ともだちの首を噛み切るなんて……できないよ」


 彼女のその瞳を見なかったならば、陽子は本当にこのまま牙を押し進めていただろう。しかしその瞳を見た陽子は冷静さを取り戻した。だからこれ以上は、もう無理。


「やはりお前は、甘いな」


 陽子が脱力して締め付ける力が緩んだのを知ると、鬼越はそのまま相手の腕を抜け逆に相手の腕を掴み、背負い投げに決めた。


「だが、甘いということは」


 そのままの勢いで仰向けになった陽子の上に馬乗りになる。


「……優しいということだ」


 鬼越は拳を振るった。陽子の顔といい腕といい胸といい腹といい手の届く場所全てを殴りつける。彼女が憎くてやっているのではない。こうでもしなければ狼人である陽子はすぐに回復してしまう。


 ここで死ねなかったということは、ここから去る選択肢を選ばなければならない。だから、その為に。


「これで……お別れだ」


 鬼越は陽子の体から離れると、全身全霊の拳をその腹部へと最後に叩き込んだ。




「ああああー! ころせー! ボクをころせー!」


 大の字になって砂浜に倒れ伏す狼女が絶叫する。


 鬼の剛力で放った何十発と言う拳が、絶対の回復力を持つはずの狼人を完全に動けなくさせていた。それでも声は出せたので叫ぶ。声を出す度に体が痛い。でもそれでも叫ぶ。


「ミユキはボクに勝ったんだからボクをころしてからいけぇ!」


「勝ったのなら生殺与奪の権利も勝者にある……」


 絶叫する陽子の隣に胡坐の姿勢で座る鬼越が力無く答える。


「ボクをここで始末しておかないと大変なことになるぞ!」


 喉を枯らし涙を吹き零しながら、もうすぐ去り行こうとしている友に叫ぶ。


「ボクが本当に犬の銃士になって蒸気侍と他の二人の銃士を揃えて鬼の里に攻め込むぞ!」

「ああ、楽しみに待ってる。里の者全員で歓迎する」

「今度はボクがミユキの寝首を掻きに行くんだからな! クビ洗って待ってろ!」

「ああ、毎日綺麗に洗って待ってる」

「ぅ……う、ぅ……ぅ、うわぁあぁあああぁあ!」


 狼女の啼泣が砂浜に響く。


 その悲しみにくれた絶叫が響く中、座したままそれを聞いていた友の気配が消えた。


 狼女は赤き鬼が消えた後も泣き叫び続け、そして力尽きるように彼女の意識も消えた。

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