灼熱の犬飼さんその5 04 ~忘れるもんかこんちくしょう!!~
同時刻、保育園、庭。
「せんせいだれかにわにはいってきたよー?」
「え、にわには……庭に入ってきた、誰か?」
パワーショベルが休憩のために停止してもまだその車体を見ていた園児の一人が保育士に言う。保育士が造園業者の別の作業員が来たのかと庭を確認すると、全身タイツに覆面という怪しすぎる格好の男がパワーショベルに近づいていく処だった。しかもそれは記録映像などにも残っている鉄車帝国兵士の姿だった。覆面とタイツが破れていたが本物も見たばかりだ。
「!?」
保育士が気付くのと同時に兵士は右腕を掲げると、手に持っていた懐中電灯型の道具をパワーショベルに向けた。そしてそこから光が照射される。放たれた光に包まれたパワーショベルは粒子化し、そのまま機械の中に吸い込まれる。そして完全に取り込んだ次の瞬間、兵士を中心にして爆発的な発光が起こった。
「まぶしーっ!」
多くの園児たちがそう悲鳴を上げる。そうしてしばらくして光が収まると兵士がいた場所には、一人――いや、一体の異形のモノが立っていた。
戦車と呼ばれる陸上戦闘車両が後部を下にして持ち上がったような異形。鉄車帝国怪人。
つい先日遭遇したばかりだと言うのに、この保育園そのものに本物の怪人が本当に現れてしまった。
「みんな、先生から離れないで!」
即座に危険を感じた保育士はガラス戸から後ずさりながら園のみんなを自分の背後に集めるようにした。園児たちも悲鳴を上げつつも保育士の背中に隠れる。二回目の遭遇からか保育士も園児たちも少しだけ冷静に動けている。
「なんだ……って、え!?」
休憩から戻ってきた造園業者の作業員は、自分が扱っていた重機が無くなっていて、代わりに戦車が直立したような化け物が立っている事実に仰天した。
しかし彼の驚きはそこで終わってしまう。怪人がおもむろに振り上げた指先の先端が作業員の体を少しだけこすった。しかしその少しだけでも手馴れの格闘技者の拳を越える威力があるので、彼は思いっきりふっ飛ばされ園を囲う垣根に叩きつけられた。そしてそのまま失神する。
「きゃーっ!?」
「しょべるのおじさんが!」
その惨状に多くの悲鳴が上がる園の室内へと怪人は頭部を向けた。そして庭と室内を隔てるガラス戸へと腕を上げると、そのまま振り下ろした。
「みんな下がって!」
次に一体なにが起こるのか直ぐに悟った保育士は、背後にかくまった園児たちを背中とお尻で押すように室内を後退する。その勢いで園児の何人かが倒れてしまうが構っていられない。倒れた園児も助かりたい一心でそのまま這いずって保育士に続く。
そして次の瞬間、怪人はガラス戸を割り破ってそのままの勢いで室内に入ってきた。
「きゃーっ!?」
園児たちの悲鳴が室内を満たす。その声を震わすように歩行する怪人が床を震動させる。
「……」
子供たちを守る一心でなんとか自分は悲鳴を上げるのをこらえていた保育士だったが、その威容が迫ってきた瞬間膝が砕けた。二回目であっても怖いものは怖い。たまらず尻餅を突くと、園児たちも一緒に床に転んだ。
「……みんな、先生から離れちゃだめだよ」
それでもなんとか勇気を振り絞り、できる限りの園児を腕を回して守ろうとする。保育士が囲いきれなかった子たちはその背中へとしがみついた。
『……』
室内へと侵入を果たした怪人は、しかしそれ以上の行動は取ろうとせず、恐怖で動けなくなった人間達を上から睥睨するだけだった。
「もぉ! なんで保育園ばっかり襲うのよぉ!?」
園児たちを必死に守る保育士が、立て続けに二回も自分達が襲われた事実に、遂に心からの叫びを上げた。
怪人とはこのように園児などの弱者を簡易的な人質として取り、目標となる相手の行動を制限させて攻撃するというのを戦法の一つとしている。その状態では自分自身の行動もある程度制限されているが、そこは怪人特有の防御力の高さで補っている。だからその体の特性から来る習性のようなものなのだろう、幼稚園バスや幼稚園、保育園そのものを襲うのは。
しかし母体である鉄車帝国は既に壊滅し、帝国の悲願を達成するために蹴散らす相手であったチャリオットスコードロンも姿を消しているという、本来の目標を失っている怪人は何を目的として動くのか。
彼が行動を起こしたとしてもそれは騒乱でしかないのだが、それでも彼が行動を起こすのは帝国組織の一人の兵士として、そして怪人となった自分に対しての、悪の戦士としての矜持なのだろう。
怪人と成り果てた兵士は、しかして何を待つ――?
数分後、保育園から離れた道路。
「……んはぁ……はぁ……」
ハルは夢中で走っていた。
怪人となった兵士が庭から窓ガラスを割って中に侵入するのを見た時、ハルは本能的に跳び出していた。
(しらせなきゃ……だれかにしらせなきゃ)
彼の頭の中には逃げるという気持ちは無かった。彼が逃げたいと思ったのなら、園に戻って保育士の側にいるのが彼の知りえるもっとも近い安全な場所である。もしくはその場で何もできず立ち尽くしていただろう。本当に怖い時は何もできずに固まってしまうものだ。
しかし彼は走り出した。怪人出現を誰かに知らせるために。
この数日で起こった激動が彼をほんの少しだけ大人にし、彼に勇気を与える原動力となっていた。
「はぁ……はぁ……」
保育園と隣接する家屋のどれかに飛び込めば早急に助けは求められたのだろうが、先ほど保育士や園の仲間に信用してもらえなかった現状が、彼にその考えを起こさせなかった。その意味でも彼は少し大人になっていた。
自分のことを信用してもらえる人に合わなきゃ、自分の話を聞いてもらえない。
ハルはその一心で全く人の気配の無い道路をどこへともなく走っていた。
しかし、その自分の話を信用してもらえる人とはいったい誰なのか。
それも全く分らぬまま、園からかなり遠い場所へと走ってきてしまっていた。彼の年齢からしたら既に迷子の領域である。しかしそれでもハルは走り続けた。
「はぁ……はぁ……は」
そしてとうとう全力疾走で力尽きたハルは膝をついた。
「……は、」
しゃがんで少し落ち着いた彼は、辺りを見回してみた。全く見知らぬ場所にいた。
「……」
ハルの瞳にじわりと涙が滲む。
自分は園の仲間も保育士も助けられず、こんな何も分らない場所で迷子になって、いったい何をやっているんだ。
結局自分は誰にも信用されない狼少年で終わるのか。
そんな絶望に打ちひしがれた彼の耳に――
「どうしたのハル君、こんなところで一人で?」
聞き覚えのある女性の声。自分のことをたしなめ、そして励ましてくれたあの声が響いた。
同時刻、寮近くの道路。
「どうしたのハル君、こんなところで一人で?」
遠回りをして帰ってきて、あと角を一つ曲がれば寮のある道に出るという所で、その角そのものの場所に小さい子供が蹲っているのを見つけた。更にそれが、お互いあまりにも知り過ぎた関係になってしまった彼であることに陽子も直ぐに気づいた。
「ハル君こんなところで、しかも保育園の服着たままで」
見つけた彼は園児服を着たまま。明らかに様子がおかしい。しかも少しぐずっている。
陽子は急いでハルの下に走ると、鞄を脇に置いて彼の目の前にしゃがみ、そっと両肩を抱いた。
「……」
ハルも戸惑っていた。
自分に心配そうな顔を向けてくれているこの狼女は、捜し求めていた頼れる人物に違いないのだろうけど、しかし彼女は自分が嘘吐き少年――狼少年であったのを知っている。しかも嘘を吐いていた自分を鬼と言う助っ人まで連れてきてこらしめたのは他ならぬ彼女なのだ。そんな彼女が自分のことを信用してくれるのだろうか。
「……か、……か」
それでも言うしかない。
「か?」
「かいじんが……」
「かいじん? ……って、怪人!?」
ハルが何を言おうとしているのか推測しようとして出た言葉に、陽子が驚きの顔になる。
「かいじんが……ほいくえんにでて……」
そうしてハルはなんとかそこまで言葉に出した。
「……」
それを聞いて陽子の思考が目まぐるしく回転した。
怪人が出た、保育園に? このまえ出たばっかりなのに? でもそれを誰かに知らせようとハルは保育園から走ってきた?
それならばハルがこんな格好のまま飛び出して、こんな遠くまで走ってきた理由も合点がゆく。
「ハル君、他のみんなは?」
「……まだ、ほいくえんにいる」
どうやらハルだけが園から奇跡的に抜け出すことができたらしい。彼の必死の表情がそう訴えている。
「――わかった」
こんなにも連続して怪人が現れるなど殆ど例ががないが、ハルの必死の表情がそれを事実だと物語っていた。
「狼のお姉ちゃんが今からみんなを助けに行く」
状況を察した陽子は、そう力強くハルに言いながら立ち上がった。
「しんじてくれるの、ぼくのこと?」
「あたりまえじゃないか!」
陽子はそう言いながらハルの頭をくしゃっと撫でた。
「キミは嘘を吐いたことを心から謝ったんだ。そしてそれを鬼に認められたんだぞ、お前は男だと。男となったキミが、もう嘘なんか吐くわけないじゃないか」
そう、自分の友達の赤き鬼が男として認めた彼だ。もう虚言を使うなど考えられない。
「ハル君、これちょっと重いけど、この鞄を持ってあそこに行くんだ。あそこにある建物がお姉ちゃんが住んでる寮だから」
陽子はそう言いながら自分の持っていた鞄をハルに両手で抱えさせるようにすると、道の向こうを指差した。
「……あそこ?」
他の建物よりも少し大きめの造りなので、陽子の寮はハルにもなんとなくわかった。
「ハル君はあそこにいってかくまってもらって、そして寮母さんに『保育園に怪人が出た』って言うんだよ!」
陽子はそう言ってハルの肩に右手を置く。陸上保安庁や水上保安庁への通報はそれで寮母がしてくれるだろう。
「……しんようしてもらえるかな」
「だいじょうぶ。狼のお姉ちゃんが保障する!」
陽子はそう言いながらハルの肩を少しだけ強く握った。
狼少年になりかけた彼を、狼である彼女が信用すると言ってくれている。これ以上に心強い言葉は無いだろう。
「うん!」
ハルは陽子からわけてもらった勇気に後押しされるように寮に向かって走った。
(……あ)
その走っていくハルの後姿が、何故だか小さい頃の自分の後姿に重なって見えた。
あるはずのない銀色の耳が頭の上に生え、あるはずの無い銀色の尻尾がお尻で揺れていた。
小さい頃の陽子が不意に立ち止まり、こちらに振り返った。大事そうに今の陽子の鞄をしっかり抱えて。
小さい頃の陽子の口が動いて、一つの言葉を形にした。
『ばいばい、おおきくなったぼく』
小さい頃の陽子はその言葉と笑顔を一つ残すと、再び駆けていった。
「……バイバイ、わたし」
再びハルへと戻ったその後姿に、陽子も別れの言葉を告げた。
普通であり続けたいと願う女の子は、そのきっかけとなった過去の自分に別れを告げた。普通の中の普通じゃなくて、自分の中の普通をこれからは探すために。
「ボクはもう一度『わたし』を受け入れて、そしてもう一度『わたし』に別れを告げて、ボクは本当の『ボク』になる……今から」
陽子は少し大人になった。今までも達観している部分はあったけれども、それも含めて少しだけ大人になった。あの真っ赤な友達のおかげで。
小さな男の子を少しだけ大人にした大きな女の子は、自分も少しだけ大人になっていた。
ボクは守るべき人たちを守るために強くなる。強いはずだったボクを取り戻す。それは――ボクのためでもあるから。
「さぁ、いくよ!」
陽子はクラウチングスタートの体勢になると、そのまま空へ飛んで行くのではないのかというくらいの勢いで跳び出した。
「うぉぉっぉおおーっ!」
先ほどのハルと同じように陽子も無我夢中で走る。
自分も他の同世代の普通の人間の女の子に比べればはるかに強いだろうが、怪人相手ではさすがに後れを取るのは否めない。その事実は前回遭遇した陽子自身が身を持って知った。
しかしそれでも、園に残された他の園児や保育士を脱出させるまでの時間稼ぎくらいできるだろう。多分残された者たちはその恐怖で身動きもできず、その場で蹲っている。ハルはその呪縛には取り込まれなかったが、しかし本当に怖い時は多くの生き物は固まってしまうものだ。だから少しでも強い自分が行って、その固まってしまった時間を何とか解きほぐせれば。
陸保や水保の駆逐部隊が来るまでなんて待ってたら、取り返しのつかない事態に発展するかもしれない。ハルが決死の覚悟で伝えてくれたこの知らせを無駄にはできない。
『自分に恐れているのだろう』
「ああ怖いよ!」
頭の中に流れてきた鬼越の言葉に陽子は声を張り上げて答えた。普通でなくなるのは怖い。
『誰かが困っている時に、我らはこの拳一つ蹴り一つで何とかできるかもしれない力を持っている。それを忘れてはならん』
でも今は、普通でない自分が行けば助けられるかも知れない人がいる。
「忘れるもんかこんちくしょう!!」
陽子は更にそう一つ吼えると、ピッチを上げて加速した。




