灼熱の犬飼さんその5 02 ~世の中には帰宅部というものがあるらしいのだが、それには一体どうやって入部届けを出せばいいのだろう~
同時刻、保育園。
「お遊戯会のあとは何かと忘れ物とか多くて大変ね」
先日の日曜日、お遊戯会が行われた保育園の朝。
その施設の特性上振り替え休日ということもなく、普通に朝から園は開いている。保育士たちも昨日は休日出勤手当てが出ているので、それほど文句もないだろう。
本日月曜日は朝の時間帯から預かっている園児達の面倒を見ながら、お遊戯会終了後の片付けの時に回収した忘れ物や落し物の選別を行っていた。
人が集まるイベントとなれば、ここぞとばかりにアクセサリーを付けまくって現れる女性などいるわけなので、その一部が何らかの動作で外れてしまってそのまま落し物と忘れ物へとなっていくのである。
「このシルバーのブローチとか結構高そうなのにねぇ、無くなって分らないものなのかしら?」
昨日軽く仕分けておいた箱の中から白色に輝くアクセサリーを取り出しながら保育士の一人が首を捻る。
「普段付けないものだからこそ、いざ紛失するとどこで無くしたのか分らなくなるって聞いたことあるわ」
「じゃあ無くしたものに気付いて落とし主が園に尋ねてくるのは半年か一年後かってことに」
「そうなるわね」
人の多く集まる場所にはそうして多くの忘れ物落し物が集まってきてしまうのである。公共の施設などはそのようなものは期間を決めてそれを過ぎたものは売却処分ということをしているが、こういった私設の保育園の場合は半永久的に保管である。そして保管している者もいつしか忘れてしまう。
歴史を紐解けばこのような経緯で表舞台から消え去った重要な物品などいくらでもあるのだろう。
「さて、これでひと段落かしら」
保育士の一人はそう言うと、選別の終わった忘れ物の箱を先日のお遊戯会の準備で使ったカッターなどを入れた工作箱の隣に置いた。
「今日から園の庭の工事が入るのよね」
もう一人の保育士が掃除用具を出しながら訊く。
「ええ、午前中にパワーショベルを入れるって言ってましたね」
「ちょっとうるさくなるわね」
「まぁ三日くらいの辛抱ですし」
「いや、男の子たちの方が」
小さい男の子と言えば電車などと同じで重機車両も大好きである。先日はその重機の所為で怪人騒ぎへと巻き込まれたが、そんなことも忘れてきゃっきゃと騒ぐ声が耐えないだろう。なにしろこれから数日はそれが目の前で動いているのが見れるのだから。
「まぁ仕方ないですね。これにハル君の嘘つき騒動が続いていたら大変なことになってましたね」
「ほんと、ヨーコちゃんたちには感謝だわ」
自分たちの知らないところで感謝の言葉を送られていた狼娘と鬼娘であった。
実は二人とも就職先に困ったら保育士とか良いのかも知れない。
同時刻、東京湾沿岸部海上。
「――ずいぶん風変わりな学生が歩いているわね」
砲塔上のハッチから上半身を出して周囲の警戒を行っていた戦車長が、沿岸部沿いの道を歩く二人の女子高生を見ながら言った。
「風変わり? もしかしてその子ってば全身銀色じゃないですか?」
「銀色?」
操縦手にそう指摘された戦車長は首にかけていた双眼鏡で改めて二人を見てみると、片方は確かに制服で隠れている以外は全身銀色な女の子だった。腰の後ろで揺れている一房の何かも銀色だ。
「確かに綺麗な銀髪。しかも全身」
「この近くの高校に通ってる狼人の女の子ですよ、多分その子は。というかこの前の戦闘の時に現場に居ませんでしたっけ?」
「へぇ、狼人」
戦車長はそう一言答えると双眼鏡を下ろして周囲警戒に戻った。そういえば指摘されてみれば、四日前に一体の鉄車怪人を処理した時に、周りにいた住民の中で全身銀色で制服姿の女の子が居たなと戦車長は思い出した。状況終了後の後始末は遅れてやってきた陸保の部隊の方に任せてしまったので良く覚えていなかった。
「……あの、車長?」
「なによ?」
「もっと驚かないんですか? 相手は狼人間ですよ!? そんな何事もなかったかのように!?」
戦車長のあまりにもスルーな対応に操縦手がたまらずに突っ込んだ。
「お前ね、私たちが相手をしているのを何だと思ってるの、水の魔物に鉄車怪人よ。そんな妖しすぎるのを毎日相手にしてるのに今さら『狼人間が出ました』って言われて一々驚いていられないわよ」
「……確かに」
「でしょう」
(といいつつもその隣を歩いている物凄く派手な女の子の方には驚いてしまったのは内緒だけど)
戦車長は心の中だけで本心を呟いた。
狼人の娘の隣には、これまたド派手な女の子が歩いていた。金髪に全身真っ赤に日焼けした肢体。頭頂には一対のヘアアクセが着いているのも見えた。しかしそんな組み合わせでも下品さは無く、一瞬だけ見えた横顔は清楚な雰囲気すら感じさせるものだった。風変わりという感想はそんな彼女も含めてのものだったのだ。
「……」
「しかも今日は水の魔物じゃなくて兵士の方の警戒ですからねぇ、『またか!』って感じで」
「そうね、こう連続して現れるなんて珍しいわね」
下の操縦手が水の魔物という言葉から、今日の巡視目的の話に繋げてきた。
15年前に鉄車帝国は壊滅という形で消え去ったのだが、それでも組織を構成していた全てのものをその時点で消滅させられたわけではなく、俗に前進基地と呼ばれる場所には帝国所属の一般兵士が多く駐屯しており、その生き残りが稀に現れるのである。
しかも銃後に現れる兵士は、鉄車帝国怪人へと変身する能力を持っていたのだ。どんなテクノロジーでそのようなことが可能となったのかはいまだ不明である(しかも本拠地は壊滅しているのに、である)。そしてヒトミを襲った鉄車怪人もその中の一体だ。
唯一の救いといえば、兵士から変身する怪人はかつてこの国を恐怖のどん底に陥れた本物の怪人(地上最強の個人戦力と呼ばれていた)ほどの力は無く、かなり簡易的な能力しか持ち得ないということである。本物は戦車砲の一撃で沈黙するようなヤワな相手ではない。
だがそれでも脅威であるのは間違いなく、この国を守る七軍の最優先警戒対象の一つに指定されている。
今現在この海上を走る水保の水陸両用戦車はその目撃情報があったとして巡回を行っていた。
同時刻、東京湾沿岸部のどこか。
「……」
砂浜の一つの岩陰から一人の男が周囲の様子を伺っていた。
全身タイツに覆面という怪しすぎる格好。
彼こそ、帝国崩壊後も活動を続ける鉄車帝国一般兵士の生き残りである。
どこからともなくこの町に現れた彼の存在は、目撃した住民によりすぐさま陸保(陸上保安庁)へと通報され、それが沿岸部警備担当である水上保安庁へと連絡され、今現在水保所属の水陸両用戦車が東京湾内を走り回っているという状態である。
しかし15年間もの間ずっと潜伏していたのが遂にバレた――と言うわけでもなく、元鉄車帝国所属一般兵士は、気付いた時にはこの国のどこかに放り出され、殆どの記憶も曖昧なまま、かすかに残った記憶を頼りに破壊活動を続ける……といった様相であるらしい。
まだ見つかっていない秘密基地に生き残りの兵士が冷凍睡眠保存されていて、そこでは兵士の簡易型怪人への改造が行われていて、それが終わった者から順にこの国へと送り込まれている――とは予想されているが、推測の域を出ていない。怪人となって倒された兵士もその時の記憶が殆ど残っていないらしいので不明のままである。
鉄車帝国がこの国への再侵攻を企てているのならば、怪人へと変身できる兵士がまとまった数揃った時に一気に攻め入れば良いと考えられるが、それをしないのは、管理者がいなくなって無人となってしまった秘密基地に残されたコンピュータがプログラミングに従って自動的に行っているから、と考えられている。まるでこの国この世界がこのまま平和に溺れてしまいわないように投与されるカンフル剤のように。
この秘密基地の発見も急務であるが「本当に秘密基地と呼ばれる施設が存在するのか?」と言う疑問も解消されていない(生き残りの兵士が現れるメカニズムに関しては予想でしかない)ので、殆ど進展の無いまま現在に至っている。
現状では、一人ずつ現れる兵士の変身する簡易型鉄車怪人を、その都度駆逐するのが限度だ。
「……」
記憶が曖昧なままの鉄車帝国兵士が、その本能に従って周囲警戒を行っている。
一般兵士とはいってもその一人一人が一騎当千の力を持つ、凄まじい戦闘員であったりもする。その高い闘気に従って行動する彼らを、水保も陸保も対物センサーなどの光学機器で発見することができない。いくら優秀な索敵用の機械とはいえ、その感度を越えてしまえば探索は不可能である。彼らが見つかってしまうのは、本当にたまたま目視で見つけられた時だけなのだ。それだけ高い戦闘力を持つ。
鉄車帝国はなぜこのような有能な人材(しかも下級兵士ですらこの戦力である)を集め得るに至ったのか。その力を土台としてもっと戦力を蓄えておけば一気にこの国この世界を制圧できただろうに、なぜ未成熟のまま帝国は侵攻を行ったのか。そして未成熟とはいっても凄まじい力を持った鉄車帝国を討ち滅ぼすことに成功したチャリオットスコードロンとは何者だったのか。
多くの謎が残されたままこの国は平和な時間を進んでいる。
そしてその平和な時間を少し汚そうとしている彼は、ある目的のものを探していた。
彼は目を覚ました時に、兵士としての支給服である全身スーツのベルトの後ろに、一つの道具が差し込まれているのに気付いた。それは始めて見る機械だったが、その使い方はなぜか頭の中に入っていた。この機械を起動させるにはある触媒が必要なのもなぜか分った。そして彼は周囲の様子を伺いながら、見つからないように少しずつ移動を続け、その触媒を探していた。
日が中天に昇りそこから徐々に下降を始めた時、一つの施設の庭に、ようやく目的のものを発見した。
兵士がしばらく物陰から様子を伺っていると、今まで稼動していたそれは急に停止して、操縦席から男が降りてきた。休憩の為に下車した処であるらしい。
完全に停止した目標を前に、彼はどう行動を起こそうかと考える。
そして、時間が少し動いた後に、それは起こる。
高等学校、放課後。
「さぁ行くよ」
ホームルーム終了のチャイムが鳴り担任教師が退室した後の教室内。本日の全授業終了後のざわめきの中、狼人の女の子が嬉しそうに立ち上がる。
「……」
そんな嬉しそうな陽子とは対照的に、沈んだ空気の赤鬼が一人。彼女はいつでもクールな雰囲気ではあるが今は少しその冷たさ加減が違う。
「ほら、ミユキも急いで!」
「……本日は授業終了後は巫女から聞いた銃の奉納された神社まで足を伸ばそうと思っていたのだが」
「なにそのコピペ台詞? 今さらなに言ってんの! 仮入部届け出しちゃったでしょ!」
「……まぁそうなのだが」
なぜ昼休みの時間帯の時、あんなにも素直に陸上部仮入部届けを出してしまったのだろうと、今さらながら述懐する。部活動は学生生活の一部であるという、里にいた時に学んだ高校生として不自然にならない為の行動で学んだ教えが頭のどこかにあったのだろう。
「……」
鬼越がその本日の予定であった神社の場所を教えてくれた巫女の彼女の方に悲しそうな瞳を向けると『まぁ今日は諦めね!』と、そんな笑顔で返されてしまった。
「はいはい、急ぐ急ぐ」
陽子に半ば強引に引き摺られるようにして、鬼越も教室を出た。
「こんなに他のことで時間を潰していて良いのだろうか」
仮入部という名の陸上部への強制参加となってしまった鬼越が廊下を歩きながら最後の抵抗のように言う。
「良いんじゃない? ミユキはとりあえず女子高生なんだからまずはそっちの方を優先しないと。一応ミユキとは部活仲間ってことになってるからね」
~♪と、頭から音符でも吹き出すような勢いで陽子が言う。自分と同じような存在が、自分が属する部で仮入部とはいえ一緒に活動するのが嬉しくてしょうがないのだろう。
「……こんなことなら高等学校になど入らぬ方が良かった」
陽子が出す音符が頭にぽこぽこと当たりながらの、ボソリと出た鬼越の本音。
鬼越が高校への潜入を選んだのは、学生服という多くの者が見に着けているいわゆる制服と呼ばれる物に自分も袖を通しておけば、あまり目立たないで行動できるだろうという考えに基づくものである。
そして不思議なもので、彼女の奇抜すぎる容姿もその制服のおかげでそれほど目立っていない。やはり「制服=不特定多数」なのだろう。普通の人間の感覚からするとまずは着用している衣服に目が行く。
その意味ではカモフラージュは成功しているのだが、学生服という制服を着ている者はもれなく学生であるので、学生であるならば学校生活を優先しなければならないのは仕方ない。
(世の中には帰宅部というものがあるらしいのだが、それには一体どうやって入部届けを出せばいいのだろう)
里では教えてもらえなかった(そこまでの情報が無かった)帰宅するだけの部というのは、いったいどうすれば入れるのだろうと熟慮する鬼越であった。




