灼熱の犬飼さんその5 01 ~めくっちゃだめ!?~
翌朝の寮内。陽子と鬼越の部屋。
「なぁヨーコ」
「うん?」
「これ、どうだ?」
鬼越はそう言いながら制服のスカート捲った。中身は白地に黄色のストライプが描かれたショーツ。
陽子が朝起きて洗顔の後にシャワーを浴びて部屋に帰ってくると、鬼越の方は既に着替えを終えようとしているところであった。陽子の方は本日は部活動もあり寝過ごすような時間帯でもないので、インナーは陸上のビキニウェアである。朝シャン後はこの格好のまま部屋に戻るのだが、最初は目撃された寮生にはぎょっとされたが今は何も言われない。
そうしてその上から制服を着てさぁ登校準備完了というところで、いきなりな鬼越のその行動である。
「小僧と小娘たちからの贈呈品を着用してみたのだが」
「お、鬼女が高校の制服着てスカートめくってパンツ見せてるって……何その超絶レア光景?」
しかも縞パンなのだが「鬼は縞パン」というのはデフォルト設定らしいのでそれはレアには含まれない。
「お前がスカートをめくるだけでほぼ同じ条件になるぞ」
「……そりゃそうだけどさ」
陽子も何の気なしに自分のスカートをぴらっとめくってみる。陸上用のビキニパンツユニフォームが覗く。狼娘と鬼娘がお互いスカートをめくって中の物を確認しつつ対峙しているという――なんだこの光景?
「いや、変ではないかと訊いてみたのだが」
「何が変って言ったら、スカートまくりあげてるミユキのその状態が一番変です」
「お前もな」
鬼越はそう言いながら掴んでいた手を離してスカートを下ろした。陽子もそれに習う。
「いや、変でないならそれで良い。せっかくの贈呈品だ。着用しても変に見えるのなら問題だが、そうでないのなら良い」
鬼越はそう言うと、自分用の通学鞄を肩に引っ掛けて壁に吊るしてあったハンガーからパーカーを取るとさっさと部屋を出た。
陽子も「鬼さんは律儀だなぁ」と苦笑しながら自分も鞄を持って後に続いた。
「あの海の上を走っている機械は何だ?」
通学路になっている海岸沿いの道を歩いている鬼越が、海の方を見ながら隣の陽子に訊いた。鬼越は制服の上にいつものパーカーを着ているがフードは被っていない。隣を狼女が歩いている時はそこまでカモフラージュしても仕方ないと気付いたらしい。
「ん? あー、あれは水保の戦車だよ」
鬼越の視線の先に、車体の半分を水没させて海面を航走する物体を発見した陽子が説明する。
「すいほのせんしゃ?」
しかし陽子の簡素な説明だけでは分らない鬼越がオウム返しに更に訊き帰す。
「ごめんごめん、正確に言うと水上保安庁の水陸両用戦車だね、あれは」
「というとあれが『かいじん』とやらを倒していった駆逐兵器か」
鉄車怪人掃討のために陸を走ってきた所は、鬼越も初弾命中の後に素早く人波の後ろに隠れたので確認しているが、水面を走る姿はまた違った雰囲気だったので同一のものとは気づかなかった。
「そうそう」
陽子が詳しく説明する。
今から15年前にこの国は鉄車帝国の侵略を受け、それに対抗するように現れたチャリオットスコードロンの戦いの舞台となってしまったのだが、その戦いが終結した後も様々なものが残されてしまった。
東京湾内に出没する水の魔物と呼ばれる異の存在も、その時の負の遺産の一つである。鉄車帝国が繰り出した超巨大水陸両用戦車型怪人が戦闘に破れて東京湾内に水没したのだが、その影響で東京湾内、同沿岸部、同河川水系に妖しげな魔的存在が出没するようになったと言われている。そしてそれは水の魔物と呼称された。
それらを巡視、駆逐するための組織として作られたのが水上保安庁である。そして今二人が見ているのがその水保の主要装備である水陸両用戦車だ。
なぜ水陸両用戦車であるかというと、水の魔物との駆逐戦となった場合、沿岸部に乗り上げての戦闘になることが多いのと、活動領域が東京湾内と沿岸部、そして湾内に流れ込む水系のみであるので、船舶よりも小型である戦車の方が行動に適しているという理由。
そして時折現れる鉄車帝国兵が変身する鉄車怪人への対応もこの組織の任務のひとつである。
湾内を巡回する水陸両用戦車の砲塔ハッチは開かれていて、戦車長が顔を覗かせていた。
「水保の戦車というものは女でも乗れるものなのだな」
顔を出して直視による警戒を行っている戦車長が髪の長い女性だったのに気付いた鬼越が再び訊いた。
「あの人、多分この前怪人をやっつけてくれた戦車の人だよ」
遠くに見える顔が、四日前の戦闘で怪人に止めを差した戦車の砲搭上にいた女性と同じ顔であるのが陽子には分かった。多分彼女の戦車はこの地域が担当場所なのだろう。
「水保っていうのはこの国にある七軍の最後に出来た組織で、しかもほとんどの装備車両が水陸両用戦車だから、普通の戦車乗りになりたい男の人は陸自とか陸保に行っちゃうんで、結果的に女ばっかりの組織になってしまったって何かに書いてあったね。中学の教科書だったっけか」
陽子が記憶を頼りに説明する。
「女ばかりの組織とは我らにとっても好都合だな。二人とも鬼と狼である前に女であるし」
「この先就職先に困ったら二人で水保に行く?」
「お前はその出っ張った顔でガスマスクとか着けられるのか?」
「そんなこといったらミユキ女史はヘルメットとか被れるんですかい?」
「……」
「……」
二人とも「口やら耳やら尻尾が車内でぶつかりまくっている狼女」や「角が車内配線に引っかかって右往左往している鬼女」の姿が想像できてしまった。
「……保留だな」
「……それが言いと思う」
のんびり海を行く水保の水陸両用戦車を遠くに見ながら、二人は「ぶふぁー」と盛大に溜め息を吐いた。
「そういえば、この前はヒトミちゃんが捕まっちゃったけど、鉄車怪人って良く子供とか若い女性とかそういう弱い人たちを人質に取るんだよ」
「中々卑怯なやり方だな」
「うん。で、この前はボクとミユキで何とかしちゃったけど、本来はそんな風に戦車の発砲前に人質に取られちゃった人を助けるための白兵部隊の人たちっているんだよね。数は少ないけれど」
戦車が砲撃に入る前に、救出任務を行う担当部署があることを陽子が教える。
「なるほど、外へ出ての腕力勝負の仕事もあるのだな。それならばアタシらにもできそうではないか」
「うーん、でもボクは辞退かな」
「辞退?」
お前にも似合いの仕事ではないのか? と言った風に当惑の表情になる鬼越。
「ボクはとりあえず普通の女の子として生きていきたいと思ってるから。今やってる陸上を大人になっても続けられたらと思ってる」
自らが普通から外れているというのに、水の魔物やら怪人やらを相手にする仕事になんか就いてしまったらますます普通ではなくなってしまう。
「お前の方から誘っておいてお前の方から辞退とは、お前も中々卑怯だな」
「……う~ん、めんぼくない」
「まぁアタシの場合は元々がトーマスホガラの探索で手一杯だからな。副業でも水上保安庁の仕事などやっておられまい」
「その話なんだけどさ、こういうことをボクの方から言うのも変なんだけど」
高校への通学路を再び歩き出した陽子が、話を変えるように訊いた。
「なんだ?」
「ボク以上にトーマスホガラのことを知っていそうな狼人があと二人いるんだけど、そっちの方には行くつもりはないの?」
「あと二人? ……ああ、お前の父上と母上か」
まだ15年しか生きていない陽子に比べれば、はるかに長い時間を生きてきた両親が故郷の土地にはいる。自分よりも有益な情報を知っていそうな者の場所には行かないのだろうかと、陽子も単純な疑問として考えた。
「里の方からはお前が今いるこの町の方を指定されたのだ。お前の父母がより確実に情報を知っているならば、お前の実家のある土地の方をまずは探索場所として里も指定しているだろう。文献にも『この町に犬の化身が~』と言う一文が記されていたのをアタシも見ている」
「ああ……そういうこと」
そう説明されて陽子もなんとなく得心がいった。
「……そうか、ボク自体も元々勘違いされてたんだっけ、犬の化身の人と」
体育館裏に呼び出された鬼越との最初の接触を陽子は思い出した。
「じゃあこの町のどこかに本当の犬の化身の末裔の人がいるってこと?」
「それ以前に『狼人=犬の化身』であるのかどうかも調べなければならないからな。何れにしろお前の両親の尊顔を拝しに行くのは先の話だ」
「もしそれが現実になって、ともだち連れてきたよって言って現れたのがミユキだったらさすがに驚くだろうなぁうちの親も」
「お前を友だといって連れ帰ったら、里の者はもれなく全員腰を抜かすだろうな」
陽子もそれを聞いて「ぷっ」と吹き出してしまった。お互い良くぞこんな不思議な生き物同士で知り合いになったものだ。
「もっとも、トーマスホガラの侵入を許してしまってからは外部の者を一切立ち入りさせないようになってしまったがな」
「……そうなんだ」
鬼越自体が今回の探索において始めて里から出てきたような雰囲気なので、その逆もまた何者も入れさせない強固な規律となっているのだろう。何しろ一時はその蒸気侍の所為で壊滅状態になってしまったのだから、二の鉄を踏むことはあるまい。
「そういう意味じゃミユキってさ、外の人みたいにおしゃれな格好とか普通に出来てるけど、そういうのってどこで覚えるの?」
しかしそうなると、鬼越が一応は里の外の世界でも自然に行動できているのが不思議になってくる。
「勉強した」
鬼越はその陽子の疑問に答えてくれた。
「お前たちでいうところの中学生となる年齢から、外に出ても不自然にならないような行動や格好を勉強させられた、みっちりと」
「みっちりと?」
「ああ、完璧だろう?」
と、どっからどう見ても繁華街を歩いている派手な女子高生にしか見えない鬼越が言う。ある意味違う意味で目立ちすぎだが、それが実は鬼越の鬼の部分を隠す効果が出ているのかも知れない。一応は成功しているようだがそれでもどこか抜けているように思えるのは、持って生まれた鬼の習性を捻じ曲げるのは容易くないからだろう。
「でもさぁ、元になる情報自体がないとそもそも勉強できないじゃん? そういうのはどうするの?」
「……」
陽子が少し深く訊こうとすると相手は口を噤んでしまった。
「あ、ごめん、秘密なら秘密でもう訊かないけど」
「いや、お前は我ら(鬼)とは近しい存在だ。教えても里の害にはならんだろう」
「……良いの? もしもの時はボクたち敵同士になっちゃうかもなのに?」
「もしもの時をそのように心配してくれるお前だからこそ、教えても良いと判断するのだ」
鬼越はそう前置くと説明を始めた。
「我らのような普通の人間からは少し外れている生き物とは他にもいる訳で、そのような者の中でも情報に長けている者から買う訳だ、必要な情報を。此方が望むものを用意してくれる場合もある、高くつくが」
そしてそのような者だけには普段は閉ざされている門を開くのだろう、この国にかつてあった出島のように。
閉鎖空間の中に存在するコロニーというのは鬼越の故郷である鬼の里以外の場所でも、完全な密閉状態にあるコロニーというのは意外に少ない。極一握りの外部の者にだけ交通手段が解放されていて、それによって必要最低限の物資の供給が行われている場合が殆どである(そうでないならば完全閉鎖空間に住む者たちは石器時代となんら変わらない生活をしている筈である)
「……」
陽子は鬼越の説明を聞いていてそのような買い物に必要な金銭の類はどうするのだろうと思ったが、直ぐに思いついたのでそれ以上は口にしなかった。
鬼という種族は戦いの種族だ。どこかに傭兵として出向いて稼いでくるのだろう。そして多分それは人間同士以外の戦いで必要とされる戦力のはず。だから歴史の表にも出てこないし、鬼たちも里の外に余計な情報を出さずに済むし、戦いに行く者以外は里から出ないで済む。
(自分も周りにも他に狼人がいっぱいいたらミユキの里と同じような生活になっていたんだろうなぁ)
幸か不幸か自分には家族しか同じ血筋はいなかったので、子供の頃から他の普通の人間の子たちに混じって生活している。もし自分たち狼人が一つの村落を形成できるくらいに人数がいれば、鬼越の里の者のように男も女もその膂力を生かして傭兵家業に身を投じていたのかもしれない、歴史の裏に隠された戦いの要員として。
そしてこんな都会の高校に進学しようなんて思わずに里の中でほとんどの時間を過ごし、外に出るのは稀に来る特殊な傭兵としてのみで。
(そういう意味ではトーマスホガラさんっていう人を討つって目的が無ければ、ミユキも里の外に出ることは無かったんだよね)
そんな不思議な縁を想いながら自然な動きで陽子は鬼越の横顔を見た。
「どうした、アタシの顔になにか付着しているのか?」
いきなり横から見つめられた鬼越が不信の声を上げる。
「いやなんでもない――っていうか、ミユキってばさ、うちの部に仮入部してみる気はない? 一応ミユキとは部活仲間ってことになってるからね」
鬼越のことを見つめていたのがなんだか自分も恥ずかしくなってきた陽子が、そんな風に話を逸らした。
「うちの部? これのことか?」
鬼越はそう言うと陽子のスカートの裾を掴んで躊躇なく捲った。インナーのビキニユニフォームが丸出しになる。
「めくっちゃだめ!?」
陽子は慌てるように鬼越の手を払いつつスカートを押さえて元に戻す。
「めくられてもいいようにその陸上競技服を着ているのではないのか? それに先ほどは自分でもめくっていたではないか」
「そうだけども! でもそういうわけでもないけども!」
「どちらなのだ?」
「どっちも!」
インナーがユニフォームであるならば自らスカートをぱたぱたしたりめくったり脱いだりするのは構わないのだが、たとえ同じ状態とはいえども他人にされると凄まじく恥ずかしいのは陽子も変わらないようである。こんなミテクレだが基本的には普通のお嬢さんです。
「もう、スカートめくった罰でミユキは今日の仮入部は決定だからね!」
「本日は授業終了後は巫女から聞いた銃の奉納された神社まで足を伸ばそうと思っていたのだが」
「反論禁止!」




