灼熱の犬飼さんその4 02 ~これよーこちゃんとみゆきちゃんがたおしたてきのかけら?~
「みんな、今日は良くがんばったね!」
今日集まった多くの観客が軽い保護者会があるとかでほぼ全員が一時的に席を外している中、唯一の一般観覧者であろう陽子と鬼越の二人が、舞台終了の興奮冷めやらぬままきゃっきゃと騒いでいる園児たちの下へ来た。
周りでは保育士たちが舞台セットなどの片付けをしている。大道具係の園児もいるが、基本的には舞台中の道具の移動ぐらいしかできず(青鬼役のハルを引っ張って行ったのも大道具係である)用意制作片付けなどは全部保育士の仕事である。
「わー、よーこちゃんとみゆきちゃんだー」
園児たちが二人の下にぱたぱたと集まってくる。鬼越の方も保育士から名前を教えてもらったのかちゃん付けである。
陽子の周りに集まってきた子たちが「うぃーっ」「うぃーっ」とやり始め、誰かが尻尾を掴み「こら! ダメだって言ってるでしょ!」と注意する光景がここでも繰り返される。
「……アタシの記憶違いでなければそれは狐と牛なのではないのか?」
同じように「うぃーっ」とやり返している陽子に鬼越が突っ込みを入れる。
「うん、手はキツネで掛け声はウシだねぇ、ボクは狼なのに」
空いている片手で尻尾を掴んでいる園児の頭を鷲掴みでグリグリした後に引き剥がしながら陽子が説明する。
「一つもあってないな」
「でもそれがこの園のヨーコちゃんスタイルですから」
あははと笑いながら陽子が何気なく遠くを見ると、青鬼の格好のままの園児が一人遠巻きに見ているのに気付いた。
「どうしたのハル君、来ないの?」
陽子が彼の名を呼ぶ。
「……」
しかし呼ばれてもハルは動けない。
(やっぱり昨日の件で嫌われちゃったかな)
さっきは自分と鬼越の応援で力を取り戻せたように見えたが、それも一時的なものだったのかと陽子も悲しくなってしまう。
「……」
しかしハルは陽子も鬼越も嫌いにはなっていない。彼の中の二人に対する恐怖は完全に消え去ってはいないが、それは同じ人間であるならば目上の人間に対する尊敬に近いものであろう。彼は他の子達よりも早く、少しだけ大人としての経験をしたのだ。
だから彼は怖くて近寄れないというよりは、自分なんかが一緒にいて良いのだろうかという気持ちの方が大きかった。
「どうしたハル、お前は来ないのか?」
そんなハルに今度は鬼越が声をかけた。自分自身こんな行動に出るのはらしくないなと思いながら、ちゃんと頑張った者を褒めるのも先に生まれた者の義務であろうと思うので、彼を招いた。
「……」
その言葉がハルの背中を押してくれたのか、彼は恐る恐る一歩を踏み出した。
「……」
彼が少しずつ進むたびに、園児たちの垣根が開いていく。出来たその道の奥で鬼越が片膝を突いてしゃがんでいた。
「……うそついてごめんなさい」
なんとか鬼越の前へと辿り着いた青鬼がペコリと頭を下げた。
「お前のその素直な姿、我が里の鬼どもにも見せてやりたいものだ」
鬼越はそういってハルの頭をもじゃもじゃのカツラ越しに撫でた。
「ちゃんと心から謝れるとは小僧は男だな」
「……」
頭をもみくちゃにされているハルは、嬉しいやらくすぐったいやらでじっとしているしかない。
「ほらそこでご褒美におでこにちゅっとか」
「そんなはずかしいことできるかーっ!」
陽子からの揶揄に鬼越がフルパワーで突っ込む。その余波でハルの頭を陽子がするように思いっきりグリグリ掴んでしまったが鬼越は気付いていない。ハルだけが痛い褒美に我慢している。
「それにお前も当事者なんだからお前がしてやればいいだろう!」
「ボクがそういうことをすると『食べられるー』って多分みんな逃げちゃうよ」
「……まぁいい、褒賞ならちゃんと用意してあるだろう」
「そうだったね。はい、今日は鬼のお話の日だったんだから鬼さんの方から渡してあげて」
「……了解した」
鬼越は手渡された紙袋を開き、中のものを「皆に贈呈品がある」と一つずつ手前の園児から渡していく。
それをもらった園児たちは、最初は「わーい」と歓声を上げるが
「???」
と、もらった者の頭の上にもれなくクエッションマークが浮かび上がる。
「なにこれようがん?」
ある女の子はそれをマグマが凝固したものと形容する。もらった物の正体が全く分らない。
一応は透明な袋に入れて可愛くラッピング(この辺りは陽子の裁縫の技術が生かされているらしい)されてはいるのだが、それでも隠し切れない激闘の爪痕が丸出しである。
「わかったいんせきだ!」
ある男の子はそれを天から降ってきた岩石だと形容する。
「これよーこちゃんとみゆきちゃんがたおしたてきのかけら?」
仕舞いにはそんな意見まで出てくる始末。いや、ある意味それが正解でもあるのだが。
「――……クッキーだ」
「くっきーっ!?」
鬼越が申し訳なさそうにそのお菓子(?)の名を告げると、陽子以外の全員が異口同音で驚きの声を上げた。
「……金剛石並みの硬度になってしまったが、食べれぬものではない。口の中に含んでしばらく溶かしてから食べてくれ」
とりあえず「はい、ほら」と紙袋から一つずつ出して一人一人に渡すが、もらった男の子の数人がぶーんどどどどどとそのクッキー(?)で遊び始めてしまったが「食べ物で遊んじゃいけません!」とは言えない雰囲気をこのクッキー(?)は醸し出している。これを鬼越と一緒に作った陽子は、以前ちゃんと食べられるフルーツクッキーを作っていたような気もするのだが、あの時は他にちゃんと料理が作れる人が周りにいっぱいいたわけで。
「そうだー、みゆきちゃんにもちゃんとぷれぜんとあるよー」
もちろんクッキー(?)をもらっている園児の一人であるヒトミが壁際まで行くと、そこに置いてあった可愛く包装された紙包みを持ってきた。
「はい、はるくんがわたして」
そう言いながら、自分ももらったクッキー(?)を大事そうに抱えているハルに渡した。ヒトミは園児の中でも陽子と同じくらい気の利く女の子のようだ。まぁ女子は男よりもよっぽど大人としての成長が早いと言うし。
「み、みゆき、ちゃん……これ」
そうして恥ずかしがる幼い少年(青鬼)の手から赤鬼な娘へと手渡される。
「ありがとう」
自分のことをみんなと同じように恐る恐るちゃん付けで呼ぶハルの姿が微笑ましくて、鬼越は小さく笑った。故郷の里にいる子鬼の誰かがくれたように思えて少し嬉しい。
「……」
そのかすかな笑顔を見て、ハルが固まる。鬼越は怖い顔をしているとは言っても、綺麗な顔立ちであるのは確かだ。怒気の全く無い微笑の鬼越に見つめられて、ハルは赤くなってしまった。
「あけてもいいか?」
「……うん」
鬼越が包みを開くと、白地にオレンジ色の縞模様とか、黄色と濃いブルーの縞々など、透明なビニールで包装された布がいくつか出てきた。
「?」
包装の中で畳まれているので開くとなんの形になるのかはパッと見は分らないのだが
「縞パンだねぇ?」
上から覗き込んで包みの中身がなんとなく推測できた陽子がそう称した。畳まれた状態の下着であるらしい。しかも全部縞柄であるらしい。
「……これはなんだ?」
「おにのぱんつ!」
鬼越の改めての問いにハルの後ろにいた女の子の数人が声を合わせて答えた。
「きのうね、おにのおねえちゃんになにをあげたらいいかなってみんなとはなしたんだけど、だったらおにのぱんつだってすぐにきまったの!」
それを聞いて陽子は思いっきり吹き出してしまった。
「そうだよね、ミユキは縞パン穿かないといけないよね、家系的に」
陽子はおかしくてしょうがなく、腹を押さえてぷるぷる震えている。
「……ああいうのは虎縞、もしくは虎柄というのだが?」
「でも縞パンなのは確かじゃん」
「……こういうのはどこで売っているものなんだ?」
言いたいことは山ほどある鬼越だが、せっかく用意してもらったプレゼントの詳細を訊かなければ礼に反すると、話を園児たちの方に振った。
「ひゃくえんしょっぷ!」
女の子の一人が元気に答える。今日日の百円均一ショップ(税抜き価格)にはこんなものまで売っているらしい。
「おゆうぎかいがはじまるまえに、おんなのこたちとせんせいでかいにいってきたんだよ」
「ほら、ちゃんと園児のみんなで選んでくれたんじゃん、ちゃんと穿かなきゃ」
「せっかくの贈呈物を着用すること自体はやぶさかではないがな!」
陽子の突っ込みに鬼越の全力の返し。
「それにしても男性から下着のプレゼントだなんて二人はもうそんなに親密な関係なんだね、隅に置けないなぁ」
「まったくだな」
陽子の再びの揶揄に鬼越は棒読みで答える。ある意味ハルとは親密な関係になってしまったので否定できないのも悔しい。
「こんどよーこちゃんにもぷれぜんとあげるねー」
一人の女の子がそんな提案をする。
「え? ボク? いいよ別に」
鬼越へのプレゼントは鬼越を園に来させるための方便でしかなったので自分が貰うのは何か申し訳ない。
「そうおー?」
「う~ん、でもくれるっていうなら、食べ物がいいかな?」
しかし子供たちの提案を無碍には出来ないと、陽子はそんな風に言う。食物であれば二人が用意したクッキー(?)や鬼越に用意した下着のように園児でも手の届く簡単なもので済ませられるだろう。
「たべもの? じゃあうしまるごといっとうとか?」
しかし子供たちの感性は陽子の予想をはるかに超えていた。まぁ陽子が子供たちにキスしようと迫ったら「食べられる!?」と逃げ惑うのは確実なようだから、それぐらい大きな予想になってしまうのだろう。陽子も隣りの鬼越も思いっきり吹き出してしまった。
「牛丸ごと一頭って……まぁ食べ切れないことも無いけどさ、そもそも牛丸ごと一頭って売ってないでしょこの辺」
じゃあ陽子の住んでた地域では売っているのかというと――売っているのだろう多分。
「みゆきちゃんこんどそれはいてるとこみせてよー」
今度は別の一人の女の子が鬼越にとんでもない申し出に出た。それを聞いてハルが更に頬を赤くする。
「無理だな」
「なんでー?」
「女相手なら見せても構わないかも知れないが、ここには男もいるだろう? 女だけに見せては公平にならない」
「よーこちゃんはおとこのこのまえでもすかーとぱたぱたさせてたよー」
怪人からヒトミを救出したあの日、ヒトミを暑さで目を回させてしまったが自分も相当暑くなったらしく、園児の前でスカートをパタパタさせていた事実を女の子の一人が告げる。
それを聞いた瞬間、立ち上がった鬼越の手刀が陽子の脳天にごすっと食らわされた。
「あいたーっ」
「犬飼ーっ!? おまえなにやってんだーっ!?」
「い、いや、園児たちの前なら良いかと……暑くてどうしょうもなくて」
頭をさすりつつの言い訳。
「そんなところで灼熱の犬飼さんを発揮するな! この駄犬!」
「そこはせめて駄狼で……というかもう知ってるんだそのボクの謎あだ名」
「知らいでかっ!」
「おにーのぱんつはいいぱんつー」
そんな二人のド突き漫才を見て興味が他に移ってしまったのか、一人の園児が歌い始めた。
「つよいぞー、つよいぞー」
そうなれば小さい子の集団ならば引っ張られるようにして合唱が始まってしまうのは当然の成り行きな訳で
「じゅうねんはいてもやぶれないー」
「つよいぞー、つよいぞー」
「正に勝負パンツだね、勝つための!」
嬉しそうに合唱する園児たちを見下ろしながら、陽子も嬉しそうに言う。
「まったくだ!」
そして半ギレ気味の鬼越の絶叫。




