灼熱の犬飼さんその3 04 ~じゃああれですか『リアル狼少年』をやれということなんですね、ボクに~
「この神社は何を祭る場所なの?」
戻ってきた陽子がこの場所の生い立ちを尋ねた。
前席の彼女の実家が神社であり、彼女自身もそこで巫女として働いている話は前に聞いたのだが、その神社そのものが何を目的に建てられたのかまでは知らない。
「ここは長寿を祭るための場所。永く生きることを望む者のための場所よ」
「人間の根源的欲求に答えた場所なのだな」
それを訊いて鬼越が思索するように訊く。
「……」
しかし巫女の彼女は、その言葉を聞いて答えに窮するように少し黙ってしまった。
「なんだ、違うのか?」
「違うというか意味合いが違うというか」
でも結局どっちも「違う」だねと苦笑しながら巫女の彼女が続ける。
「まぁご老体のおじいちゃんおばあちゃんとか更なる長生きを願ってここには良くやって来るけどさ、でもその長生きとはまた別の意味があるんだよねここには」
巫女の彼女がこの場所の生い立ちの説明を始める。
「人間ていうのは不思議な生き物で、若くて体力のある時代は生きていくための知識が不足していて、歳を重ねてより良い生き方を覚えた時には体力が減少しているって言う、凄まじく矛盾を抱えた生き物なのよ」
寿命が短いからこその矛盾。その矛盾が爆発することにより、人間は限りなく己の欲望に従って生き、更には好戦的な生き物であるとされる。彼女の年齢からは不似合いな随分と悟った考え方だが、巫女として生まれてきた彼女だからこそ、幼少時からそのような高度な教育を受けているのだろう。
「多くの先人たちの経験は文献という形で残されはするけど、後から生まれてきた者はその文献を読んでる途中で死んじゃう、ほとんどの人が」
後進の為に多くの先人達は書物や口伝という形で見聞や体験を残すが、結局それがどんどん積み重なっていって後進たちがそれを習得できるのも死の間際という人生の末期になっているという背馳。しかもその残された書物の中には、行き違いによって虚言が含まれることもあり、それが何世代にも渡れば最早なにが真実でなにが虚実であるか改めて調べることもできなくなる。
「で、そんな生き物なのに、百年以上かけてようやく習得できる技術があったらどうする? って話なのよ」
世代を超えて長く伝える術ではなく、自分自身が長く生きて習得しなければならない術。それは普通の人間には無理という事実。そしてその定めすら捻じ曲げようとする人の想い。
「そのための長寿を祭る場所なの?」
陽子が訊く。
「そう。百年、二百年、三百年とエライ長い時間を本当に生きなきゃならないっていう、普通じゃちょっと考えられない人たち向けの場所なのよね、この神社」
「――まるで亜人類のことを言っているような気もするけど?」
鬼越の血筋である鬼や陽子の血筋である狼人といった亜人類は、総じて長命な血筋である。寿命の他にも腕力や走力といった身体能力も高いのだが、その代わり普通の人間では考えられない弱点も多いという部分でバランスが取れているのは、やはりこの星に生まれた生き物のひとつであるからだろう。
「そういうこと」
まるで最初から答えを誘導するように話していたんだよ、と言った貌で巫女の彼女が陽子と鬼越の二人の顔を交互に見る。
「まぁでもうちの神社が持つ意味をこうして改めて思いなおすことができたっていうのも、あんたとの出会いがあったからなんだけどね」
巫女である彼女も生家の仕来たりに沿って生活しなければならない場面が多いはずで、同年代の子達とはそれほど多くの付き合いはできなかったのだろう。そんな生活を送っていた彼女が高校へ進学した時、本物の不思議生き物――犬飼陽子が現れたのだ。人生の転機というか、物凄いショックでもあっただろう。自分よりも大変な生活を送っている者がいる、と。
「本当に長い時間を生きていかなければならない人っていたんだなって思ってさ。多分私だったからこそ思えた事実なんだろうけど」
境内の中央に立てられた本殿を見ながら巫女の彼女が言う。
「もしかしたらそうやって長い時間を生きていかなければならない人たちに対して、いつまでも変わらない場所を提供するのがこの場所の役目なのかなって。ずっとずっと変わらない場所があったらやっぱり安心するもんね」
「もしお前も実は長命の血が流れているとしたらどうする?」
今度は鬼越が訊いた。
巫女の彼女の独白を静かに聞いていた鬼越は、ふとそんなことを思いつき尋ねてみた。永く変わらない場所を守る者であるならば、その場所を守るために亜人類と同じように長寿の血が流れているかも知れない。
「そんときゃそん時考える」
しかし巫女の彼女はそんな風にあっけらかんと答えた。
「なかなか大雑把で素敵な考え方だね」
陽子が突っ込む。
「さっきも言ったけど人間がんばって生きたって80~90歳くらいが限界なのよ? そっから先は生き物としての体力が尽きてるし、その歳にいくまでに死んじゃう方が多いし、そこから『更に長生きできます』って言われたとしても『もっと早く言ってよ!』ってなるわよ」
巫女が苦笑しながら答える。
先人達もそうやって生き、その過程で得た記録を残し、そして死んでいった。普通の人間として生まれたのならそうした先人達の経験が前提として生きているのだから、彼女のようにある意味大雑把な考え方になってしまうのは仕方ない。
(人間ってもしかしたらボクたち以上に不思議な生き物なのかも知れないね……)
(……)
陽子はそんな風に思い、そして鬼越も同じ事を考えていた。
「ミユキはこのあとどうする?」
同級生の巫女の生家であった神社を後にしながら陽子が訊く。
「巫女が教えてくれた銃が奉納された神社の方に行ってみたいとは思うのだが、微妙な位置だな」
鞄から出した地図を眺めながら鬼越が言う。巫女の彼女が教えてくれた当該の神社はそれなりに遠い場所にある。
「いきなり寮の門限を破るのもお勧めできないね」
陽子も地図を覗き込んで、その位置関係を推測しながら意見を言う。
「あ、ヨーコちゃん」
鬼越にとっては寮の門限などあまり問題ではない(退寮処分となったらなったで一人暮らしに移行するらしい)ので時間的拘束は無いので、この後の予定はどう組み立てようかと考えていると、道の向こうから来た荷物を抱えた女性に隣の陽子が呼び止められていた。
「あ、保育園の先生」
それはつい先日印象的な出会いのあった保育園の保育士だった。保育士の制服ともいえるエプロン姿なので、園に必要な生活物資の買い出しに少し遠出をしていたらしい。
「あら、お友達?」
陽子の隣に立つほぼ同じ身長の同じ制服を着た少女を見て言う。実はこの保育士も鬼越がスポーツバッグで鉄車怪人の拳を受け止めているのを見ているのだが、同一人物であるとは流石に気づいていない様子。
「彼女は友達の鬼越魅幸さんです」
と、陽子はなんのためらいもなく答えた。「友達」という単語を聞いて鬼越が少し頬を赤くしていたが、元々赤いので良く分からない。
「へー、ミユキちゃんかー、肌真っ赤に焼けてるねー」
保育士自身は鬼越が鬼の血筋の者であるとすらまだ気づいていないらしく、その赤色の肌を日焼けのたまものだと思っている様子。
「日焼けサロン行って失敗しちゃったのかな? 私も若い頃はそんな風に真っ赤になっちゃったことあるから気をつけた方が良いよ」
「助言感謝いたしますが、そういう訳でもないのですが」
鬼越も少し困った風に答える。
「じゃあスポーツ焼けなのかな? 最近日差しの強い日もあったから焼けちゃった? 肌弱いのかな? 陽子ちゃんとは部活仲間だったりするの?」
「まぁそんなところです」
質問攻めに困っている鬼越に変わって、陽子が助けるように答えた。
(……なぁヨーコ)
鬼越が陽子にだけ聞こえるような声で囁いた。
(そんな友達とか言ってしまって良かったのか?)
普通の人間たちの関係でも友達だと思っていたのが急に敵同士になってしまう場合もあるのでそのような紹介も構わないと思ったが、改めて考えてみるとそんな紹介をしてくれて本当に良いのかとも思ってしまう。
(へ? だって他に説明のしようもないし)
なにか問題でもあるのかといった表情で鬼越の方を見る陽子。
(それともミユキとは血で血を洗う討つか討たれるかの関係ですとか正直に言った方が良かったかな?)
(……お前の判断の方が正しい)
「そうそう、ヨーコちゃんに会ったらお願いしたいと思っていたことがあってね」
こそこそ話す二人の女子高生に割って入るように保育士が会話を挟んだ。二人のこそこそ自体は荷物が邪魔であまり良く見えなかった様子。
「うちの園にハルくんって男の子がいるんだけど」
「ヒトミちゃんと一緒にいた男の子の一人ですよね」
自分が園児たちに取り囲まれている時、そんな名前で他の子から呼ばれている子がいたのを陽子も思い出した。
「うんそうなんだけど、そのハルくんが最近嘘つきの悪戯を覚えちゃってね」
「ありゃりゃ」
「最初のころは可愛らしいものばっかりだったんだけど、昨日悪質なものも覚えちゃって」
「というと?」
「『かいじんがでたぞーっ!』って言って、みんなを脅かすの」
「うわー……」
その園児の暴挙に陽子が流石に呆れた風な声を出す。
怪人が出た。
鉄車帝国とチャリオットスコードロンの戦いの舞台となってしまったこの国にとっては、それは冗談では済ませない虚言だ。鉄車帝国が繰り出した怪人たちはとんでもない脅威であったのだから。
そして二日前、園児たちはその恐ろしさを身を持って知った。間近にいきなりそそり立った鋼鉄の巨体は、恐怖以外の何ものでもなかっただろう。特に直接捕らえられてしまったヒトミなど、陽子と鬼越の活躍で早急に救出できたから良かったもの、あのまま長期戦となっていたら、心にトラウマが残ってしまっていたかも知れない。
「そんなこと言われちゃったら信じちゃうでしょ、園児くらいの歳の子だと。私たちだって信じちゃう時あるし」
それが真実であれば園児たちを避難させなければならない訳で。
「そうですよね、みんなは本物に遭遇しちゃったわけだし。ボクも信じちゃいますね」
「というわけでね、お願いしたいのはヨーコちゃんの力でちょっとで良いからハルくんをこらしめて欲しいの」
「じゃああれですか『リアル狼少年』をやれということなんですね、ボクに」
「まぁそういうことなのよ。他の園児たちのこともあるし、ハルくんにはそんな遊び早くやめてもらいたいから」
まさに狼女ならではの頼まれごとである。こんな風に邪まな気持ちが全く無く自分のことを頼りにしてくれるのなら、陽子も協力は惜しまない。
「嘘つき少年をこらしめて更正させるのはやぶさかではないですが、ハルくんともお互い顔見知りになっちゃったからなぁ『よーこちゃんなんかこわくないやいっ』なんて言われちゃうのがオチなのかな……って、あ」
その時自分の隣で所在無さ気に立っている赤い人物が目に入った。
「ミユキ女史、ちょっと手を貸してもらって良いかな?」
「は? アタシが? アタシなんか何の役に立つっていうんだ?」
隣にいたので陽子がこれから何をやろうとしているのかはある程度察しが付くが、自分はトーマスホガラという名の蒸気侍を討つためだけに生きてきたようなものである。他に手を貸せと頼まれても、そんな女に使い道があるとは鬼越自身も思えないのだが。
「だいじょうぶだいじょうぶ、すっごい役に立つから。ハルくん今日いますよね? だったらさっそく今から園に行きましょう。善は急げってね」
そう言って保育士の抱えている荷物を三人で手分けして持つと、そのまま保育園へと向かった。




