灼熱の犬飼さんその3 03 ~なに二人揃って!? うちの神社壊滅させに来たの!?~
「なかなか立派な場所だな」
二人が辿り着いた神社は、こじんまりとはしているがそれなりに広壮な場所だった。
本殿や宝物庫などこまめな清掃が行き届いているらしく、風化以外の大きな汚れは見当たらない。
「この国にあるこういう場所(神社とかお寺)とかは基本的には全部立派な場所だよ」
周りに住む住民が全員絶えたなど余程のことがない限り管理する者の一人でもいれば、この国にある神社仏閣は基本的にはどこでも綺麗に整えられている。
「ふむ……?」
そんな小さいながらも小奇麗に整えられた神社の境内の奥にある木の下では、一人の巫女が落ち葉の掃除をしていた。木漏れ日になっていて良く分からないのだが、どこかで見たことがあるような顔の女が掃き掃除をしているなと鬼越が思っていると
「……うぉっとっ!? ちょうずば発見!」
陽子がそう言いながら飛び退るようにして鬼越の後ろに隠れた。
「どうした?」
鬼越が不審に思い陽子の視線の先を見ると、境内の右手に手を洗い清める水場を見つけた。
「い、いや、あの水とか浴びたら、火傷とかしそうじゃない、ボク?」
鬼越の背中から目だけを出して手水場の流れ落ちる水を見ながら言う。
「お前が火傷するのならアタシだって火傷するだろう?」
盾にするなといった風に鬼越が言う。
「いや、ああいう聖水系って東洋よりかは西洋のなんやらかんやらに効き目あるじゃない? ボクはどっちかっていうと西洋系だから――」
「なに二人揃って!? うちの神社壊滅させに来たの!?」
境内を震わす突然の大音声。陽子のびくびくとした声が途切れる。
先ほど木の下で掃き掃除をしていた巫女が竹箒片手に、二人の下にすっ飛んできた。
「……お前だったのか」
血相を変えてやって来たその貌を見て、彼女が高校での教室内で自分の席の斜め前の席の女子生徒――鬼越の前の席は鈴木氏の席であるからその隣、つまり陽子と良く話しをしている前席の子であるのにようやく気付いた。「大工と鬼六」の本が鬼越の到着以前に陽子の部屋に舞い込む理由を作った彼女である。
「あれ? 家が神社だって聞いてたけどここだったんだ?」
陽子が鬼越の後ろから言う。彼女自身は前席の女の子が神社の家の者であるとは以前から知っていた様子。
「そうだよ、うちの高校から一番近い神社だって言ったでしょ? それにしてもなによ狼女と鬼女が二人して、本当にここ潰しに来たの? 祟るわよ?」
前席の女の子――巫女の彼女が竹箒を両手で持って身構えるようにする。
「なんだ、我らでは参拝ですら立ち入りが認められんのか?」
「手水場見てびくびくしてるようなヤツが、こんなとこに普通に参拝になんかこないでしょ?」
鬼越の反論は即効で一蹴された。
「……バレてた?」
鬼越の後ろから陽子が申し訳なさげに言う。
「わからいでか」
巫女の彼女は、陽子が手水場を発見して鬼越の後ろにぴょんっと隠れた時に、二人の存在に気付いていた様子。
「なんだか巫女に言われると、そんなつもりで来たのではないのに申し訳なくなってくるな」
「後ろに同じ」
「で、二人は何しに来たの?」
巫女の彼女が構えた箒を下ろしながら言う。二人の雰囲気がさっぱり争いごとをするような気配が無いので、彼女も普通の対応に切り替えた。
「探し物をしに来たんだよ」
鬼越の後ろにいた陽子が隣に並びながらそう言って、鬼越の腕を肘でちょいちょいと押す。自分の方が巫女の彼女とは仲がいいので、話のきっかけを作ってやった形である。事によれば自分を討つ話に発展するかもしれないというのに、優しいというかお人よしというか。
「トーマスホガラという人物の手がかりを求めて探索している」
「とーますほがら?」
一番最初に陽子が問われたように、その聞きなれない音階に巫女の彼女も首を捻る。
「それはうちの神社に関係ある人なのかな?」
「わからん。それも含めても探索をしている」
「それは難儀な……えっと、漢字ではどう書くのかな?」
しかし彼女はこのような森厳灼かな場所にいるからか、陽子とは違う返し方をした。
「漢字?」
「どういう漢字が当てられているかで、色々と推測できるから。それがここには無くても関係ありそうな他の神社を紹介もできるよ」
「……里の方では口伝でしか伝わっていない。トーマスホガラはトーマスホガラだ」
巫女である同級生がこのような場所の出身者ならではの意見を言ってくれたが、鬼越はそれ以上のことを説明できなかった。少し申し訳ない。
「まぁ大昔から伝わってる話って口伝えが多いからね、昔の人は字とか書けなかった人が殆どだし」
「三人の銃士の方はどうなのかな?」
ここでまたもや陽子が助け舟を出した。促された鬼越が蒸気侍と連れの三人の銃士のことを掻い摘んで説明する。
「銃か……それだったら、ここからちょっと離れてるけど、銃が奉納されてる神社があるよ。狂い咲きの桜の木があるからそれが目印になると思う。まぁ年中咲いてるわけじゃないみたいだけど案内板とかあるだろうし」
その話を聞いて巫女の彼女が、自分の知っている話を教えてくれた。
「奉納されたのも昔の話だから火縄銃の類だとは言われてるんだけど、どうもそれっぽい構造をしてなくて、銃の形に良く似た何か他のモノとも言われてるみたいだけど、鬼越さんの話の繋がりからすると調べてみる価値はあると思うよ」
「それは確かに有益な情報だ。すまない、礼を言う」
巫女の彼女の説明に鬼越が軽く頭を下げる。
「鬼に頭を下げてもらえるなんてなかなか無い経験だね」
礼節を重んじる鬼越の態度に巫女の彼女は笑顔で返した。
「教室内でヨーコと話をしている時も少し気になったのだが」
その陽子が「ちょっとトイレ貸して」といって本殿の背後に立つ住居施設の方に消えて、鬼越と巫女の彼女だけになった時、鬼越が彼女に話しかけた。鬼越はその見た目の雰囲気や性格の印象からすると本来は積極的に他人に話しかけるタイプではないのだろうが、蒸気侍の探索という命をおびているために自然と口が動く、必然的に矯正されたものになっているのだろう。
ちなみに神社施設は別に公衆トイレが設置されている訳でもなく私用のトイレを貸すことも普段はないのだが、陽子に関しては特別な計らいに違いない。同級生という関係を別にしても普通の人間とは少し違う陽子(鬼の鬼越よりは動物的要素が多い)には、排泄以外にも色々と面倒なことは多いはず。
「はい?」
そんな巫女の彼女は再開した落ち葉の掃除をしながら鬼越の話に耳を傾けた。
「お前は我らを見ても特に、奇異な扱いをすることはないのだな」
陽子が「三日もすれば慣れる」言っていたように、奇異な者を見るような目線は一日経っただけでずいぶんと軽減されたのだが、それでも鬼越魅幸という鬼女の存在の中まで歩み寄って来ようとする人間はいなかった。
ありふれた情報の中の一つとしては認めるが、自分の生活する領域に浸透させたいとは思わない。それが普通の人間の、鬼越のような存在に対する限界だと鬼越自身も気付いた。こちらから攻め入ることが無ければ向こうも何もしないが、向こうからも何もしてこない。
しかし彼女に関してはそれが無い。教室内でも陽子と彼女が話している時に、その流れで鬼越も彼女から何度も話しかけられていた。
「私は一応普通の人間やってるけどさ、不思議生き物に片足突っ込んでるようなもんだからね」
巫女の彼女は掃除の手を止めると、鬼越が少し疑問に思っていたことに対して答えた。
「何百年……いや、もう千年くらい経ってるのかもしれないけど、そんな長く続く神仏を祭る家系の直系の子孫の一人として私はこの家に生まれた。特にこの国は正当な血筋とかいうのを重要視するから、その意味の強さってわかるでしょ?」
「ああ、わかるな」
鬼越の家系である鬼というものも長い時間をかけて「強いものの代名詞」や「悪の象徴」のようなものとして言い伝えられてきたのだ。その言霊に込められた強さというものは身に染みて分っている。
「たとえば私も役目だからさ、禊とかするんだけど」
境内の奥の方を見ながら巫女の彼女が言う。その視線の先には古めかしい井戸が一つあった。
「そうして身を清めたあとに汲んだ水ってさ、普通の人間にとってはどうってことない水だけど、あんたたちにとっては結構やばいモノだったりするでしょ?」
長い時を経て受け継がれてきた血筋の者が、正当な儀式に則って水を汲む。それは冷静に考えればただのポーズでしかないのだが、しかし多くの人間がそのポーズの中に、他には変えがたい清さを認めるのは確か。
「そういうのってプラシーボ効果――偽薬効果って化学的検証はされてるけども、妖怪や幽霊の類のほとんどは偽薬効果みたいなものだし」
「稀に本物(アタシ達のような者)も現れるが?」
「それも含めての偽薬の効果よ。悪いことをしていると神隠しにあうわよって子供たちに注意していた時代、本当に鬼や狼男に食べられていなくなっちゃった人もいるはずだし」
「否定はできないな」
鬼越も巫女の彼女の揶揄を素直に受け止める。生物として生まれてきたからには、まずは食べなければならないのだ。そして大昔の鬼たちがしていたことも、今の時代を生きる鬼である鬼越ももちろん伝え聞いている。
「ほとんどが偽物ではあるけれど、その中にほんの少しの本物が混ざることによってその効果は増大し確固たるものになる。私が汲んだ水も、実はあなたたちにとってもただの水でしかないのかもしれないけれど、でもこの水を浴びたら火傷してしまう――そう思わせてしまう力にまで発展させることができる、時間さえかければ」
「そうだな、状況が状況なら突然死してしまうかもしれないな」
普通の人間でさえも、思いこみや刷り込みによって自らの心臓を止めてしまえるだけの力を持っている。亜人種である鬼も基本的には同じだろうし、なまじ普通の人間よりも強い力を持っている所為で、その効果も高い場合もある。現に手水場の水を嫌がる狼女(陽子)と言う存在がそれを示していて、既にあの場所が魔除けの力を持っているのを証明した。陽子自身は自分のことをどこまで「魔」だと思っているのかは不明だが、その体に流れる血が反応してしまっているのは確かだ。猫にペットボトル以上に確実な魔除けである。
「どうよ、ただの人間なのに不思議生き物扱いされてるこの立場?」
掃除の手を止めて軽く胸を張りながら巫女の彼女が言う。ただの人間であっても世代を超えた時間をかければ、亜人種に迫る存在になれてしまうという証明。自分自身が奇異な者であるからこそ、相手が奇異な者であっても特別扱いする必要も無いという事実。
「面倒くさい生き物だな人間というものは」
しかし元から不思議な生き物である鬼は、そこまでして――最初にその事象を作り出した人間は既に死んでいるというのに、想いを未来に伝えようとする生き方をそう称した。
「あなただって半分は人間でしょ?」
「そうだな、鬼も半分は面倒くさい生き方を強いられた生き物だな」
そして巫女の反論に、鬼である自分も里を壊滅させた蒸気侍を世代を超えてまで追っている事実に気付く。
亜人類であるならば、生まれながらにして持たされた膂力によってある程度は自由に生きられるが、それでもその力の所為で自由が束縛される局面も多いのは確かだ。「半分だけ面倒くさい」とは良く言った言葉。
「――、」
鬼越がそう言ってから急に何かに気付いたような仕草をすると、なんの前触れも無くくるりと振り向いた。振り向いた視線の先には本殿後ろの住居施設の脇に生える椛の木がある。
「そこの狼女、なにを隠れている」
鬼越がそういうと木の幹の後ろから顔だけ出して二人の様子を伺っていた陽子が現れた。
「小用が済んだのなら直ぐに戻って来い」
「やはー、バレちゃったか。もう少し見ておきたかったんだけど」
てへへといった感じで頭をかきながら陽子がやってくる。
「いやー、鬼と巫女さんのツーショットなんてめったに見れるもんじゃないから、ついつい覗き見してしまっていたよ」
まるで絵画に収まっているような光景を見てきたかのように(実際に絵画のような光景なのだが)目をキラキラさせながら陽子が言う。
「それって普通の人が言うんだったら『あーなるほどなー』って思うけど、狼女が言うんだったらギャグにしかならないよね」
巫女の彼女が呆れたように言う。確かに生まれながらにして不思議生き物の類に入っている陽子であれば、自分がどこかにいるだけで同じような光景になってしまうのである。陽子だからこそ通用するギャグだ。
「うわははは、確かにね」
陽子はそう言われて犬歯を見せながら豪快に笑った。




