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灼熱の犬飼さん ~おおかみむすめの高校生活~(龍焔の機械神)  作者: いちにちごう
灼熱の犬飼さん1 ~おおかみむすめの高校生活+鬼ムスメ~(東京湾物語1・龍焔の機械神)
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灼熱の犬飼さんその3 02 ~「そっちもそっちで大変だね」「お互いにな」~

「あぢーっ」


 陽子がお約束の口癖を言いながら校門を出る。


「そんなに暑いか?」


 隣を歩く鬼越は制服の上からパーカーを着て、フードを被った格好になっている。陽子とヒトミを助けた時に着ていたものだ。


「ボクたちを助けてくれた時もその猫耳の部分が印象的だったけど、実は本当に中身が詰まってたんだね」


 その格好を見て陽子は口に手を当てて「ぷふっ」と思わず笑ってしまっていた。


「お前のように肉と毛皮で出来ているわけではないがな」


 少し照れくさそうに、むすっと返す鬼越。


 彼女の場合、中の角がその猫耳部分に思いっきりフィットしてある意味自然だが、こういう容姿の女の子が猫耳フード付きパーカーを着ている時点で不自然かもしれない。その不自然な可愛さが陽子には可笑しかった。しかしあんまりがっちがちに変装してしまうよりかは、この辺のラフさ加減で抑えておいた方がかえって普通に見えるので、その辺りの事情も鬼越は分っているようである。


 だが一足先に自主的衣替えをする程に熱対策に悩まされている陽子にしてみれば「そういう格好って夏とかどうなるんだろう」と見ているだけで暑くなってくるのは仕方ない。今の「あぢーっ」は鬼越の格好を見て暑さがプラスされての「あぢーっ」なのだろう(蛇足であるが鬼越は普通に長袖の制服である)


「お前は良いのかそんな丸出しで」


 一応は自分の目立つ部分を軽く隠す姿形になっている鬼越が校内と全く変わらない格好の陽子に訊く。


「丸出しって……まぁボクの場合、何か上に羽織るにしてもしばらくして『暑くてやってられるかーっ』てなるのはいつものことなので、始めから丸出しなのですよ」


「暑い」という事実には何ものも敵わないのが、神狼から血をもらってしまった犬飼家の悲しいさがである。


「本当にヤバイ時は上からポンチョっぽいのは被ることもあるけど、その被ってる姿の方がヤバイからなぁ」

「確かに」


 良くないことをして掴まってしまった人間の姿を想像してしまう。


「最近は町中で平気でコスチュームプレイをしている人たちもいるから、まぁボクなんかは気ぐるみとか思われてるんじゃないかな」


 ある程度はこのままでも大丈夫だよといった風に陽子が言う。


「気ぐるみにしては『ないすばでー』過ぎるな」

「お褒めにあずかり光栄です」


 鬼越の棒読みな褒誉に陽子の棒読みな返事。


 だが着ぐるみの中には女性の体を模した、着ると等身大フィギュアのようになるようなものも最近はあるので、陽子も「着ぐるみです!」と押し通せる時代にはなっているのは確かだ(着ぐるみも陽子も暑いのは苦手なのは同じであるし)


 そういう意味も含めて陽子のような普通ではない人々にも過ごしやすい世の中にはなっているのだろう、幸か不幸か。


「まぁ相手があんまりしつこくて面倒くさい状況になっちゃったら、あとは逃げれば良いだけだしね」


 しかしそう言う時代とは言っても執拗に付きまとわれたことは数知れずあるのだろう。狭い路地など歩く時、さりげなく脱出経路を確認している自分に気付くとき「なんだかなぁ~」と毎回悲しく思う陽子である。異端審問官ほどではないが興味本位のみで動く普通の人間も厄介な相手だ。


「ヤマカシとかあるじゃない? あんなの普通に出来るし」


 ヤマカシとはアクロバット技術の実践者達により構成される集団名でもあるが、周囲の環境を利用してどんな地形でも自由に動いて乗り越えていく技のことを称してヤマカシと称する場合も多い。


 かなり高度な体術の一つだが、陽子にとっては生まれ持った血のおかげで配水管や窓枠があれば家の壁など簡単に登れてしまう。と言うわけで袋小路に追い詰めたとしても彼女の場合は、上が塞がっていなければ壁を乗り越えて逃げてしまえる。


「それならアタシも知ってるな。素手で住居などを登攀する術だろ? そんなものはアタシも普通に出来る」

「だよねー」


 ここで陽子は「だよねー」と言ったが、この「だよねー」が通じるのは隣の鬼越女史しかいない。鬼越も鬼越でこの容姿であるから「撤退」と言うことに関しては、里の外で生活する知識として最優先に学んだものなのだろう。


「というか適当に学校出てきちゃったけど、向かう場所は決めてるの?」

「まずは一番近い神社だな」

「神社……?」


 その目的地を聞いてヨーコが少し戸惑いの声になる。


「なんだ、仏閣などは苦手か?」

「……まぁ、ボクの家系って、どっちかっていうと東洋より西洋な血筋だからさ、神社っていうとなんか苦手というか不得意というか」


 この国の古代の歴史には狼人を始めとする獣人などの亜人間の話は殆ど存在しない。狼人とは似て非なる変身型獣人にしても、変化しても巨大な蛇そのものになったり巨大な烏そのものになるなど、人間と動物を合成した生き物の逸話は全くと言って良いほど無い。昔話を描いた絵本には、人間のように二本の足で立って体型も人間を模して動物が描かれた挿絵が掲載されている場合もあるが、それは後年になって外の国からの入ってきた描写を取り入れたものである。


 そのような家系であるので、この国に永年根付く森厳的空間は苦手なのだろう。ファンタジーな生き物を地でやってる者としては先輩には頭が上がらないとかそんなものなのだろうか?


「でもだからって教会の方は良いのかって言うとそういう訳でもなく、あっちはあっちでなんか結界とか張ってそうだもんなぁ」


 付け加えるならば銀製の燭台なども置いてある教会も多いので、近づかない方が無難である。


「神社や教会に入ったらいきなり身動きが取れなくなるとかいきなり灰になるとかは無いけどね」

「難儀なものだな」

「まぁね。そういう意味じゃ鬼ってはっきりした弱点ってあんまり聞かないね?」

「そうだな、これを食らったらいきなり死ぬといった明確な弱点は少ない」


 そう言いつつも、何かに撃たれでもしたかのように胸を軽く擦りながら鬼越が言う。


「しかし我らは生まれながらにして忌み嫌われる存在だ」


 人間にとっての明確な敵としての象徴。それが鬼と呼ばれる生き物だ。それは実際に弾で撃たれるよりも痛く辛いかもしれない。


「そっちもそっちで大変だね」

「お互いにな」


 これが普通の人間が揶揄するように言ったならば大変なことになるだろうが、お互い同じような存在なので、あまりできない身の上話をお互い喋りあいお互い聞きあっている状態だ。


「で、話は戻るけど、なんでしょっぱなが神社なわけさ?」


「そのような霊験灼かな場所は、古代からの逸話を伝える場所でもある。だから古事を調べるには他の場所よりも幾分か見つかる可能性は高い」

「えーと、見つからなかったら次はどこに?」


 なにかその神社ですら既に見つかる可能性は低く見積もられている様子だったので陽子は思わず訊いた。


「一つ一つこの町を虱潰しに探していくつもりだ」

「……はい?」


 その答えに思わずキョトンとなる。少し口が開いてしまって犬歯が覗く。


「ひとつひとつの家……というか建物を周るってこと?」

「いかにも。この町の全ての」


 ここは、首都東京程ではないにしても、それなりの数の人口を抱える県にある町の一つである。しかも陽子の実家のある山奥の方ではなく、沿岸沿いの発展地域だ。戸数にしても視認の確認では数え切れないほどの家が立ち並ぶ。


「そしてこの町が終われば隣町に進行する」


 当然といった表情で鬼越が更に付け加える。


「じゃあ最終的には……」

「この国の全てだな、足を踏み込むのは」


 陽子もある程度は予想したが、その予想通りの答えを鬼越は示した。


「アタシはこの町この国でトーマスホガラを探せと命じられた。それを実行するだけだ」

「あの、トーマスホガラさんって、そもそもまだ生きてるの?」


 実行するにしても目標となる人物が既に他界していた場合はどうするんだと陽子も思う。


「長命な種族であったといわれている、我々と同じように」

「……まぁ、鬼の里を壊滅させることができるくらいなんだから、長生きくらいは普通に付いてるオプション装備なのか」


 長命な血を受け入れた血族は、未来に伝えていく何かを守るため――その為に自らを守るために、腕力や耐久力自体も強い。いくら寿命が長くても外敵に殺傷されて死んでしまっては目的が達せられない。その意味では陽子が言った意見は逆なのであるが。


「死んでいるなら死んでいるでその証を見つけて持ち帰るだけだ。そのための探索でもある」

「……それってもうとんでもないくらいの時間がかかるって最初から決まってるようなもんなんじゃ?」

「それでアタシの一生が終わったとしても、それで構わん。そのために生を受けたのだ、それで命数を全うするなら本望だ」

「……」


 生まれながらにして使命を受け、それを愚直なまでに確実に実行しようとする彼女。


 本来なら誰からも忌み嫌われ、生まれながらにして悪役を演じるのを強制された血が流れる彼女は、その生き方すら最初から受け入れる。悪なら悪らしく、一族が受けた恨みを晴らすために一生を費やす。


 そんななんのためらいも無く、清々しさまで感じさせるその横顔に、陽子は何も言えなくなってしまった。


(ボクは……そんな生き方、できるんだろうか)


 普通ではない場所で普通ではない者として生まれ、普通ではない任務を授かって行動する者。


 しかし鬼の里の中で生きるだけであったならば、鬼越は普通の女の子として生きていけるはずだ。だが彼女は自分に与えられた役目を果たすために外の世界に出てきた。


 それはいざとなったら変えれる場所があるからこその勇気なのだろうか。しかし鬼越は里に帰るつもりはさらさら無いように見える。


 自分と鬼越の差はほんの少しのものであろうと陽子も思う。周りにいた同属が多かったか少なかったか。その意味では自分は鬼越と同じ行き方もできる筈だが、それをこなす自信がまったく湧いてこない。その僅差が二人の間に大きな隔たりを作ってしまったように。


 同属の数が少ないので普通の人間の中に混じって生きていかなければ普通になれない陽子。


 多くの同属が周りにいた普通の世界から、外の世界へ出て異端となった鬼越。鬼越は里から出て間がない筈で、陽子のような幼少時の醜い経験は無いだろう。そして未経験だからこそ、大胆に行動できる強みもある。


(……普通って、なんだろう?)


 わたしからボクになった瞬間から、普通であることをずっとためらいなく生きてきた陽子の中に、小さな疑問が生まれてきた。


「……」

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