表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダストボックス

作者: きょうこ

※この作品は電撃大賞に落選したため、掲載したものです。

 青井ハル様


このたび大西コーポレーションが開催致しますパーティにご招待いたします。


日時:8月11~15日(早朝)。(期間は短くなる可能性有)

集合:大西コーポレーションビルディング1階 午後18時。


持ち物は1つに制限させていただきます。ただし、衣食住に不便はないようこちらで万全の手配は致します。


貴方様のご参加を楽しみにしております。

§参加者リスト§


青井ハル 様

緑カイ 様

藤堂サク 様

五反田ネネ 様

泉藤ハク 様

鹿倉ユリ 様

聖夜ユキ 様

夏海リリ 様

神田橋モモ 様

篠原シノ 様

三崎ケイ 様

櫻井メロ 様


                                    以上、12名。

 夏休み、うだるような暑さと、溶けるような退屈。

 授業があったころは「夏休み」という単語だけで、脳内を快楽物質が駆け巡るほどにアレだったのに。

 いざ2か月間の夏休みが与えられてみると、毎日がキラキラでも、ドキドキでも、青春青春しいわけでも、ない。いや、わかってはいたんだ、頭では。

 でも世の中が僕らに、夏に夢見させすぎると思わないか。あんな歌だったり、あんなアニメだったり。

 でも実際、僕の毎日の過ごし方と言えば、旧友とくだらないメールのやり取りをしたり、ネットサーフィンで芸能人の悪口を見たり、途中で「僕何やってるんだ?」と思いながらゲームをしたり、あとは頭が痛くなるほどに眠り続けたり。

 そろそろ学校でも始まらないか、なんて思えてきたから、これは末期症状だって感じている。

 つまりどこにも理想郷はなくって、人生なんてこうやって、の繰り返しなんじゃないかなと思う。


 そんな夏休みに浸る高校生である僕。僕のところに一枚の非日常が舞い込んできた。

 ポストを開けて、入っていたのは一枚の封筒。真っ白で、はっきりと僕の名前に宛てられている。

 今時ダイレクトメール以外に手紙なんぞ、届くことはめったになくて。僕は自分に宛てられた真っ白な封筒に眉をしかめた。

封筒の中に入っていたのは、大西コーポレーションとかいう知らない団体からのパーティとやらへの招待状。


怪しい。

そのひとことに尽きる手紙だった。

 ふつう、こんな怪しげな手紙はが送られて来たらどうするか。破り捨てて、塩をまいてでもおくのが正解、間違いない。

けれど、僕がそうできない理由は、手紙の他にもう一枚、同封されていた参加者リストに在った。

僕は封筒を親に見つからないように、2階の部屋に駆け上がって穴が開くほどに読み、確認する。

僕は参加者リストのなかに「その名前」を見つけた。見知らぬ名前が並ぶ中、その名前はちかちか点滅するようだった。そして、もう「思い出」と名前を変えて靄がかかりそうな記憶がぶわっと吹き出してくる。

僕を呼んでいるのか。

故に、この不可解な手紙を、この怪しすぎる誘いを、無下にゴミ箱に捨ててしまうわけにはいかなくなったのだった。

【1日目】


8月11日、17時50分。場所は聖地、秋葉原。

僕は雑多な秋葉原の電気街を、大西コーポレーションビルディングに向かう。

どこだどこだ。雑多な建物と人の間をあっちへこっちへ、急ぎ足で。

親には友達の家に数日、泊まるのだと言って家を飛び出してきた。

わんわんわんと、耳鳴りのするような音量で、萌えソングを流すキャンペーンカーが通りすぎていく。

ふと足を止めてしまえば、「喫茶で待ってまぁす」と甲高い声のメイドさんに捕まってしまう。

なんというか。

これからパーティに向かおうと言うのだ。この町の雰囲気も、それから僕自身も、「パーティ」とやらとは、地球の直径分くらいはかけ離れているんじゃないか。

一高校生にすぎない僕にパーティの経験などあるはずもなく。迷った末、制服の学ランで来てしまった。制服万能、学生最高、なんて。

 

 ここだろうか。大通りから脇に逸れて、再び脇に逸れて、活気から離れた路地にある建物。入り口には大西コーポレーションビルディングと書いてあるようだけれど、色が剥げてしまって定かでなはい。

もしかして小西コーポレーションビルディングかもしれないぞ、などと僕は入るのに躊躇する。

すると、

「あの」

と声をかけられた。

 振り返る。

声の主は少女だった。僕と同じくらいの年の。同じく制服を纏った。肩のあたりで髪が切りそろえられていて、鋭利な目つき。彼女もまた、この町の雑多さから浮いているように感じられた。

この雰囲気は、この雰囲気は……猫と言うよりキツネだ。

「もしかして大西コーポレーションビルディングを探してる?」

とキツネ少女。

「は、はい」

と正直に答えれば、

「それならここじゃないかしら?」

そう言って少女は躊躇なくその建物の中へと足を進める。

 最近のオナゴは勇気がありますのう。

「勇気ありますね」

 思わず心の声が漏れる。

「勇気?」

「だって、怪しげなビルに入っていくのって緊張しませんか」

「じゃあずっとそこに立っていたら?」

最近のオナゴは冷たいですのう。

仕方なく、おいて行かれんと彼女に続く。汚い床のタイルの剥がれた廊下を進む。僕が歩く度、足元のタイルはみしみしと割れそうな音を立てて軋むのだ。パーティって場所じゃあないだろう。

「貴女もパーティに参加するんですか?」

と聞いてみると、

「じゃなきゃこんなところには来ないわよ」

と返される。そりゃあ、そうだ。意味のない会話。

 彼女は迷いなく廊下を進む。短い学生服のスカートがゆらゆらと揺れる。

僕は彼女のどこか慄然とした後ろ姿に、「どうして参加するのか」と問うてみたい衝動に駆られる。彼女は退屈だから、暇だったから、なんて理由でここにきているわけではないだろう、確実に。

断固たる理由を孕んで。

ゆらぎ無い使命を潜めて。

それに興味が湧いた。

 しかし、自分が同じ質問を問われたら?

 僕は口を紡ぎ、彼女の後を追う。

 沈黙。ただただ歩く。

「パーティって何をするんですかねぇ。食事とか?4日間も掛けて?」

 沈黙に耐え兼ねそんなことを口にする。

すると、彼女はふふっと上品に、しかし鼻で笑って、

「よく何するかも見当つかない状態でのこのことやってきたわねぇ」

という。馬鹿にされたぞ、完全に。

しかし、そんな怒りより、驚きが先行する。

「貴女は何するか知っているんですか?」

 そんな口ぶりじゃないか。しかし予想に反して、

「知らないわよ」

 と言うのが彼女の答えだった。

建物に彼女の声がツンと響く。

「でも見当はついてるわ。イイコトは起こらないわ、確実に」

 イイコトはおこらない、ねぇ。

そんなことは、僕の中にあるソレが一番よく知っていることであった。

廊下を抜けると、扉の半開きになった部屋があった。部屋には明かりがついていて、扉から冷たい明かりが廊下に漏れている。僕は再び躊躇したが、一方のキツネ少女が迷いなく中に入る。おいてかれんと慎重派の僕も後に続く。

 中に入ると、そこはなかなかに広い部屋だった。

そこは少し広い部屋で、机も椅子も何もなかったけれど、ほんのり冷房が効いているのか快適だった。

僕らを加えて10人ほどの男女が集まっていた。参加者リストの名は僕の名を含めて12名だったから、そのくらいで間違いないのだろう。

床に座り込んだり、立って壁に寄り掛かったり、お行儀よく直立していたり。

てんでバラバラに存在していたけれど、どこかどの人も緊張して、互いの雰囲気を探り合っているようなところがある。

僕だって例外ではなかった。けれど、キツネ少女と一言二言かわしたことで、味方がいるような変な安心感をひとかけ持ってしまっていた。キツネ少女はと言うと、部屋をざっと見私、顔色を変えることなくその場に立っていた。立ったまま目を瞑って、休んでいるのか、なにか考えているのか。

 部屋を観察してみると、集まっていたのは全員僕と同じくらいの年齢の者たちばかりだと言う事がわかった。


 暫く――おそらく15分くらいして、先程の扉から、ドレスを着た女性が入ってきた。

パーティにドレス。まったく大正解なのだけれど、制服の者が多数を占めるこの空間では場違い極まりなかった。

そして僕は直感的に、この人は参加者ではない、そして、これから何かが始まるのだと解った。

僕だけでなく、部屋にぴりっとした緊張が走る。

みな各々の動きを止めて、彼女に意識と視線を集中させる。

 部屋の重そうな扉が閉まると、ドレスの女性は落ち着いたけれども、機械的な声で話を始めた。


「このたびは我が団体主催のパーティにお集まりいただき、ありがとうございます。

 パーティは4日間の日程で、ここの部屋の地下の施設で行われます」

 そうしてパーティの説明が始まった。

 女性が部屋の後ろを手で指し示す。

 全員の視線が自然と後ろへと向く。

全然気が付かなかった。飾りっ気のない白い壁に、扉のようなものがある。

「そちらの扉が地下の施設、パーティ会場へと通じております」

 ドレスの女性は続けた。

「会場には、広間がございます。広間では食事のほか、皆様がご歓談していただける空間であると思います。広間の他に、施設には、浴室、厨房、そして、個室が複数用意してございます」

 僕は頭の中に見取り図を思い描きながら、この面々でご歓談何ぞするだろうか、と思った。

 ドレスの彼女の説明は続く。

「部屋はおひとり様一部屋用意させていただいております。つまり、参加して頂くのは12名様ですから、12の個室がございます。部屋は自由に割り振って使用して頂いて構いません。

招待状でも申しましたが、食事は3食出ますし、着替え、日用品等もこちらで用意してございます」

そこまで話すと女性は参加者全員を見渡す。それは聞いているのかの確認の眼差しというより、射抜くような視線だと感じた。

「くわしい説明は下の施設内で行います。

それと、大切なことを一つ」

おっ、声が低くなった。思わず、姿勢を正してしまう。

「施設に入る前に、持ち込み可能なものをこちらで審査させていただきます。それは差し上げたお手紙に記載した通りでございます」

 持ち込み可能なもの。それは特異なルールであるように聞こえた。

 僕は、敢えて持ちこめるなら、とある物を持ってきたけれど、ここにいる皆は、たとえばあのキツネ少女は何を持ちこむのだろうか。

それは皆がここに来た理由とも関係あるはずだった。

「それでは扉を開けて、中へお入りください」

女性がそう告げる。

そういわれても。みな互いの行動を探り合って部屋の空気は硬直した。

ドアの前にドレスの女性がやって来た。彼女が扉の入り口に立ち、誰かが扉から降りていく前に、その「持ち込みの許される一つの物」を審査するのだろう。

 誰が最初にいくか。

そんななか、さっそうと歩み出てた女子が一人。眼鏡を掛けていて、見た目も学級委員風。学級委員さんは扉の前で何かをドレスの女性に見せる。それが何であるのかは他人からは見えないような恰好で。

それを終えると彼女は扉を開け、つかつかと階段を下りていく。

それを皮切りに、残りの面々も地下へと降りていく。

誰が何を持ちこんだのかはまったくわからなかった。そして、それは僕のソレにも言えること。

僕もキツネ少女の背中を追って、長く地下へと続く階段を下りた。


階段の先にはいかにも重そうな扉があった。

「この先なの?」

誰かの不安げな声が廊下に響く。

先頭の女子が扉を引いた。

扉が開かれ、すると、再び同じような扉が現れた。

その扉も開かれ、再び……なんてマトリョシカみたいなことはなく、シャンデリアで照らされた広間が姿を現した。これが、例の女性の言っていた「ご歓談」可能な広間というやつか。

 僕たちが全員、広間に入ると、二つの扉はぎしりぎしりと嫌な音を立て、ぴっちりと隙間なく閉まってしまった。

「まるでクローズドサークルだな」

 と、隣にいたくせっ毛の男が呟く。

クローズドサークル……ミステリ用語にはあまり詳しくないけれど、人形が一体ずつ減ったり、「そしてだれもいなくなった」りする奴だろう!

不吉なことをいうもんだ。そう思ったのは僕だけではなかったらしい。近くにいたギャルがくせっ毛男の股間にケリを入れ、広間にはくぐもった悲鳴が響いた。

『みなさま』

すると、どこからか、広間に声が流れる。

部屋を見渡すと、天井の隅に点対称に2つスピーカーがある。そこから声が流れてきているのだ。

声の主は先ほどのドレスの女性じゃなかろうか。機械的で、非エモく、説明が施される。

『みなさま、パーティ会場へようこそおいでくださいました。

 みなさまが今いらっしゃるのが広間でございます。

 さっそく、パーティの説明を致しましょう』

 待っていました。

『このパーティでは皆様に、ただ4日間、過ごしていただきます。

私どもが要求いたしますパーティの内容は、ただそれだけれございます』

期待外れな説明。

4日間ただ過ごす?

何のために?

 当然の疑問。部屋がざわついた。

『5日間施設内で何をしていただいても構いません。

 逆に言えば、何があるのかわからないということでもありますが』

 声はあくまで変わらぬ調子で続ける。

『ただし、皆様にお伝えしなければいけない、重要なルールが一つ、ございます』

 僕は息をのむ。

重要なルール。

『最後の日の早朝5時がパーティ終了の最終時刻です。

その時刻に、どなたか生きて残っていた場合はゲームオーバとなり、こちらで全員処分させていただきます』

こんごこそ本格的に部屋はざわめき、僕は思わず口を開けた。開いた口がふさがらない。

ちょっと違うけど。


処分。

それがどういう意味か。

生き残っていた、と言う言葉に、「生き残らない」ことが嫌でも意識される。

ここはそういう場なのか。

 部屋はざわつき、「そんな」とか「理不尽だ」とかいう抗議や悲鳴めいた声で溢れる。

 しかし例の声は続ける。

スピーカーの先にはこちらの様子はモニターされていないのか、それとも、届いてはいるけれど特に宥めるに値しない抗議なのか。

 淡々と、丁寧に。

『それでは追加のルールを説明させていただきます。全部で3つ、ございます。


一、持ち物は審査させていただいた1つに限定させていただきます。それを含めて、施設内の持ち物はどれをどのように使っていただいても構いません


一、参加者の1人以上が施設から脱出してしまった場合はパーティを打ち切り、参加者を解放致します。


一、パーティ内で怒ったあらゆる違法行為の責任は当団体が負います。ご安心ください。


ルールは以上になります。

それではどうぞ、パーティをお楽しみください』


ぷつり、と音がして、無情にも声は途切れた。

皆、何を思っているのか。先ほどまでざわついていた部屋は、今や妙な静寂に包まれていた。



「お兄ちゃん……」

 彼女は泥まみれの顔で僕を見上げた。目の前には泥の溜まったドブ。何が起こったのか、幼い僕にも容易に推測できた。

「誰にやられたんだ」

 彼女が口から溢す名前を、僕ははっきりと脳裏に刻んだ。

復讐と言う言葉と共に。


 

「どうすればいいんだよ」

 僕は呟く。

 気の強そうな女子が一人、ぴっちりと閉じてしまった二重扉に近づいて取っ手を引いたり押したり、終いには身体で当ったりしてみていた。

結果は僕にも、ココにいる皆にも、それから彼女自身にもわかっていることだった。

扉はガクとも音を立てず、非情に立ちふさがったままだった。

「開くはずないだろ。馬鹿か」

それを見た男――前髪の長い男が、けたけたと鼻で笑う。

 気の強そうな女子は奴を睨みつけた。

閉じ込められた。

全員がそれを確認した。

そして嗚呼、雰囲気最悪。

僕はそれも確認した。

「どうすればいいんだよ」

 今度は僕ではないダレカが呟く。

すると、学級委員風の少女が

「こうしていても仕方ないわ」

とはきはき快活に言う。

「とりあえず、4日間過ごす仲間ですもの、自己紹介でもしましょうよ」

と言い出した。

 僕の隣にいたキツネ少女が

「4日間過ごす『仲間』ねぇ」

と皮肉溢れん呟きをしていて、僕もどこかそれに同意だった。

けれど、ここは彼女の、自己紹介という案に従うのが最も建設的であるように思われた。

名前を知らないのでは不便すぎるし、この妙な緊張した空気をほどくにはそれが一番だろう。

部屋の中央には丸いて大きなテーブルと、それを囲むように均等な感覚で開かれた12の椅子があった。

どれも白く、冷たい感じがする。

僕らはだれからともなく、広間の中央の丸テーブルの席に着いた。


こういう時の発言の順序でその人となりやその後の雰囲気がわかる気がする。

それは高校生活でも嫌と言うほど教えられてきたことだ。

そして、少なくとも僕は一番に発言しだすタイプではない。

僕はきょろきょろと周りを見て、気配を噛み殺して伺うタイプだ。

そしてグループの中心にはならない。

運転席には座らないで目的地まで付けないかと目論む。

周りはというと。

同じように周りを伺う男子。

我関せずと髪の毛をいじる女子。


 そんな中で、まず立ち上がったのは背の高い、目の大きな男だった。

一言で表すと、リア充男子。体育会系の部活に入っていてそこでもリーダー角なんじゃなかろうかと勝手ながら推測する。

おそらく彼は学校でもグループのリーダーで、今後、彼が中心に物事が進んでいくことが多いのだろうな、きっと。

「俺の名前は、緑カイ。カイってよんでくれ。こんな形で顔を合わせることになってなんというか、複雑だが、よろしく」

 彼の声はよく響き、どこか場に安心感を与えるところがあった。

 危険がせまったら彼に付いておけば間違いない、的な。

 特に拍手なんかはおこらなかったけれど。


つぎに立ち上がったのはカイの右手に座る眼鏡の女子だった。

先ほどから行動を先導し、悪く言えば仕切り屋に見える、学級委員、生徒会委員が似合う女子だ。

一言で表すと、学級委員殿。

「私は五反田ネネといいます。宜しくお願いします」

と、良く通る声で言った。


そしてその右は色の白いひょろりとした男だった。

彼は僕たちの中では少し年上に見えた(ほとんどが高校生であるようだったから)。

大学生くらいだろうか、服装も制服ではない。

一言で表すと、もやし。高級もやし。

「泉藤ハクと申します。どうでしょう、折角ですし、名前で呼び合うと言うのは」

 なんて提案をする。

「死ぬまでの間な」

そう声を上げ答えたのは長い前髪が目にかかった男だ。

「静かに」

ネネが学級委員の如くそれを嗜める。

「ハクさん、いい提案だと思いますわ。みなさん、これからは名前で呼びあいましょう」

 とネネ殿。

有無を言わせぬ指示である。

前髪の長い男はそれを鼻で笑った。

そして僕はそれをぼんやり見る。

完全にモブキャラ的立ち位置だ。


もやし……こと、ハクの隣に座っていたのは、目の大きい女子だった。

先ほど、二重扉が開かないかと身体を張っていたのが彼女だ。一言で表すと、ア○カ・ラングレー似。

気が強そうで、とっつきにくそうだから。

「鹿倉ユリ」

 それだけ言って、口をきっと結び、ばたんと席にすわる。

「それだけですの?」

というネネ殿の質問にも、がんとして答えない。

彼女も前髪男と同じく、扱いにくそうだ、と思った。

きっと学校は女子グループに馴染めなくて友達の少ない部類だろう、なんてモブなりの推測をした。


その隣には小柄な男子…いやボーイッシュな女子かもしれない人が。性別の判別に困る人がすわっている。

柔和な笑顔を浮かべている。

一言で表すと、王子様。

「聖夜ユキです。よろしくお願いします」

とあいさつし、ぺこりと丁寧にお辞儀をして座る。

 声も中性的で判別に困る。

「女かな」

 となりのキツネ少女に小声で問うと。

「男でしょ」

と切り捨てられた。


その隣は、腰まで異常に長い黒髪を垂らした女子だった。

どこか高慢で、人を見下して、この状況を高みの見物しているような雰囲気がする。

いや、全部モブの推測なんですけどね。

一言で表すと、性格悪そう(偏見)なお嬢様。

椅子に座ったまま、

「篠原シノ、です。これから何がおこるのか楽しみだわ」

と言う。

楽しみ?

 いやあ、お嬢様の考えることはわからない。


その隣にはくるくるとカールした髪の男が座っている。

クローズドサークルだ、とか抜かし、その後股間に一撃を食らっていた男だ。

一言で表すと、気の毒なオタク。

「藤堂サクです。よろしくお願いします」

彼は心なしか緊張しているように見えた。

いや、この状況だもの、このくらい緊張している彼が正常と言うか、正解と言うか。

 お腹すいたなぁなどと考えている僕は、きっと50点減点。

足を組んで髪をいじっているシノは、きっとその倍減点だろう。


その隣には茶髪の、香水の匂いのプンプンする少女が座っていた。

先程気の毒なオタク、こと、サクの股間を回し蹴りしていた猛者だ。

一言で表すと、怒らせちゃいけないギャル。

「えっとぉ、神田橋モモって言いますぅ。どうぞよろしくですぅ」

 語尾を延ばす独特の喋り方で、いまどきの女子高生、を凝縮したようだ、と感じた。

ネネ殿の気に喰わなかったらしく

「その喋り方やめて下さらない?」

「えぇ、それはこっちのセリフよぉ」

「どういう意味ですの」

「あんた何様ぁ?」

とちょっとした争いが起こっていた。


そしてそのとなりに先ほどの前髪男。

一言で表すと、高校2年反抗期。

「三崎ケイ。あと4日で死ぬまでよろしくぅ」

けらけらと、人の神経を逆なでする笑みを浮かべている。

おまえはこれ以上キャラを主張してこなくてもいいんだぞ、と心の中で毒づいた。


ケイの次に名乗ったのは背の低い、髪をお嬢様結び(というのだろうか?)にした女子だった。

一言でいうと、庇護欲メーカ―。

サクに毒されてミステリの役割で言ってみれば、血を見て即答してしまうタイプだろう、なんて思った。

「夏海リリといいます。宜しくお願いします」

消え入りそうなほど小さな声でネネ殿に

「大きな声で」

と注意されていて、なんだか可笑しかった。

「夏海リリ…」

「聞こえませんわ」

「夏海リリです!」

なんて微笑ましいやりとりをしている。


そして僕の番、

「青井ハルです。どうぞよろしく」

と、無難に追える。

一言で表すと、モブ。

誰かの心の声が聞こえる気がする。

だれの印象にも残らなかったんじゃないか、と切実な不安が湧いてきた。

「お楽しみはこれからさ」

とでも付け加えればキャラが立っただろうか。

……絶対言わないよ。


そして最後に名乗ったのは例の目つきの鋭いキツネ女子だった。

「櫻井メロ。よろしくお願いします」

彼女もこれと言って何かアクションを起こしたわけではない。

けれど、僕ほどにはモブ感がしないのは何故だろう、少し不思議で少し切なかった。


こうして僕ら12人の自己紹介が終わった。

「全員来たのね」

となりでメロが小声で言う。

きっとリストの12名の事を言っているのだろう、僕は覚えていないけれど。

全員の名前と顔がわかった。

だからと言って

「○○ちゃんっていうんだぁ。趣味はなんなのぉ?」

なんて会話が交わされることはなかったのだけれど。


奴らは彼女の名前なんぞ忘れてしまったのだろうか。

僕の名前を聞いてもとくにひるんだ様子はなかった。

それともあの時のように、僕にはやりかえすことなどできないと思ってでもいるのだろうか。


「なあ、俺から提案なんだけどさ」

一通り自己紹介が終わって、カイが立ち上がり声を挙げた。

「みんなは4日間どうすごすつもりなんだ?」

 どう過ごすつもりって……。

「俺はだな、このまま4日後にこの得体の知れない団体に殺されるのは絶対に避けたいと思っている」

 それには完全に同意である。

「じゃあどうするのよ」

とシノが言う。

 その疑問にも完全に同意である。

「そこでだ。

あの女、一人でも施設の外に出れば参加者を解放するって言ってたろ? 

なにもなければそんなこと言わないと思うんだ」

カイの声が良く響く。

みな自然とカイの声を聞いてしまう安心感とリーダーの資質がある。

「それって、秘密の出口みたいのがあるって意味ぃ?」

モモが手を挙げ聞く。

カイが大きくうなずく。

「そうだ。きっとそういうの――秘密の出口みたいなのがあるはずだ。

それか、あの二重扉を開ける方法かもしれない」

「そうね。じゃあ、きっとこの4日間はそれを探すっていうゲームなのね」

と、リリがキラキラとした声で言う。

さっきまで一番絶望的な顔をしていたから、カイの言葉に希望を貰ったというところか。

「そんなのあるか?俺は無いと思うね」

 と水を差したのはケイである。

「さっき馬鹿女が扉にアレコレしてんの見てたろ?あの扉は開かないのさ」

「なんでそういうこというのよ」

とリリ。

「なんでってこれが本当で現実的な考えだからさ。ありもしない出口の話なんてする人よりよっぽど親切だと思うけどね」

「なっ」

リリが立ち上がり、目をカッとみひらいたところで、カイが静止に入る。

「二人とも落ち着いてくれ」

カイは続ける。

「確かに正攻法じゃ扉は開かなかった。けど、開ける方法はボタンかもしれないし、もっと体当たり的な方法かもしれない。

そのボタンはこの施設の奥の方に在るのかもしれない。

俺たちはまだ広間から一歩も出てないだろう。

たしかに俺は無責任な発言をしているのかもしれないが、まったく可能性が無い話じゃないと思うんだ」

「確かに、何にも無かったらそんなルール入れるのは不自然だわね」

とユリが呟く。

確かに。わざわざそんなルールを入れてくるのは不自然だと僕、ことモブでさえ思う。

「それを探そうっていうの?」

と、シノが鼻で笑うように言う。

「ただ、殺されるのを4日間待つよりはましだろう」

「だた、殺されるのを待つ、ねぇ」

「シノだったか? 何が言いたい」

カイが少し苛立ったように見えた。

「こんな怪しげなところに来た理由をそれぞれ持ちこんでるんでしょう、って言いたいのよ。ただ出口を探すだけの4日間にはならないはずだわ」

 シノが勝ち誇ったように言う。

カイは思うところがあったのか、黙ってしまった。

部屋には沈黙を刻む置時計の秒針音だけが響いた。


僕たちはさっそく、することを失った。

誰が決めたわけでもなかったが、各々の部屋を決めることにした。

施設のチュートリアルによれば、一人一部屋、個室が割り当てられるっていうから。

「これ、見取り図じゃないかしら」

 ネネがテーブルの上の紙を指差す。

 大広間にあるテーブルの上に見取り図の厚紙がおいてあった。

 それは僕のイメージしていた全体図とけっこうに違っていた。

見取り図によると、大広間を体にして、左右に撥ねの這えたような恰好をしているのがこの施設の姿であった。

個室は6部屋ずつ、東翼と西翼にわかれて在るのだ。

それに加えて、厨房に浴室。

大広間から北側の扉の奥には厨房へ続く廊下があるらしい。

逆に南側の扉の奥には浴室に続く廊下がある、といった構成のようだ。

 僕はなんとなく東翼に行った。

なんとなくというか、正直にいうとメロに付いて、というか。

端っこの部屋をとりたい気持ちだったけれど、東翼の北端の部屋にメロが既に扉に手をかけていたので、僕はその隣に決めた。

ナンバープレートもネームプレートも、そしてカギすらもない、無機質な白色のドアだった。

「とにかく白いんだな」

そう呟くと、

「病院みたいだわね」

とメロが答える。

「これじゃあくつろげそうにないな」

「白じゃなくてもくつろげないでしょう」

 いや、僕みたいな人間は、これが畳の部屋なんかだったりしたら、呑気に昼寝でも始められるもんなのだ、自覚している。

ドアを開けてみる。

部屋の中も無機質で飾り気が無かった。

壁、床に天井は病院のような白。

あるのは白いベッドに、白いサイドテーブルだけ。

「これじゃ隠しようがないな」

というのが僕の一番の感想だった。

先程、カイは建物の何処かに出口か、それに近い何かがあるのではないかと言っていた。

それを聞いて、僕はあるのならば個室の何処かじゃないかと勝手に推し量っていたのだけれど。

これじゃ、人の隠れる場所もないし、物を隠すのも難しいシンプルさ。

ケイの意見が少し、現実味を帯びたようで、僕は白い壁に向かって舌打ちした。


 見取り図。

 

3食の食事の時間には、スピーカーから音が流れた。

学校のチャイムのような音だった。

 音が鳴ったので広間に行くと、ネネが厨房から全員分の食事を運び出しているところだった。

「すごい、これ、ネネが作ったの?」

「違くてよ」

 ネネが笑う。

「厨房を見ていらっしゃい」

そう言われて厨房へと足を運ぶ。

厨房、といっても調理器具はなく、これが厨房?と首を傾げてしまう。

包丁や鍋、コンロなどの代わりに、ジャグジーと、ベルトコンベアのようなものと、大きな箱があった。

 ベルトコンベアのようなものに載せられて、すでに調理された人数分の食事が運ばれてくるのだ。

「ここが秘密の出入り口だったりしてっ」

と頭を入れてみたが、せいぜい首まで入るくらいだった。

そしてその醜態であり雄姿を後ろに立っていたシノに笑われた。

「シノはこのパーティに何しにきたの?」

僕は乱れた髪を直しながらシノに問う。

「じゃあ、貴女は何しにきたの?」

 聞かれて、曖昧に肩をすくめてみせる。

「誤魔化し方が信じられない程に、下手」

 自覚はあるさ。

「参加者リストに懐かしい名前を見つけてさ、思わず」

と正直に答える。

「じゃあ、知り合いがいるのね。挨拶はした?」

「まだ」

 まだ、というか……。

「シノはどうして?」

「私もそんなところよ」

とシノは答えるが、本当だかどうだか。

これ以上聞かれるのも嫌だし、シノに訊いても曖昧にかわされるだけだと見て、話を変えてみる。

「これはなんだろう」

ベルトコンベアの他にもう一つ、厨房にでんと構える大きな箱に近づく。

蓋を開けてみる。

と、中ではぐるぐると大きな包丁ほどもある歯が二枚、まわっていた。

「シュレッターみたい」

「というより、ダストボックスでしょう。食べた食事の残りなんかはここに捨てるみたいよ」

と言って、シノが壁に貼ってある掲示を指差す。

掲示には、

「ダストボックス

 施設内で出たごみはすべここに入れてください。

 ゴミは粉砕し、毎日24時に施設外に排出します。」

とあった。


その日の夕食はそこそこ味わって食べた。

食器も白、スプーンまで白くて、

「こんなんじゃ食欲でないわ」

とメロはあまり食がすすまない様子だった。

他の面々はと言うと。

リリはスズメの涙――いや虫の涙程しか口を付けておらず、

「そんなんじゃ、4日ももたないわよ」

とシノとネネが母親か教師の如く、甲斐甲斐しく食べさせようとしている。

モモは僕に似て能天気なのか、となりのユリに話しかけているがユリは一向に無視を決め込んでいて、早口に食べ終えると早々に部屋に戻ってしまった。

話し相手(相手になってなかったけれど)を失ったモモは席を移動しておどおどとしているサクに、またも熱心にお喋りを持ちかけている。

カイとハクとユキは何やら小声で話しこんでいる。

どうやって出口なるものを探すかなど、作戦会議でもしているのではなかろうか、と推測。

ケイは一人でふらっとやって来て、半分くらい食べて、またフラッと部屋に帰ってしまった。


味は正直うちの母親のより全然上。

ちょっとしたホテルの料理みたいだ。

なんて。

やはり、僕は能天気なのかしらん。

「それ、残すんなら貰ってもいい?」

 となりで食べているメロが野菜を残していたので、聞く。

メロはなんとも言えない表情をしたが、どうぞ、と譲ってくれた。

「なに?なにか言いたげな顔だけど」

「いや、こんな状況で良く、そうモリモリと食べれるなって。それとも何?秘密の出口でも見つかった?」

「いや。どうしてだろう」

 どうしてだろう。

たしかに4日後には死ぬ可能性の方が高い、僕は絶望的な状況にいる。

けど、

「この野菜炒め、僕が人生で出会った野菜炒めで最もおいしいから」

「さみしい人生を送ってきたのね」

失礼な。

「結局、実感が無いんだろうね」

と最初の質問に答え、僕史上最高のニンジンを頬張った。


 

夕食の後、僕はさっそく眠くなった。

寝る前に、と、僕はメロにいわれた通り、やっぱり実感がないのか、ゆったり風呂につかった。

これじゃ完全に小旅行だ。

一度けたたましい音がなり、何事かと思った。

が、廊下で人と遭遇したハクが持ち込んでいた防犯ブザーを鳴らしてしまったらしい。

ハクって男、ひょうひょうとしてるとみせて、緊張しているのか。

そして、ハクの持ち込み物が「防犯ブザー」であったことがわかった。

なんだか彼らしくて――いや、彼の事は全然知らないけれど――可笑しかった。

やはり、緊張していないのは僕だけなのだろうか。

ちょっとした温泉湯上り気分を満喫して大広間に戻ると、部屋中央のテーブルを囲んで何やら人だかりができている。

しかし歓談という雰囲気では、決してない。

「どうかしたの?」

とりあえず、近くにいたハクに訊いてみる。

「殺害予告があったそうなんですよ」

テーブルに置かれたのは一枚の紙。

 殺害予告。

テーブルに置かれた紙には、えらく整った文字で

「必ず殺す」

と書かれている。

なるほど、確かに、殺害を予告している。

「どこにあったの?」

「ユリさんの部屋だそうです」

 当のユリはというと。

怖がっているというよりは怒っているという様子だ。

カイから、事情を聴かれている。

様子から察するに、物理的にはだれにでも予告の手紙を彼女の部屋に置くことができたようだ。

つまり、犯人の特定は難しい、と。

「怖いでしょ?今日は私の部屋で寝るぅ?」

モモが彼女の肩に手を置いて尋ねる。

しかし、ユリはぱたんとその手を払いのけ、

「何が殺害予告よ、ヤラれるくらいならヤッテやるわ。

それにモモ、だったっけ?

あんたも含めてだれも信用できないわ」

と、語気を強めていう。

強気に振舞っているけれど、だいぶ顔色がわるいのは、僕にも見て取れた。

 しかし僕、殺害予告を見ても、とくに「実感」とやらは湧いてこず。

メロはもう風呂に入ったのだろうか、とか思いながら、鍵のかからない自室に戻った。 

【2日目】

 当時の僕には、体当たりしか復讐の方法は思いつかなかった。親父が買ってくれたプラスチックのよわっちぃバッドを片手に、奴らの溜まり場に乗り込む。

 一対多で殴り込みに行って、結果は明らかだった。

 5分としないうちに、僕は地を舐め、口の中には血の酸っぱさが広がっていた。

 だけれど、彼女の味わった苦痛に比べれば。痛みはふつふつと憎しみの燃料になり、僕に刻まれた。

 それは数年の時を経ても。

失態。

いや、そうでもない?

ぐっすりと寝てしまった。

途中、3時ごろだろうか、隣の、おそらくメロの部屋からどしんと何かを倒すような音が聞こえてきた。

けれど、それでも能天気に再び眠りについた。

どうやら脳内お花畑であったらしい僕は、ぽんぽんと肩を叩かれる感覚と、柔らかな女の子の香りでやっとお目覚めになった。

枕元には少女が立っていた。


おばけ!


短い悲鳴をあげて飛び起きて、冷静に、彼女は隣の部屋のメロであると認識した。

生きた人間だ。

そうだ、部屋には鍵がかかっていないのだから、誰だっていつだってウェルカム状態なのだった。

「無防備ね。殺そうと思ったら殺せたわよ」

 恥ずかしながら、言い返す言葉が見つからない。

「そっちこそ、攻撃的すぎるだろ」

まだ重たい瞼をこする。

「まだ眠いな。おはよう。昨日はよく眠れた?」

「あんたよりは眠れてないわ」

「ぴりぴりしてるなぁ。朝ごはんの時間は終わっちゃった?」

「呑気ねぇ。外では人死にみたいよ」

というメロのセリフで、食欲と眠気は吹き飛んだ。

 誰が?

何で?

東翼、一番南端の部屋。

部屋の真ん中にできた血だまりの中にうつぶせ倒れているのはユリ。

そのとなりではリリが青ざめ、血の気の引いた顔で座り込んでいる。

ユリはナイフで刺されたようだったけれど、背中に凶器は残っていなかった。

これが何を意味するか。

犯人は凶器をまだ持っている、ということだ。

部屋には全員が集まって来ていて、僕とメロが到着したのが一番最後であったようだった。

「お前がヤッたのか?」

ケイがリリに言う。

リリは、目ん玉がこぼれそうなくらいに見開いて首を横に振る。

「まさかっ!

 ユリさんが心配で、見に来たら、こんな……」

そういうと、ショックが大きかったのか、嗚咽のような声を漏らしながら床に伏せてしまった。

「リリが最初に見つけたの?」

とメロに訊くと

「らしいわよ」

とのこと。

泣き崩れるリリの近くにいって背を撫でてやるのはカイだけだ。

皆、遺体を遠巻きに眺めるなかでハクが遺体に近づき、検視官さながらに何かしている。

そして、

「亡くなってから2、3時間経ってますね」

と言う。

「どうしてそんなことわかる?」

とカイ。

 同意。

「僕、これでも医者の卵なんですよ」

なるほど、医大生ってところか。

となると、今は7時。

殺されたのは早朝4時、5時ころってこと。

そのころの僕はと言えば、ぐうすか寝ていたな、と思うと、恐ろしくって思わず身震いした。

「みんなのアリバイを調べる必要があるな」

すこし上ずったような声でサクが言う。

「いや、別に犯人さがししなきゃいけないなんてルールは無いでしょう?」

どこか冷徹で淡々とした声でハクが言った。

その通り。僕らは何をするわけでもなく、ちりぢりに今は亡きユリの部屋を去ることしかできなかった。



普通を装え、普通を。

僕とメロは大広間に戻った。

すると、

「おかしいな」

とかなんとか、カイがふつふつと呟いている。

「カイ、何かあったの?」

僕が尋ねる。

「ああ、ハル。それが……、ユリがどうやって殺されたのかわからないんだ」

 妙だという顔でカイが言う。

「どうやってって……ナイフで刺されてたように見えたけど」

と僕。

「そういう意味じゃない」

カイは少し声のトーンを落とす。


「昨日の24時から今朝の6時まで、東翼の廊下は誰も通らなかったはずなんだ」


どういうこと?

尋ねれば、カイは更に声を低める。

「ユリ、殺害予告の手紙を貰ってたろ?

 だから俺がユリの部屋を訪ねたんだ、なんだかんだで心配でな。

結局、気にするなって突っぱねられたけどさ。

それが24時。

そのときユリの部屋にはユリしかいなかった」

ベッドとサイドテーブルだけの個室だ。

人が隠れる場所がないのは僕も良く知っている。

「そのあと俺は大広間に戻ってきた。

モモが厨房にいたんだけれど、お互い不安で寝れそうにないなってことになった。

それで、俺とモモとで、東翼の廊下に出るところで今朝の6時まで話してたんだ。

でも誰一人廊下に出る人はいなかったんだよ」

 確かに、おかしい。

「そのあとはどうしたの?」

「で、6時になって、二人とも眠たくなって大広間で寝たんだ」

ふぅむ、なるほど。

「リリがユリを発見したのが7時ごろ。

医者の卵の話に依れば殺されたのは4時から5時だっていうもんね」

確かに、おかしい。

東翼の廊下を通らずしてユリの部屋に入ることも出ることも不可能なはずだ。

部屋には窓は無いし、換気口のようなものすらない。

僕は腕をくみ、首も捻ったが、なにか案がでてくるわけでもなかった。

するとサクがやってくる。

「サク、きのう大丈夫だったか?」

とカイ。

サクは少しバツが悪そうな顔になる。

何があったのかと尋ねれば、

「サクが厨房にあったワインを1本飲んで。

酒慣れしてないもんだから、デロデロになって部屋に帰って行ったんだ」

という。

僕が能天気なだけで、皆それぞれに不安な夜を過ごしたのかと、なにかこちらまでバツの悪い気持ちになってくる。

「ところで、昨日すごい音が聞こえなかったか?」

とサク。

「音?」

「どしんって」

「ああ、3時ごろ?」

「それだ。

それはユリさんの件と何か関係あるのかな」

「いや」

どうだろう、と言ったところでメロがやってきて、

「ないわ。

時間的に、それって私がサイドテーブルに足を引っ掛けて倒した時間だもの」

 という。

そりゃあ、となりの部屋の僕に良く聞こえたはずだ。

「一体夜なにをしてたんだ」

「人が来たかと思って驚いて起きた拍子にひっくりかえしちゃったのよ」

「はは」

「なにがおかしいのよ」

 おお、凄い目。

 睨み殺されそうだ。

「メロにもかわいいところあるんだなと思っただけで」

「あんたと違って能天気にぐうすか寝てないのよ」

能天気で悪うございました。



僕は部屋まで戻ろうとして、同じく部屋に戻ろうとするメロに声をかける。

「ちょっと部屋入ってもいい?」

「……随分ストレートに誘うものだこと」

「別に一緒に寝るわけじゃないよ」

メロは暫く迷っていたようだが、

「……どうぞ」

そういって部屋に招き入れてくれる。

「死体を見たら怖くなった?」

「実感がわいたってやつ」

「あんたにもかわいいとこあるのね」

「ありがとう」

照れる。

「褒めてないわよ」

 褒めてないのか。照れ損だ。

「で、怖くなったの?」

「怖いと言うより、どうにかしないといけないなって思った」

「どうにかしないとって? 心強いわねぇ、どうするのよ?」

「考えたんだ。

昨日まではこの4日間どうやって過ごすかなんて考えてなかったんだけどさ。

僕は自衛しながら秘密の出口的なものを探そうって思う。

だから協力してくれないか?

もちろん交換条件、僕もメロが危険だったら守るよ」

 メロが肩をすくめる。

「ひとりより二人の方が心強いと思うんだ」

ともうひと押し。

「そうねぇ」

メロはあまり乗り気でない顔をしたけれど、

「じゃあ、あなたの事は守る、それからできる限り秘密の出口探しに協力する。

でもそれ以上の行動は制限されたくないわ。

わたし、そういうの嫌いなの」

と言ってくれた。

「それから一緒に寝るのもごめんよ」

「床で寝ようか」

「自分の部屋で寝て頂戴」

つれないんだなぁ。

それでもとりあえず。

協定成立。


招待状が届いて、僕は彼女の部屋からネックレスを鞄に秘めた。

彼女がお守りにしていたネックレス。

そして「あの日」も見に付け、彼女とともに泥を飲まされたネックレス。


2日目、昼、時間的には。

大広間に一つ、置き時計はあるけれど、施設内の電気は常に一定だった。

夜だからって暗くなるわけではないし、朝だからって点灯されるわけではないのだ。

一様に薄暗い明かりが、白い壁に、天井に、床に光反射して、施設全体が常に冷たく照らされていた。

これでは昼だからと言って、気持ちが切り替わるわけではない。

僕はとりあえず、公共の場に抜け道が無いか探ってみることにする。

部屋を出ると、東翼の廊下には誰もいなかった。

一人で動くのは危険だ。

僕はメロの部屋に行こうとして、廊下の反対側で誰かが動くのを見た気がした。

反射的に顔をそちらに向けると、きらりと、なにか金属的なものに光があたった――まるで刃物のような。

時が止まった気がした。

僕は慌てて自分の部屋に入り、鍵の閉まらないドアを抑える。

奴がこちらに歩いて来る足音がする。ふと、足音が止まった。

僕の部屋だとばれただろうか?

それともメロの部屋だと勘違いされていたら?

メロを守るどころか、これじゃメロが危ない!

…………

止まっていた足音が動き出し、遠ざかっていくようだった。

僕は意を決して、音を立てずに戸を開ける。

そして飛ぶようにメロの部屋に向かった。

「ぼくだ、ハルだよ、あけて――」

扉は結構簡単に開けてもらえた。

「ひどい怯えようね。漏らすんじゃないわよ」

「本当に漏らしそうだったんだよ」

「それにしても、この扉って危険ね」

扉を閉めながらメロが言う。

「僕だ、っていわれても、ハルだ、って名前を言われても、信用に足る証拠にはならないわ。除き窓でもついていれば別だけれど」

確かに。

「じゃあ、合言葉でも決めようか」

「貴方の持ち物を見せて頂戴」

メロのセリフに、ぽかんと静止してしまう。

「だから、持ち物よ。

ここに入るときに一つだけ持ちこんだでしょう?」

 ああ。僕はポケットからお守りのネックレスを取り出す。

「ネックレス?」

凄い顔で見返される。

「お守りなんだ」

「お守り、ねぇ。

もっと武器とか持ち込みなさいよ」

「だってあの時点じゃ、殺しになるなんてわからなかったろ?」

「なんとなく物騒なことになるなって察しはついてたわよ。あなたもそうじゃないの?」

メロの視線が胸の底を射抜くとように刺さる。

僕が黙ってしまうと、メロはそれ以上何も言わず、小さなスタンガンを出した。

「私のはコレ。お守りよりは守ってくれるわよ」

と一言。

「こんどからドアの下の隙間からこれを見せ合いましょう。

すこしは信用に足る本人確認になるでしょう」

 確かに。僕は頷く。


「で、酷い乱れようだったけれど、どうしたの?」

「それが」

 僕は廊下で刃物らしきものをもったナイフ野郎(あるいはナイフ淑女?)と遭遇したことを話した。

「ナイフなんてこの施設に無かったよね?

ってことは彼か彼女はナイフを持ちこんだのかな。

ってことはユリを殺した犯人かな?

ナイフを持ちこんだ人なんて2人もいるかな」

「2人以上いてもおかしくはないと思うけれど、昨日のユリ殺しの犯人の可能性はあるわね」

「ナイフを隠すでもなく持ち歩いてるなんて、自衛のための凶器じゃないだろ。

つまり、だれかを傷つけに行く気なんだ」

「でも、だれでもいいんだったら、私たちの部屋に押し入ってもおかしくないわね」

メロが言う。確かにそうだ。

「ってことは、誰か狙いがいるってこと?」

さぁね、とメロは肩をすくめる。

 と、お昼のベルが鳴った。

「とにかくお昼を食べましょう。

そのあと、公共の場で一緒に秘密の出口とやらを探して見てあげるわ」


2日目、昼食の時間を知らせるベルが鳴る。

大広間にいくと、10人弱がお昼を食べにあつまって来ていた。

来ていない者もいた。

けれど、食事は強制ではないので、いないからといって、「○○がいない?!」と騒ぐことではない。

白い壁、白い机、白い食器。

その白さは安心と食欲を奪うように感じられた。

この広間だけではない、自室に戻っても白一色。

その白い扉はカギも閉まらないのだから、目に見えている以上にストレスはたまっていく。

同盟を組もうと言う考えは僕とメロに限った話でもないはずで、すでにいくつかの塊に分かれて食事をとっていた。

「あのオタク野郎とぶりっこ女に声をかけるわよ」

部屋をざっと見渡したメロが言う。

広間の端で、サクとモモが食事をとっている。ぶりっこ女がモモの事で、オタク野郎はサクのことだろうと察しがついた。

妙な組み合わせだ。

「ねぇ、何話してるの?」

二人が振り向く。

「サクくんがねぇ、とっても物知りだからいろいろと聞いてるのよ」

「物知り?

やくに立つ情報もってるの?」

「物知りってほどじゃあ……ちょっとミステリが好きでして」

 なるほどミステリマニアか。

「ミステリの専門家的にこの状況はどう?」

「クローズドサークル、12人、趣味が悪いねぇ」

と、サク。続けて

「全滅、なんてことにならなければいいけど」

 と小さな声で言う。

「ユリを殺めた犯人には察しがついてる?」

「いや、まだわからないな」

「あの子が殺されるほどの動機があったなんてねぇ。そんなふうには見えなかったけど」

 とモモが卵焼きを頬張りつつ言う。

 動機。

そう、動機。

どうしてだれも動機についてなにも言わないのか。

たしかにこの施設は嫌なところだ。

だけれど、僕たちに殺し合いをさせようとしているわけではない。

なのに殺しが起こった。

つまり、動機があるのだ。

「大丈夫?」

 モモに言われ、ハッと我に返る。

「え?」

「今すごい顔してた」

「いや、ココから出たいなって」

「そうだねぇ。できれば生きて、ね」

 とモモがけたけた笑って言う。

こいつは僕より能天気なんじゃなかろうか。


「ふたり、よかったらこのあと協力してくれない?」

「協力ぅ?」

「そう、秘密の出口を探すの、浴室にないかね。

でも、浴室って男女別れてるでしょう?

一人で行動するのは危険だから、男女もう一人ずつ欲しいってことよ」

 メロが説明すると、二人は快く引き受けてくれた。

「精力的ねぇ」

とモモ。

「何が」

「ちゃんと出口探しを頑張っているじゃない」

「それくらいしかすることないでしょ」

 とメロ。

「むしろ呑気に卵焼き食べてる場合じゃあないでしょう。

それとも自殺願望でもあるの」

 とメロが言うと、モモは

「自分で死ぬのは怖いよねぇ」

と、よくわからない返答をして食事に戻る。

「きみは怖くないのか?」

 サクが僕に小声で言う。

「怖い?

殺人犯の事?

4日後の事?」

「そのどれもさ。

僕はミステリが好きで、ここに来る前は、もしかしたらこんな状況では僕は冷静に探偵役なんて務められるのかもしれないなんて思ってたんだけどさ。

全くだね。

自分の身の安全を守るのと平静を保つので精一杯さ」

 そう言ってサクが両手を見せる。

指が小刻みに震えている。

つられて僕も自分の両手を見てみるが、指先までしっかりと暖かい。

「……怖いかどうかは分かんないけれど、とりあえず、何かしないとなって」

「君は強いな」

「メロやモモには勝てないな」

「そりゃあそうだ」

 男二人は顔を見合わせて笑う。

二人が食事を終えるのを待って、メロとモモ、それから僕とサクに分かれて浴室に向かった。

僕は男子用の浴室の扉を開けた。

僕たちが浴室を開けて、すぐに酸のようなにおいが鼻を突いた。


浴槽に浮いていたのは三崎ケイだった。

浴槽にたまった水は赤く血でそまっていた。


彼の遺体もまた、カイの計らいで彼の部屋に安置しようということになったのだが、こまったことにあの皮肉屋の部屋がわかる人が誰一人としていないのだった。

そこでしかたなく、彼はネネの部屋に安置することになった。

またしても。

誰が。

何で。


死んで当然だ、僕の中の過去がそう言った。

メロの部屋に戻り作戦会議、とたらしこんでいると、がちゃり、と扉の開くような音が聞こえた気がした。

振り返ってみるがこの部屋ではない

「今、誰かが入ってくる音がしなかった?」

 僕が問うと、メロが固い表情で頷く。

「隣の部屋からだわ、きっと」

となりの部屋――つまり僕の部屋に誰かが入る音がした。

僕たちは話を止め、息を潜めて気配と物音を伺う。

何者かはほんの1分程僕の部屋に滞在し、そして、部屋を出ていく音がした。

部屋の主である、僕はここにいる。

自分の部屋でない部屋に入る意味とは。

無人の他人の部屋ですることとは。

「だれかが、僕を殺しに来た、とか?」

「どうかしらね。でも妙ね」

とメロが真剣な表情で言う。

僕らは立ち上がり、二人で僕の部屋に戻る。

廊下でその何者かと鉢合わせになるのではと恐れたが、廊下にも、そして室内にもだれもいなかった。

「気の所為だったかな」

 僕は少し気を抜いて言う。

しかし、

「気の所為じゃないわ」

 メロの声が少しこわばった。

「これを見て」

 メロが指差したのはサイドテーブル。 

真っ白かったはずの天板には

「必ず殺す」

とあったのだ。

ユリの時と全く同じように。

「……殺害予告だ」

「……殺害予告ね」

 二人の間に沈黙が流れる。

 僕らはしばらくじっとそのメッセージを見ていた。

「……なにか恨まれるようなことでもしてきたの?」

「……してない」

「……まあ、冷静に考えると、貴方に向けたメッセージかどうかはわからないわよね」


 2度目の夜。

メロが一緒に寝てくれると言ったが、僕は断った。

というのも、メロまで危険な目に遭わせることはできないと思ったからだ。

ただ、メロからスタンガンを借りることにした。

メロは文句ひとつ言わず、それを手渡してくれた。

もちろん。

2度目の夜は、一睡もできなかった。

いざというとき、お守りはすこし心許ないのだ、と身を持って知った






まだ終わっていない。

ここには復讐の相手はもう一人いる。



【3日目】

結局一睡もできなかった。

能天気さを誇る僕としたことが。

目は覚めて、頭は爛々としていた。

夜は永遠に続くかのように思われたが、キンコンカンコンと朝食の時間を知らせるチャイムが聞こえて、ようやく朝が来たのだと知った。

食事と睡眠、何があってもそれだけは怠るな。

を、座右の銘としている僕であるが。

食欲はなく、僕は部屋の扉に寄り掛かったまま、ため息をついた。

身体には変な汗をかいて、内臓は堅くなり、疲れ切っていた。

しばらくすると、とんとんとんとん、と扉を叩かれる音がする。

「……誰?」

 両手で扉を抑え、訊く。声が震えてしまう。

「あたしよ」 

そういって扉の下の隙間から差し出されたのは僕のネックレス。昨日メロのスタンガンと交換したものだ。

なんだメロか。

そう思って手の力を抜く。

しかし、どうしてメロが信用できる?

メロが僕を殺しに――


「なによその声」

「いや、この、『持ち物見せ合って本人確認システム』ってとっても大きい穴があるなって」

「あら気が付いてなかったの?

持ち物さえ盗んでしまえば逆に危険だわ」

 とメロが言う、あっけらかんと。

「でも気休めにはなるでしょう。それに私は盗ませないから安心して頂戴」

「僕は盗まれる危険があるみたいな言い方……」

「なにか言いたげね」

「いや、なんでもない。ちゃんとメロでよかったな、ってだけじゃなくって。

メロがナイフを持ってなくてよかったなって」

「どういう意味よ」

 彼女はむっとしてみせる。

睡眠飢餓で感情の波の乏しくなった僕からすると、彼女は表情がころころと変わるなぁと思った。

「寝てないのね、ひっどい顔しているわ」

「さすがに実感がわいてきたというか」

「感情の振れ幅が大きいと言うか。単純ね。」

「朝食の誘いなら断るよ、見ての通り、食欲が無いんだ」

「食事なら一人で済ませたわよ。

それより、また人死によ。あんたが生きててよかったわ」

今度は誰が。

 何で……。

殺されていたのは、カイだった。

カイは西翼の自室のベッドの上でナイフに刺されて倒れていた。

またしても残されたのは傷とそこから流れ出る血液だけで、問題の凶器は行方不明。

それは見た目以上に深刻な問題であった。

「どうしてカイくんが」

 リリが口を押えてそう漏らす。目には涙を溜めている。

「確かに、一番人から恨みを受けてなさそうな奴だったのにな」

「ハルくんも、みんなもおかしいよ」

 リリの目から大粒の涙が零れ落ち、頬を次々と伝っていく。彼女は声を荒げた。

「カイくんが死んで平気でいるなんて。

それに、このなかに、こ、殺した人がいるんだよ?みんな怖くないの?」

 以前だったらこういうときに彼女の背中をさするのはカイの役割だったろう。

けれど今、やつはもういない。

 僕もモブなりに、と彼女の背中に手の平をあてると、ぱしん、と手で払われてしまった。

 彼女は僕を睨みつけると、涙を拭きながら走って去っていく。

確かに、このなかで悲しんでいるように見えるのはリリだけだった。

僕はもう感覚がマヒして、ショックすら受けているのだろうか、自分でも疑問に思うほどであった。


リリが去って、沈黙が訪れる。

僕は近くにいたモモに話を聞くことにした。

カイは朝食には来ていたらしい。

その後、カイの部屋をサクが訪れた。

いくら呼んでも返答がない事を不審に思い、思い切って扉を開けてみたらこの有様だったという。

「ひどい悲鳴だったわぁ」

と隣に立つモモが言う。

「誰が?」

「見つけたサクがよぉ。

聞こえなかった?」

「さすがに東翼までは聞こえてこなかったよ。

サク、顔色が悪いな、部屋に連れて行ってあげた方がよくないか」

 いまにも倒れそうな顔をしている。

リリと違い悲しんでると言うよりは、遺体を見たショックで、と言う感じだった。

僕はモモと二人で、大丈夫だ、と大丈夫じゃない顔で言うサクを西翼の彼の部屋に運んだ。


ちょっと確かめたいことがあるんだ。

そう言って、ソレを確認した後、僕はメロを連れて部屋に戻った。

「なにか解ったの?」

「とりあえず、殺害予告があったユリを殺した犯人はわかったと思うんだ」

「本当?」

 メロが目を見開く。

疑ってるな、この野郎。

「話を整理させて。

1日目の24時ごろ、心配になったカイがゆりの部屋を訪れたとき、部屋にはユリしかいなかった。

 そのあと、厨房にモモさんがいたから、モモさんとカイは24時から6時まで、つまり夜中中、大広間から東翼の廊下に出るところで見張っていたが、だれも廊下を歩くものはいなかった。ちょうど、そのまえにサクが泥酔して自室に戻って行ったみたいだけどね。

 それで2日目の4、5時ごろ、東翼の部屋でユリさんが亡くなっていた。

ところで、さっきおかしいと思ったことがあるんだ」

僕は言う。

「西翼でカイが亡くなっているのを見つけたサクがひどい悲鳴をあげたらしい。けど、東翼にいた僕には聞こえなかった。

メロは聞こえた?」

「いいえ、まったく」

「でもさ、2日目の早朝のことを思い出してみて。

メロがサイドテーブルをひっくり返して、すごい音がしたろ?

たしかに僕には聞こえた」

「それがなにか関係あるの?」

「あるよ。

サクも、ひどい音がしたって言ってた」

 するとメロの顔色が変わる。

「まって。

サクの部屋って西翼よね? そんなとこまで聞こえるはずがない」

「そう。

悲鳴だって聞こえなかったのに。

 じゃあ、どういうことか。

1日目の夜をサクが僕たちと同じ東翼で過ごしたってことだ」

「そんなことってあり得る?」

「まずサクは泥酔していた。

それから、この建物の見取り図を思い出して見て。

浴室と厨房へ続くドアが閉まってしまえば、東か西か判断する者は北側におかれている置き時計のみだ」

「もしかしてさっき、それを確認していたの?」

「そう。置時計は簡単に動かせたし、今は北側に置いてあったけど、動かしたあとがあった」

僕は続ける。

「置時計が南北逆になっていて、本来西翼のサクが東翼の部屋に帰って行ったとしたら? それを見て、モモとカイが東西を間違えてもおかしくないと思わないか?」

「つまり、2人が一晩中見張っていたのは西翼の廊下だったってことね。

……待って、ってことは犯人は」

「そう、この計画がうまく行くには、サクが東翼の間違えた部屋に戻っても大丈夫じゃないといけない。

つまり犯人はサクの部屋と点対称な位置の部屋の人物……ユキだ」


「犯人は分かったわ。

ユキが貴方を狙っているのね。で、殺されるような心当たりはあるの?」

「いやない。

誓うよ、本当に無いんだ」

「じゃあ、殺す心当たりは?」

「え?」

 僕は聞き返す。

「どうしてこんなところに来たのって聞いてるのよ」

「それは……」

 僕は再び言い淀む。

 それは、皆が避けてきた話題じゃないか。

「私はね、殺される心当たりも殺す心当たりもあるのよ、いや殺さないけれどね。

 どうして12人がここに来たのか。

招待状に金でも出るって書いてあったり、見知った人の名前で招待されてるっていうんなら別よ。でもそうじゃないじゃない」

 彼女は言う。

「だとしたらね、同封されてた参加者リストが動機なのよ。

みな、参加者に、なんらか会わなくちゃいけない動機が有ってここにいるのよ。

最初の日から全員が初対面であるかのようにふるまっているのが不思議だわ。

私は、自分が殺されるんなら、その相手が誰かもうわかっている。」

「メロは」

 僕は問う。

「殺されに来たのか」

「どうかしら。ちょっと違うわね」

 と肩をすくめる。

「殺されるような相手がいるから、殺されるかどうか、試されに来たのよ。

私はもう過去の事として清算したと思っているけれど、あの人がどう思っているのか知りたくって。それって直接口できいてわかるものじゃないって思うから」

 そういって黙ってしまう。

僕も、それ以上聞く権利は無い。


「それで?」

沈黙を破ったのはメロだった。

「それで?って?」

「だから、犯人は分かったわ。

それでどうやって自衛するの?って聞いてるのよ」

「どうすればいい?」

 僕は本当にわからなかった。

「だからメロに相談してるんだ」

「あら、これ相談だったのね。呆れた」

 本当に呆れた、と言う顔でメロが言う。

「仕方ないわね、じゃあ、アレを使いましょうか」

 そう言ってメロが部屋を出たので、僕もそれに続く。

 メロが遭遇したユキにスタンガンをあて、あらゆるところからあつめてきたベルトやら靴ひもやらで身動きが取れないようにして部屋に放り込むのを、僕は口を開けてみていた。


「どうして僕に殺害予告を?」

 僕は施設内にいる限り、もはや脅威ではなくなったユキにそう問うた。

 心から、心当たりが無かったのだ。

というか、この中性的な少年と面識があるように思えなかった。

「僕を覚えてないかっ」

「悪いけど、ぜんぜん」

 少年は目を剥いて吠えるように叫んだ。

「僕がなにか……」

「中学の時、塾で同じクラスだった」

「そうだったっけ?」

「そうだ。おまえとあの女、鹿倉ユリは、廊下で見せしめみたいに苛められてた僕を見てみぬふりをした」

 覚えていない。

僕は覚えていないけれど、申し訳なかったと思っているし、気の毒だと思っている旨を、素直に伝える。

「絶対に、絶対に許さないからな!」

 薄情ながら、僕の中では過去の事で、とるに足らない記憶として刃の回るダストボックスに入れられてしまったのだろうと、思った。


 

時間はあまりなかった。

本日、既に3日目。

僕たちはお昼を食べる間もなく、施設内の捜索をしていた。

するとそこに、ハクがやってくる。

妙に自信ありげな顔で。

「まさか君だったとはね」

「?」

 なんのことだ?

 すると、ハクは後ろ手に持っていたものを掲げて見せた。

それはうっすら血の色のついたナイフだった。

「秘密の出口を捜索すべく、各個室に勝手にお邪魔させてもらっていたら見つけたのさ。

このナイフには血が付いているから凶器だったとみて間違いないね」

「凶器が見つかったのか。どこにあったの?」

「だから、この女の部屋さ」

 そういってハクはメロを指差すのだ。

「そんなはずがない。ユリさんを刺したのはユキのはずだ」

「そうかもしれない。だけど、他の2人、カイとケイはどうだ?」

「それはまた別の人が――」

「血の付いたナイフを部屋に隠し持ってる。こんなはっきりした証拠あるか?」

 どこがはっきりした証拠だ!

ユキのナイフが行方不明だった。さっきの混乱の間にくすねて、メロの部屋に置いたに決まってる。

「誰が――」

 そう思って、白の後ろにいるネネの口元が歪んだのに気が付いた、そうはっきりと。

 メロはあの女にハメられたんだ!

メロは在る人物と因縁があって、それに決着を付けにきたと言っていた。

その人物がいま僕にもわかった。

「殺人犯はそれに相応の罰を受けないといけない」

ハクはネネの表情の変化なんかには気づくふうもなく続ける。

「私はやってないわよ」

「これから君を処刑することにする。

自分がつかったナイフで罰を受けるか、それともリリの持っているハンマーにするか?」

 ハクの後ろにいたリリはいつの間にかハンマーをギュッと握りしめていた。

 気が弱いのか、すっかりハクの言うことを信じてしまっているようだ。

恐ろしいもの――ゾンビでも見ているかのような目で、メロと、そして僕を見ている。

おい待て、このままじゃ、メロが冤罪を被ることになる。

「ハク、冷静になってくれ。

確かにナイフはメロの部屋にあったかもしれないよ。

でもそれがメロの物とは言えないだろう?」

「やはりな。おまえらはグルだったか」

 おいおいおいおい、あろうことか、刃先――いやここではハンマーの先でもあるけれど――は僕にまで向けられる。

「恐怖でおかしくなっているのね」

メロが言う。

「恐怖?おかしく?おかしいのはキミたちだ。

もう3人も死んでいるんだぞ。

あのユキとかいう狂人が告白したのは1人を殺したということだけ。

どういうことかわかるか?

あと二人殺した犯人が、殺人犯が、この中に野放しにされているんだ」

 ハクはまくしたてるように言った。

僕はどうにかこのもやしを落ち着けるべく、冷静に話す。

「僕たちが今すべきことは仲間割れじゃない。

いや、仲間とは言えないかもしれないけどさ。

殺人犯をとっつかまえたところで、出口が見つからなければ全員殺されるんだ」

しかしハクは聞く耳を持たない。

「そうだ。だけどあと1日、どうせ死ぬんだ。

その頭のオカシイ殺人犯が皆殺しを決行するかもしれないぞ。殺人犯なんだ、とち狂ってるに決まってる」

 とち狂っているのはお前だ!

 口を開きかけた僕の方を、後ろからメロが叩く。

これ以上言っても無駄だと。



しかし、黙っているわけにはいかないのだ。お

「待って、お願い待ってくれないか」

 僕が言う。

「メロは犯人じゃない」

「なにを根拠に?」

「それを今から考えるから」

「はは」

思わず、といった感じで笑い声を挙げたのはネネだった。

「5分、5分くれない?」

「5分かわかった、だけど5分経ったら彼女を処刑する」

 僕は目を閉じる。絶対にメロでないことは分かっている。

メロは僕をユキから救ってくれた。

そういう約束だったではないか。

僕はスタンガンは持っていないし、ハクをとっつかまえて監禁できる気はしないけれど、違う方法でメロを守らなくては。

考えろ。

考えろ。

考えろ。



「まず、カイだ。カイはいい人だったけれど、そんなに不用心で無条件に他人を信頼していたとは思えない」

 僕は言った。

「モモ、生前、カイとよく話してたよな。

カイの部屋を訪れるときになにか約束事をしていたなんてことはない?」

「していたわ」

 モモが言う。

「お互いの持ち物を見せ合うの、ドアの隙間からね」

 そうだ、僕とメロが考えたことを他の人もやっていておかしくない。

「モモ、カイの部屋に入れたのはだれだ?」

「私とサクだけよ」

「二人ってことも考え得るけど、そんなの今の話を聞けばすぐにばれるから、モモとサクは違うと見ていいね。

だとすれば二人の持ち物を盗んだ奴がいる」

「そうだ、僕の持っていたものが無くなった!」

 サクが叫んだ。

「無くなったのはいつ?」

「3日目の朝食のあいだ、油断して部屋において行っちゃったんだ。帰ってきたらなくなってて」

「3日目、つまり今日、朝食に来なかったのは」

「シノ、リリ、ハク、それからあんたハルよ」

とメロが答える。


「じゃあ、次にケイの件を考えよう。

凶器はナイフだった。今挙げた4人の持ち物はナイフか?」

 リリさんは今持っているハンマー、ハクは、そうだ、間違えて鳴らした防犯ブザー、そして僕はネックレス。

「犯人はシノだ」


「ところで、シノはどうして二人を殺めたのかしら」

と、メロ。

「最初の日に君が言っていたろ。

ここに来た人は何か動機を持ちこんできるはずだって」

 僕がそう答えると、彼女は訝しげな視線を送ってくる。

「なにか知ってそうな物言いだこと」

「シノとは知り合いじゃないさ。でも緑カイと三崎ケイとは知り合いだった。彼らは僕の妹と同級生で中学に上がった時、僕の妹を苛めていたグループだった。

 僕がこんな変な場所にやってきた理由はそれ」

「ケイはともかく、カイがいじめグループ?」

「僕も驚いたよ、3年ぶりに顔を見たらすっかり善人だ。

やつらのやったことは消えないけれど、彼らにとって、もう過去だったのかもしれない」

「それで? 妹さんの復讐に。二人を殺しにきたの?」

「いや、殺しには来てないさ。

ただ、これ――妹のネックレスを見せて、一発くらい殴ってやろうって思ってただけ。

 彼らは結構評判の悪いグループだったんだ。

妹以外に酷い目を見せられた人がいてもおかしくない。

シノもきっとその一人だったんだろ」

「なるほどね。ところで、そのことは妹さんにとってはちゃんと過去になっているの?」

「どうだろうね。妹は死んださ」

3日目、昼。

結局、シノはユキと同じ目に遭わされた。一応、一件落着、というところか。

腹が減っては戦ができぬ。僕とメロは昼食を食べた。

「なんだか晴れ晴れとした顔をしているわ」

「殺人犯がうろうろしてないってわかってるからね」

 そう答えると、メロは何故か妙な顔で僕を見てくる。

何かおかしなことでも言っただろうか。

「違うでしょ。立派に探偵役をやって気持ちいいんでしょ」

「なんだその嫌味っぽい言い方は。好きでやったわけじゃないし、何より、さっきのはキミを助けてやったんだぞ」

「そうでしたそうでした。

命の恩人ね」

 心が籠っていない。

しばらくして、

「……慢心しないことよ」

 何故か小声でメロが言う。

「どういう意味?」

「そのまんまの意味よ。

食べ終わったら出口を探しましょ」

どこか引っかかったが、のんびりしてもいられない。

僕は昼食の天丼をかきいれた。


「とりあえず、公共の場は一通り見たってところね」

 メロが言う。

「今何時かしら?」

「14時」

 僕は大広間の時計を見ながら答える。

「少し休憩にしよっか」

「そうね。

折角だからちゃんと犯人が拘束されているか確認してこない?」

何がせっかくなのだろう。

そう思ったが、ユキとシノが拘束されていることの確認は誰かがしなくてはいけないとおもっていたし、ユキにもう一度会いたいのも確かだった。

「じゃあ、私はシノを見てくるわ。あなたはユキでいい?」

「別々に行くのか?危険じゃないか」

「さっき言ってたじゃない。

殺人犯はもう拘束されてるって」

 たしかに。僕ららはそれぞれ、

犯人たちの拘束されている部屋に向かう。


 ユキの部屋のドアをノックして開けると、ユキはぐったりと床にもたれかかっていた。

前回話した時の勢いは失われてしまったかのように見えた。

「大丈夫か?」

 べつに彼の口には猿ぐつわがされているわけではない。

だけれど、彼はうめき声のような声をあげるだけだった。

少女のような整った顔立ちはすっかり青ざめ、目は血走っている。

 気の毒だ。

 僕は、自分が気が付かないうちに加害者になっていたということを、彼をみて思い出す。

彼は僕に、殺したいほどの恨みを持ってココに来たのだ。

 少し、せめて体を拘束するベルトを緩めてあげることはできないだろうか。

 僕はそろそろと彼に近づき、ベルトに手をかけ――

「――痛い!」

 近づいた拍子に、思いきり手に噛みつかれた。

 どうにか歯を振り払ったが、手にはくっきりと歯の形が刻まれ、血が滲み出てきた。

「なにするんだよ!僕は少し緩めてやろうと――」

「緩めてやろうと? 僕に二度と近づくな、この偽善者めが」

 今度噛みつかれたら指をかみちぎられそうだ。

僕は手を抑え、やむなく部屋を後にした。


「どうしたのよ、その手」

と合流したメロに尋ねられる。メロは僕の腕を引いて浴室に連れて行き、傷口を洗わせる。

「ちょっと調子に乗ったら痛い目に遭ったんだ」

「だから慢心するなって言ったじゃない」

「そういう意味だったの?」

「違うけど」

 水が傷口に染み、僕は目をぎゅっと瞑る。

「ところでシノはどうだった」

「どうって……まあ、ちゃんと拘束されてたわよ。

ユキに比べればお行儀よくね。

あんたを殺し損ねたユキと違って、彼女は目的を果たしたわけだからすっきりしているんじゃない?」

 たしかにそうかもしれないな、と思った。


「そろそろ公共の場を探すのも限界でしょう。部屋を探していいか、他の面々に訊きに行きましょうか」

 メロと僕はとりあえず、大広間に戻る。

いったい、憎んだり憎まれたりしている彼彼女らがどれほど、自室に僕らが入るのを許してくれるのか、疑問である。

 大広間にはほとんど全員――生き残っているうちで、だけれど――がいた。

「ちょうどよかった」

 とメロが言う。

モモとサクはテーブルに腰かけ何か話している。

「モモとサクが結構に馬が合ってるっていうのは不思議な気がしない?

 僕の印象……というか、初めて見たときの偏見だと、オタクとギャルっていう相容れなそうな二人に見えたけど」

「偏見だらけね。それじゃ、探偵失格よ」

だから僕は探偵じゃないって。

 一方で部屋の隅ではハクとリリが何やら真剣な顔つきで話している。

「ハクとリリは何を話してるんだろう」

「さあね。でもカイが亡くなった今、不安の強いリリにとって頼れるのはハクだけってところなんじゃない?」

 まあ、その通りかもしれないな、と思う。


「ちょっと聞いてもらってもいいかしら」

 とメロが広間にいる4人に声をかけた。

「私とハルで、出口を探しているんだけれど、浴室や厨房、それからお手洗いとか、そういう公共の場は捜索が一通り終わったのよ。

 だからこれからのこりのところ、つまり貴方方の個室を見ていきたいと思うんだけれど、どうかしら?」

「個室なら、僕が一通りみたさ」

 ハクが言う。そうだそうだ、それで、ナイフを見つけて、メロを犯人扱いしたのだった。

「それで、出口らしいものは見つかった?」

「いや」

「じゃあ、別の人の目でもう一度探して見るのも無駄じゃないんじゃないかしら。それに」

 続けて、

「事前にちゃんと許可をとるなんて良心的でしょ」

 と皮肉っぽく付け加える。

「私はおっけぇだよ」

「僕も構わない」

 とモモとサクは快諾してくれる。

「貴方方は?」

 メロに促されて、ハクとリリは顔を見合わせ、なにやら小声で相談したのち、

「僕とリリさんの部屋は、僕たちの立会いの下でな捜索を許可することにする」

と答えた。

「あと許可をとらないといけないのは……ネネね。

きっと部屋にいるんでしょうから、あとで聞いてみましょう」

 そんなわけで、僕たちは個室の捜索を開始することにした。

まずは探しやすい場所から、ということで、亡くなった3人の部屋を探す。

次にこれまた探しやすい?と思われるユキとシノの部屋をあたってみることにした。

ユキの部屋は収穫なし。

あえて言うなら、ユキの顔色がますます悪くなり、ますますぐったりとしていたことがわかった。

「今気が付いたけど、食事とか上げなくて大丈夫なのかな」

「ネネあたりが良心的にあげてるんじゃない? それに1日や2日食べなくても死にはしないわ」

 とあっさり。

次にシノの部屋に入って、見つけたのは拘束されたまま首を絞められ、息をしなくなったシノの姿だった。

 シノを殺した凶器は、シノを拘束していたベルトのうちの一本だった。シノの手は拘束されているから自殺でないことは明らかだった。

「もともとは僕が身につけてきたベルトだ」

 サクが口を押えながら言う。

「サク、気分が悪そうね」

 とメロ。

「そうだな、やっと殺人犯が2人見つかって安心かと思っていたのに、また人死にだろ。

 こうなってくると、次は自分かもなんて想像しちゃうんだ」

「ここで倒れたら最悪よ。

これからが正念場なんだから。

一緒に部屋に戻るから、部屋で少し休むといいわ」

 というメロに付き添われ、サクは部屋に戻っていく。

夕方18時、3日目の夕食のチャイムが白い壁に響いた。

「シノがなくなった件だけど、謎解きはしないの、探偵さん?」

 に問われるが僕は首を横に振る。

 ユキの時は自分が殺害予告を受けていたから犯人を割り出す必要に迫られていたのだし、次のシノの件は協定を結んでいたメロがとり狂ったもやしに処刑されそうになったから仕方なくだった。

つまり、必要がなければ僕はそんなことはしないのだ。

「ハル、食事とる気ある?」

 とメロが言う。おなかが空いていないわけではなかったが、大広間で食事をとっているのはハクとモモだけで、なんとなくここで食事をとる気はしないなぁ。

「他の人はどうしたんだろう」

「さぁ。ネネならチャイムがなるまで大広間にいたから、部屋を見ていいか聞いておいたわ」

 なるほど、仕事のできる子。

「夕食の間に、東翼の個室の捜索をしちゃおうかしらと思って」

「そうだね」

 僕らは大広間をあとにし、東翼の部屋を順々に見ていくことにする。

ネネの部屋に来て、僕らは首を絞められたネネを発見した。

 ネネの首を絞めていたのは、シノを拘束していた紐のうちの一本だった。

「もとは僕の履いてきた靴の紐だったんだ」

 またしてもサクが、顔を覆いながら言う。

「サク、運が悪かっただけだから、自分を責めることないって」

 モモがポンポンと背中を叩く。

「どうしてもだったらまた部屋で休むといいわ」

とメロが言う。

「ハル、貴方も大丈夫?」

え?

「すごく、ぼうっとしているように見えたわよ」

 いやちょっと、考え事を。

 



【4日目】


4日目、残された時間はわずかだ。

朝、朝食を終えて、僕はまだ寝ているらしいサクの部屋に向かった。

サクはベッドの上に起き上がっていた。

「大丈夫?」

「うん、頭が痛いけど。どのくらい寝てたかわからないな。さっきチャイムがなったから朝食の時間だったんだろう?」

 僕は頷く。

「6時か……」

「ところでサク、訊きたいことが有るんだ」

 僕は言う。

「ネネが無くなった件だけど」

「ああ……」

「嫌なことを思い出させてごめんよお。6時にネネが目撃されてそれから彼女が発見されるまで、僕が居場所を把握できていないのが、キミとリリなんだ。だから」

「なるほど、アリバイ確認ね」

「サクではないと思ってる、悪く思わないで」

 そう謝ると、サクは柔和は笑顔を作る。

「構わないさ。僕とリリは6時ころここにいたよ」

「ここに?」

「そう。実はリリも一人で出口を探しているらしくってさ、それで、この部屋を探していたんだ」

 なるほど。

「西翼の側索に行きましょう」

 メロが言うので僕はその後を追う。

「メロ」

「なに?」

「話したいことがあるんだ」

 メロは立ち止まる。

「なによ、そんな顔して。告白とかやめてよね」

「シノとネネの件だよ」

 僕がそう言うと、ネネはじっと僕の顔を見た。

「僕は探偵じゃないけどさ、思わず、考えちゃったんだ。

 まず、シノの件、2時過ぎに僕とネネでユキとシノの様子を確認して、僕たちが大広間に戻って、みんなに個室の捜索をしていいか聞いた。

そのあと、捜索してシノの遺体を発見した。

だから普通に考えるとその間が犯行時間だよね」

「そうね」

 メロは言う。

「僕たちが大広間に行ったとき、いたのはサクとモモ、それからハクとリリ。つまりいなかったのはネネだけだった。ネネには後で確認をとればいいって、キミが言っていたかよく覚えているよ。

つまり、犯行時間にアリバイが無いのはネネだけ。

ネネが犯人ってことになる」

「そうなのね」

「それで、ネネの件。

夕方6時に大広間に行ったらいたのはハクとモモだけだった。

サクは気分が悪くて部屋にいて、キミの話だと、夕食直前に厨房にネネがいて、ネネに個室の捜索をしていいって承諾をとったって言っていた。

その後ネネの遺体を発見したから、やっぱりその間が犯行時間ってことになる」

「そうね」

「さっき、サクの部屋に行って訊いてきたんだ。

そしたら6時にリリがサクの部屋に居たそうだ。

つまり、今回は犯行時間に全員のアリバイがあることになる」

「そうね」

 僕は口を噤んでメロの顔を見た。

「何が言いたいの?

はっきり言って。

私、そういうの嫌いなのよ」

「それで終わりでもいいんだ。

だけど、僕はどうして二人が殺されなくちゃいけなかったんだろうって考えてみた。

 つまり、動機ってやつだ」

 僕は続ける。

「ネネを殺す、一番の動機があるのはキミ、メロだ、そうだろう?

でもネネが殺されたと思われる時間、キミにアリバイがあることはこの僕がはっきりと証明できる。

 ただ、そしたらネネを殺したのは誰なのか。

僕はサクが嘘をついている可能性を考えてみた」

「サクが嘘を?何のために?」

「嘘、というか、勘違いをしている、といった方が正確だと思う。

サクはシノが殺されてからずっと気分が悪くて部屋にいた。

それにしてもサクは寝過ぎじゃないか、まるで睡眠薬でも飲まされたみたいだ」

 僕は続ける。

「この室内は時間を知る物が大広間の時計と食事の時間を告げるチャイムしかない。

ネムリ続けたサクが、3日目の18時と、4日目の6時を混同していたらどうだろう」

 メロが何も言わないので、僕は長台詞を繋げるしかない。

「僕は昨日の夕方6時のアリバイを問うたつもりだったけど、サクハ今朝の6時のアリバイを答えたんだ。

つまり、夕方6時にはサクとリリにはアリバイは無かった。

二人のうちのどちらかが犯人だ。

 それで、もどってシノの件。僕はシノの件とネネの件は同一犯だと踏んでいる。

だって殺し方がほとんど一緒だったからね。

 ところで、復讐する方法は殺す事だけじゃない。

ネネがメロに向けてやったように、濡れ衣を着せるのもその一つの方法だ」

「お願い、はっきり言って」

「僕はキミが嘘をついている可能性を考えたんだよ、メロ。

そしたら、全て綺麗に片付くんだよ。

 まず、キミは僕と別れてシノが拘束されていることを確認しに行ったけれど、あの時シノはもう死んでいたんだ。

つまり、犯行時間はもっとはやくて、その時間にはサクもリリもアリバイは無い。

おそらく犯人はリリだろうけどね。

サクだったら、犯行に使われたベルトや紐が自分のものだって告白するのは馬鹿馬鹿しいだろう。

 君が嘘をついたことで、キミは何を得たのか。

 ひとつはシノが殺された偽の犯行時間帯にアリバイが無いのはネネだけ。

そこで謎解きをするものがいれば、ネネに濡れ衣を着せられた。

 ふたつめはシノが殺された時間と、ネネが殺された時間に、真犯人であるリリにアリバイを作ったこと。そうすることで、リリは匿われた。

つまり、キミはリリがネネを殺害することを可能にした」

 僕は言葉を切って、メロの顔を見る。

「なんて顔してるの」

「確かめる証拠はないし、確かめる気もない」

 僕は言った。

「……西翼の捜索に行くんだよね?」

 




幸い、シノとネネの件を謎解きしようという輩は現れなかった。

僕らの前に立ちふさがる次なる、そして最後の敵は、この施設であった。

本当にどうすべきか考えるのはここからだった。

僕らはそれぞれに施設純を捜索したが、秘密の出口らしきものは見つからない。時計の針は23時を過ぎた。

「ねえ、思い出せないんだけど」

ぼうっと立っていたメロが突然いう。

「最初の日、ルールのアナウンスがあったでしょう?そこで、秘密の出口についてなんて言っていたかしら?」

 僕は最初のあの日を思い出す。あれからいろいろなことが有りすぎて、でもおぼろげにはならない記憶。

「一、参加者の1人以上が施設から脱出してしまった場合はパーティを打ち切り、参加者を解放致します、じゃなかったかな?」

 それを聞くと、メロは少し考えて言う。

「つまり生きていなくていいのね」

メロにつられて僕は、大きな刃の回る、ダストボックスを見た。

 















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ