父親として
キリカの父初登場!
前回のラグヴァロに続き、今回はお父さん視点です。
私の名は、カイユ・トゥレイン。
以前はそれなりに名の通った冒険者だったが、ここシューゼモルンの街で薬師の女性と運命の出会いをして定住を決め、危険な冒険生活の中で自然と磨かれていった医術の知識と技術、そして治癒魔法を強みに、医者に転職した。
彼女、イリーファが出入りする診療所に勤め、仕事の合間に猛アタックした結果、時間はかかったが無事に私の求婚は受け入れられ、結婚できた。
そのすぐ後、冒険者時代に知り合っていた領主様が現れ、『結婚したならもう彼女との交流を持つ為に街の診療所で働く必要はないだろう? 私の元で私の軍の軍医をしてくれないか』と職場の変更を求めてきた。
何故私が彼女との交流の為だけにあの診療所で勤めていたと知っているのかは謎だが、これからの二人の生活や将来子供ができた時の為にも、得る収入は多いほうがいい。
領主軍の軍医なら今より確実に収入は増えるだろう。
そう考えた私は快く承知した。
そして、その選択は正しかったのだと思う。
しばらくしてイリーファの体に子供が宿ると、突然王都から王弟殿下一行が私達の元を訪ねてきて、驚くべき事を告げたのだ。
なんと私達の子供には、守護神ゴーデン様の祝福が与えられているらしい。
しかも、内容は不明だが、何かの使命を背負わされているらしいとの事だった。
『生まれてくる神子様は王都の神殿で手厚く保護しお守りする』と言い張る王弟殿下一行には、領主様に協力を願い出て、共に言葉を尽くしなんとかお帰り戴いた。
領主様がすんなりご協力下さったのも、あの時私が領主様の誘いを受けていたからだと思う。
いくら領民に優しい領主様とは言っても、自分の誘いを断っておいて困った時には頼ってくる人間など、心良くは思わないだろう。
生まれてくるこの子はこのままここシューゼモルンで私達夫婦が伸び伸びと育てる。
ここで『はいそうですか』と渡したら、保護という名の元に、堅苦しい神殿で神子様と崇められ、その名に相応しいようにと清貧に誇り高く、かつ慎ましやかな女性になるように育て上げられるのが目に見えている。
大事な我が子に、人格までもそんなふうに"決められたレールの道の上"を歩ませ決められてなるものか。
守護神様から授けられたという使命は果たさなきゃならないんだろうが、せめてこの子が形成していく人格は自然に任せたい。
★ ☆ ★ ☆ ★
数ヵ月後、我が子キリカは無事に生まれてきた。
私譲りのライトオレンジの髪と、イリーファ譲りのアクアマリンの瞳を持つ我が子は、とても愛らしい。
すくすくと元気に育ち、現在3歳。
イリーファによると、ほぼ毎日外へと出かけているらしい。
夜仕事を終えて家に帰り、『キリカ、今日はどこへ行ったんだい?』と尋ねると、楽しそうにその日の事を話してくれる。
なんだか段々と家から離れた場所に行っているようなので心配だが、それを言うと『だいじょうぶだよおとうさん! わたしもうさんさいのおねえさんだもん!』と笑顔で胸を張って反論される。
とても可愛い。
とりあえず、街を巡回する領主軍の騎士達に注意して見ていて欲しいとお願いしておいた。
するとある日、その騎士達が医務室に現れ、言いずらそうに視線を泳がせながら、『カイユ殿、娘さんの事でお話が……』と話を切り出された。
なんと、キリカはもう何度も、よそ様の家を覗き込んだり、門から大声を張り上げたりしているらしい。
そしてその事を目撃した人々から、『子供とはいえこの行動はどうかと思う。親に注意するように言って欲しい』といった苦情がちらほら上がっているらしかった。
私は騎士達に謝り、やめるように伝えると約束した。
そうして、家に帰って早速キリカに話をすると、キリカは驚愕の事実を告げた。
全ては、古の時代に存在した魔王に呪いをかけられ犬となって今も生き続けている勇者様を探し出す為だと言うのだ。
勇者様を見つけ、人の姿に戻すというのが守護神様から授けられた使命らしい。
そして、他の街に探しに行きたいと言う。
……それが守護神様から授けられた使命だと言うなら止められない。
止められない……がしかし、キリカはまだ3歳だ。
ちょくちょく帰ってくるとしても、旅に出るのは早すぎる。
私もイリーファも、仕事を放り出してついて行くわけにはいかない。
……これは、再び領主様に協力を求めるしかない。
キリカに最高の護衛を用意しなくては。
それと、イリーファと話し合う必要がある。
キリカには、『探しに行くのはある程度身を守る為の技術を身に付けてから』だと言い聞かせた。
その技術を教えるにあたり、できるだけゆっくり、時間をかけて行うよう、二人で計画を立てなくては。
キリカは、まだ3歳なのだ。
せめてもう少し成長するまでは、絶対に旅立たせない。
けれどそんな思いは決してキリカに気づかせないように、イリーファと綿密な計画を練らなくては。
ともあれ、まずは護衛の件も含め、キリカの使命の事を領主様に報告しなくては。
きっと、驚かれる事だろうな。
私は再び、領主館へと足を向けた。