捜索開始
公園にやって来ました。
まず入り口から公園の端までゆっくり歩いて周りを見回し、公園内の状態を確認する。
現在、公園にいる犬は、4匹。
12才くらいの男の子がボールを繰り返し投げて、それを取ってくる遊びをしている黒い犬。
そんな男の子を、ベンチに座って微笑ましげに見つめている老夫婦の横で、じっとおすわりをしている茶色の犬。
公園の片隅で、井戸端会議をしている主婦さん達の隣で、じゃれあっている2匹の白い犬。
さて、どの犬から声をかけて、確認しようかな?
私は3ヶ所にいる犬をぐるりと見回しながら、思案した。
ーーこの世界に転生する前、あの不思議な部屋で、ゴーデン様から、ラグヴァロさんは"動物になっている"とだけ聞いた私が、犬だけに的を絞って捜索しているのには、理由がある。
以前、私はよちよち歩きができるようになるとすぐ、お母さんにせがんで、昼間の数時間は庭に出して貰っていた。
そこで、空を飛ぶ鳥や、散歩中の猫などを見かけては、『ラグヴァロさんじゃないですか~!?』と声をかけまくっていた。
そんなある日の事。
お母さんの手によってお昼寝の為ベッドに運ばれ、眠りについた私は、夢の中でゴーデン様に会った。
ゴーデン様はにこやかに
「やぁ久しぶり! 元気そうだね? 新しい生はどうだい? 今日はさ、ちょっと聞きたい事があってお邪魔したんだ。ねえキリカ、君、何で鳥や猫に確認してるの? ラグヴァロは犬になってるって言ったのに。いや、空回りしてるのを見ている分には面白いんだけどね? ラクロに話したら、君の元にちゃんと話に行けって殴られてさ~。も~、あいつすぐ手が出て嫌になっちゃうよ。……まあとにかく、ちゃんと犬に確認しなよね! わかったね?」
と一方的に告げて去って行った。
夢から覚めた私が、『言っていませんゴーデン様……』と泣きたい気持ちを抱えて呟いたのは、言うまでもない。
……まあそんなわけで、私の確認対象は犬だけに絞られたのである。
「……よぅし……まずはちゃいろの犬からにしよう!」
初めに声をかける犬を決めて、ベンチに向かって歩き出す。
あの老夫婦は優しそうだし、突然見知らぬ子供が自分達の飼い犬に声をかけても、笑顔で許してくれそうだから、そんなに緊張しなくて済む……と、思う。
「こ、こんにちは! あの、あなた、ラグヴァロさんじゃありませんか……?」
ベンチにたどり着くとその横に回り込み、茶色の犬の正面に立って目線を合わせ、私はそう尋ねた。
すると茶色の犬は緩やかに尻尾を振りだした。
けど、それ以外には何の反応もない。
……これは……正面に立った事で、ただ、遊んでくれると期待して反応したと、そういう事なのかな……?
この犬は、ラグヴァロさんじゃあないんだろうか?
ま、まあ、よっぽどの幸運の持ち主でもなければ、こんなにすぐに見つからないだろうけど……ね。
「あら、こんにちは、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはワンちゃんが好きなの? この子はね、チャムロっていうのよ。撫でてみる?」
「えっ。あ……は、はい……! ありがとう、ございます!」
私は老夫婦の、お婆さんのほうに優しく話しかけられ、茶色の犬の、もふもふの背中をしばらくナデナデさせて貰った。
はぅ、癒される~。
「チャムロくん、おとなしいね~。いいこだね~よしよし」
そんなふうに声をかけながら撫でていると、ふいに、後頭部にぽこん、と何かが当たった。
「ん?」
なんだろう、と思って振り向くと、突然視界が黒い何かで覆われた。
「あっ! こ、こら、まて! ダメだよ、止まれクロ!」
次いで、そんな焦ったような声が聞こえたと同時に、私は黒い何かに押し倒され、仰向けにドタッと横たわった。
「あらあら大変……! 大丈夫お嬢ちゃん!?」
「こりゃいかん! 大丈夫かい!?」
「ご、ごめん! ボールがそっちにいっちゃって……! 大丈夫!?」
お婆さんとお爺さんの慌てた声に、男の子の焦った声。
視界いっぱいに広がる黒い色に、上から聞こえる、ハッ、ハッ、という犬の息づかい。
……うん、これは、ボールで遊んでた黒い犬だね、理解しました。
「あなたは、ラグヴァロさんじゃありませんか……?」
地面に仰向けに横たわったまま、とりあえず、私はそう尋ねた。
★ ☆ ★ ☆ ★
私は一人、トボトボと帰路についていた。
公園にいたあの4匹は、ラグヴァロさんではなかった。
さっきも思った通り、よっぽどの幸運の持ち主でもなければ、こんなにすぐには見つからないとは思う。
思うけど……やっぱりちょっと、気落ちしてしまう。
それに、なんだかかなり疲れを感じる。
あの公園は家からそんなに離れていないのに、3歳児の体力では、どうやら行って帰るだけでも疲れるみたいだ。
これじゃあ、ラグヴァロさんの捜索は、しばらくは1日1ヶ所が限度かなぁ。
うぅ、ラグヴァロさんを見つけてあげられるの、いつになるだろう……前途多難だ。
「ワンッ! ワンワンッ!」
「んっ!?」
い、犬の鳴き声!?
下を向きながら歩いていた私は、突如聞こえてきた犬の鳴き声に顔を上げ、足を止めた。
「いまのなき声、どこからだろう……?」
辺りをキョロキョロと見渡しながら、鳴き声が聞こえた場所を探す。
「ワンワン、ワンワンッ!」
「! こっちだ!」
再び聞こえてきた鳴き声に、私はその方向を目指して駆け出した。
少し走ると、石造りの塀に、黒い木の門のある家に辿り着いた。
鳴き声は、その門の中から聞こえてくる。
けれど門は閉まっていて、犬の姿は見えず、鳴き声だけが聞こえる状態だった。
まあ、たとえ門が開いていたとしても、知らない家の敷地に勝手に入るわけにはいかないのだけれど。
「あの~~! あなたは、ラグヴァロさんじゃありませんか~~!?」
仕方なしに、私は門に両手を当て、そこから中に向かって声を張り上げた。
「どうですか~~!? ちがいますか~~!?」
「……お嬢ちゃん? うちに、何か用かな……?」
「えっ?」
中にいるだろう犬に向かって声を張り上げていると、ふいに、後ろから声がかけられた。
振り向くと、少し離れた場所に、怪訝な顔をして私を見つめる男性が立っていた。
その男性の顔を見て、私は我に返った。
ど、どうしよう。
知らない家の前で門に寄り添って中に向かって大きな声を上げる、3歳児。
どこからどう見ても、私、不審人物だよね……!?
「あ、あああの……ごめ……わ、わた、わたし……い、犬の、なき声が……だだだから、犬に……っ」
焦った私は、なんとか弁解しようと必死に言葉を紡いだ。
けれど、焦りからか緊張からか、言葉はしどろもどろになり、背中を嫌な汗が伝う。
「わ、わたし、だから……っ、い、犬、犬ぅぅ……っ!!」
「…………犬…………? ……もしかして、うちの犬と遊びたいのかい? ……ん~、まあ、いいか。お嬢ちゃん、俺このあとすぐ、うちのを連れて散歩に出るんだよ。それについてくるかい? 見知らぬ子供を中には入れられないけど、それくらいなら、いいよ。行くんなら、少しここで待ってて」
「ふぇ……?」
男性は私のしどろもどろな言葉から、犬という単語を拾って自分なりの解釈をすると、そう言い置いて、門を開けて中に入って行った。
「……え、え……? ええと……とりあえず、なんとかなったみたい……?」
一緒に散歩に行けるなら、ここの犬がラグヴァロさんかどうか確かめられる。
正直疲れてるし、まだ歩くのは辛いけど、せっかくのチャンスなんだから、頑張らなくっちゃ!
そう気合いを入れた私は、男性が犬を連れて出てくるのを待ち、共に散歩に出かけた。
結果として、その犬はラグヴァロさんじゃなかったし、途中休憩した公園のベンチで、疲れから私は眠ってしまい、困った男性が私をこの街の治安を守る兵士さんに預け、その兵士さんの手によって、私は自宅へと送り届けられた。
起きた直後、私は『何かあったらどうするの!』とお母さんに怒られ、翌日、迷惑をかけたからと、お母さんと一緒に男性の家にお詫びをしに行く事になったのだった。