説明をお願いします 2
何の説明もないまま次々に決められていく事柄に、混乱と戸惑いがピークに達した私はついに泣き出した。
すると青年は初めて目を見張り、戸惑ったようにポリポリと頭を掻いた。
「な、何、どうしたの? 俺の恩恵が受けられるの、泣くほど嬉しかった? 参ったなぁ、そんなに感激されるとは」
「……う。うえぇぇぇん……!!」
てんで検討違いな思い込みから発せられた青年の言葉を聞いた途端、私の涙は更に勢いを増して流れ出した。
「ねえ、とりあえず、泣き止んでよ? 名前どうするの? 俺が勝手に決めちゃうよ? そうだなぁ、突然しくしく泣き出したから、シクリナでいい?」
「いいわけがあるか!」
「痛ぁっ!?」
「!?」
青年が更に言葉を紡いだ次の瞬間、突然新たな男性の声が聞こえ、次いで、ゴン!という大きな音が響いた。
私は驚きに目を見開き、俯いていた顔を上げる。
するとそこには顔を歪め頭を擦りながら後ろを睨む青年と、青年の背後に、怒ったような顔をした青い髪の男性がいた。
青年と、同じ歳くらいだろうか?
「なぁにするんだよラクロ!? ていうか、何で俺の部屋にいるんだよ!?」
「神様の命令で様子を見に来た。お前が新しい試みをしようとしていて不安だからと。……それが的中したようだな。まさか女性を泣かせていようとは……何をしたんだ?」
「何もしてないよ! この子は感激して泣いてるだけ! それに、あとはもう名前を決めるだけだから、お前が出てくる必要はないよ!」
「感激? ……そうなのか?」
「そうなの!」
ラクロと呼ばれた男性は、青年からの反論に怪訝な顔をすると、一度私を見たあと、私の前に現れたままの長方形の何かを見つめた。
「……職業:勇者ラグヴァロの飼い主? ……ああ、呪われたっていう勇者の救世主が決まったのか。けれど、貴女はそれで本当にいいのか? 呪いを解くには、苦労すると思うが」
「え……? ……あ、あの、そもそも、勇者の飼い主って、何なんですかぁ……?」
「……は?」
視線を再度私に戻して尋ねられた内容に、私はグスグスと泣きながらも、ようやく疑問を口にできた。
しかし、それを聞いたラクロという男性は眉を寄せ、更に怪訝な顔をした。
「………………おい、ゴーデン。お前、彼女に説明をしたか?」
「へ、してないよ? 説明なんて面倒臭い事。だって、しなくても話の流れで理解できるだろ?」
「……………そうか、わかった」
「痛ったあっ!? だから、何するんだよ~!?」
少しの間のあと、青年にぽつりと短く尋ねた男性は、青年の返答を聞くとまた短く返事をして、その頭に容赦なく拳を振りおろした。
男性は、声を上げ頭を抑え痛みを堪える青年を放置し、素早く私の隣へと回り込むと、ソファに腰をおろした。
「申し訳ございません、お嬢さん。同僚が大変失礼を致しました。私はラクロ。そこのゴーデン同様、天使です」
「へ? て、天使……?」
「はい。貴女はその人生を終え、天上界に戻ってこられたのです。そして、それはもう数十回目で、このゴーデンは、貴女の次の人生は今までとは異なる世界で送らせようと考えたらしく、今、このような場を設けたのです」
「す、数十回目の人生……? 異なる世界……」
「そうです。そして……その、貴女の次の人生は、どうやらメイトニアルという世界に決まったようです。職業は固定、つまり変更不可で、勇者ラグヴァロの飼い主という職になっています」
「えっ、へ、変更不可? あああの、その勇者の飼い主って何ですか……!?」
「……メイトニアルには、今は封印され、深い眠りについている魔王がおりまして。その魔王が猛威を振るっていた時代に、人々に強く乞われ、ゴーデンが魔王を倒す素質を秘めた若者を数人勇者として選び祝福を与えたのです。しかしそのうちの幾人かは魔王に挑むも返り討ちにあい、魔王に呪いをかけられまして……」
「動物に姿を変えられたんだよ。で、選んで祝福を与えた手前、そのまま捨て置くと寝覚めが悪くなりそうだから、その勇者達の体内時計を止めた上で、救済措置を施したんだ。それが職業、飼い主ってわけ。彼らの呪いを解く事ができる可能性がある存在、それがそれぞれの飼い主。わかった?」
ラクロという天使さんが説明をしてくれていると、痛みから復活したのか、ゴーデンというらしい天使さんが言葉を引き継いだ。
な、なるほど。
姿を動物に変えられたから飼い主ってわけで、それが職業として選択できる人は、呪いを解く事ができるっていう事なんだ。
つまり、勇者さんの呪いを解く職業…………。
…………うん、重い。
でも、もう変更不可みたいだし……うぅ、また泣きたくなってきた……。
「……あの、それで、その呪いってどうやったら解けるんですか?」
「は? 何言ってるの? 方法なんて自分で見つけなよ」
「え……。……は、はい……あ、それじゃ、その勇者さん……ラグヴァロさん?は、どこにいらっしゃるんですか?」
「それも自分で探しなよ。世界のどこかにいるからさ。楽しようとしないの!」
「えっ……。……わ、わかりました……えっと、あの、け、けど、せめてヒントとか……。せ、世界のどこかにって言われても、広すぎますし」
「え~? ……仕方ないなぁ。じゃあ特別に、勇者ラグヴァロがいる国に転生させてあげるよ。その国のどこかにいるから、あとは自分で探し出す事! いいね?」
「く、国のどこかに……。……うぅ、わ、わかりました」
……ま、まあ、いいよね。
世界のどこか、よりは、ぐっと範囲は縮まったんだし……。
「……ゴーデン。それに加えて、せめて、出会ったらそれとわかるくらいの事はしておいてあげるべきだと思うが?」
「えぇ、そんな事まで必要? ……はあ、仕方ないなぁ。わかったよ。そうしておく」
「あ……! ありがとうございます!」
呆れたように言うラクロという天使さんに、ゴーデンという天使さんは溜め息を吐きながら渋々頷いた。
よ、良かった……それだけでも助かる!
ゴーデンっていう天使さんはともかく、このラクロっていう天使さんはいい人だ……!
詳しく説明してくれた事といい、助けになる事を言ってくれた事といい、凄くいい人だ!!
ああ、私を転生させてくれる天使さんが、このラクロさんだったら良かったのに……。
「むぅっ……。……じゃあ、君の名前もラクロに決めて貰えばぁ?」
「え?」
感謝の気持ちを込めてラクロさんを見つめていると、何故かゴーデンさんが不機嫌そうな声を出してそんな事を言ってきた。
視線を向けると、まるで拗ねたように口を尖らせている。
……ど、どうしたんだろう?
「……拗ねるな、ゴーデン。自業自得だろう。恩恵はお前が与えるべきなんだ、最後まできちんとやれ」
「……そうだけどさぁ……ああ、もう! 特別だからね! で? どんな名前がいいわけ?」
「え? ……えっと……。……さ、さっき、名は体を表すって言いましたよね? わ、私、キリっとした格好いい女性に憧れてるんです! だ、だから、そういう名前になったら、そうならないかな、なんて……」
「……キリっとした格好いい女性? 君が? ……無理じゃない?」
「うっ……」
拳を握り締めながら私が自身の憧れの女性像を話すと、ゴーデンさんは憐れみを込めた目を向け、真っ向から否定してきた。
私の心にぐさりと何かが突き刺さる。
「……まあ、いいや。名前負けすると思うけど、ご希望に沿う名前をあげるよ。……君の名前は、キリカ。君に、上級天使にしてメイトニアルの守護神ゴーデンの祝福を与える」
ゴーデンさんが改まった口調で仰々しくそう言うと、私の体は金色の光に包まれた。
「これより君をメイトニアルに送る。キリカ、さっきも言った通り、職業には副業がある。こっちは自由だから、勇者の飼い主が無理だと判断した場合は、さっさと自分にできる副業につくといいよ」
「えっ、あ、あの、でも、勇者さんの呪いが解けるのって飼い主だけなんですよね? 私が諦めたら、勇者さん……ラグヴァロさんは、どうなるんですか?」
「その時は、まあ飼い主になる人物が現れるまで待つだけだよ。何百年でも、何千年でもね。他の勇者達と、同じように」
「な、何百年、何千年……!?」
「そう。……じゃあね、キリカ。無理せず、頑張って。今度の人生も、楽しみなよ」
「さようならお嬢さん。よい人生を」
ゴーデンさんとラクロさんのその言葉を最後に、私の意識は、どこかへと、沈んでいった。
ゴーデンは大雑把な性格で説明するのが苦手な為、説明要員として、移住日誌からラクロが特別出演致しました(笑)