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星見 -思いの先にあるもの-

 ここは楽園都市ハレンマーシュ。イーストインペリアル大陸を統一する国家の首都だ。楽園都市と言うのは大陸中で一番住みやすい豊かな都市と言うところから付いた俗称だ。海岸沿いに広がる都市は名前の通り美しく活気にあふれていた。

 楽園都市の外縁部にほど近い区画のとある食堂で都市を守る守護騎士の格好のひょろっとした青年がテーブルに付いていた。騎士というにはかなり心もとない風貌の青年だった。昼食を摂るには少し遅い昼下がり周りのテーブルにはほとんどお客はいなかった。注文の品を待っているのか彼のテーブルには料理らしきものは何もなく静かに本を読んでいた。


「アストリン、お待ちどおさま」


 アストリンと呼ばれた騎士が本から顔を上げると、目の前にオムライスの皿が2つ置かれた。


「ベル。2つも頼んでないけど?」


 置かれた皿の数に疑問を感じて皿を持ってきたウェイトレスのベルに問いかけた。


「別に2つともあなたの分だとは言ってないでしょ」


 ごもっともな返事をしながらベルは向かいの席に座り皿を1つ自分の方へ引き寄せた。


「お客様の入りも落ち着いたし私も昼食を食べるのよ」

「そっか」


 オムライスを見るとトマトを使ったソースで絵が書かれていた。


「いつもどおり愛を込めて絵を描いたわよ」

「あぁ、ありがとう」


 いつものことながらと思いつつ若干引きつりながらアストリンは礼を言った。オムライスに描かれた絵は本来のメニューにない彼女のサービスだ。礼を言わないと猛烈な雷が落ちる。

 ベルとアストリンはいわゆる幼なじみだ。そのおかげでアストリンは子供の頃からこの食堂で世話になっていた。しかもオムライスを食べる時は常にベルの絵が描かれていた。どうしてオムライスに絵を描くようになったかはよく覚えていないが大人になった今でも定番化している。

 しかし、とても前衛的な表現で子供の頃からコメントに困っていた。「ありがとう」の一言で済ませてもらえるのはむしろありがたい状況と言えるかもしれない。


「アストリン。いつも思うのだけれど昼食がオムライスだけでよく足りるわね?お店に来る他の騎士さんはお肉とかすごいいっぱい食べていくわよ」

「僕はこれで十分だよ」

「本当によく守護騎士になれたわよね。今でも不思議だわ」


 ベルはアストリンの体格や食の細さに体力勝負な騎士が本当に務まるのかいつも疑問だった。


「自分でもよくなれたと思うよ。ほんときわどかったよ」


 ベルを更に不安にさせるような返事がくる。


「もう、本当に。守護騎士の養成学校も相当だったけど。あなたのきわどい小学校生活に付き合わされたのも本当に大変だったわよ」


 アストリンは乾いた笑いをもらす。


「だって、勉強は楽園都市で1番なんじゃないかって言われるくらい天才だったのに。運動はからっきしで、なのに将来は守護騎士になるとか言い出すものだから私が特訓に付き合わされるし。あなたが変な意地をはるから私の卒業まで危うくなったんだから」

「卒業がきわどかったのは僕だけじゃなくて心強かったよ」


 笑顔で応えるアストリンに「笑い事じゃない!」と一括したが直ぐに表情を曇らせ疑問を投げかける。


「でも、これからも本当に守護騎士を続けるの?」


 不安そうなベルをしっかりと受け止めるようにアストリンは話し始めた。


「守護騎士といえば体をはって都市の市民を守るのがメインの仕事だけれど、体を使うだけが仕事じゃないよ。頭を使う仕事だってあるんだ。それこそ、誰も気づかないような小さなことを調べて積み上げて長い時間を掛けて解決するようなこともあるんだ。僕は守護騎士という立場で自分にできることがしたいんだ。だから守護騎士になったんだよ」

「だったら、守護騎士なんて危険な立場じゃなくたって良いじゃない。子供の頃に学者になったらどうかって勧められたこともあるでしょ?」


 守護騎士になるとアストリンが言い出してから何度も決意は聞いている。だから今更それを曲げるとは思っていない。それでもベルはアストリンにもしものことがないか不安だった。


「守護騎士になったからといって、あなたのやりたいようにできるわけじゃないのよね?」

「そうだね。でも、守護騎士なら実績次第でいくらでも上の立場にいける。学者では無理だ。大きな研究機関に所属しても目上の博士がいる限りいつまでたっても思い通りにはできないよ」


 ベルは不安になってはときどき同じような問いかけをしていた。しかし、アストリンはその都度、丁寧に根気強く応えてはベルの納得を得ようとしていた。いつも自分の不安を受け止めてくれるアストリンを思い出してベルはうつむいてしまった。


「そうだね。僕には守りたいものがあるんだ」


 ベルの様子を見たアストリンは唐突に話しだした。いつもと少し違うアストリンにベルははっと顔を上げた。


「ベルや。ベルの家族や。その周りの人たちや。この都市の人たちを少しでも多く守りたいんだ」

「なに大それたこと言ってるのよ」


 ベルは自分の名前が一番に出てきたことに驚き少し照れ隠しをするように言葉を返してしまった。アストリンはかすかに微笑み続けた。


「何から守りたいかって言うとね。他国からの侵略とかじゃないんだ。この楽園都市や大陸に大きな赤く真っ赤に燃えた石がたくさん降ってくる。ものすごく熱くヤケた状態で落ちてきた石はトマトのようにドロっととろけるように弾けて周りをすべて焼きつくす。そんな大災厄から守りたいんだ」

「そんな大きな石が空から降ってくるなんて……」


 アストリンの突拍子もない話にベルはついていけてなかった。


「僕とベルとの仲でも、今の話はすぐには信じられないよね」


 アストリンのわかっていたかのような確認にベルは申し訳無さそうにうなずく。


「でも、それは仕方の無いことだよ。自分たちの想像を超える出来事を聞かされてそんなに簡単に信じられるわけがない。ましてやどこの誰とも知らない男が言っていることを誰が信じるのか。だから、僕は誰も信じてくれない状況でも準備を進められる力と万が一のときに少しでも多くの人に受け入れてもらえる信頼を手に入れたいんだ。そのためにも守護騎士になるのが一番の早道だと思ったんだ」


 初めて聞くアストリンの真意にベルは動揺していた。


「ごめんね、ベル。今まで黙っていて」

「そんなことない。私こそごめんなさい。あなたのことを信じきれていなかった。あなたの守りたいという気持ちと決意は伝わっていたはずなのに……」


 謝るアストリンにベルも感情をおさえられず謝っていた。アストリンはそんなベルの手をそっと握ると。


「僕もベルに本当のことを話して信じてもらえるか自信がなかったんだ。だから今まで話せなかった。でも、これからは違うよ」


 ベルはアストリンの優しく強い決意に少し強がり気味かと思いながらも笑顔を向けて伝えた。


「ありがとう。これからはあなたのことをずっと全力で支えるわ」


 ベルの言葉にアストリンは気恥ずかしそうに少し照れ笑いをした。




 楽園都市では近年一定周期でほうき星が観測されていた。

お題に「楽園」「トマト」「きわどい小学校」ジャンル「ファンタジー」で書いた三題噺的なものです。

お付き合いありがとうございました。

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