私は誰?
最近、おかしなことがある。
デジャブだ。いや、その言葉が正しいのかも分からない。
ただ私は時々、なんの前触れもなく何かの言葉をきっかけにふと知らない記憶の蓋が開き、知らないはずの知識が頭を駆け抜けるのだ。
ある休日、私は気まぐれに何気なくそのデパートに入った。
そして服を見に行った。売り場を適当にうろついているとふと店員と目が合い、なんとはなしに会釈する。なのに店員は私を見るなり急に顔面を蒼白にした。
「あ…あなたは…どうして?」
はい? なんなのこの人?
訳がわからないけど、たぶん人違いかなにかだろう。無視をして適当な服をクレジットカードで購入した。
そして喫茶店で一休みしていると自分の名前が呼びだされ、先ほどの服屋にこいとアナウンスがかかった。
なんだろうか。訳が分からない。ここにきたのは初めてだし、知り合いに店をしてる人がいるとは聞かない。
とりあえず足を向けると裏手に引っ張られ事務室のようなところで数人に囲まれながら席についた。
「どういうことだ?」
「生きてたんですか?」
「改名でもしたんですか?」
は? ますます意味が分からない。
不気味だが下手な反応をして刺激するとマズイので黙って聞いていると、店員たちはペラペラと親しげに話を続けてきた。
すると、急に頭に映像が浮かぶ
自分が風呂場にいる。しかしこんな浴室は知らない。鏡に映る顔はたしかに私のものだ。
重なるように映像が現れた。それはあまりに早く流れ、確かに走馬灯だと思った。しかしその流れる人生は、私の知らないものだ。
気付くと鏡の中の私はうっすら笑っていた。
いや違う! 私じゃない、私はあんな風に笑ったりしない。ぞっとした。あまりに強烈な印象で、私はただ恐ろしかった。
一度見たら忘れられないような、にやにやした卑屈な笑みだった。そして鏡の中の私にそっくりな女は左手にカッターナイフを滑らした
「その、怪我はどうなんだい?」
店員の中で唯一の男の声で私はふいに現実に戻された。何がなんだか分からないがそれでも反射的に左手をつきつけた。
「私はリストカットなんてしてない!私はまだ24歳だ!」
後半は特に不鮮明なところが多い映像だったが生まれた年は私より5年早かった。それに名前も私とは違う。
どうしてこんな記憶が私の中にあるのかはわからない。だが確実なのは、記憶の中の女と私は人違いをされているのだ。
男たちは私の左手首をじろじろと見てから顔を見合わせた。
すると今度は映像ではない。ただ視界は歪み、雑な音声が流れる。
―そうだよな。だってあいつは死んだんだ―
―いるはずがない。名前だって違うんだから―
男だか女だか分からないまるで機会の合成音のようなものが矢継ぎ早にそう流れ、さらに音が重なり私には解読不能の嵐になった。
そのノイズのような音に私は激しい頭痛を感じてうつむいて眉をしかめる。いったい何なのだ。
―バカなやつら…―
ふと、はっきりと知らない女の声が響くき、嵐はやんだ。
私は息をつきながら顔をあげる。
「あの…」
店員たちは話し合っていたので私の異変には気づかなかったらしく、男はふりむいて私に愛想笑いをする。
「ああ、すまないね。人違いだ。もう帰っていいよ」
「―――って人は…どうして死んだんの?」
「な!?何故その名前を?」
「知らないわよ。こんな能力があったなんて自分でもびっくりよ」
本当に、顔が似ているというだけでまったく知らない女の人生を見せられるなんてとんだとばっちりだ。死んでいるのかも知らないが、私の休日がめちゃくちゃだ。なんて迷惑な話だ。
びしゃり―
部屋中に何かが降ってきた。鼻をつく独特の臭い。私は一拍遅れてガソリンをかけられたと気付く。部屋は全てガソリンにまみれていた。
「え…?」
誰がつぶやいたのか、それとも部屋にいた全員か、私たちはポリタンクを振り上げた体勢でにやにやと笑うさっきまで普通だった店員の一人を注視した。
店員の女は、にやにやと凶悪な、つい先ほどみたようないやらしい笑みを浮かべたまま空のポリタンクを投げた。その女の左手には、一筋の傷痕があった。
再び頭に映像が流れ、よぎった映像に、私は全てを理解した。
この女には、死んだ女の霊がついている。
憑かれた女は、火を放った。
私はパニックになりながらもあらんかぎりに声をあげ、逃げだした。回りは既に火の海だったが、死にたくない。
ぎゃあ!
悲鳴に一瞬だけ振り返ると、憑かれた女は燃えながら他の定員に抱きつき、形も分からない顔に唇だけが弧を描いていた。
ただただ恐ろしく、多少の火なんて問題にはならなかった。
気がつくと私は病室にいた。どうも脱出してすぐに気を失い、救急車で運ばれたらしい。
医者に安静を言い渡されるとすぐに病室に警察官がやってきた。
「では、その店員が急にガソリンを巻いて火をつけた、と?」
「はい」
「にわかには信じられませんね。だいたいあなたはアナウンスで呼び出されたんでしょう?知り合いでは?」
「違います」
幽霊のことは言っていない。言ったところでバカにされ、最悪精神科行きだ。だが確かに無理がある。私が逆の立場でも変な話だと思う。けど事実として火をつけた犯人も明白だし、問題はないだろう。
「まぁ良いでしょう。あなたは私に何もしてないから、許します」
「…え?」
言われた意味がわからない。私が顔をあげると、警官はにやにやと馴れ馴れしい笑みで私を見ながら、左手で帽子をかぶった。
「私と同じ顔で悠々と暮らしているのは気に入りませんが、あなたのおかげで仕返しもできたので一応礼は言っておきます」
な…こいつは…
「では、失礼します。くれぐれも私に関わらないでくださいね。殺しますよ?」
にやりと笑った警官の左手首には、一筋の傷痕が走っていた。
直したつもりですが、最後が微妙ですかね。
ちなみにアナウンスで主人公の名前を呼ばれたのは、クレジットカードからバレたからです。
今更ですが主人公視点だけなので何があって恨んでるのかがわからないですね。