6 嵐の中
ティファレトが慌ただしい様子で出ていってから、何だか「外」が騒がしい。
だからといって僕にはどうしようもないしめんどくさいので、スコーンを頬張りながらテレビでも観ようとリモコンに手を伸ばす。
「……?」
電源を点けて、眉を顰めた。
映像が乱れている。
様々な画面が入れ替わり立ち替わり現れ、ふつりと途切れたり、とにかくおかしい。
頭がくらくらしそうだったので、すぐに電源を切った。
ティファレトが先ほど口にした言葉を思い出す。
敵、と言っていた。
「生命の樹」に彼らが何か仕掛けてきたのだろうか。
「……」
――めんどくさいな……。
胸元の緊急用ボタンを見下ろす。
何が起きたか、確かめることはできる。
ダアトたちは正直に話してくれないかもしれないが。
いや、対応に忙しくてこっちに構う暇もないかな。
車椅子を動かして、ソファに置きっ放しにしてあった読みかけの本を手に取った。
ティファレトの言うとおり大人しくしていよう。
しばらくは、それが一番面倒がなくて良い。
「……アイン!」
本を一冊読み終わってうとうととしていたところに、ティファレトに高い声で呼ばれて、僕は小さく唸った。
戻ってきた彼女は先ほどとは違う動きやすそうな服装で、険しい表情をしている。
「呑気に寝てないで起きて。ここから移動するから」
ティファレトは言いながら車椅子のブレーキを解除した。
「……移動って?」
「ここは安全じゃなくなるかもしれないの。だから早く……、」
彼女が車椅子を押そうとするのに逆らって、僕はまたブレーキをかけた。
「ちょっと何してるのよ!」
「何が起きてる?」
尋ねるとティファレトは詰まった。
「……今は話している場合じゃないわ。行くわよ」
どうやら話すな、と言われているようだ。
でも、僕をここから出す程にここが危険というのが本当なら、既に何が起きているか、見当はついている。
「……敵による各基地への奇襲、中央システムへの集中攻撃?」
「な……っ」
ティファレトは目を見開いて僕を見ていた。
図星か。
僕たちがごっそりと「生命の樹」に移されて、その作戦はできなくなるだろうと踏んでいたのに、この短期間で決行したのか。
あそこを少し甘く見ていたかな。
「まさかアイン、あなたスパイ――」
そんなめんどくさいこと誰がするものか。
「監視カメラでずっと見ていただろう」
根拠を示して否定すると、ティファレトは口をぱくぱくさせた。
それにしても、こうして僕を避難させようとするくらい、「生命の樹」は追い詰められているようだ。
もしここが彼らに破壊されたら……。
死ねるだろうか。
おそらく彼らはここを本気で叩こうとしている。
殺される可能性は高い。
でも、彼らはヒトをヒトとも思わない扱いをするが無駄遣いはしない。
もし万が一捕らえられれば、また「商品」として洗脳され、戦闘に行かされるかもしれない。もっと悪ければ、人体実験の材料にされることも考えられる。
そんなことになったら、わざわざめんどくさいのを我慢してここまで来た意味がなくなってしまう。
もうあんなめんどくさいのも痛いのもご免だ。
あそこに戻るくらいなら――。
僕は自分の手で車椅子を動かして、リビングにあるパソコンの電源を入れた。
「ちょっと、アイン……! パソコンなんて点けてどうするつもり!? 大体それはダーじゃないとログインできない……、」
ティファレトは途中で言葉を止めた。
久しぶりに僕はキーボードを触る。
コンピュータにログインして、早速情報の海に潜った。
無造作にリビングに置いてあるけど、ダアトが使っているだけあってこのパソコンは結構なスペックだ。おじさんのところで使っていたのと比べると数段落ちるけど、問題なく「生命の樹」のメインシステムへはすぐに到着した。以前とそう変わっていないというのもあるだろう。
すぐに、何が仕掛けられているかを確認する。厄介そうな、嫌な感じのウィルスがばらまかれて、セキュリティが突破されようとしていた。
そんなシステムへの攻撃に、ダアトが必死に防戦しているのが分かる。
システムを乗っ取られたら、「生命の樹」は終わりだ。
あっちに制御が移ったコンピュータが反乱を起こしてこちらを潰す。
「アイン……」
茫然と、後ろからティファレトが画面を覗き込んできた。
ウィルスを退治しながら、僕は告げる。
「僕はここに残るよ。死にやすい方にいたいし、移動するのは面倒だから」
「……せっかく私がわざわざ来てあげたのに」
それは、この部屋に自由に出入りできる人間が限られているからだろう、と思ったが口にはしない。
後は「ダアト様」のために彼女が介助に慣れているからか。
もしくは、ダアトがティファレトを無事に避難させたかったのかもしれない。
「どうも。ティファは早く逃げた方がいいんじゃない?」
「……馬鹿!」
ごん、と頭にかなりの衝撃と苦痛。
思わず振り返ると、ティファレトはスパナを持って立っていた。
ずきずきと頭が痛む。血が出ているかもしれない。
「私はここで生きてここで死ぬわ。逃げたりなんかしないのよ。しかも、あんたみたいなのを置いて行ってはやらないんだから……!」
瞳に涙を浮かべて、唇を噛みしめているものだから、僕は驚いた。
どうして彼女がそんな風になっているのか、分からない。
「それよりアイン、あなたは一体何をしようとしているの。敵に加勢しているんだったらここで撲殺するわよ」
撲殺……一発で決めてくれるならありがたいけど、何度も殴るんだったら銃殺の方がいいな……。
スパナとティファレトを見てそんなことを思っていたら、一発では殺してくれない様子でスパナを振り上げられて、僕は口を開いた。
「残念だけど、僕はウィルスを駆除しようとしてる」
「……できるの?」
「多分」
このウィルス、以前に見たプログラムソースとほとんど同じものだ。
これなら、ここに来る前につくったアンチプログラムが使える。
「じゃあやって。詮索は後にしてあげるから」
僕は頷いて、攻勢に回った。
次々にウィルスを駆除していく。
これ以上侵入して来られないようにセキュリティの穴を塞いで強化、見つかって慌てて逃げようとする相手を逆に追いかけた。
罠を避けながら相手のシステムに入りこみ、攻撃されればこちらからも爆弾をぶつけてやる。ついでに、以前念のためにこっそりと隠してあったウィルスプログラムを起動させた。いつまでも増殖を続ける上巧みに自分を装うこのウイルスを除去するのは難しいはずだ。正直、相手が送りつけてきたウィルスよりこっちのウィルスの方が性質が悪いと胸を張って断言できる。
このまま、行ける。
確信を得て、離れた場所でシステムの修復を始めているダアトにメッセージを送った。
――ダアト。
――……やっぱり君か。
――もう少しであっちのシステムを攻略できる。
――分かった。任せる。
ダアトは余計なことを言わなかった。
僕は攻撃に集中する。
あちらのシステムの制御を奪うまで、そうかからなかった。
以前に仕掛けたプログラムがこんな風に役に立つとは。
それにこのパソコン、何だかんだと使い勝手が良い。
すべてのシステムの管理権を書き換えて、後はダアトに全て任せることにした。
こういう風にシステムやプログラムをいじるのは面白いんだけど、やっぱりこう激しい攻防があるとめんどくさいな。
でも、システムがこちらに移ってしまえば、続いているだろう基地への攻撃もままならなくなるだろう。
一難は去った。これからすぐにまためんどくさいことがあるんだろうけど。
「……お、終わったの?」
車椅子に深く凭れて息を吐くと、信じられないと言いたげにティファレトがパソコンと僕を交互に見た。
「後はダーが上手くやる。僕は寝る」
「え……、ちょっと!」
パソコンの電源を切って、僕は寝室に入った。
「ああもう、何なのよ! このマイペース! 絶対B型でしょう、あなた!」
というティファレトの怒りの叫びが聞こえてきたが、聞こえないふりをしてベッドに沈みこんだ。
僕の血液型は何だったっけ、と思って、すぐに眠りに落ちた。